雨、あがる








トン、トン、トン…と規則正しい音が楽器の様に木霊する音を聞いて、浅い眠りについてい た を現実の世界へと引き戻し始めた。
柔らかな貝の上に水音が垂直落下する様な乾いた音の正体が、季節外れの長雨の仕業によるものだと気付いたのは直感的に。
どうりで一時の昼寝が無性にしたくなり、ベットに軽く横に為るつもりで寝たつもりが何時の間にか時計の針が愕くほど早く進んでいる筈だ。
雨の日は眠くなる。まるで小さな子どもの習慣のようだけれど、 は幼い頃よりずっとそうだった。




「 …いま…何…時… ? 」




虚ろ虚ろな瞳を擦り上げながら、ようやっと視界に映りこんで来た窓硝子は、何時からだろうか…透明な水滴に全面を塞がれていた。
夢現の世界で聞いていたのはやはり雨音だったのかと思い、今日自分は寝る予定が無かった事を一瞬で思い出した。
トン、トン、トン…と相変わらず規則正しい間隔で落ちてくる雨音は、一部の人間には陰鬱で煩わしいだけかもしれない。
しかし、瞳を閉じて意識を雨音だけに置けば、何故か休息と安らぎをもたらす僥倖となった。
時計を見れば、もうじき夕刻を迎え様としている。
心地良い雨音に身体を預けながら、もう一度眠りたいとそう思う。しかし、時間が時間だ。
此処で寝てしまえば夜までは確実に起きないだろう…辛いが今起きて、夕食の支度をしなければ為らない。
仕方が無い、そう言い聞かせて起き上がろうと思った身体は何かに邪魔されて動けなかった。
突然の長雨で室内がどんよりとした灰色に覆われている為か、周囲が良く見えていない。
自分を遮るものは一体何だろうと首だけで周囲を見渡し、飛び込んで来たのは端正な顔にキチリと閉じられた瞼。




( …如何してこの人は… )




護る様に の身体を腕の中に抱き込んで、起き上がる事を拒む様に上から押し付ける様に腕を置いているのは、 の夫、セブルス・スネイプ。
何時、ベットに入ってきたのだろう。この部屋に入ってベットに横に為った際は確実に独りだった筈。
とは言え、 が今横になっているベットはキングサイズのベット。 とスネイプが共に眠る事を前提に購入したもの故に、夫婦である二人が寝ていることに 何の問題も無い。
そう言えば遠のく意識の中、心落ち着く愛しい人の香りに包まれた様な気がした事を思い出し、腕の中に引き寄せられて眠りに就いた気がする。



( …喧嘩…した後だったのに。 )




隣を垣間見れば、生きているのかすらも微妙な位寝息一つ立てずに眠りに落ちているスネイプの姿。
さらりと流れ落ちてくる漆黒の髪が頬に掛かり、普段は隠れてしまっている双眸が一際際立って見える。
相変わらず端麗な容姿をしているなぁ…と思いながらも、普段はスネイプの存在を恐れているグリフィンドールを初めとしたホグワーツの生徒達が見たら如何な るかと、想像の付く未来に苦笑して。


頬に掛かった髪の毛を除けようと、右手を伸ばし、如何にも身動きが取れない状況にまた苦笑する。
他愛も無い事で喧嘩をした。すれ違いとも呼べない程の些細な出来事。
今思い返せば簡単にそう思えることが如何してこんなにも大きなことに発展してしまったのだろうか。
其れは、ひとたび降り出せば止むのに時間の掛かる季節の長雨に似ていた。
口を噤んでプイとそっぽを向き、独りこの部屋に逃げる様に飛び込んで来たのが約二時間前。
悪いのは、 。原因など敢えて突き止めなくとも判っていた。だからこそ頭を冷やす目的も籠めて独りこの部屋に入ったというに、謝罪の言葉も告げずに寝て しまった自分を意図も容易く赦すスネイプの寛大さが信じられなかった。




( …やさしいね、セブルス。 )




ホグワーツの教員をしているという時点で、家を空ける事が必然的に多くなるというのはホグワーツ卒業生でもある にとっては暗黙の了解事項だった。
其れを承知でスネイプの妻と為ったのだから、取れる筈だった休暇がホグワーツの都合で取れなくなること位推測出来るだろう範疇の事であり、決して予想外の 出来事ではなかった筈。
大人気無く怒鳴ってしまったのは、 の方。言い返してくるのかと思い、返答の言葉まで考えていた の次の言葉は口から出る事は無かった。
すまない。
そう言う代わりに一瞬酷く哀しそうな表情を浮かべた其の瞳を、 は直視出来ずに居た。

優しさに甘えてはいけないと思うのに、抱きしめてくれている腕が温かすぎて切なくなる。




-------------- 如何してそんなに優しいの?


