Primavera







---------- 薄暗闇に手を伸ばし、光芒を掴み掛けた刹那気付いた時既に遠く、最早誰の声も祈りも届く事は無かった。





「 君が愛したこの世界、本当は薄汚れて醜くて如何して作られたのか疑問視するほど価値の無いものなんだ。 」





春色で彩られたホグワーツの庭先で、純然な声が響いた。
鈍痛を覚えるだけの光りは、痛々しいばかりでしかない。靄の掛かった薄暗い陰だけで形をとられたリドルは、昔古びた日記帳で見た柔らかな好印象を齎した姿 を、に思い出させた。
けれど、根底から腐って死んだ様な表情がそれを裏切っている。
侮蔑を含んだ言葉を吐いたのはリドル本人だと言うに、煌々とした紅蓮の瞳には何故か恐れと悔恨に満ちた色が、見ている人間がぞっとする程の深遠が潜むばか り。
目の前に立つ、自分が一体何者か。自問自答を繰り返し、得られない解答を何時までも模索し続け、最後に考える事を放棄している様な弱さの陰りだった。



誅戮を何度も何度も繰り返し、血の匂いの染み付いて剥ぎ取る事の出来ない土壌、何処かで見た覚えの在る感慨な場面を繰り返し。
如何して世界はこんなにも醜くて汚いものなのだろうかと。
浮かび上がる疑問を心で押し留めるか、言葉に出すか、其れとも気付かない振りをするか。まっさらな心で穢れなく居られる無垢な魂なんて、本当に一握りで。
だから皆、疑問を抱けば一度は其処で立ち止まって、思考する。此の侭で良いのかと。変革えるべきは何なのかと。
けれど皆、代価を払って得るだけの何かに真意の価値があるのか、疑問に行き着いて何かを恐れた様に思考を留めて、残りの人生を慎ましく歩み時代と時間は流 れ落ちる。
其れでもまた、同じ導で立ち止まり、同じ後悔を塗り重ねていく。
誰しも、人は、そうしていく。

世界は一つの円に過ぎない。宇宙が果てなく広がる大きな楕円であるのと同じ様に、歴史も大きな一つの円。
同じ事を何度も何度も、まるで罪が散ばる道筋の上をなぞり歩く様にして、人は生きていく。
同じ想いをすると、同じ痛みを覚えると判っていても、其処を歩いていくしか無い。
唯、順番が巡ってくるだけ。今回は偶々、其れが……





「 だから、壊さなくちゃいけないんだ。 君の…、真っ白で何も穢れの無いココロの様に。 」

「 …其れでも、リドルが其れをする事は無いのに。 」





あの時見た、太陽の柔らかい欠片を想い出した。
きっと君は、今眼の前で僕が君の細い首に指を掛けても微笑んだ侭だろう。
太陽は全てのモノに恩恵を与えるけれど、其れが全て理に適ったものだとは限らない。強過ぎる灼熱の温度は土壌を干乾させては、あらゆるモノの永劫の死を齎 すだろう。
其れでも、世界には太陽が無ければ生きてはいけない。草も木も花も空気も動物もヒトも、全ての生を受けるモノが太陽を乞い、其の恵みを欲する。
相反する月だってそうだ。昼間は其の強過ぎる陽射しの為に存在を消されてしまうが、其れでも夜は漆黒の闇夜に月が輝く。そして、其れは太陽の陽射しが無け れば成り立たない。
させたからこそ。これは自分にとって救いとなるのか、断罪する者となるのか。
捉え方一つで、太陽は敵にも味方にも為る。

だから、敢えて、僕は君を選ばないんだ。





「 ねぇ、。 一つだけお願いしてもいいかな。 」

「 駄目だよ、リドル。 一つだけのお願いは一年前に一度したじゃない? 」





屈託無く微笑まれて、あぁそうだったと納得した。偶然にも似た、運命と呼ぶには皮肉すぎる出逢いを果たしてから丁度、二度目の春が今だった。
心を賭ける者等誰一人として居なかった。必要無い。あらゆる裏切りを見て来たからこそ、誰か独りを見詰め続ける事等恐ろしくて出来なかった。
今も昔も、此れからも其の筈だった。けれど、出逢ってしまった。もう二度と、こんな出逢いをする事は無いだろう。
焼き切れた感情は酷く脆いものだった。叩き落された絶望から這い上がった先、心が侵食されたのは憤慨と冒涜と微かな憚り。歩いていく道筋の先に見えるは、 有り触れた地獄に過ぎないだろうが。
今更破魔弓は必要無い。
少しばかり、体力と魔力が戻るまでと言い包めて少女に身体を借りたのが一年前。あの頃は未だ、心落ちるのは自分だと、愚かにも知らずに。
過ごした期間は僅か一年。其の一年で、大分変わってしまったと、自嘲する。
手離したくない存在等、心赦した存在等邪魔になるだけな筈。其れでも今更運命を皮肉ったところで何も始まる事は無い。

