Do you remember...







…如何にも詰まらない一日だった。



言葉と共にローブを脱ぎ捨て、冷たい大理石の敷き詰められた床に素足を乗せれば、ひんやりとした心地が凄く良い。
鬱陶し気に肩下で揺れていた髪を一つに括り上げると、ホグワーツから強制的に持ち帰らせられた品々を机の上において、使い古したトランクの中身も其の侭に 取り 敢えずベットサイドに腰を落した。
金網が幾重にも張り巡らされたケージの中でキィキィと寂し気な声色で出してくれとせがむ梟、束縛の錠を魔法で落せば小さな扉を嘴で叩き落して勢い良く飛び 出 して来た。
衝撃で、机の上から大理石に向かってケージが急下降。ガツンと鈍い音を立て、完璧な強度を誇る大理石にケージの金網が叶うわけも無く意図も容易く拉げる。
此れではもう、使い物にならない。其れでも、今日から此処に棲み付く梟にとって、ケージは必要無い。
後で片付けておけば良いだろうと、取り敢えず残骸を其の侭に、はキチリと閉められたカーテンを一気に両手で左右に割った。
途端、滑り込む様に視界に映るのは、一面が朱色に染め上げられた夕焼けの大空だった。





「 …戻ったのか。 」

「 あ、うん。 ただいま。 」

「 見慣れん梟が屋敷をうろついていると思えば、ナギニの腹で生意気にも昼寝とは。
 動物は飼い主に似ると言うが、据えた根性だな。 」





振り返れば、漆黒に包まれた彼が静かに立っていた。音も無く、気配も無く。
無論、此処は元より闇の世界に存在を置く彼が住まう場所、気配を消そうが立ち入り許可を申請せずに室内に無断で入ろうがに其れを咎める権利は微塵も無 かった。
ホグワーツを先程卒業し、今日からは此処で暮らす。
どれだけこの日が来ることを夢見ただろうか。ホグワーツに居る間に思い浮かべたことと言えば、此処で独り世界を闇に沈める其の為だけに生き続ける独占者が 如何か傷つかない様に、と。
死喰い人達が全力を持って主の身を護るだろうが、そんな物は当てに為らなかった。
実際、ホグワーツには元死喰い人でありダンブルドアに寝返った人物を沢山たくさん見てきた。
ヴォルデモートに敵意を剥き出し全力をきして守り抜こうとするであろうホグワーツに居る時点で、がヴォルデモートと逢える時間は本当に限られていた。
勿論、精通していると誰かに知られれば、魔法力の乏しい小娘等魔法力の長けた者から見れば赤子の手を捻るよりも容易いこと、この場所を知らせる訳にはいか なかった。





は人懐っこいから…ナギニも其れなりに人を見る眼があるんだよ、きっと。
 例え飼い主が貴方であってもね。 」

「 …アレはお前に懐いてるだけだ。 梟にお前の匂いでも付いてるんだろう、其れだけだ。 」





呆れた様な溜息が真上から降って来た。
陽のあたる場所にヴォルデモートが姿を晒すのは酷く珍しい事だった。普段は皆が寝静まる宵に活動を起こす。
この根城が地下に有るのも、ヴォルデモートが陽の光りを嫌うからだと昔死喰い人の誰かに教えられた事を思い出す。
出逢ったのも、陰横たわる漆黒の闇が統治する深く暗い時分、最初姿を見た瞬間は声を殺され心臓が其の場で凍り付いた。
伸ばされた細く長い指、触れられた頬から根こそぎ体温を奪い取られて身体が凍結して行く感覚に陥った。
殺される、そう思うより先に克ち合った紅蓮の瞳に魅入られた。視線を剥せなくなって、動かせない身体の奥で何かが叫んだ。
闇に魅入られた人間を、魅入ってしまった人間は其の深い溝から這い出す事は不可能なのだと。
嘗ての闇の魔術に対する防衛術教授の声が、脳裏にサイレンと鳴って響く。
踵を返そうと、頬に触れた侭の指先を振り払って命の続く限り走って逃げ様等と欠片も思わない。
唯不思議と、此処に居なければ為らない様な気に為った。真っ直ぐに瞳を見据えてくる紅蓮の瞳から、一瞬たりとも眼を離しては為らないと。


