足らない言葉と、花束と







間近に迫るホグワーツ特急を背に向けて、嘗ての学び舎ホグワーツをゆっくりと下から上に 見上げて、そうして再び上から下へと視線を流した。
此処はきっと、何年経っても変わる事無く同じ場所で同じ様に新入生を迎え入れては、一人前の魔法使いにして送り出してゆく。
其れはもう何十年も昔から、ホグワーツ魔法魔術学校がこの場所に根付いてから変わる事無く繰広げられる光景。
大きな白い髭を柔らかく大きな手で撫でるダンブルドア校長も、ニコニコと嬉しさを満面に押し出しながら生徒と写真を撮るマクゴナガル教授も、両の手に大切 そうにミセス ノリスを抱えたフィルチも今日ばかりは厳粛な其の表情が少しばかり綻びている。
彼らもまた、嘗てこのホグワーツに入学し、そして7年の時を経て卒業し舞い戻ってきた。
私も何時か、想い出が溢れ出しそうな位に詰まったホグワーツに戻ってくる事が出来るんだろうか。
雄大厳粛荘厳な雰囲気を覆い隠す事無く聳えるホグワーツをもう一度見上げて、ゆっくりと肺の中の息を吐き出した。





「 晴れの日だと言うに…もう少しマトモな顔をしたら如何かね。 」

「 …マトモって言葉の意味知っています? 少なくともスネイプ教授よりはマシな表情… 」





突然後方から掛けられた低い声に素直に返答したまでは、良かった。
唯、欠けた言葉の其の先は怪訝そうに眉を顰めた表情を目の当たりにし口に出しては為らぬ気がした為に、早々に言葉は空気に消された様に消え入った。
気が付けば、最後の名残を惜しまんばかりに瞳から涙を流しながら友達と抱き合う者や、嬉しそうに旧友との最後の別れを笑顔で遣り過す者で溢れかえってい た。
其れこそ人の数だけ出会い方も別れ方も様々で、狭い道が一本真っ直ぐに伸びた様なホームでホグワーツ特急を待ちながら、其々の別れのシーンを繰広げる。
其の最中、独り群れから離れる様に私はホグワーツを見続けていた。
友達が居ないとか、名残惜しいものがあるとか、そんな理由からではない。友達との別れと言っても本当、一ヶ月足らずだけで、この先に進学を控えた私にし てみればまた一ヵ月後には同じ面子で別の学校での生活が始まる。
これと言って別れを焦る様に行う必要は無かった。況して、7年間お世話に為った寮監に挨拶…と言っても所属寮はスリザリン。スネイプ教授が見送りに現れる 等とは思っても居なかった。


事実、恋人でもあるこの引見根暗教師との最後の名残は昨夜きっちりと終らせたのだから。





「 今更ホグワーツを見上げて何を思うのかね。 」

「 …寂寥感? それとも憂愁ですかね? …いずれにしても喜びの感情では無いですね。 」




「 我輩が嘗て此処を出る時、お前と同じ様に其の位置に立ってホグワーツを見上げたがね、 」





言われて、初めて納得した。そして、忘れて居たモノを想い出した。
あぁそうか、この教師も嘗ては此処で学んで舞い戻った人間の一人だったのだ。
ホグワーツに入学してからの半分以上の年月を、周囲にひた隠しにしながら魔法薬学教授の恋人と云う存在として過ごして来た。
そして昨夜も、普段の休日をスネイプ教授の自室で過ごして、いつもどおりの朝を迎えた。
其れが偶々このホグワーツから巣立つ日だった、唯其れだけの事。
きっと明日からも、逢おうと思えば幾らでも逢える。私が進学する先はホグワーツでは無いけれど、其れでも日本の様なマグルの世界ではない。
きちりとした魔法の使える世界で、教鞭を取れるだけの学問を身に付け、そしてまた必ず此処に戻ってきてみせる。
其れまで、ほんの僅かな時間だけ、サヨナラをするだけ。


