約束の音







例えば仮に…、運命と呼ばれるものがこの世界に本当に存在するのだとすれば、陽の輝きの 行く末もまた、決まっていたのだろうか。
訪れては過ぎていくだけの時間に身を任せているだけの事を、一体誰が一番初めに【運命】だと名を付けただろうか。
其の名ばかりの時間に翻弄される様に忙しない毎日を過していたあの頃…
出逢った時から-------別れなど覚悟している。
出逢いが有れば其の先には間違い無く別れが有る事等、長い人生の中で幾度と無く経験し…理解してきた筈だと言うに。
出逢いが有れば別れが有る、其れは運命だから仕方ないと思うのは、離れたくないと思う心の何処かで、多分いつもそう言聞かせているだけに過ぎない。
もう逢わない、此れで最後にしたい、そうすればこれ以上別れの先に有る哀しみに打ちひしがれなくて済むのだと。
其れでも…
其れでも尚、其れに抵抗するかの様に言葉を、逢瀬を交わす。
数え切れない程の言葉を交わし、お互いを知らせ、陽だまりの様に微笑んでくれる幼い身体を腕に抱き締めて…そして最後に-------


ずっとずっと、一緒に居ようね…と、囁く。
其れが可能かどうか、それすら心の何処かでは知っている筈だと云うに 。





「 ずっとずっと…一緒に居ようって、そう言ったじゃない…っ 」





ずっと一緒に居ようね。
其の台詞は最早、二人公認の口癖みたいなものだった。
ずっとという言葉は実は非常に扱いが難しいが、言葉として用いるには余りに簡単である。
其の上ご丁寧有り難い事に、心のウチの芯なる感情をも含むので、言葉として感情を伝えるという方法をとるにしても便利な事この上ない。
しかし、ずっとと云う曖昧で泡沫の言葉は、其れが脆くも毀れ去った時に非常に不便なものへと代わってしまう。
例えばそう、ずっと、が続かずに或る日突然終焉を迎えてしまった時等、特に。


ごめんね、約束を守ってあげられなくて。


呟いた言葉に、表情を隠す様、幼い子どもは視線を朧気に揺らせた侭俯いてしまった。
言いたかった言葉は、こんな陳腐なモノでは無かった筈だった。
視線を逸らせて、小さな掌を堅く強く握り締めて堪える様に戦慄く幼い、子ども。
其の胸中、何を想っているのだろうか。
頼り無い眼差し、出逢って一年も経たないウチに、縮めた距離が此処まで仇になるとは思わなかった。
幸いにも不運にも、ホグワーツに赴任しと出逢って、交わした言葉の一つ一つは決して嘘ではない。
出来ればが卒業を迎える其の日まで、見届けて遣りたかったという想いは胸を競り上がって止まらない。
けれど、其の前に、私がホグワーツを去る其の日が来てしまった。





「 ……、私は… 」

「 如何して?ねぇ、如何してよ…ルーピン先生はルーピン先生じゃない… 」

、私は人狼なんだよ…だから、 」





君とはずっと一緒に居る事が出来ないんだ。
そう告げようとして、言葉が続かなかった。嘘を吐いた訳ではない。ずっとずっと共に在りたいと願ったのは紛れない本心からだった。
出逢って間も無くの頃は、折り合いを見て話そうと思っていた。
共に過す時間が一分一秒単位で増加するに連れて、自らの身の上話も切り出す切っ掛けを喪った。
卒業の準備で慌しかった生活のを思い、卒業を終えた後に打ち明けようと思っていた筈が…若干の誤差が生じた。
自らの口ではなく、況してや一騒動起こった後に他人の口から真実を聞かされたの心境は幾許のものだろうか。
もしも自分ならば…と考える。騙されたと思っても可笑しくは無い状況だった。
如何なる理由が有ろうとも、最優先で話さねば為らぬ事を話していず、口先だけの永遠を語ったのだから。





、私は君に嘘を吐いた訳では無いんだ。 」

「 私はルーピン先生が私に嘘を吐いただなんて思ってません…違うんです。
 私が言いたいのはそんな事じゃ無いんです。 」

? 」

「 …私はルーピン先生が人狼でも、ホグワーツで教師として居続ける事が叶わなくても…其れでも、
 唯ルーピン先生と一緒に居れれば良かった…其れだけなのに…っ 」





終に、が発した言葉に嗚咽が混じってしまった。
水墨白淡の瞳に、純度の高い透明な雫がじわりと浮かび上がって、柔らかい頬をゆっくりと落ちて行く。
自分に縋る様に声を殺して泣いている其の様は、酷く居た堪れない。
決して泣くまいと、最後の最後で泣いて困らせる様な事をしてはならないと、敢えて感情を殺す様に嗚咽を咽喉奥で潰す其の姿が痛ましい。


