遠い未来に出来る轍







卒業という行事は昔から苦手だった。
嘗ての学び舎であったホグワーツ、自分が卒業したのはもう遠い過去の一日にしか為っていない。其れでも今でも鮮明に思い出す事が出来る。
懐かしい友は今、半数にまで減ってしまった。あの忌まわしい日、あの日さえ無かったら、私も未だ笑って居られたのだろうか。
時折思い返すことが有る。卒業式のあの日、最後の最後に誰が一番先に今生の別れの様に涙するかと、仲間内で笑いあった。
結局、誰一人として根性の別れにするつもりは無く誰の瞳にも涙は見られなかった。
唯、胸を競り上がる一時の別れの哀しみに私は少しだけ負けていたのだろう。


---------- なっさけねーツラしてるわ、お前。


卒業式の、あの日。
シリウスが私の肩を叩きながらそう笑ってくれたから、私は今も此処に両の脚を付けて立っていられるのだろう。
人狼という特殊な自分、それに最後の最後まで付き合ってくれたのは他でもない、彼等仲間だった。
心の内を見透かされた様で、慌てて怒鳴るようにシリウスに向き直ってみれば、突然泣きそうになった。誰より得意だと思っていた卒業式が、誰より苦手だった と実感すれば、今の眼の前の笑っているジェームズやシリウス、ピーターにリリーの顔や声は刺激が強すぎる。
焦って彼方を向いたけれど、鼻はつんとし目の奥も熱を持った様に熱くなれば、如何にも自制が効かない。
此処で独り泣く訳には行かないと、毀れそうな涙を瞳奥に仕舞いこめば、自然と表情に笑みが浮かんだ。
近くで私の顔を見ていたシリウスには、心の変化など容易に知れていたのだろう。
不意にからかう声が途切れたと思えば、ふうっと大きく息を吐く気配、そして笑いながら言った其の言葉に私は救われた。





其れから、数年後。
再びホグワーツの敷地に足を踏み入れたリーマスは、闇の魔術に対する防衛術教授という肩書きを貰い、大切な場所を貰った。
卒業生を送り出すという事自体に抵抗は無かった。出逢いがあると言う事は、必然的にまた新しい出逢いをする為に別れを経験しなければ為らない。
其れは生きていく上では仕方の無い事、其れを嘗て自分の卒業式で痛い程に痛感したリーマスにしてみれば、卒業に際する別れ等唯過ぎ行く時間の流れの一つに 過ぎなかった。
卒業して、何を喪っただろうか。
そう思い返してみて、結局喪ったモノ等何一つとしてなかった。ジェームズやリリーとの別れは文字通り今生のモノで有ったけれど、消える訳ではない。
共に過ごした想い出も、交わした言葉も、喧嘩した日々も怒鳴り合った経験も、全て胸の奥に仕舞われている。
決して、忘れる事等、出来やしなかった。





「 …リーマス…其の、私… 」





学位授与式終了後、グリフィンドール寮を主席で卒業した は真っ直ぐにリーマスの居る研究室に遣って来た。
後輩から抱えきれない程の花束を貰い、漆黒のローブを翻らせ、其れに見合った夜色の髪を揺らめかせた は大広間の中心で微笑っていた。
東洋出身の少女は、誘いの掛かった魔法省からの申し出を全て断って、自国である日本に帰るとそう聞いた。
最も、リーマスが其の話を聞いたのは極最近、グリフィンドール寮の寮監でも有るマクゴナガル教授からという人伝いであるが。
其れでも、リーマスには判っていた。一度も進路の相談を持ち掛ける事のしなかった
一年前、未だ卒業だの就職だの進学だの…幾数多の人生の選択の岐路に立ち尽くす前まで当たり前の様にリーマスの傍に居た は、最終学年に為った7年生に なっても其の態度を変えることは無かった。
講義や課題、レポートにテストをこなしては、放課後や週末はリーマスの自室で過ごす。
天真爛漫な が笑って居ないトコロを見る事は先ず、無かった。何時も其の可愛らしい顔に微笑みを乗せて、酷く嬉しそうに表情を和らげる。
其れが当たり前だと思っている周囲の人間にとって、卒業式のこの日であっても が笑っている事に何等疑問を抱かないらしい。


唯独り、リーマスを除いては。





「 …君の郷里では、卒業式に桜が咲くんだってね。 私も一度この眼で見て見たいな。 」

「 リーマ… 」





もう一度、名を呼ぼうとして、 は口を紡いだ。
一日掛けて、涙を殺してあれほど自分で自分を納得させた筈だったと言うのに、リーマスを目の前にしたら瞳の奥が自然と熱くなる。
思い返してみれば、リーマスに出逢ったあの日から、当たり前の様に一緒に過ごして来て、これからも当たり前の様に傍に居られると思っていた。
進路の話をしない に対して、自ら聞く様な真似をしなかったのは、リーマスの優しさだと今でも思う。
進路の話をし、呆れられても怒られても、絶縁を言われても其処で関係が終焉しても、其れは自分の決めたことだからと納得が行く。
けれど、リーマスは唯の一度も聞いては来なかった。けれど、全てを知っているのだろう。
全てを知っていて、其れで居て、 を赦してくれた。己が己で存在る事を決めた を、誰よりも愛しい人に一番最初に認めて貰えた。
其の優しさが、逆に鈍痛を伴ってココロに直接の傷を作り上げる事も、知った。





