甘い誘惑
ふと、横を見れば外は白銀の世界に包まれていた。
ふわりふわりと桜の花弁の様に優雅に舞い落ちる牡丹雪は、酷く柔らかそうに揺らめきながら地面に舞い落ちる。
時間の流れが酷くゆっくりな2月の一日。
絵に描いたような情景に浸れる瞬間は…そう長くはなかった。
「…有り得ない。」
先ほどから同じ台詞が同じく横から聞こえてくる。
その単語が聞こえる間隔はだんだん短くなっていき、仕舞いには様々な文句が付加され始める。
ため息をつきながらそんな台詞を吐くのは、スネイプの愛しい恋人、
。
積み重ねられた分厚い本をペラペラ暇そうに捲りながら、これまた膨大な量の羊皮紙を睨み付けながらペンを走らせる。
「どうして2月14日に膨大な量の課題を出すんですか!!」
「何を言う?こんな日だからこそ、課題を出すのではないのかね?」
苛立ったような
の口調に一瞬の翳りも見せないスネイプは、
の走らせるペンの音を満足そうに聞きながら、一人古書に没頭していた。
今日は2月14日。
此処、ホグワーツにもバレンタインという行事はあるらしく、同室のハーマイオニーは、誰にあげるんだろうか、チョコレートを朝からせっせと作っていた。
も参加しようと思っていたけれど、起きるのが少々遅かったために、そんな時間を確保することも出来ずに、
『授業が終わったら作れるじゃない』
等と甘い考えを抱きながら向かった魔法薬学の授業で、最終通達のような一言を聞くことと成った。
”明後日までに羊皮紙15枚のレポート提出を命じる”
本来愛しいはずの人の声は…
聞きたくも無い台詞を伴って
に降り注いだのだった。
「スネイプ先生、どうしてこんな日に課題を出したんですか!!!」
いい加減、飽きたと言うように書きかけの羊皮紙を丁寧に畳むと、バタンと重そうな音を立てながら辞書を閉じる。
これ以上やっていたら、埒が明かない。
今日中に終わるはずが無いし、今日中に終わらせようとしたら間違いなくチョコは作れない。
けれども、今日中に終わらせないと、迎える週末を二人で甘く過ごすことなど出来ない。
しかし、今日課題に没頭すれば、バレンタインデーは確実に終わってしまう。
スネイプと付き合ってから迎える大きな行事のうちの一つを…こんな形で終わるわけには行かない。
そんな思考がぐるぐると巡り巡って、
は苛立ちと焦りの限界さに半ギレになる。
「…
、来たまえ」
キレながら『スネイプ先生の馬鹿!』と叫ぶ
を、苦笑しながらスネイプは引き寄せる。
「早く課題終わらせたいんですけど。」
小さく文句を言いながらも、きちんとスネイプの元へやってきて、嬉しそうに膝に座る愛しい恋人。
椅子に腰掛けたスネイプに抱き抱えられているために、足は完全には地面に着かずに、ぷらぷらと遊ばせたままで。
そんな子供染みた仕草が、妙に愛しくて。
「課題を終わらせて、何をするのかね?」
「 何って…、今日はバレンタインですよ?
チョコ作るに決まってるじゃないですか」
この人は毎日カレンダーを見ているのだろうか…いや、見ているはずがない
等とふつふつと思いながら
は呆れる。
もしかしたら、スネイプにバレンタインなど関係ないのではないか。
普通に過ぎる平凡な一日の中の一つでさして意味も持たない普通の日。
だからきっと、出したのだ。
鬼のような課題の山を。
「だからだ」
「はい…?」
「 お前のことだ…きっと朝は起きられずにチョコなど作れる訳がない。
ということは、だ。
放課後作るに決まっている。」
「…物凄くあたってますね、その予感」
「それが、問題なのだ」
「…?」
- 我輩の傍にいる時間が…少なくなることが苦痛でね… -
苦笑するように、スネイプはそう告げた。
そしてそのまま、紅くなっている
の柔らかな髪にそっとキスを落とす。
手手繰るように伸ばしてくる小さな
の手をそっと掴むと、手の甲にも優しいキスをする。
「で…、でも、折角のバレンタインなんだから…!」
ドキドキと高鳴る心臓を必死で押さえ込みながら、深呼吸のために吐き出した息と共に台詞を残す。
いつまで経っても、この感覚は慣れることが無い。
スネイプにそっと触れられるだけで、気弱な
の心臓は高鳴り以上の事態を引き起こす。
「 バレンタインにチョコを作る、と誰が決めた?