今更、何も始めず何も求めず、世界が壊れて逝こうとも知らぬ振りをし続けた侭、君の傍に居れたらどれだけ幸せだろうか。
嘗て先人達がそうして来た様に、そうして、其れを壊す為に此処に在ると云うに。





「 そうだったね。すっかり忘れて居たよ。
 じゃあ…最後、のお願い。…此れなら有効だよね? 」

「 うーん…そうだね、最後のお願いは未だ使ってないから有効と言えば有効かな。 で、お願いって…? 」





タイムターナーや時空転移魔法を使えば、過去は簡単に捏造できる。
こうだったら良いのにとか、あの時ああしておけば良かったとか、なんて過去を顧みては有り得ない仮定を侍らせる事は魔法界では実に日常的だった。
魔法を使えると云うことは、例え過去で有っても容易く捏造する事が出来る。
だがしかし、其れを皆行動に移さないのは、過去を捏造しても無意味だと知っているからだ。
一度知ってしまった未来から、既に通り過ぎた過去を訂正して未来を変えたところで、何の意味が在ろうか。
意味など、有る筈が無かった。人の手で塗り替えられた未来に意味が、在ってはいけない。


其れでも、極偶に思う事がある。
せめて…せめて、僕が君と同じ世代に生まれて居たら。
もう少し早くに君と巡り逢って、今の僕と同じ様に君を愛していたとしたら。
きっと未来はもう少し変わったんじゃないだろうか。
君との出逢いが、もう少し…もう少しだけ、早かったら。
Load Voldmortなんて人間は、世界に生まれ堕るつ事等無かっただろうに。


こんならしくもない事を考えるようになったのは、やはりあの日君に出逢って恋に堕ちた所為だろうか。





「 もし僕がこのまま魔法みたいに君の目の前から消え去るとしても、君にだけは、
 たとえ僕が物質の体を伴った存在ではなくたって、
 まちがいなくこの世に存在していたということをずっと覚えていてほしい 」





柔らかい春の風が、頬をそっと撫ぜた。
それから直ぐ、時間が止まる。名も無い画家が認めた一枚のポートレートの様に、時間が、身体が、止まった。
言葉に詰まるに、リドルが小さく謝りの言葉を吐く。
瞬間、凍りついた世界が溶け出し急に意識が水面下から覚醒したように、気付いてしまった。
其れは心の底から悪いと思って述べた言葉ではなく、子どもは疑問視するしかない、大人と呼ばれる人間が使う手段。
物事、行為、言葉、感情、全て本心ではなくココロノコエを押し殺して言葉一つで終わらせる為に、幕引きの為に使う言葉だった。

ごめんね。(面倒な事を言って。聞かなかったことにしてくれて構わないから。)

慌てて手を伸ばして、白靄を掴んだ。霧で出来ただけの物体は勿論実体等無くて、伸ばした手は空を掻いた。
柔らかく微笑んだ侭のリドルは、まるで霧が晴れて空から太陽が光りを注ぐのを助長するかの様にゆっくりと消える。
出逢った時は、逆だった。
心に直接語り掛けている様な透明な声が脳裏に響き渡り、鈴か何かを鳴らした様な凛とした音と共に、周囲がゆっくりと粉雪の様な靄に包まれた。
次いで見えたのは、紅蓮を想わせる真紅の瞳と柔らかい微笑み。
今は其れが、逆回転した様な光景が繰広げられる。
柔らかく笑んだ侭のリドルを模った靄が薄らぎ、霧が晴れる様にゆっくりと太陽の陽が射して、心に響く声が遠退く。





