be distant







溺れてしまうだけの距離なら、要らないとそう思っていた筈なのに。





「 …ダームストラング校に行く事に為りました。 」





其れだけ言って、涙が零れない内に魔法薬学研究室から出ようと思っていたのに、気付けば翻ったローブが眼の前に有った。
何時の間に眼前に躍り出たのか不思議な位、若しかしたら空でも飛んだのではないのだろうかと思える位の一瞬の間にスネイプの姿はの前に、そして今にも 斃れそうな身体を支える様に腕の中に抱いていた。
普段冷徹を極めるスネイプから伝わる温もりが、愕く程に温かくて泣きそうになる。
ふわりと柔らかく包み込む様に抱すくめられて、互いの心臓の音さえ聞えそうな程密着した距離、自分と異なる人間の体温を感じて身体が緊張に走る。
同時に、其れが愛しい人のモノだと判れば自然と心が優しさと愛しさに包まれ、満たされた。





「 言い逃げするつもりかね、。 」

「 言い逃げなんてしてないじゃないですか。其れより、離して下さい…寮に戻らないとっ… 」





言えば、一層強く腕の中に抱き入れられた気がした。
寮に帰らねば為らない重要事項は無いけれど、此処に居れば抱き締めて気が済むまで泣き止むまで抱き締めてくれるであろうスネイプの優しさが嬉しく、そして 同時に重かった。
ホグワーツに入学して、スネイプに出逢って、様々な出来事が有って漸くホグワーツを旅立つ事が出来る。
其の晴れの日は、腕を通す事が最後に為るであろうローブを着て、スネイプの眼前で堂々と卒業して行こうとそう思っていた。
何より、友達と一緒にホグワーツを卒業出来る…卒業すると云う行事は暗黙の鉄則の様で、今更其れを根底から覆されるなど夢にも思わなくて。


ホグワーツからダームストラング校への転入が決まったのは、つい最近の出来事だった。
魔法省からの直々の通達に、両親の賛成も加わって、ダンブルドア校長の力も関与する事無くの関知しない処で其れは決定していた。
大方、冬期休暇の際に課題として出されたレポートが魔法省の眼に留まり、ダームストラング校校長に渡ってこの話が生まれたのだと思われる。
が酷く優秀な成績を修めるある分野は、ホグワーツよりもダームストラング校の方が学問を追求するには高度な人材が揃っており、また今以上の学問を修得 する事を何より魔法省が期待を掛けていた。
魔法省より奨学金を貰っているにして見れば拒否権等ある筈も無く、況してや願い出ても叶えられる人間が少ないといわれる学問の権威からの直々の教授等 断れる筈も無かった。





、聞きなさい。 」

「 何も聞く事も無ければこれ以上話すことも有りません。…離してっ 」

「 …ホグワーツとダームストラングの距離が其れ程重要かね。 」





距離、其の言葉を朝の挨拶と同じ様な感覚で告げられて、脳裏に今まで思い続けてきた事が去来した。
ホグワーツは広大で、運悪く迷ってしまい誰にも見つけて貰えなければ其れこそ数日間は確実に彷徨う危険が有り、敷地面積も広ければ一つ一つの建物も大き い。
ホグワーツの中でも、スネイプの居る魔法薬学研究室は地下に有り、スリザリンと敵対する寮であるグリフィンドールとの距離は酷く離れている。
まるで二つの寮の喧騒を敢えて避けるかの様に、大きく離れてしまったグリフィンドール寮の部屋で、は思い出した様にスネイプの事を考えた。
グリフィンドール寮と魔法薬学研究室。歩くのが億劫に為るほど遠いけれど、この距離は好きだった。
魔法薬学の講義が終わり、何時もの様に魔法薬学研究室でスネイプと共に時間を過ごして、何事も無かった様に寮へと戻る。そして、何を思う訳でも無く、スネ イプの事を考えて。
今、何を遣っているのだろうか。
不出来なレポートの採点に終われ、またしても眉間に深い皺を刻ませ呆れた様な表情を作っているのだろうか。
其れとも、学会に提出しなければ為らないレポート作成に追われ、今日も徹夜なのだろうか。

…時間の空いたほんの一瞬、其の一瞬で構わないから自分の事を考えてくれていたら嬉しいな、とか。





「 重要です。溺れてしまう距離は要らないって思ってたのに、こんなに遠く離れてたら… 」





寂しい。

咽喉奥から競り上がって来る其の言葉、其れだけは如何してもこの場で言えなかった。小さく呟いた語尾が、スネイプの耳に届いていない様にと祈ってみたけれ ど其れはやはり無駄というものだ。
抱き締められていた腕の力が強くなったのを感じて、俯きがちになる。
優しくされればされるほど、涙を堪えることが出来なくて、離れたくないと泣き言を言いたくない自分に負けそうに為るのを必死に押さえ込んで唇を噛む。



そう名を呼ばれて抱すくめられる、この距離も好きだった。
寮の部屋で独りスネイプを想う時間も確かに好きだったけれど、其れと同じ位に、この距離でスネイプに抱き締められる時間も好きだった。
言葉一つ足らずに抱き締めてくる不器用な腕、けれど伝わる温もりは確かに温かくて、柔らかく壊れ物を扱う様に包み込んでくれる抱き締め方が好きだった。
時折、心中見透かした様に強く堅く抱き締めてくれる事も有れば、風が肌を掠める様に優しく抱き締めてくれる事も。
抱くという一つの行為でさえ、距離と感覚によって此れ程までに異なるものなのかと、痛い程実感させられた。