暫しの沈黙の後、此の侭凍傷に陥るのかとさえ思わせる程凍て付いた頬に、温もりが宿る。
瞬間、身体に自由が戻った。其の時初めて、自分に何かの魔法が掛けられている事を知って、驚愕に瞳を押し開く。
殺すなら魔法を掛けた侭にしておいた方が容易い。況して、自由の身に為った今、懐に手を伸ばせば杖も取る事が出来る。
魔法で敵う事は無くとも、絶命するまでにこの出来事を誰かに伝える事は出来るであろう、そして其れを眼の前の人物も知っている筈だ。
なのに、如何して。





---------- 光芒なる眼か…気に入った。





其れが全ての始まりで、出逢いだった。





「 卒業か、早いものだな。私がお前にくれて遣れるものなど何一つ無い。 」

 …だからせめて、何か遣れるまで 此処に居ろ。 」





息でも吐く様にさらりと感情の籠らない声色が、確かにそう言った。
余りの驚きに薄紫の瞳がゆっくりと見開かれる。けれど薄紫の瞳と、紅蓮の瞳が克ち合う事は無かった。
薄紫の瞳は真っ直ぐにヴォルデモートを、紅蓮の瞳は一寸先を見据えるように遠くを観た。
部屋中に散ばる見るのも億劫に為る程のの荷物を一瞥したヴォルデモートが、嘆息する。


ホグワーツに居る時でさえ荷物の少なかった、其れでもこの屋敷に住まう誰よりも荷物が多いことは見て取れた。
ホグワーツを卒業した今、一切合財の荷物を此処に運び入れたのだから、これ以上荷物が増える事も無いが減ることも無いだろう。
ホグワーツ卒業後、此処に居たいと懇願したを、最後までヴォルデモートが諭すことは無かった。
今更何を言っても無駄だと思う反面、何かしらで繋ぎ止め傍に置いておきたいと言う衝動が競り上がって如何し様も無い。
感情を殺す事は容易い事。判っていて、出来なかったのは少なからず何処にでも居る様な娘に興味を持ち、こうして関係を気付いてしまったからだろう。
此処まで堕ちたものかと、ヴォルデモートは咽喉奥で低く哂う。
細い身体に細い首、少しばかり力を籠めれば握り潰す事さえ容易い程脆い少女、体格差は勿論の事魔力においてもヴォルデモートは絶対的な位置に居た。
其れだというに、出逢った其の日から今の今まで、が其の歳相応に見えぬ幼い面影に恐怖の色を塗った事は一度として無かった。





