落ちた言葉のひとひら、たとえ其れが愛の睦言で無くっても。



 

落つる、一片。








最近、迷惑だと言葉に表してしまいそうな程に魔法薬学教室に通い詰めていたの様子が変わった。
講義が有る日も普段ならばキチリと黒板を見ては、如何でも良いことまで羊皮紙に内容を書き連ねて居たと言うのに、今では重要そうな場所しか書いては居らず 視線も明後日の方向を向いている。
講義が終ればそそくさと教室を後にして、夕食の時間でさえも面倒そうに最後の方に現れては誰よりも先に食事を終らせて脱兎の如く消えてゆく。
最初の内こそ、恋人であるその立場や関係若しくは己自身に飽きを感じて距離を取っているのかと思ってもいたが、食堂を去る間際で耳に入れた会話の内容か ら、如何やら興味の対象が他に移った事を悟った。


「 ねぇねぇ、あの本、何処まで読み終わった? 」
「 私は未だ半分も読み終わってない。 意外と言葉が難しくて長いのよね。 」
「 やっぱりが一番読むのが早いか…寝る間も惜しんで没頭しているからね。 」


そう云う訳か。
通りすがり様に、会話をしていたの友人の少女を呼び止め、スリザリン寮監督生を連れてくるようにと命じた。
急に呼び止められた少女はあからさまに脅えた様な表情を浮かべるが、呼び出されるべく対象が自分ではない事に気付くと、安堵の表情を浮かべ直して快く了承する。
さて、何と問い質そうか。此処一週間も満足に会話すらしていない恋人の自己中心的な行動を如何咎めてやろう。
あれやこれやと浮かんでは消えて行く言葉、ストレートに伝えるか遠回しにジワリジワリと責めるか。
何れにしても逃れる事を許さないとばかりに、心なしか表面に喜を浮かべて地下室への道を急いだ。


「 …で、我輩の元へ来ず、お前は何をしていたのかね。 」
「 此れを読んでいたんですよ。 最近ホグワーツで流行っているんです。 スネイプ教授も読みますか? 」


の友人に言伝を頼んで数分と経たぬ内に、両の手に魔法薬学のレポートと例の流行っているという本を抱えたが薄暗く陰気臭い地下室に入ってきた。
さして座り心地を考慮もしていない置いてあるだけのソファーに腰を落としてレポートをテーブルに乗せ、自身の膝の上には大切そうに本を置いて。
魔法薬学辞典の二倍はあろうかと言う分厚い本を見れば、先程の生徒達の台詞も頷けるものに変わる。
確かに、一日二日で読み終えられる程容易い厚さではなく、見た目からしても子どもが易々と読み終えられる様な稚拙な造りをしているようにも思えない。


Love Storys


ちらりと流した視線の端に映りこんで来た古文書体で記述された如何にも其れらしい横文字。
成る程な、タイトルからしてが好みそうだ。


「 莫迦げた事を抜かすな。 我輩が読んで何が楽しいというのかね。 」
「 少しは其の硬くて偏屈で捻じ曲がった性格とか根性とか直るんじゃないですか? 」
「 …恋愛小説を読み耽って直すほど落ちぶれて居んわ! 」


言葉に悪びれる様子も無く、は小さく笑うと羊皮紙の上から小さく出ている紅い紐を引っ張って本を開いた。
栞代わりにしているのは何時だったか、ロンドンに二人で出かけた際に購入した商品を結えてあった紐。
そんなもの、さっさと棄ててしまえと言えば、色が綺麗だから勿体無いと言い張って、小さな紐を更に小さく結えて胸ポケットに仕舞いこんで。
単なる飾り紐も少しは役に立つのだと、思った矢先、は空想の世界に没頭する様に薄紫の瞳でしきりに活字を追う。


「 其の集中力、講義の最中にも生かせんのかね、お前は。 」


返答が返って来ることを期待していなかった為に、が顔を上げる事無く声を発することも無く無視に近い状態で羊皮紙を捲っている様に、唯苦く笑う事しか 出来ていない。
普段ならば率先して紅茶とお菓子を用意するだが、如何やら今日の様子では望めないだろう。
本来ならば此処に居る事すらなく、自室で時間も人も気にする事無く本に没頭出来るのだから。

案の上、が好きな香りを放つ紅茶を態々淹れてやり、焼き上がったばかりの菓子と共に眼の前に置いてやっても顔すら上げる事無く華奢な腕を伸ばして指先 だけで摑み上げて、義務の様に口に運ぶ。
隣で口煩くあれやこれやと話を振られるよりかは幾分増しだろうと、スネイプはを其の侭好きにさせておきながら、自分は自分で溜め込んでいるレポートの採点に入った。