「 其れを運命として唯受け止めるか、努力して自力で変えていくかはお前の問題だ。
 我輩には何か言うことは出来ても、其処からお前を救い上げることは出来ない 」

「 変える事は無理じゃないですか。だって私は魔法省から奨学金を… 」

「 規定の期間を終えれば問題無いのであろう?其れにだな、お前の一年後の進路等誰が決める。
 お前がまた…この距離に戻ってくれば良いではないか。 」





酷く優しく髪を撫ぜられて、抱きすくめる様に頭を胸に押し付けられた。
トクン、と心臓の音さえ聞えそうな距離、同時に自分の心臓が倍以上になったかと思う位に鼓動を速めた。
そして、満たされる。
大人なスネイプの考えは、其の殆どがの常軌を逸脱したもので有るが、流石は年の功。妙に納得させられるものが有った。
自分はホグワーツを旅立つのではなく、ホグワーツに帰って来るのだと。確かに、ダームストラング校を卒業出来れば、教員免許を申請出来ホグワーツに戻って 来る事も可能に為る。
勿論、もホグワーツに、スネイプが居るこの場所に戻ってくるつもりだった。
だからこそ、渋々ダームストラング校に転校する事を承諾し、自分に言い聞かせてきた。いつか戻ってくる其の一瞬の為だと思えば、距離等耐えられると思った 筈なのに。


堪えた筈の涙が、再び溢れそうに為る。
余りにも普段以上にスネイプが優しいから、ほんの少しだけ、この距離に甘えてしまいそうになる。





「 マグルの世界に行くわけでもなかろうに。 今まで通り、時間を見付けて此処に来れば良い。 」

「 そんな頻繁に外出届が出せる訳無いじゃないですか。 」

「 …我輩を誰だと思っている。 此れでも魔法薬学を教授している身の上。
 ヒト独り移動させる魔法薬位、幾らでも作れるがね。 」





苦い笑いを殺す様に告げたスネイプの瞳を見据えて、は瞳の端に僅かに乗っていた涙を押し戻した。
やっぱり距離は、近くない方がいいかもしれない。
今でさえ充分過ぎる位にスネイプの存在が特別だというに、これ以上其の距離を縮めて離れられなくなったら困るから。
未だ溺れるには早過ぎる。今溺れてしまったら、きっと最後に為ってしまうだろうから。
今は未だ、少しばかり刹那く想い合う位の距離が、丁度良いのかもしれない。
ダームストラング校から帰ってきてから、溺れても遅くは無いだろうか。
だから今は未だ、今までの距離が少しだけ長くなって、お互いがお互いの関知せぬところでの生活を送ってみても遠回りでは無い様に思う。




其れに、意外とスネイプの方がこの距離に耐えられずに根を上げるかもしれない。
溺れてしまう距離は要らない。
今は未だ、溺れるか溺れないかの瀬戸際の距離で、必死に足掻いて見るのも良いかもしれない。
距離なんて、縮めようと思えば幾らでも縮められると知っているのだから。
ホグワーツとダームストラングの距離が、とスネイプとの直接的な距離では有るにしても、心の距離では決して無い。





離れていても、ココロとココロの距離が短ければ、直接的な距離等何の意味を持とうか。
距離等、抱き寄せられれば幾らでも縮まる。
ココロの距離は離れてしまえばもう元には戻ることは無いだろうけれど、幸い其の心配は無さそうだ。
平日はお互いがお互いの生活をして、週末に逢えればホグワーツに居た頃とそう変わる事は無い。
だから今は未だ、其の距離でも耐えられる。



一年後、再び此処に戻ってくる事を胸に秘め、桜が華を咲かせる頃合には少しだけスネイプとの距離を広げた。







卒業企画【キミに贈る、言葉】 第四弾

「其れを運命として唯受け止めるか、努力して自力で変えていくかはお前の問題だ。
我輩には何か言うことは出来ても、其処からお前を救い上げることは出来ない」


青海 陽花さんリクエストによるセブルス・スネイプ夢です。
親世代×子世代、ヒロインは16歳前後。

…ヒロイン16歳とのことで、勝手にダームストラング校に転校させてしまいました(笑)。
教員の免許が取れる云々も、稀城の勝手なるでっち上げですので誤解なさらないように。
そして一番のツッコミどころ、果たしてヒトを移動させる魔法薬が作れるのかという点ですが…スネイプは自分の欲望の為に頑張るのですよ、きっと(オイ)
設定は私に任せると仰って下さった、青海さんの温かい言葉を真に受けて、相当の無茶してます、私(笑)
一年後ヒロインがホグワーツに戻ってくるか…若しくは二人がどうなるか、其れはもう皆様の脳内変換にお任せ致しますのでご自由に想像されて下さいね。


この作品は青海 陽花さんのみお持ち帰り可能です。
文章の著作権以外はご自由にどうぞ。

update 2004/3/16



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