摧破した硝子球はもう二度と、元に戻る事無く。





Hysteric Blue









其れを見付けたのは偶然だった。
平日は妻と子が在る家と呼ばれる場所に帰らねば為らぬ為、必然的に足を運ぶ事をしないマンションの一室。
買い与えたといっても過言ではないだろう。元々裕福な貴族の出身ではなかったが、常々こんな家に住みたいと漏らしていた言葉を半ば呆れながら聞いてい た。
もうじき15に為る少女が大きな薄紫の瞳を輝かせ、無邪気な子どもが夢を語る様にはしゃぎながら語った陳腐で小さな夢を叶えて遣ったのは、少女が丁度夏休 みを間近に控えた時分だっただろうか。
暑い夏の陽射しだった事を、今でも良く覚えている。疲れ果てた瞼を閉じ合わせれば、浮かび上がるのは深い緑に彩られ風に靡く草木の影と、燦々と照り注ぐ太 陽の熱。


「 本当!? 私、夏休みの間…此処に住んでも良いの!? 」


嬉しそうに微笑んだは思いつく限りの言葉を並べて感謝の意を述べていた。
今私が住んでいる住いに比べれば足元にも及ばない様な箱の一室で、は己の趣味に沿った家具を揃え、食器を揃え、生活感を造り込んでいった。
夏休みが終わればホグワーツでの寮生活に戻らなければ為らない為に、ひと夏だけを過す限られた別荘では有るけれど、はいたく気に入ったらしい。
休日に為れば私も其処へ顔を出し、週明けを迎えるまで愛人との甘やかな生活を愉しみ、もまた週末だけは私の妻と為った。

週末は何時も笑顔で玄関の戸を開ける
幼子の様に感情を其の小さな身体全てを駆使して表現している様な彼女に、翳りが在った等とは露知らず。


平日では在れど、急遽魔法省の都合で会議が延期となり其の日一日のスケジュールが潰れた為に、手土産と共に私はの待つマンションへと足を運んだ。


「 …、随分と楽しそうな遊びに興じて居るようだな。 」


鳴らしても一向に出る気配の無い玄関の扉を抉じ開ける様に開けば、飛び込んで来たのはもう夜半を迎えると言うに薄明かりだけが燈された室内で膝を抱える様 に座るの姿。
足音で相手を判別できる小動物と同じ聴力を持つならば判るだろう私の足音を耳に入れても微動だにせず、休日とは掛け離れた対応に自然と眉根を寄せる。
一体この暗がりで何をしているのか、まさか他の男でも連れ込んでいるのではあるまいかと、ソファに凭れているに声を投げた。

眼に飛び込んで来たのは、背後から突然声を掛けられソファの背凭れからはみ出す頭を重力に従わせて後ろを視たの虚ろな眼差し。
が横にずれたお陰で明らかにされた真っ白なテーブルの上に置かれたのは紅く染め上げられた銀色の物体。


何、をしているか等、聞くまでもなく一目瞭然だった。
部屋着として愛用しているタータンチェックのシャツを肘上まで捲り上げ、力を入れれば音を立てて毀れてしまいそうなか細い手首が力なくダラリと垂れ下が り。
テーブルに投げられたナイフを握っていたであろうシャツの捲くられていない手には、薄い血が固まっている。
相反する手首には、躊躇いにも似た何本かの短い切り傷が付けられ、其れ等から這い出る様に紅い糸が伝い落ちていた。


「 あれ? ルシウス…如何して此処に居るの? 奥様は? ドラコは如何したの? 帰らなきゃ、ダメだよ。 」
「 今日は良い。 予定していた仕事がキャンセルに為って一日暇が出来た。
 其れより…何をしている、と聞いてるのだが? 」

「 やだな、ルシウス知らないの? リストカットって言うんだよ。 」


罪悪感の欠片も持たない子どもが【禁じられた遊び】をするかの様に無邪気に笑む。
何をそんなこと、と苦い溜息交じりに言い放ち、鋭利な瞳を更に凍ったものに変えて見れど、言葉は効果を持たずに光を映さなくなった薄紫の瞳が更に色を濃く する。
何時もはこんな傷等、一度も見た覚えは無かった。見れば即刻其の場で叱り倒しただろう。一体何時から。
其処まで思って、漸く思い知った。くしくもホグワーツに通っていると言う時点で魔法が使える。此処はマグルの世界ではないが為に、魔法を使用することも禁 じられてはいない。
傷痕を休日前日に消すこと等簡単に出来るだろう。平日に私が訪れることは今まで一度として無かった。だからこそ、は今日も、己が手で傷を。


「 大丈夫だよ、ルシウス。 」


垂れ下がった腕を持上げ、細い血管が透けて見えるほど透った白い肌に映える紅い河は、緩やかでは有るが確実に切れている事を教えてくれた。
がつけた傷は浅い。本気で命を削ごうと考えて刃物を引いた人間の作り上げる傷とは異なり、皮膚の薄い面を刃先が掠った事で生じる傷だと気付く。
他人の腕を見るように無邪気な笑みを浮かべた侭、血の湧漏れ出る様子を観察しているを横目に、ルシウスは細い手首を掴み引寄せる。
眼前に映し出されたのは、想像以上に腫れ上がった皮膚と細かく何本も引かれた傷跡。冷たい表情の侭で傷口を見るルシウスに、は何時もと変わらぬ優しい 声で問い掛けた。