室内には、スネイプが羽ペンで羊皮紙に採点を書き込んで行く掠れた音と、がページを捲る音だけが静寂の中に響く。
其れは遮られる事無く夕刻の鐘の音が鳴るまで途切れることは無かった。


「 …、夕食は、 」
「 んー、要らない。 明日ホグズミードに行くから大丈夫ー 」


言葉を返すことにも面倒そうに間延びした言葉で返答した時には、流石のスネイプも呆れ小さく溜息を吐いた。
己のこなさなければ為らない仕事も其れは其れは残ってはいるが、此れだけ集中力を欠さずに何時間も仕事をしていれば、いい加減腹も空いて来る。
勿論、自身の腹が空き如何にも我慢が為らなくてに言葉を投げた訳ではない。己独りならば如何にでも為る。
幸いな事に、自室には簡単なものしか作れはしないがキッチンも備え付けられており、徹夜が続いた日には面倒だが自分で作った験しもある。
とは言え、時間に為れば寮に帰さなくては為らない。最近は事の外警備が厳しさを増している為に、ゴーストなら兎も角他教師にでも見付かれば其れこそ身の破 滅。


「 今日はもう帰り給え。 其の本を置いて、な 」
「 え?如何して? 私宿題もちゃんと終ったし、明日は日曜日だよ? 」
「 徹夜でもして読む気であろう? 身体を壊す。 判ったらさっさと寄越しなさい。 」


寄越しなさい、と言いながら無理矢理に近い形での膝上から本を取り上げると、テーブルの上に置かれた栞代わりの紐を取り出して頁に挟み込む。
見るつもりは到底無かった。唯、の手から取り上げた本に栞を挟む其の瞬間、飛び込んできた活字を自然に視線が追ってしまっただけ。
運悪くも見えてしまった其の一文に、思わず漏れそうになる溜息を殺し切れず、気付けば呆れた声色で問うて居た。


「 …こんなものの、何処が其れ程面白いのかね? 」
「 …………全部。 」


美しく彩られる今は褪せて過去へと形を変える。
記憶は美化され腐食され浄化され殺されてその名前も温もりも本当にあったのかと、恐ろしくなる。
それでも、僕は忘れない。生涯を掛けて愛した君の存在を、永遠に。



脳裏に蘇ってきたのは、先程視界に入れた一文。
歯の浮く様な其の台詞、ロックハートが笑顔で言いそうな言葉だと、スネイプは呆れて物も言えなくなる。
如何して女と言う生き物は、年齢関係無くシンデレラコンプレックスに似た症状を抱えるのか。世の中、口を開けばそんな言葉ばかりが吐いて出る様な男等居る 訳が無い。
結婚詐欺師真っ青の台詞を引き下げて愛の言の葉を連ねる其の生き様、同じ性を持つ者として同情の意を向けては遣るものの、間違っても羨んだり真似したりは しないだろう。


「 この恋愛小説ね、今凄いブームなんだよ? 主人公を愛してくれる男の人、本当に素敵な人なんだから。 」
「 良かったな。 本に恋をしていれば傷付く事など無かろうに。 目出度い事だ。 」
「 女の人は、こう云う風に愛を告げられると嬉しいんだよねぇ… 」


ちらり、と若干上目遣いに見上げてくる期待するような目線と責めるような声音。
興味の無い振りをしながら、取り上げた本をペラペラ捲っていれば、実際に思いつきもしない様な臭さ満天の台詞に頭を抑えたくなる。


君の居ない世界の空を見上げて、何が得られるだろう?
幾数多の星のきらめきを映すより、ただ君の微笑が見たい。
君を失えば全てが消える。だから僕は、君が微笑って居られるように、君の笑顔を護 る...例え全てを失おうとも。



「 馬鹿馬鹿しくて吐き気がする。 」


失態を犯した生徒を一瞥する様に、色味を持たない表情に自然に眉間に皺が寄った。
馬鹿馬鹿しいと言ってしまうのも無理は無いだろう。スネイプが生きてきた何十年と言う月日の中で培ってきた辞書の中に、甘い言葉の混じる睦言の類いの一切 が明記されていない事を、はスネイプと付き合ってきた6年と言う途方も無い月日を過してきた事で熟知して居る。
勿論、スネイプに言って欲しいと思う事は少なくない。しかし実際のところ、あの突慳貪な態度を見、整っているとは言え何時も睨み付けるような眼差ししかし ない男の口から愛してるだの愛しいだの聞えてきた日には世の中の終わりを思う。