「 日本は…遠いです。 」





自分は一人でちゃんと前進出来るのだろうか。
ホグワーツで過ごして来たこの7年間、培ったモノを生かしていけるだろうか。其々の人生を歩み始めた多くの友達と同じ様に、自分でしっかり地に足をつけて 歩いて行けるだろうか。
リーマスが傍に居ない生活……其れに耐えられるまでに一体どれ位の年月が掛かるだろうか。
途方も無く遠い時間が必要な事は身に染みていた。其れ程、 にとってリーマスの存在は特別なものだったのだから。
リーマスという支えを無くして、自分が強くなっていけているだけの時間と同じ位、ホグワーツと日本の距離は遠い。
果てしない時間が流れ落ちる中で、リーマスが を忘れてしまうまでに掛かる時間と、 がリーマスに逢いに行けるだけの時間どちらが長いのだろうか。





「 …確かに遠いし、逢うまでに掛かる時間は長いね。 でも、永遠じゃない。 」

「 …永遠? 」

「 そうだよ。 と逢えなくなって、また独りの生活が始まるけれど、でも私と の距離は永遠じゃない。
 ジェームズやリリーとは永遠に逢えなくなってしまったけれど。 」





少しだけ哀しそうに微笑ったリーマスは、少し遠くを見る様に蜂蜜琥珀の瞳を和らげた。
そして少しだけ嘗ての仲間への想いを胸に侍らせた後、ゆっくりと の水墨白淡の瞳を見詰めて、ゆっくりと微笑んだ。
はリーマスの笑った顔を見るのが好きだった。リーマスに恋をしていると始めて自覚したのも、この微笑みを見てからだった。
本当に嬉しそうに、ココロの底から笑っている。
感情を殺す事に不慣れな小さな子どもがそうする様に、極自然に厭味無く笑えるのは、ホグワーツを探してもリーマスだけだとそう思う。
自覚すれば、急に心臓が早鐘を打った。
先程まで、あんなに惨めに泣き出しそうな自我を殺していた筈なのに、今は欠片も残って居ない様な気になって来る。
きっと今この瞬間からなら、笑えるだろう。大広間でみんなに笑顔でサヨウナラを言ったのと同じ様に。
そう思ったら急に肩の力が抜けて、ゆっくりと息を肺に送り込む。大丈夫、もう、笑っていられる。


今度は早鐘を打ち続ける心臓と格闘しながらリーマスと向き合えば、悟られたのか、リーマスが小さく苦笑した。
からかわれた気がして、言葉を吐き出そうとすれば、押し留める様に上からふわりと手が降りて来た。
ゆっくり、ゆっくりと。
独特の甘い香りもゆっくり空から降ってきて、柔らかく包み込む様な掌が、優しく頭に降りて来て。
優しく頭を撫ぜられて、高鳴る胸の鼓動は益々自制が効かなくなった。
だからもう、見切りを付けて感情のままで居ようと はココロの中で小さく溜息を吐いた。
独りでしゃんと前を向いて歩いていける自信なんて、一つも無かった。
でも其れは、ホグワーツに入学する前も同じだったと、 は忘れていた記憶を手繰り寄せる。





「 …大丈夫。 どんなに遠く離れていても、直ぐに君の傍に行くよ。 」





驚いた様に上を見上げてみれば、リーマスは の大好きな表情でゆっくりと微笑んだ。
其の時に、漸く気付いた。距離が離れているからと言って、其れが直接的なココロの距離には為らないのだと。
抱えていた不安を誰より判っていてくれたであろうリーマスだからこそ、進路の事を問うて来たりはしなかった。
リーマスが大丈夫だと言うのだから、きっと大丈夫なんだと思う。
確証は勿論無いけれど、其れでもリーマスの言葉は絶対以上の信憑性の有るものだった。
今も、今までも、そして--------- 此れから、も。





「 日本に帰ったら、先ず始めに暖炉を掃除しますね。 」





告げた言葉の先、 は、リーマスが一番好きな微笑みを零した。









卒業企画【キミに贈る、言葉】 第一弾

「大丈夫。どんなに遠く離れてても、すぐに君の傍へ行くよ」

趙 翠姫さんリクエストによるリーマス・J・ルーピン夢です。
親世代×子世代、ヒロインは17歳、イメージとしては、ヒロインが諭され系。

…ヒロイン、諭され系…?と疑問符が思いっきり浮かんでしまいそうですが(苦笑)、個人的にスラリスラリと書けた夢でした。
個人的に、別テーマに【笑顔】が見え隠れしておりますが、折角の萌え台詞を殺してしまわない様に、と捻りまくったら意外と普通の内容で…(笑)
冒頭のシリウスの台詞はこの際シカト、リーマスのみでお楽しみ下さいませ(オイ)
因みに…やはりリーマスはフルーパウダーでヒロインに逢いに行くことでしょう(笑)

この作品は趙 翠姫さんのみお持ち帰り可能です。
文章の著作権以外はご自由にどうぞ。

update 2004/3/9



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