切手の無いおくりもの







昨日と今日の違い、其れはホグワーツを旅立たなくては為らない日だという事だけだった。
人に自慢できる位に寝付きが良い筈が、如何云う訳かは知らないけれどベットに入ってブランケットを被っても一向に眠気が訪れない。
何度も何度も寝返りを打って、其の度に徐々に疲れていく身体を早く休ませたいと思うのに、そう云う日に限って脳が覚醒した侭に一向に眠りは訪れない。
自分で自分に安眠魔法を施そうと何度思ったか知れない。けれど、就寝前もう使うことも無いだろうと荷造りの終ったトランクの中に仕舞いこんだ杖を思い出せ ば、其の手間の面倒さに諦めてブランケットを頭まで被って丸くなる。
其れでもやはり眠りは訪れる事無く時間だけがゆっくりと過ぎていって、気付けば外が朝靄に包まれ白み始めていた。
観念して、ブランケットを剥ぎ取って一つ伸びを。そうして其の侭ベットから起き上がる。
時計を見れば未だ早朝4時30分。
誰も起きてはいないだろう。監督生としての特権で与えられた独り部屋が功を奏す。相部屋の人間に迷惑を掛けることも無いこの部屋で、は独りでゆっくり と視線だけを使って見渡した。
もう戻っては来ない部屋。さして想い出がある訳ではないけれど、此れといった想い出が無い訳でもない。
走馬灯の様に蘇る7年もの月日を想って、ゆっくりと瞳を閉じた。





「 卒業したら、スネイプ教授は私の気持ちに応えてくれるかしら。 」





思い返せば、この7年もの長い期間、どれ程の時間を割いて魔法薬学研究室に足を運んだだろうか。
其れこそ一年の頃は、口を開けば減点のオンパレードだったスリザリン寮監という印象しか持ち合わせていず、ファーストネームなんて知る所の余裕は無かっ た。
なるべく自分が其の被害者に為らない様に、減点され唯でさえ邪見にされるグリフィンドールの点数を護り抜こうと魔法薬学だけは必死に勉強をし、其の奥の深 さにどんどんのめり込んでいった。
学べば学ぶ程、奥の深さを痛感させられる魔法薬学という分野、授業での内容だけでは足らず図書館に通い詰めることも屡で、書物では補えない部分は如何して も質問せざるを得なく為る。


意を決し、両の手に一冊でも分厚く重い魔法薬学辞典を数冊抱え羊皮紙は持ち切れない為にローブの中に丸めて突っ込んで人気のやたら少ない地下への階段を静 かに降りる。
ゆっくりと降りる度にカツンと凛とした音が響くけれど、これ以上スピードを速める事が困難な為に仕方無しに耳障りな音を聞きながら下る。
無意味厭味な程に長い階段を降りた先、全ての者を初めから拒絶するような佇まいの冷たく重い扉を眼の前に初めて気付いた。





---------- ヤバイ、ドウシヨウ。





この状態では、部屋の扉を明ける事が出来ない。
まさかこの場で大声張り上げて中に居るだろうスネイプに開けてくれと頼める筈も無い。そんな事をしたら其れこそ言い掛かりを付けられ減点されるに決まって いた。
しかし、今此処で引き返すという訳にも行かなかった。明日提出予定の魔法薬学のレポートの重要部分となるであろうこの質問の解答が得られない事にはあのレ ポートは完成しない。
其れこそ、減点の嵐。如何足掻いても減点されるのならば、と意を決して声を張り上げ部屋の主を呼ぼうとした刹那。
重くて痺れかけていた腕がふわりと軽くなる。見れば、抱えていた筈の物が横から伸ばされた手によって意図も容易く持ち上げられていた。




