ヒトヒラのユキ







芽吹いたばかりの緑の大地、鬱蒼と多い茂る緑の草木は艶やかな色に染まる太陽からの恩恵 を直に受けてキラキラと朝露を輝かせている。
明けたばかりの空は雲霞と柔らかな陽射しが酷く心地良く、朝独特の低気温に身体が微かな寒気を感じ取るのも忘れた様にゆっくりと空を見上げた。
透き通るような透明な蒼の空に、季節的に絶対に降る筈の無い真新しい綿雪がゆっくりと舞い降りてきた。
柔らかい風に乗る様にひらりと静かに舞い降りる雪は、明らかに降る筈の無い雪。
見てくれは確かに冬のホグワーツを白銀に染め上げる其れだけれど、其れでも自然のモノとは明らかに異なる、人工的に作られた綿雪。
しかし、幾ら人工的に作られたとは云え、薄紺碧に変わり始めた空から新緑の大地に降り注ぐ様は酷く綺麗だった。
例えるなら、季節が訪れ初めての雪が大地に降り注ぐ瞬間に出遭っている、そんな心持。
しかし其れとは裏腹に、綺麗だと思うと同時に、感じるのは寂しさ。


季節外れも良い処、もうじき卒業を控えたこの時分に降る雪、其れもホグワーツの一角だけに降り注いでいると有れば正体は魔法で作られたものに相違無かっ た。
夏に変わろうとしている頃合、手袋なんて勿論付けて居ない素肌に触れる冷たさと、掌に柔らかく乗っては溶ける気配の無い雪。
其れを見詰めては、柄にも無い事を遣って退けた張本人を唯想った。





「 こんな事、してくれなくても良かったのに。 」

「 郷里では卒業の日には雪が降ると言い、出来れば雪が見たいと言ったのはお前ではなかったかね。 」

「 そんな昔の話…憶えてくれていたんですか? 」





確かにそんな話をした。
あれはもう、何年も昔の話。ホグワーツに着て何度目かの冬、魔法薬学研究室から雪を眺めながら、日本でする筈だった卒業式を思い出してぽつりと呟いた。
当時通っていた学校を卒業する事無く其の侭ホグワーツに着た にとって、ホグワーツでの卒業式が始めての卒業式となる。
勿論其の前に幼等教育終了の卒業式が有るけれども、勿論鮮明な記憶に為るほど憶えている訳ではない。
けれど、毎年卒業式の執り行われる季節、日本では深々と雪が降注いでいた。
日本とホグワーツでは勿論、卒業式が行われる季節というよりも新学期の始まる時期が異なる為、卒業式に雪が見れなくて寂しいと零したことがあった。
本当にポツリと呟いただけの筈の言葉、何年も前に唯の一度だけ零した言葉を覚えている筈は無いと、そう思っていた。





「 憶えていた訳ではない。 忘れなかっただけだ。 」

「 其れで…忘れてなかったから…だから雪を降らせてくれたんです…か? 」





語尾が掠れる。
普段は冷たい癖に…不機嫌そうな顔をして、微笑む所か表情を崩す事さえしないあのセブルス・スネイプが自分の為にこんな子ども染みた真似をしたとは到底信 じられなくて瞳が水膜で包まれた。
あぁそうだ。今日この日、紺碧の空から綿雪がゆっくりと降注ぐということは、ホグワーツを旅立たなくては為らないという事を如実に示していた。
誰もが未だ寝静まっている朝早く朝靄に包まれながら空を見上げたのは、此処から見える風景を最後にココロに刻んでおこうと思ったからだった。
卒業、其の先に有るのは唯一つ、スネイプとの別れ。
仕方の無い事だと、ホグワーツの生徒である自分が卒業するのは仕方の無いこと、スネイプが其れを見送らねば為らぬ立場にあると言うことも重々承知してい た。
だからせめて、誰も居ない朝早くに空でも見上げてココロを落ち着けようとしたというに、此れではまるで逆効果を経験する為に早起きをしたも同然に為ってし まう。
何時からだろうか、水膜を張った瞳から涙が零れ落ちて、頬を伝った。
止め様と押し殺そうと思えば思うほど、意志とは正反対に幾重もの筋がゆっくりと流れる。


朝も早くからスネイプに泣いている姿を晒して怒られるのだけは逃れたいと、次第に俯きがちになった。
視界に映り込むのは朝露と綿雪を被った柔らかい草花。
視界を遮られてか、聴覚だけが異様に研ぎ澄まされた時間の中で、スネイプが小さく溜息と吐いたのが聞える。





「 何時かは来ると覚悟をしていたが…早いものだ。
 何を泣いている、卒業することが別れと言う訳でもないだろう」





呆れた様な口調、けれど其の声色は普段のスネイプのものと変わる事は無かった。其れが逆に、 の心に安堵感を齎す。
子どもを諭す様な柔らかい声、けれど子供扱いしているだとかそう云った類のものではない。
独り寮を抜け出して、朝靄の中に浮かび上がる太陽と滔々と降注ぐ雪に感嘆し、何時までも独りで空を見上げた。
今この瞬間に降る雪とは違って、紛い物ではない雪は酷く冷たく柔らかく、触れればすぐさま体温でゆっくりと溶け落ちた。
掌で降注ぐ雪を迎え入れる様にずっとずっと、何時までも掌の中に雪を溜めては次第に熱で溶け逝き、体温は掌から徐々に奪われて凍て付いて行った。
深々と降る雪に何時までも見とれていて、背後に人が居る感覚にすら気付けない侭だった。
突然後ろから抱すくめられて、掌の中の僅かな粉雪が衝撃で再び空に舞った。