実際問題、ホグワーツの学生で居られる頃よりは随分恵まれた環境に置かれるのではないだろうか。
勉学に至っては肩の力なんて抜いていられない程だろうけれども、其れでも一応はホグワーツの教員と生徒と云う煩わしい関係ではなくなる。
逢いたい時に逢えるし、好きな時に手も繋げるし、腕も組める。
勿論、スネイプ教授が其れを赦してくれるかはまた別次元の話になるけれども、其れでも何時周囲にばれてしまうのだろうかと云う不安感からは開放される。
だから幾許か、心中は穏かだった。筈なのに、ホグワーツを見上げたら、胸を寂寥感が競り上がった。
独りなら如何にか遣り過せるかと思って耐えて見れば、絶対に来る筈の無い人物の瞳とぶつかって、驚愕した。
きっと誰より涼しい顔をしている筈の人間が、誰より懐かしそうにホグワーツを見上げていたのだから。





「 見上げて直ぐに背を向けた。 …其れだけだ。 」

「 其れだけって、意味判らないんですが… 」

「 我輩が帰る場所は、此処では無いと思い知らされた。 」





言葉に次いで、上から突然華が降って来た。
正確には花束、であるが、乱雑に上から投げられた花束は空を少しだけ舞って私の頭に一撃を加えてからゆっくりと両の腕の中に収まった。
バサリと微かな音を伴い頭に一撃を与えた花束は、衝撃でヒラリと数枚の花弁を紺碧の空に投げ出した。
唯蒼いだけの空に、赤やら白やら桃色やら春めいた花弁が一斉に空に舞う様は酷く綺麗だった。
あっ…と声を出す事さえ申し訳なく為ってしまいそうな光景に、眼を奪われた侭呆けてしまう。
故に少しばかり遅れた様に事実に気付いた。若しかしなくても、花束は卒業祝いにくれたのだろうか。
くれたと言うよりも最早投げ寄越したという表現が的確だろうが、この際小さな事は問題ではない。
問題は、あのセブルス・スネイプが仮にも恋人であるとは言え、卒業という記念すべき門出の日とは言え、花束をくれたという事実。

一体どんな表情を晒して花屋に華を注文したのだろうかと、想像してはいけない想像を思わず浮かべてしまうのは仕方ない。





「 お前の帰る場所はホグワーツとでも言いたいかね。 馬鹿馬鹿しい。
 建物一つ想い出一つ…そんな陳腐なモノに縋って生きる様な場所を、帰る場所にしない事だな。 」

「 …其れって遠回しに帰ってくるなって言ってません…? 」





正面から土気色の表情を見据えて、投げ寄越された花束を胸に抱えた侭、引き攣った様な笑みを返すしかない。
確かに昨夜を思い返してみても、進学を決めるまでの期間や共に過ごした期間を振り返ってみても、スネイプ教授は一度として望む様な言葉をくれる事は無かっ た。
其の真意、もしやホグワーツで共に教鞭を握る事を早くも門出の時点で拒絶しているということなのだろうか。
視線を外す様に空を見上げれば、綺麗な円形の太陽が、鮮やかな朱金の輝きを放っていた。雲は何処までも真っ白で、何時もと何等変わらない空。
きっと何年経ってもこの場所では、太陽と雲の瞬く濃紺の空が、これからの時間を支配するように広がっているのだろう。
送り出してはまた、迎え入れる。其れがホグワーツ魔法魔術学校。そう思ってきた自身のイメージが片っ端から砕かれた様な気に為る。





「 …其の足らん脳ではホグワーツの教鞭を取る事等限り無く零に等しい。 」





早々に諦めた方が、良いのではないのかね。


予想しきった其の言葉に、思わず溜息が漏れそうになる。
最後の最後位、見送る時位はせめてスリザリン寮監の面を剥ぎ取ってくれてもいいのではないのか、と期待するも背に迫ったホグワーツ特急の汽笛を聞けば無理 なのだと自然と思い知る。
まぁそれでも予想外の花束…其れも両の手で抱えなければ重くて持てない様な荷物の邪魔にしかならない様な最大級のモノをくれたのだ。其れで充分ではない か。
大体、この男の口から其れこそ小言やら厭味染みた台詞が最後の最後で聞けないというのも妙に癪に障る。
普段通り、今まで過ごして来た日常の中の一幕…例えるならあのカッタルイ魔法薬学の講義終了だとでも思えれば其れは其れで酷く気が楽だった。
別れじゃない、終わりじゃない、明日を迎える為に今日を終らせるだけなのだから。