肩を震わせ、今にも声をあげて泣き出す幼い子どもを眼にしているようだった。
迷惑を掛けない様にと必死に堪える様、昔の自分を咄嗟に思い出す。

自分は一体何時の頃から泣かなくなっただろうか。何時から、声を上げて泣けなくなった…声を殺して哀しい時でも笑っている様な癖が付いただろうか。
親友以上の関係、大切な仲間を喪った其の瞬間も声をあげて泣く事を必死に我慢して、唇を噛み締めて。
泣きたくても、泣けない大人に為ってしまった。
今はもう、決して泣けない。傷付いても哀しくても、寂しくても。
歩んできた人生、直面した数々の出来事に唯呆然と立ち尽くし哀しみを堪えてきた人生、泣く事を恥ずべき事と受け止めてしまった人生。
そうしてもう、泣けなくなってしまった。泣き方を、忘却れてしまった。
眼の前の愛しい人を、自分と同じ様にしてはいけない。





「 ルーピン先生っ… 」





細く透明な声が鼓膜を付いた。
私は呼ぶ声に答えるかのように、無造作に腕を伸ばす。
驚いた様に瞳を大きく見開いたが、何か言葉を発しようとする。其れを無視するように、自分の傍に引き寄せれば、落ちてくるのは片腕で呆気無く囲え込め る、細い身体。

強く抱き締めて、戸惑った。
視線を交わした其の先に見たのは、何処までも透明で何処までも純粋な想いだった。
溢れ出す、涙。泣き腫らした様に秒単位で紅く染まる瞳を見れば、如何し様も無い想いが競り上がって止まない。


離れ難かった、これ以上大切だと思える人間を失いたくなかった。此れが我侭だと知っていても、君との永遠を望んでしまっていた…心から。





「 君無しでは、居られないと初めて気付いた時が、君を失ってからでなくて良かった。 」





誰にも聞かせた事ないような声音が、の耳元をゆっくりと掠めていく。
刹那、驚いた様に瞳を見開いていたの表情が更に驚きを含んだものに代わる。
腕を引き寄せた際は未だ身体に若干の力を入れ、触れれば其処から毀れて行きそうな感じさえしたの身体から徐々に力が排除される。
ふわりと、風が頬を柔らかく掠める様にの身体が凭れてくる。否、正しくは、が硬直した身体の力を一切抜きさってリーマスに身体を預け寄添っている と云う事だが。

以前からそうであったけれど、幼い子どもを抱くなど慣れない事で、何処まで力を加えていいのか感覚が掴めない。
其れは今も変わる事無く、真綿を抱く様に包み込んでやれば、腕の中には暖かい体温。





「 愛しい人の体温が…こんなにも温かいものだとは知らなかったよ。
 君が教えてくれたんだ…他の誰でもない、君がね。 」

「 でも、でも…先生は行ってしまう。 」

「 私は何処へも行かないよ、君と約束しただろう? ずっとずっと一緒に居るって。 」





出来ない約束はしない、其れは昔嘗ての友を喪くした時に胸に刻み込んだ理。
判り切っていた言葉を、敢えてこうして改めて言葉にすれば、胸の内の感情に整理がついた。
もう離れる事は不可能な程、と云う存在が心の中で膨れ上がっている。
如何し様か、其処まで溺れてしまって。もう引き返すことなど出来無いと言うに。
不思議と、そんな感情は込み上げては来なかった。全ては、想っていた…未来は君と共に在る運命だと信じていたからこそ、ひたすらに。


傍から見れば、一方的にリーマスが抱いている様に見える構図に変化が生じた。
ゆっくりと、の腕が戸惑う様に背に回されてしがみ付いてくる。
大人と子どもの身長差、其ればかりは埋める事が出来ない仕方の無いもの。一生懸命に回された腕に、より身近に感じるの温もり。
先までは、ホグワーツを背に向けた公衆の面前…誰が見ているか判らないこの場所で抱き寄せられても良いのかと、許されるのかと、自身に問い掛けた躊躇が伺 えた。
けれど、告げた言葉の先、其の更に先に在る未来を見せてあげれば事態が変化する。
心配することは何も無いのだと、そんな事を思う必要はないのだと。
寧ろ人狼である自分を受け入れてくれた事への嬉しさが其の侭愛に代わって、抱き締められずには居られなかった。
そう伝えてやりたくて、己の胸元までしか届かない子どもの為に背を屈めて、深く強く有りっ丈の愛を混めて抱き寄せる。