---------- 身体を冷やすな、莫迦者。



言葉と共に、魔法薬の薫りがやんわりと鼻を付いて、其れを不快に思うどころか落ち着きさえした。
ドクリと高鳴った心臓の感覚を、今でもハッキリと憶えている。
凍えてしまった身体の冷たさなど、感覚を感じなくなった指先など、比べるに価しない程心が熱くなっていった。





「 …じゃあ、卒業は何だって言うんですか…っ! 」

「 …時間の流れの一つだ。特に意味は無い。
 明日になればお前は此処には居ないが…其れでも時間は流れる。
 其れにだな、卒業して一体何が変るというのか… 逢おうと思えば幾らでも逢える、其れでは不満かね。 」





更にキツク腕に抱かれて、息が詰まりそうに為った。
普段は頼み込んでも言ってはくれない様な言葉が次から次へとスネイプの唇から零れ落ちて、拾う事に必死になる。
普段は聞けないからこそ、其の言葉に酷く重みを感じてストレートに響く。聞きなれない言葉、希少価値さえ有る様な気がする言葉を理解すれば、ようやっと其 の真意に気付いた。
教師と生徒と言う関係ばかりが念頭に有ったこの7年間、此れからは其の柵から解き放たれて唯の恋人同士に為る事が出来ると。


普段、言葉等所詮は音と音の集まりでしかないと常々夢も浪漫の欠片も無い事ばかりを言っていたスネイプが、態度ではなく言葉でこうして何かを伝えるのは非 常に珍しい事だった。
思えば、愛してるだとか好きだとか、年頃の女の子が聞けば其れだけで心の中が幸せに包まれる様な言葉一つくれた験しが無い。
其れだというに、恋愛ドラマの最終回、主役を張る男優真っ青の台詞をさらりと言ってのけるのは流石だと。
紡がれる音が、独特の重低音を伴って鼓膜を振わす艶のある声で放たれる。
意識が陥落してしまうと同時に、全てに全面降伏してしまいそうになるのは今に始まった事ではない。





「 少しは落ち着いたかね。 泣き腫らした瞳で皆の前に立つ訳には行くまい。
 泣き止んだら着給え、もうじき式が始まる。 」





言葉と共に、温かな感触がゆっくりと離れて行く。名残惜しい感じがしたけれど、そう我侭も言っていられない。
今此処にスネイプが居る事事態が不思議視するべき事であって、本来ならば は独りで途方にくれる様に、空の端から澄んだ色彩に変わり始める景観を見詰め ている筈だった。
だからこそ、他の者が眠りを覚まし朝食を取る為に大広間に姿を見せるこの時分、この様な場所に二人で居たら拙い事に為る。
最後の最後で大失態を犯す訳にも行かなかった。
名残惜しいと感じながらも表面に出さずに居たと言うに、其れが伝わってしまったのだろうか、身体を離して数秒後克ち合ったスネイプの瞳が少し困った様な表情を作った。
そうして其の侭、大きな掌でくしゃりと頭を撫ぜられる。
何も言葉は無かったけれど、言葉以上の温もりが掌から伝わった。
くるりと踵を返し、朝靄から覚醒する様な陽射しを見せる太陽の下、風にローブをはためかせて一つの陰がホグワーツへと消えた。



此処まで歩いて来た其の軌跡、其れはきっと今でもずっと続いていて、此れからもずっと続いていくだろうから。
決して真っ直ぐでは無いだろう軌跡、ホグワーツで出会って感じて来た様々な想い、確かに此処に在ったと云う感覚は卒業しても変わらず有るだろうから。




太陽がゆっくりと柔らかな陽射しを送り、新鮮な空気を肺の中いっぱいに掻き入れる為にゆっくり大きく息を吸った。
伸びをする様に両腕を伸ばして、太陽に向き合って挨拶する様に空を眺めたら、其処にはもう滔々と降る雪の姿は無い。



ふと、冷たい感覚に固めた掌を解く。其処には小さなひとひらの雪。
スネイプのくれた卒業式の小さな贈り物に微笑が毀れた の瞳に、もう涙は無かった。








卒業企画【キミに贈る、言葉】 第五弾

「 何時かは来ると覚悟をしていたが…早いものだ。
 何を泣いている、卒業することが別れと言う訳でもないだろう」

緋琉京那さんリクエストによるセブルス・スネイプ夢です。
親世代×子世代、ヒロインは17歳、卒業=別れを思うヒロインを否定する教授。

…一応、台詞は手直しを加えずリクエストの侭使わせて頂いております。
ホグワーツの卒業式…が有れば其れは夏休みに為る前という事ですよね(汗)?
やっぱり日本とは環境が違うのかしら?と思いつつ勝手に雪を降らせて見ました。
私の中で如何しても卒業式=雪が降っているというイメージが有るので、雪が降っていない地域の方…ごめんなさい。
卒業=別れ、此れは誰でもが思うことだと思います。私も昔は【出逢いがあれば別れがある】と思っていた人間なので…。
因みに、設定的に言えば二人は恋人同士なのですよ。…一応。
この後どうなるかは、お約束の皆様のご判断にお任せ致します…(笑)
というか、ホグワーツって卒業式があるんだろか…原作に出てくる事をちょっと楽しみにしつつも、的外れだったら思いっきりの恥さらしになってしまう。


この作品は緋琉京那さんのみお持ち帰り可能です。
文章の著作権以外はご自由にどうぞ。

update 2004/3/18



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