ホグワーツに居る皆には決して見せることの無い優しさに、何時だったか問うた事があった。

-------------- 優しくしているつもりなど無い。




予想に反した言葉が返ってきて、泣きそうになる。 妻だから特別だ、そう思っていた自分の考えが余りに幼稚すぎて、泣きたくなるくらい嬉しいなんて、 思ってはいけない事なのに。


 「 …明日には、居なくなっちゃうんだね… 」


普段は人に心を見せる事なんて無い癖に、些細な事を心配したり、休暇が取れない位で誰よりも辛そうな表情することなんて無い癖に。
ホグワーツで皆に見せている侭のスネイプならば、今回の事も諦めが付いただろうし、怒鳴ることも無かっただろう。
が弱くなったのも、喧嘩した位で泣きたいくらい辛くなるのも、温もりを感じないだけで寂しくなるのも全部ぜんぶスネイプの所為。



「 セブルスのばか…あほ… 」




考えれば考えただけ、優しさに浸れば浸るだけ泣きそうになって、抱き締めてくれている腕に縋る様に顔を埋める。
夜が明けてしまえば、スネイプはホグワーツに帰ってしまう。
明後日、こうして腕の中で眼を覚ます事は無い。当分また独り寝の生活が始まるのだと思うと寂しい。
何もかも判っていた事なのに、如何しようも無く切なくなるのは、抱き締めてくれている人を心から愛しているから。




「 少なくとも、お前よりは【バカ】でも【アホ】でも無いと思うが、如何かね。 」
「 た…狸寝入りなんて卑怯…!」
「 寝ていると勝手に決めたのはお前だろう。 」




確かに一理、ある。
そう自覚すれば自然と抗議の言葉も消えてゆき、言葉が消えると同時に胸を競り上がって来たのは、如何し様も無い恥ずかしさ。
寝ているとばかり思っていた故に、普段は心のうちにひた隠しにする様な言葉も吐いたと云うに。
スネイプがどこから起きていたのかは判らないけれど、 が瞳を覚ます直前から起きていたのだとしたら、今まで口に出した全てを聞かれていたことになる。
まして、未だ覚醒し切れていない意識の中呟いたのは胸の内だけだったか、其れとも口に出してしまっていたか。
無いとは言い切れない可能性に居たたまれず、抱き込まれている腕から逃れよう身体を捩る。
けれど其れは何の効力もなさずに、更に強い力で身体 を抱き寄せられてしまう。




「 少しでも長く、こうしていたいとは思わんかね 」
「 ……っ い、いつから起きて… 」
「 生憎この時間に昼寝をすると癖が付くのでな。寝たくとも寝れなくなったようだ。 」
「 じゃあ、ずっと起きて聞いてた…っ」




競り上がる羞恥心から、咄嗟に手のひらで拳を作って広い胸板を叩こうとすれば、瞬時に拳を大きな手のひらで包み込まれて。
非難の声を上げる暇さえ与えようとはしないスネイプは、其の侭抱き込む様に身体を起こすと、微かに桜色に染まった の頬にゆっくりとスネイプの唇が降り てくる。
擽ったさに身体を捩れば、其の反動を利用したスネイプが今度は頬にではなく唇に口付けを。
眠りに落ちていた為に高くなっていた体温が更に熱くのを感じ、徐々に深みを増してゆく口付けに翻弄される。
漸く開放された時既に息が上がっており、上気した頬を冷えた掌で撫ぜられて息を呑む。




「 怒らないのかね。 」
「 寝た振りしてたこと? そりゃあ勿論怒ってるわよ。 」
「 お前が不貞寝をした理由だ。 」
「 あ、其れ…あれはもう良いの。 全然気にしてないから、セブルスも気にしないで? 」
「 …気にしてない人間が泣いた跡を付けたまま眠りに落ちるかね、普通。 」
「 寝たら直ったの。 だからもう、大丈夫。 」
「 これが、【大丈夫な者】のする瞳かね? 」