「 ス…ネイプ教授。あ、あのですね、これは… 」





気配無く真後ろにスネイプが立っていた。
如何やら部屋の主は元々室内には居らず、何処かへ出掛けており、押しかけようとしたと偶々鉢合わせをして居るらしい。
グリフィンドールの生徒がスリザリン寮監の部屋の前で一体何をしているのか。
怪訝そうに眉を顰めて開口一発目減点の言葉が飛び出そうなスネイプを押し留めるように、グリフィンドールの自分が何故此処に居るのかと状況を説明しようと すれば、如何にも緊張からか恐怖感からか言葉がまともにでない。
此れでは如何考えても逆効果だと自身に呆れれば、更に呆れた様な小さな溜息が上から降って来た。





「 其処に立たれると鍵が開けられんのだがな。 」

「 えっ、あ、済みません、今直ぐ退きます!! 」





が其の場を離れると、僅かな隙間を縫ってスネイプが扉の前に杖を翳した。如何やら其の方法でしかこの部屋の鍵を開ける事は叶わないらしい。
両の手で持つのが精一杯だった重い魔法薬学の辞書は、スネイプの手に掛かれば其の辺の羊皮紙と同じ扱いなのだろうか。
片手で其れを軽々と持ち上げ、懐から使い慣れた杖を取り出す。一秒にも満たない僅かな時間で解き放たれた鍵、肩肘で押し開くようにして如何にも重そうな扉 に身体を寄せた侭視線だけを此方に流す。
如何して何時も不機嫌そうな表情でしか居ないのだろうかと思わずには居られない程のスネイプを目の当たりにして、思わず身体が一歩下がりそうな感覚に支配 される。
何時までも動こうとしないスネイプに、言葉を吐き出す事さえ困難な。両者の視線が熟視した其の後。





「 …入らないのかね。 」

「 は、入っても宜しいのでしょうか? 」

「 ……我輩の部屋に用事があって此処に立っていたのではないのかね、ミス





思い返せばそう、あの時が全ての始まりだった。
あの時は別段不可思議な気持ちにも為らなかったが、初めて名を呼ばれ、そうしてスネイプがの名を知っていた事に後から酷く驚いた。
多くの人数が犇くホグワーツ、更に云えば新入生のの名をスネイプが知っている筈等無いと鷹を括っていた。
グリフィンドールから減点される事を阻止する為に、そしてスネイプの憤慨を買う存在になら無い様にと勉強は全般的に苦手だったが其れでも打ち込んだ魔法薬 学は、仇となっての身に帰って来る事に為る。
人とは異なる観点から書かれたのレポートは毎回スネイプの瞳だけでなく記憶にも止まり、其の内名と顔も必然的に記憶され、授業での質疑応答で完全に記 憶に焼き付けられたと後から聞かされた。


其れから、事有る毎にスネイプの地下室を訪れる回数の増えたと、徐々に狭まる二人の距離。
が一方的固定観念の様に抱いてきたスネイプへの恐れも薄まり、同時に芽生えて来たのは淡い恋心に似た慕情だった。
月日が過ぎるに従って、年齢が一つずつ大人に為るに連れて、淡い恋心は確かなものへと変わり恋慕へと成長を遂げた。
此れが恋だと気付いてから、何度スネイプにこの想いを打ち明けただろうか。其れこそ振られた数は想いを告げた分の数だけに匹敵する。
勿論あからさまに振られた訳でもない。初めから、【付き合いたい】だとか返答を要する言葉を伝えては居なかったのだから。
想いを伝える其の度に、この部屋にもう二度と来れなくなるかもしれないと言う恐怖感に襲われたが、幸いそんな日は一日たりとも訪れる事は無かった。