「 ね?大丈夫でしょう? 」


問い掛けに答える事無く、の瞳にはルシウスの代わりの様に絹糸の様な銀糸が流れ落ちてくる様が映し出された。
さらりと流れる銀糸がの腕の皮膚をなぞり、小さな虫が這い上がって来る様な感覚に身を捩れば、飛び込んで来たのは掴まれた手首に近づく薄い唇。
咄嗟に嫌な予感がし、掴まれた腕を離そうと力を入れれば、許さないとばかりに更に強い力で掴み込まれて痛みが身体を抜けた。

傷口に掛かる湿った吐息、一瞬遅れて更に湿った感触が傷をなぞり、無数に存在する傷口一つ一つを移動するルシウスの舌。
ただ表面を撫でるように、ではない。無理矢理に抉り込んでくる舌が残り掛けの痛覚を刺激した。
抜ける鈍痛に反射的に腕を引き剥がそうにも力で押さえ込まれていればそれも叶う筈が無く。

痛い、と非難の声を上げたところで効果は何一つとして得られない侭に終わる。
楽しげだった声色が悲愴なものへと徐々に移り変わり、其処に僅かばかりの涙が滲む頃、漸く薄蒼の視線を上げたルシウスの瞳には裏腹の愉快そうな影が在っ た。
整った口端を吊り上げて残忍な笑みを浮かべ、柔らかな皮膚を食い破る肉食獣の如き、犬歯を傷口にたてる。


「 ルシウス、いや、離して…ッ 」


押し退ける様に銀の髪を指に絡めて引っ張れば、渋々、口を離すが、唇は血の混じった唾液で濡れて普段は感じられない温もりを描いた様に朱を帯びている。


「 リストカット症候群を患って居たとは初耳だな。 如何した、妻と子の存在がお前に其処までさせるか。 」
「 如何して私が貴方の奥様とドラコの為に血を流さなきゃいけないの…?
 其れにね、そんな病気になる程自分を大事じゃないなんて思ってないよ? 」


無邪気に微笑ってそう云うは既に自身の関知せぬ処で精神を病んでいるのだとルシウスは悟った。
そうさせたのは紛れない自身。其れでも罪悪感が微塵も浮かばないのは何故だろう。それどころか、いっそ愛しく思えてしまう程。
己の愛が無ければ、一日も傍に居ない日が在れば精神崩壊を招き、気を紛らわす為に自分を傷つける事しか出来ない少女。
細い身体に流れる紅い血でさえも自分の物なのだと知れば、妙な瑞気に苛まれる。


掴んだ手首に一つ口付けを落とし、結構な事だ、と言いながら治癒魔法を施してやる。
無残に横に何本も引かれた傷跡が跡形も無く綺麗に消去る様を残念そうな眼差しで見詰める


「 もう、切っちゃ駄目とか言う…? 」
「 いや、構わん。 だが、切るのならば私の目の前しか許さぬ。 」
「 え? 眼の前? 」

「 いいか、お前が流すこの血の一滴でさえも、私のものだという事を忘れるな。 」


所有物が知らぬところで勝手に血を流すのは許さない、と冷えた唇を今は消えた傷跡に落とし。
薄蒼に不穏な光を宿して距離を縮めるルシウスの腕の中、は其の肢体を投げ出した。僅か疼く傷跡は先程付けた痕か、其れとも此れから付けられる痕か。
考える暇さえ与えられずに、降りてきたのは傷の舐め合いのような口付けが一つ。
良く知った触れた唇から、執拗に絡んだ舌から、どちらのものとも判らぬ唾液から、普段は決して感じられぬ鉄分を含んだ味が伝染してくる。
酸素を求めて喘ぐ魚の様に身体を捩れば、僅かにずれた唇の隙間から流れ込んで来る空気だけを許し、これ以上互いの距離を縮めさせないとばかり強く抱かれた 侭に。


「 平日は何時も…自傷していたのか? お前の血は、私の為に在ると云うに。 」


問いに何も言い返さない侭で柔らかく微笑まれ、其れをルシウスはYesと受け止める。
仄暗い灯かりに映し出される漆黒の髪が眼に痛い。
ルシウス、と愛しい者の名を紡いで、は綺麗に微笑んだ。
何も汚い事など知らない子供のように、其の手が血に染まっている事など偽りのように。


もう二度と、は出逢った頃の様には笑わないだろう。
今までの微笑みは偽りの仮面を貼り付けただけに見えてしまうのだから。
毀れた硝子球は二度と元には戻らない。
毀れた心もまた、二度とは元には戻らない。

毀れたものを壊したままにしておいてはいけないと咎めたのは誰だろう。
其れすらも判らなくなった己も、と同じ様に、毀れているのかもしれない。


























後書き

510000HITリクエストドリーム、まりあさんに捧げるルシウス夢。
 ・相手はルシウスで、狂気愛
 ・ヒロインはリストカッターという設定でお願いします


ということだったのですが…如何も夢で無い気がしてならず、狂気愛か否かも微妙なものに仕上がって仕舞いました(汗)
稀城自身、狂気愛類を読むことには読むのですが、自分で書くと為るとどうしても想像通りのものが書けず;;
ヒロインがリストカッターという設定も生かしきれてなくて申し訳有りません。
因みに、ルシウスとヒロインがラブラブというのは話しの大前提なので其処のところをお間違えの無い様にお願い致します…!
何時かまた、再チャレンジしたいです…狂気愛…!!

受け取って頂けるのでした、是非にお持ち帰り下さいませ。
勿論、書き直し等24時間承りますのでお気軽にどうぞv

++++ この作品は まりあ 様のみお持ち帰り可能です ++++


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