“おはよう”と“おやすみ”が言える人が傍にいるしあわせ as Lucius Malfoy

「出て行くなら、私が寝ている時にこの部屋を出て行って。」

自分の息子程の年齢しか生きていない子どもを抱くようになってもうじき1年が経とうとしていた。
普段は魔法省高官、勤めが終わればマルフォイ家当主として過ごさねば為らない私にとって、の存在は束の間の休息に似て居た。
ホグワーツ魔法魔術学校に通う彼女は滅多に私と逢う事も無く、逢える時と言えば稀に外泊許可が降りた時か、長期休暇のどちらかだ。しかも両方とも、此方が 気紛れな少女の日程に合わせて遣っているのだから、どちらが必要とされているのかは火を見るよりも明らかである。

そんなが、口癖の様に言うのが、冒頭の科白だ。
言われた通り、別荘と云う名のを囲う為だけに作らせた家に鍵を落とし、ブランケットに包まって熟睡する子どもを置いて家を出る。毎回だ、私が出て行く ときにが起きる事は無く、況して私が起こすような事も無かった。
逢った日は大抵幼い身体に無理強いを強いてしまう為、身体が必須としているものが睡眠だけに絞られるかの様に、物音くらいでは起きる事は無い。
今日も独り、次はいつ会えるだろうかと思案しながら、古びたマグル世界のメロドラマのワンシーンを髣髴とさせる言葉を脳裏で詠唱し、空が酷く清々しい青の 中を歩いた。


「そろそろ、起きる頃だな、」
-----------------奥様で御座いますか?」
「いや、気にするな。」

魔法省に宛がわれた部屋に入るなり、時計に眼が入ってゆっくりと進む針の先を見て、思い出した様に言えば隣に置いた秘書からの声に咽喉奥で苦笑した。
心の中だけで唱えて居た筈の言葉が口を吐いて出てしまうようになど為ったら、末期だ。其の内、季節柄飾られた紫色した紫陽花をみただけで、愛しい君の微笑 みと重なるのだろう。酔狂だ、思えど手放せないのだから仕方ない。
自嘲しながら外套を脱げば、かさりと胸ポケットが音を立てた事に気が付く。さて、昨夜のディナーの際に払ったチップの残り札でも入って居ただろうか。徐に 手を入れ取り出してみれば、掌に収まる程度に折られた小さな羊皮紙だった。

訝しげに開いて見れば、懐かしいあの子どもの字で綴られた文字が認められていた。


------------おはよう、ルシウス。きっと朝は起きれなくて言えないだろうから、此れ で我慢してね------------


言葉無く、苦笑した。例え傍に居ずとも、が隣でそう告げてくれている様な気がして、小さく特徴のある文字を見ただけで、穏やかに微笑んだ君の唇からこ の台詞が、風を吹き抜けて聞こえてきそうだった。

「奥様からのお手紙ですか」と問うた秘書の言葉に返答する気も無く、外套を渡すと手紙を手にした侭、革張りの椅子に腰を落ち着けた。

そう、何時だったかが言っていた。「ルシウスに”おやすみ”は言えるんだけど、”おはよう”は言えないんだよね」と。
だからと言って態々手紙など寄越さずとも良いだろうに。私が手紙の所在を見付けられずに妻の眼にでも触れたら如何するつもりだったのだろうか。いや、あの 子どもの事だ、其処まで深く考えて行動したとも思えない。

(おはよう、と言えば伝わるか、

小さく畳まれた手紙を袖机の中に仕舞いこんで、ルシウスは吹き込んできた風に穏やかに揺れる紫陽花の紫を見詰めてそう心の中で告げた。
と別れた後のルシウスの機嫌は頗る悪く、悪態を付いた様な態度だったが、今日ばかりは一気に心が満たされたような感覚に包まれる。


何時の日か、「おはよう」も共に言える日が来れば良い、と今日ばかりは純粋に思う。
願ってはいけない事だからこそ、人は願いを口にするのだろう。自身に言い聞かせ、ルシウスは机の上に山積みされた書類に手を伸ばした。


紫陽花と同じ色した瞳の少女が、丁度同じ時間、ルシウスの瞳の色と同じ様な蒼穹の空に向かって「おはよう」と言った事は、単なる偶然かもしれない。けれ ど、の思いがルシウスに届いた事だけは確かな事だ。



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Written by Saika Kijyo Title by リライト 2006.07.10