---------- 最後位、返答を求める告白をしても赦して貰えるだろうか。





其れで振られたら其の時こそ諦めれば良いのだと、やけに綺麗に片付いた自分の部屋を見渡した。
小さなトランクと梟の入った籠、僅かな手荷物だけが静かに置かれた室内は物寂しい空気が流れていた。
明日は無い。今日この荷物を持ってホグワーツを発つにとって、此れが最後の光景と為る。
不思議と涙が出ないのは何故だろうか。哀しみに勝るだけの幸せな想い出を多数抱えているからだろうか。
妙に納得できる解答を瞬時に手繰り寄せれば、微笑が自然に毀れた。
皆が起きるまで、あと少し。もう少しだけ最後の喧騒から解き放たれた世界に居ようと両の瞼を閉じ掛けた時、キチリと閉められた窓が微かに鳴った気がした。
誰かが石でも投げたのだろうかと思い、カーテンを開き窓を開けると一羽の梟が嘴に何やら紙を挟みこんで窓枠に降り立ってくる。





「 …貴方、スネイプ教授の…? 」





数回しか見たことの無いスネイプが所有する梟が、小さく一回旋回して紙を窓枠に置くと、用事は果たしたとばかり其の侭元の青空に飛び立って行った。
飼い主同様愛想の欠片も無いと苦笑するも、置かれた紙に興味関心が移って其れを持ち上げる。
其れは小さなカードだった。
真っ白い上質の紙の上に、見慣れた文字が走り書きの様に唯一文記されている。
間違い無く自分に宛てたものだろうと、中身を開いて、絶句する。




知らなかっただろう?
お前が留年でもしてしまえばいいと思っていたなど…故に祝いの言葉は用意していな い




宛名の無い手紙を掴んだ侭、は寮の部屋を飛び出した。
未だ5時前、廊下は寝静まった様に静寂に包まれ、急ぎ足で駆けるの足音だけが響く。
梟がこの手紙を届けてくれたという事は、間違い無く主人であるスネイプは起きている。きっと彼の事だから、研究か何かに没頭していたに違いない。
自分が直に梟からカードを受け取ったという事すら知らないだろう。だから此の侭自室に乗り込んで、7年分の想いを籠めて最後の告白をしてこよう。
意を決して地下室の扉を開ける。其処に居るのは驚いた様な表情を浮かべたスネイプ。
息をする時間さえ惜しい程に告げる言葉は、今まで告げてきたどの言葉よりもスネイプの心に届く想い。





思い掛けないおくりものが運んだもの、其れは7年分の想いと始めて告げられたスネイプの言葉。
唯の一度だけ告げた返答を要する告白は、もう二度との口から紡がれる事は無い。
今まで以上に二人の距離が縮まったのを知るのは、切手の無いおくりものを運んだ梟だけだった。








卒業企画【キミに贈る、言葉】 第六弾

「 知らなかっただろう? 
 お前が留年でもしてしまえばいいと思っていたなど…故に祝いの言葉は用意していない」

暁悠魔さんリクエストによるセブルス・スネイプ夢です。
親世代×子世代、ヒロインは17歳、告白って感じだと嬉しいですが、別に付き合っていた設定でも全然OKです。

…一応、台詞は手直しを加えずリクエストの侭使わせて頂いております。
先ず始めに謝らせてください…告白してねぇじゃん!というツッコミが来そうで恐ろしいです。
告白させるシーンまで書いたんですが、如何にもしょぼくなってしまったので、ヒロインが何と言ったかは皆さんのご想像にお任せ致します。
そして、スネイプ教授の梟についても以下同文(苦笑)。
言葉を頂いた時、如何しても間接的に伝える方法しか思いつかずに、手紙という形を取ったのですが…大丈夫だったでしょうか(汗)。
切手の無いおくりもの、昔良く音楽の時間や某TVで聞いていた懐かしのあの曲です。
個人的に大好きな曲、タイトルにもテーマにも使ってしまいました…(笑)
それにしても、7年もの間想いを伝えるヒロインにも乾杯ですが、7年間我慢した教授にも乾杯ですね。


この作品は暁悠魔さんのみお持ち帰り可能です。
文章の著作権以外はご自由にどうぞ。

update 2004/3/20



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