俯き掛けた顔を無理やり上に向かされる様に顎に指を掛けられ上方に傾けられると、そこにあったのは吸い込まれそう程の相貌。
射る様に見詰られ、上昇した体温が冷えるところを知らないように、心臓は早鐘を打ち鳴らし続ける。
夫婦と為ってからもうじき一年が経とうとし、更に学生時代の頃まで含めれば彼是8年以上の付き合いに為ると云うに、未だにこの瞳に見詰られることに慣れる 事は無い。
授業を受けているときもそうだった。身体中に緊張が駆け抜ける様な感覚に包まれ、この瞳を見ると如何しても嘘を吐けなくなる。
この瞳に、もう何度囚われただろうか。良くも悪くも、 にとってスネイプから視線を投げ掛けられる事は、言葉で何かを伝えられるよりも遥かに判り易く心 に浸透してくる。




「 … 、言い給え。 」
「 …スネイプ教授は今も昔も卑怯なんですね。」
「 …お前に其の名で呼ばれるのは久しぶりだな。 如何した、学生時代に戻りたいのかね? 」
「 そうすれば四六時中一緒に居られるから…? そんなの、嫌だよ。
 一緒に居られる時間は少ないかもしれないけど、私は今の…セブルスの奥さんで居たいもん。 」




言わなくても判ってるんでしょう?
そう告げ外方を向く の頭を抱きこむ様に身を寄せたスネイプは、柔らかい耳朶に口付けを一つ落とすと、誰にも聞かせない甘美な声で愛しい妻の名をもう一 度呼んだ。
頬に掛かる吐息が如何にも擽ったい。




「 我輩も…今の方が何倍もマシだ。お前を他の人間に取られずとも済むからな。 」
「 …そう云うの、子供の嫉妬って言うんだよ、セブルス。 」
「 結構な事だ。 それでお前が我輩だけのものになるならば、な。 」




再度落ちてきた、優しく触れるだけの口付けに瞳を閉じればゆっくりと柔らかな雨音だけが脳内に響いてくる。
バカなのは、自分。
其れを判っていながらも、スネイプの甘えに縋ってしまうのはやはりスネイプが優しいからだろう。
大きな掌がゆっくりと頭の上に落ちてきて、滑る様に髪を撫ぜる。
宥めるような、愛しむようなその仕草に身を任せれば、遠退いた筈の睡魔が再び襲って来た。
起きなければ為らない。
そう思えば思うほど、暗示に掛かった様に重くなる瞼に叱責を飛ばしたところで何の効力も得られなかった。
如何しよう。
が思えば思うほど、スネイプは真逆に寝る事を進める様に柔らかく髪を撫ぜ、 が眠りに陥り易い様に強く抱締めた腕の力を放してやる。




まるで、眠りを助長するかのように。


( セブルス、起きた時も傍に居て…ね )


何時も眠る前に思う言葉は、落ちてくる瞼と急激に蝕む睡魔の所為で紡ぐ事は出来なかったけれど、其の言葉を受け止めるよう傍らのスネイプが微かに苦笑った 気がした。
何時からだろう、止まず降り続けていた雨が上がり、灰色の雲の切れ間からゆっくりと陽が射し込んで来る。
長雨があがった瞬間、其れは仲違いをした とスネイプが言葉を交わしたのと略同時に。




お前の心に哀しみの雨が降らぬ様 ----------


スネイプが小さく口にした言葉を、 は夢の中で聞いていた。

雨、あがる。 あがった先に見えるのは、払暁の様な新鮮な陽の耀きだけ。










後書き

440000HITリクエストドリーム、ヒデミさんに捧げます。
 ・スネイプ教授の夢
 ・ル シウス殿下の『愛妻家シリーズ』のような愛妻家ぶりをスネ教授で
 ・果てしなく極甘で 観たい!

愛妻家スネイプ…とのことで、愛妻家ルシウスを目指して頑張って見たのですが、稀城の力量では此処まででした…(汗)
どうしても愛妻家=ルシウスで定着してしまっているので、スネイプ教授ではどうも上手く表現が出来なかった模様です。
精進いたします…!
稀城の中では、結構甘い領域に入る夢じゃないかと思われます。スネイプ教授がガンガン喋っている時点で普段よりは気合を入れてみたりしました(笑)
愛妻家には程遠いと思われますが…少しでも愉しんでいただければ幸いです。

受け取って頂けるのでした、是非にお持ち帰り下さいませ。
勿論、書き直し等24時間承りますのでお気軽にどうぞv

++++ この作品は ヒデミ 様のみお持ち帰り可能です ++++


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