「 卒業したら、一緒に暮らそう。 私はホグワーツには居ることは出来ないけれど…
 卒業式の日に君を迎えに来る。 だから其れまで…待っていてくれるかい? 」





急に現実に引き戻された気がした。
の卒業を待たずにホグワーツを解雇になったリーマスは、必要なもの以外を徹底的に排除するホグワーツに居続ける事は出来ない。
それどころか、人狼だと周囲に気付かれてしまった為に、例えダンブルドアが赦そうとも生徒の視線が痛い。
の卒業にまで影響すれば、其れこそ二人思い描いた未来は遣って来ないだろう。
其の為の暫しの別れ、そう脳裏では理解していても、やはりの胸中には【別れ】の二文字が浮かんでは泡沫の様に消えて逝く。
待っていろと言われたならば、は幾らでも待っている。其れが一年先でも、十年先でも。
唯、再会する為には必然的に生じてしまう暫しの別れが切なく辛く、の瞳に二度目の涙が毀れる。
ふわりと柔らかい薫りが鼻を付き、身を屈めた体勢から起き上がる様にして、白く柔らかな頬を滑る雫をリーマスの唇が優しく拭った。


目元への口付け、頬が紅に染まるより早く、心臓が早鐘を打ち鳴らして呆然と為る。





「 君の存在があってこそ、今の私があるんだ。
 だから泣かないで。これが別れではないのだから 」





麗らかな春の薫りを運んだ風が、とリーマスの僅かな身体の隙間を縫って通り過ぎた。
一瞬止まった時間が毀れ落ちて来た様に世界に光りが戻る。
眼と鼻の先、リーマスの冷涼端麗な容姿が飛び込んで来る。そして、蜂蜜琥珀の瞳を和らげて、何時もと変わらずに微笑まれる。
何よりも安心できて、何よりも心が温かくなる微笑み。
其の微笑に負けないように、も歳相応無邪気で可愛らしい微笑みを浮かべ、





「 卒業式が終ったら、ずっとずっと一緒に居ようね。 」





と。

そうだね、ずっとずっと…一緒に居よう。約束だよ、




遠くでホグワーツの鐘が鳴る。
今直ぐ腕に抱いた侭攫ってしまいたい衝動に駆られる。しかし、今置かれた自分の有様を思えば、口元が歪む。
ずっと一緒に居ようと約束した。たった今も、少し前も、出逢った頃も。
腕を離せば、温かな体温が離れてしまえば、暫しの別れが来てしまうのだと想像出来て笑みを形作る事も出来ない。
耐えるように、両眼をきつく瞑った。長い指を折り、握り込む様にして一瞬。華が自然と綻ぶ様に感情を解き放つ。



出逢った時から別れは覚悟していた。
だからこそ、この暫しの別れを耐える事が出来るのだろう。
ずっとずっと一緒に居よう。叶えられない筈の其の約束、叶えられないと誰が決めただろうか。



皮肉にも、運命は二人に再会を齎した。
最も、が卒業を終えリーマスが迎えに来たと云う未来を運命と呼んだだけに過ぎないけれど。




---------- ずっとずっと一緒に居よう…約束だよ、




が卒業した後も、ホグワーツの鐘はあの日と同じ音色を奏でながら静かに約束の時を告げる。











卒業企画【キミに贈る、言葉】 others two

「君の存在があってこそ、今の私があるんだ。
だから泣かない で。これが別れではないのだから」

パトーさんリクエストによるリーマス・J・ルーピン夢です。
親世代×子世代、ヒロインは最終学年、ヒロインを泣かせてください(爆)そ、そしてルーピン先生に 寄り添うとか…!

…一応、台詞は手直しを加えずリクエストの侭使わせて頂いております。
ヒロイン泣かせて欲しいとのリクエストを受けて…ヒロインを徹底的に泣かせようと思ったのですが、どうしてもリーマスを悪者にしたくなくて…(笑)
ちょっと原作とずれている場面がありますが、其れはもう皆様の素敵な脳内変換で処理してやって頂ければ幸いです(汗)
パトーから頂いたステキングな台詞…うまく使おう、頑張れ私!と気合を入れたのですが…ごめんなさい、此れが私の限界です。
ほのぼのとした雰囲気出したかったのに何故か切ない方面に突っ走っている…(がびーん)
そして、パトーから頂いた素敵台詞+ずっとずっと一緒に居よう…という言葉を付足したかったんです…個人的に!
ヒロイン、勿論リーマスと幸せに暮らします(笑)

この作品はパトーさんのみお持ち帰り可能です。
文章の著作権以外はご自由にどうぞ。

update 2004/4/3



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