「 待って、リド…ル…っ! 」





薄暗闇に手を伸ばし、光芒を掴み掛けた刹那気付いた時既に遠く、最早誰の声も祈りも届く事は無かった。
切り離された世界に絶望しながら独り佇むヒトの様、射し込む太陽の光りに視界を焼かれながら柔らかい草叢に膝を付いた。
言葉が必要だった。
なのに、言葉が、声が出なかった。
ヒトは何かしら同じ過ちを、同じ後悔を、繰り返している。 そうせずには、生きて行けないとでも言うのだろうか。
何時か言えば良いと自己処理してきた想いは、告げられる事無く行き場を失った。
昔、初めて恋をした時に時間を巻き戻して想いを伝えれば良かったと、そう悔やんだ。
如何してあの時、暫しの巡視の後に想いを告げられるだけの勇気が無かったのか、解答を受け入れる事が出来なかったのか。
あの時、零した言葉が、耳の中で蘇る。大切な人に伝えられなかった、大切な人に届かなかった言葉。
もう二度と、届くことは無い、言葉。





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春になれば、 想い出した様に此処に来る。そうすればあの日と同じ様、リドルに逢える様な予感がした。
確証は一つも無くて、逢えた験しも其れこそ無くて。
でも、春に此処に来れば、リドルに逢える。そんな気がして、身動き出来なくなる時が在る。
想い出す事さえも忘れている様に日々生きているけれど、其れでも心の片隅にはあの日の鮮明な記憶が薄れる事無く焼き付いている。
そうして陽射し柔らかな春の日は、思い出した様に、春の風がそっと頬を掠める。





「 …リドル、私は此処に居るよ。 大丈夫。 」





大丈夫だよ、リドル。
私は貴方を忘れない。貴方を愛した分だけ、伝え切れなかった想いを伝えるまでは、絶対に忘れない。



春の空は、何処か霞んで見える。
夏に見られる色彩のコントラストが強調された様なきわだたしい青や、遠く高く遥か彼方に起つ様な秋の青とは全く異なる。
淡く霞んだ、蒼に白の絵具を僅か滲ませた様な、酷く曖昧で朧気な青。
古の遠い時代、未だモノに名を付け始めたばかりの頃に、初めて空を見上げた人が空の由来を詰った。
空に在る青、青とは即ち、遥か彼方遠くに在る、酷く曖昧で正体の見えぬモノ。
明瞭と暗闇の狭間に在る、曖昧な色、漠然としたモノを【アオ】と云う。


明瞭と暗闇の狭間に在る、曖昧な存在…其れはまるで、リドルの様で。


噎せ返る様に湧き上がる、伝えられなかった、届かなかった言葉。
抱えた重さは想いの分だけ重たい。
空を見上げれば何時も想う。好きだと伝える機会を、永遠に失ってしまった事が悔やまれる。
あの日伝えられなかった想いを、言葉を、きっと今更何を言っても嘘に聞こえる。
耐え切れなくなって、立ち止まってはあの日の陽の色を想い出して、空を仰ぎ透明な蒼に手を伸ばす。
空は虚構の様にぽっかりと其処に在るだけで、何も変りはしない。
でも其処に、確かにリドルは存在た。





だから此の、言葉に為らない想いを、伝わらなかった想いを、唯空へ。








卒業企画【キミに贈る、言葉】 第九弾

「もし僕がこのまま魔法みたいに君の目の前から消え去るとしても、君にだけは、
 たとえ僕が物質の体を伴った存在ではなくたって、まちがいなくこの世に存在していたということをずっと覚えていてほしい」

佐伯都さんリクエストによるトム・マールヴォロ・リドル夢です。
ヒロイン17歳、いつもと違ってちょっと弱気なリドル。

…一応、台詞は手直しを加えずリクエストの侭使わせて頂いておりますが、勝手に区切ってしまいました…(汗)。
弱気なリドル…というか、ヘタレなリドルという方が有っている気がします(泣)。
台詞のリクエスト(しかも、悲恋可!)を頂いた瞬間、これは気合を入れて書かなければ、と(笑)
記憶リドルで、こう云う微妙な悲恋ちっくなモノが好きなのですよ、私。
自分の趣味全開で書いてしまって申し訳有りませんが…少しは素敵な台詞が生かせましたでしょうか、佐伯さん…!。
折角の素敵台詞なので、一気にリドルに喋って頂きました。
何だろう…結局リドルがヒロインを愛しても、ヒロインを幸せには出来ない…だから、傷つけない様に去る。でも、ヴォルデモートに為ったら攫いに来る…とい う(苦笑)
ヒロインの言葉がリドルに届いたか…は皆様の心の中でご自由に想像されて下さい。
私の場合は勿論、再会編がこの後始まります(笑)
因みに、タイトルは【プリマヴェーラ、スペイン語で春】という意味です。


この作品は佐伯都さんのみお持ち帰り可能です。
文章の著作権以外はご自由にどうぞ。

update 2004/3/26



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