本来のバレンタインは、キリスト教の聖人・Saint Valentine を祝う日なのだが。
まして、我輩はValentineに興味など無い」
いつもそう。
スネイプ先生には夢やら何やらが全く無い現実主義のモラルの塊。
この際、
と付き合っているというモラルの欠片も無いような現実は横に置いて置いたとして…
それでも、この聖なる日にそんなお堅い話は聞きたくない。
「まぁ、変わったValentineもよかろう」
そう一人で納得すると、スネイプは疑問符だらけの紫苑を抱き上げて、要らなくなった部屋の灯りを落とす。
向かった先は
も足を踏み入れたことのない、スネイプの自室。
綺麗に整理された部屋の片隅にあるキッチンに、
を運び込む。
「 好きなように使いたまえ。
必要な材料は…」
言うが遅く、説明しようとしたスネイプの声も聞かずに、
は片隅にあった小麦粉と卵、その他の必要な材料を取り出す。
それは非常に手馴れた作業で、思わずスネイプも言葉を失ったほど。
いつもの魔法薬学の授業での失敗悲惨振りなど…夢を見ているかの如く。
「しばしの待ち時間か」
小さな歌を口ずさみながらケーキを焼き始めた
の後ろ姿を見つめながら、スネイプは先ほどまで読んでいた古書に再び目を落とす。
暫くすると、甘いいい香りが辺りを包み込んだ。
ケーキの焼けるいい匂いに加えて、甘い生クリームの香り。
それが鼻につき始めたころに、スネイプは本を読むのもそこそこに出来上がったお菓子を食べるための準備…
すなわち、紅茶を煎れ始めた。
香ばしいようなアッサムティーの香りと、甘い甘いシフォンケーキが混ざりあったのは、それから直ぐの事で。
慌しくケーキを持ってきた愛しい恋人は、可愛らしくカッティングされたケーキについている物と同じ、ホイップクリームを頬につけていた。
はそのことに気づいていないのか、ケーキを置くとそのまま椅子に座ろうとする。
そんな抜けたようなところが、スネイプの心を擽るのは、言うまでも無いこと。
「
」
短く呼んでやれば、すぐさま笑顔で振り返る可愛い恋人。
その腕をそっと掴んで手繰り寄せると、腰を引き寄せる。
クリームと同じくらいに甘い
の香りが脳を掠める。
「……きゃっ」
頬についたクリームを掠め取るように舐めてやれば、擽ったそうに身を引こうとする。
- 大人しくしていたまえ… -
と甘く囁きながら、スネイプは腰を引いた
を引き戻すと再び、そっと頬に口付ける。
焦らす様にゆっくりとクリームを舐めあげてやれば、ピクンッ…と
の身体がはねる。
髪を撫でながら首筋に指を滑らせて、ふっくらとした頬を舌先で堪能する。
知らず知らずの内にスネイプにしがみつく様になってきた
を満足げに見下ろすと、口付けを一つ唇に落とすと、名残惜しそうに身体を離す。
「では、頂こうか」
意地悪そうにそう笑って、さっさとスネイプは席に着く。
目の前には美味しそうなケーキ。
更にその目の前には、一層美味しそうに見える真っ赤になった愛しい恋人。
スネイプの行為に溺れそうになりながらも、それでも、はっと我に返った
は紅茶を注ぎ、差し出す。
「 …どう…?
美味しい…?」
甘いものが苦手なスネイプのために、甘さは香りよりも大分控えめにしている筈。
駄目だったかな、と心配そうにいつまでも自分を見つめる
に、スネイプは再び苦笑する。
「何故コレを授業でいかせんのかね」
微かに笑ったような表情で吐かれた皮肉めいた台詞は、精一杯のスネイプからの返事だったのだろう。
不安げな表情が一瞬で嬉しそうな笑顔に変わった
。
そんな表情のままで、ケーキやらお菓子がもとより好きな
は、早速自分も食べようと椅子に手を掛ける。
けれど。
「
」
行動を制止するようなスネイプの声。
それに気づいた
はスネイプからの次の台詞を聞く前に、トコトコとスネイプの元へ駆け寄ると、膝の上に抱え上げられる。
「此処は私の席…?」
「厭なら他所へ行くかね?」
「………」
どうしてこの人はこうも意地やら根性やら性格やら人格形成要素諸々が壊れているのか、と
は頭を抱えそうになる。
けれど、其処まで頭の回った
は肝心なことを忘れていた。
スネイプの捻くれた性格は…
まだまだ
の思考の上を行く。
「 無論。
離しはしないがな」
ぎゅっと腰に腕を回されて囁かれる。
耳に掛かった甘い吐息が優しく
を擽った。
目の前のケーキより…
他の人が過ごすバレンタインより…
が想像していたよりも遥かに甘い一時は…
この瞬間から始まることとなる。
続編へ。
↑バレンタイン企画の続行という名目で、続編はお約束の裏です…(笑)
一応、このドリームの続編ということで書いてますが続編へは「Another World」から飛んで下さい。
隠しリンクでもなんでもなくって、普通においてあります(爆笑)
バレンタイン夢なのに、甘くなくてごめんなさい。
アンケートリクエスト第一位の
『スネイプ教授で甘々』
を目指したんですが…時間のなさも手伝ってか不発っぽいです(汗)
目指せ、一年後のリベンジ!!(長ッ!)
(C) copyright 2003 Saika Kijyo All Rights Reserved.
[ back ]