そう思えば聊か心までもが楽になって、しゃんと胸を張って前に向き直れた。
同時、出来れば来て欲しくなかったと皆が思っていたであろうホグワーツ特急がゆっくりとホームに入り込み、扉が開いた。
貰った花束と、僅かなトランクと籠を持って、一歩明日に向かう為に足を踏み出した。
意気揚々、其処までは行かないけれど其れに近いものを噛み締めながら歩き出し、ホグワーツ特急の扉に爪先を引っ掛けた瞬間に其れは起きた。





---------





聞き慣れたスネイプ教授の声が、鼓膜を掠めた。
絶対に此処では呼ばない筈の自分のファーストネーム。其れを呼ばれた気がして…本当に気がしただけかもしれないけれど、其れでも真意を確かめたくて其の侭 ゆっくりと振り返る。
酷く柔らかく温かな風が吹き込んで、花弁が再び空に舞った。
聞き間違いじゃない。確証付けるかの様に、周りの生徒が驚いた様に私とスネイプ教授を交互に見ていた。
如何したというのろう、最後の最後で私は夢現の世界に入り込んだのだろうか。
恐る恐る流した自分の視線がスネイプ教授の瞳と克ち合えば、次に信じられない言葉を聞いた。





「 帰って来いとは言わない。だが我輩はいつでもお前が帰ってこれる場所を用意しておく。 」





臨んだ言葉以上の言葉が、確かに耳に届いた。
空耳でも夢現でもない、確かにスネイプ教授は真っ直ぐに瞳を見て、そして皆の前で確かに言った。
赦せない。
湧き上がった第一の感情が其れだと言うのもまた皮肉なものだが、其れでも確かなのだから仕方ない。
此れが仮に…昨夜だったらば。其処までタイミングが良くなくとも、後数分前の出来事だったら、周囲を省みず荷物を投げ出してスネイプ教授の首に腕を回して いただろう。
どれだけ周囲に驚愕憐れみの眼差しで見られようと、確実にそうしていた自信がある。今でも其の衝動を堪える事に一生懸命な位だ。


けれど出来ないのは、耳に届いた言葉の後直ぐにホグワーツ特急が出発の旨を告げる汽笛を打ち鳴らしたからだ。
乗り遅れるわけには行かない。勿論、引き返す訳にも行かない。
仕方なく使い慣らしたトランクを扉奥に投げ入れ、其の上に慎重に籠を乗せて最後に花束を添えると、扉の取っ手を力いっぱい握り締めて身を乗り出す。
驚いた様に駆け寄ろうとするダンブルドア校長、マクゴナガル教授を止める様に微笑んでから、既に踵を返したスネイプ教授に向かって叫ぶ。





「 私の足りない脳みそでも教鞭が振えたら、貴方も其の程度って事ですよ、セブルス! 」





確然とした声が、去り行くホグワーツの汽笛に乗せてスネイプの耳にも届いた。
現に、己の裏を取った台詞を付き付けられたスネイプはもう一度ゆっくりと踵を返し、弧を描こうと湾曲する線路を走るホグワーツ特急を見据える。
如何したものか。昨夜はあれ程か弱い女の様を実感させてくれたというに。
灰色の煙がゆっくりとたなびき、未だ信じられないという表情を露わにする教師陣を他所に、スネイプはホグワーツ特急が消えた先を見詰めて


確かに、表情を和らげた。



再会の日は、意外と近く共にこのホグワーツで教鞭を握るのは近い未来かもしれない。








卒業企画【キミに贈る、言葉】 第二弾

「帰って来いとは言わない。だが我輩はいつでもお前が帰ってこれる場所を用意しておく。」

彩華さんリクエストによるセブルス・スネイプ夢です。
親世代×子世代、ヒロインは最終学年17歳、ヒロインと教授は恋人同士。

…一応、台詞は手直しを加えずリクエストの侭使わせて頂いております。
物凄く悩んだ作品になってしまい…情景描写も状況把握も為ったもんではありませんが(汗)、台詞を生かせていれば幸いです。
最初凄く迷ったのですが、ヒロインの一人称で書いてみました。…ら、見事に失敗こいてる気がします。
如何やら私には三人称が一番似合っているらしいです(苦笑)
因みに、ヒロインと教授が卒業式前夜何をきっちり終らせたのかはご自由にご想像を(笑)

この作品は彩華さんのみお持ち帰り可能です。
文章の著作権以外はご自由にどうぞ。

update 2004/3/11



[ Back ]
(C) copyright 2004 Saika Kijyo All Rights Reserved.