「 何も要らない、何も要らないから…外に出て、星空を見上げたら私の事を想って? 」

「 ……… 」

「 そしたら、私も貴方を想うから。 貴方が無事に帰って来る様に、星に想うから。 」

「 莫迦莫迦しい。…私は星等見ない。 」





言った傍からが微笑う。
其の笑顔は心の奥からの様で、本当に屈託無いと言う表現を相手に与える程柔らかく、静かに表情を和らげている。
ヴォルデモートの答等初めから判っていたかのように、そして何も期待などしていない様に見て取れた。
視線に薄紫の瞳を一瞬だけ招きいれ、直ぐ様逸らす様に眼下に繰り広げられる朱色のキャンバスを視た。
普段は蒼く透き通った其れが、今は焼け野が原の様な赤を湛えてゆっくりと色味を濃いものに変化させてゆく。
もう直に袂の方からゆっくりと夜の帳が下りて来て、辺りを無と静寂と暗闇だけが支配する世界へと変えて行くだろう。
黒い色と琥珀の月僅かに揺らぐ星だけが存在する空がやんわりと朝靄で白ぐまで、ヴォルデモートがこの屋敷に帰って来る事は無い。
何時も何時も、出逢ってから今日までずっと、そして此れからも変わる事は無いだろう出来事、ヴォルデモートが其れにを連れて行く事は先ず無い。
護れるとか護れないとか、そんな陳腐な問題では無い。にだけは、綺麗な侭で居て欲しかった、唯其れだけ。
暗い暗い淵無しの暗闇の中、偶然にも見つけた一筋の光芒を、手離したくないと唯其れだけを想った。
手の届かない場所、喪いたくないもの等何一つ無かった筈が、今ではこの手を伸ばして届かぬ距離にが在る事を恐れさえする。


…失格、だろうか。





「 星等見なくとも… 」



私はお前を想っている。





口に出そうとして、言葉を殺した。
声にも言葉にもする事無く、只管心の中だけで想っていた事が在った。
如何足掻こうが、最早無駄だった。闇に身を落した筈のココロが求めた存在が、光芒の中に身を置くいたいけな幼い少女だったのだから。
自嘲に似た溜息が口から漏れれば、可笑しそうなの笑い声。
常と違う、痛みと苦しみを隠そうとするような声が、室内には静かに響く。
言葉にせずとも、其の意図を悟って笑ったのだろう、直感だった。の声は何時も真撃で、はぐらかす事も、嘘を吐く事も苦手というより元来持ち合わせて居 ないのだろう。
綺麗なココロを其の侭瞳に映し出した様に真っ直ぐの想い、この口から紡がれる愛の戯言等酷薄な地獄への言霊と対して変わらぬと言うに、其れでもが喜ぶ ならと何時の日から思うようになっただろうか。



暗闇の中で見つけた、焼ける様な光芒の瞳に息を呑む鋭さ。





「 偶には、想い出してね。 私を忘れないように。 貴方の帰ってくる場所は、此処なんだから。 」





ヴォルデモートが、切れ長の眼を眇めるようにして、ゆっくりと伏せていた顔を上げた。
視線の先には、空からの朱色の恩恵を受け佇む少女が一人、柔らかく笑んでいる。
此れが、己の館には酷く不釣合いな光景が、明日もまた繰り返される。此れから、ずっと永久に。



星を見れば、お前は私を想うか、



橙に染まった夕空を見上げて、もうじき訪れるであろう夜の帳を感じて、心の中で一つ呟いた。
Don't forget to do it. Please remember...









卒業企画【キミに贈る、言葉】 第七弾

「 卒業か、早いものだな。私がお前にくれて遣れるものなど何一つ無い。
 …だからせめて、何か遣れるまで 此処に居ろ。 」

藤澤 桜さんリクエストによるロード・ヴォルデモート夢です。
親世代×子世代、ヒロインは最終学年、ヴォルデモートは其の頃には復活済み。
ヒロインとヴォルデモートは恋人という設定。

…一応、台詞は手直しを加えずリクエストの侭使わせて頂いておりますが、勝手に区切ってしまいました…(汗)。
来ないだろうと思っていたヴォルデモートでのリクエスト、気合入れて書かせて頂いたのですが…ご希望に添えられましたでしょうか。
私の中で、基本的にヴォルデモートはお仕事の際にヒロインは家に置きっぱなしという暗黙の鉄則が…(笑)。
前にも似たような設定で星を見て〜と言うのを書いた気がするんですが、此れはやはりヴォルデモートで遣るに限りますね。
この設定が大好きなんですよ…私(苦笑)
後もう一つ、ヴォルデモートは自分と同じ闇の世界に身を落した人間ではなく、真逆の光りの世界に身を置くヒロインに惹かれるというイメージが…。


この作品は藤澤 桜さんのみお持ち帰り可能です。
文章の著作権以外はご自由にどうぞ。

update 2004/3/22



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