大分失礼極まりない事だと思うが、其れも仕方ない。スネイプと月日を共にしているにしてみれば、この恋愛小説の主人公を愛する男性の様な台詞が絶え間 無くスネイプの口から漏れようものなら、
世界の滅亡か魔法薬学の遣りすぎで脳に異常を来たしたかの何れか。


「 ねぇ、スネイプ教授。 この本、一週間貸して上げますから、勉強する気、ありません? 」
「 …多忙を極め休日返上の我輩に良くもそんな馬鹿げた提案が出来るものだな。 」
「 言ってみただけですよーだ。 」


桜色の頬を膨らませて子どもが駄々を捏ねる様な口調で言ったに、スネイプは前髪の折に指を差し入れて無造作に散らす。そんな事をしてみても、気すらも 紛れない。
生まれて此のかた、ロマンチックと名の付くものに触れてきた経験が無い。多分、此れからも触れる事は無いだろう。
しかし、女が如何云う台詞を言えば喜ぶかは本能的に熟知している。だてに三十何年男を遣っている訳ではない。
見掛けだの偽りの愛の言葉なら幾らでも吐ける。あの時代を生き延びる為、主に媚を売るだけではなく虚偽に塗れた愛の言葉など自然に口から吐いて出て、罵倒 する言葉と睦言を吐く言葉の違いさえ判らなく為って。

だからこそ、簡単に口に出来なくなった。
本当に愛する人を得た今でさえ、愛の言葉を厭きる程聞かせてやるよりも、唯無言の侭でキツク抱締めて其の体温を感じ取った方が何倍も、何倍も…


「 …。 」
「 な…にっ…、 」


突然名を呼ばれ、如何かしたのかとがスネイプを見れば、視界は一気に黒一色に染め上げられる。
香草が薫るローブに抱すくめられる様に身体を引かれ、腰に腕を回されたかと思えば、長い指先で、くいと顎を持ち上げられる。
咄嗟に眼を瞑ってしまうのは、の癖だった。年齢の割りに華奢で背が低いは有り過ぎる其の身長差の所為で、ほぼ真上から反対方向に見下ろしてくるス ネイプの瞳に自分が映ってい る様を見るのが苦手だった。
普段は多くの生徒を見、咎めている其の眼差しの中に映り込むのが自分だけ。
其の状況が如何にも居た堪れなく耐え切れない程の羞恥が襲ってきて、何時も逃げる様に瞳を堅く瞑ってしまう。
先の行為に予測が付くのも理由の一つだった。
迫り来る端正清冽な顔を直視する事が出来ず、また其の顔に直視される事にすらも耐えられなかった。


触れ合っただけに終る筈だった口付けは、一週間ぶりの心地を味わう様に深く口付けられ、最後にすっと横滑りに表面をかすめるように撫でられた瞬間に身体か ら力が抜け落ちた。
然して激しく抱擁されている訳では無い身体、支えて貰う為に触れる事は許されるかと請うべく、静かに腕を伸ばす。
桜色の頬に触れ、耳元を伝い、髪を撫ぜて来る、その節くれ立った指。甘く擽ったい刺激に、の身体が小さく震えた。


「 さぁ、如何するかね? この本の続きを読むか、其れとも今の続きか。 特権だ、択ばせてやる。 」
「 この、卑怯っ… 」


名残惜しそうに去って行く唇が、意地悪げに攣り上がって、甘く低い囁きがすべり落ちてきた。
結局、を夢中にさせて溺れさせてしまうのは恋愛小説よりも、現実の恋人。


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名を呼ばれる、唯其れだけで、にとっては何事にも代え難い睦言と為って心に響く。
スネイプの唇から零れ落ちた言葉のひとひら、愛の言葉を紡ぐ暇さえ無い程に愛しい者の名を呼ぶ事が圧倒的に多い事を、両者は知らない。


テーブルの上に置かれた恋愛小説。
風に煽られペラペラと頁が捲れ上がり、意図した様に、最後のページで留まる。

The best sweet nothings in the world is darling human being's name.

小説の最後がそう締め括られていた事は、本を読み終えていないも未だ知らないこと。














後書き

ぎゃ…ギャグにするつもりが如何いうわけかこんな甘めテイストの夢に…(笑)
瑶玖さん、お誕生日おめでとう御座います…!と懲りもせずに勝手に誕生日おめでとうございますvv夢を贈るんですが…
誕生日、一ミリも掠ってねぇ…(笑)。
最後の最後までロイにするかスネイプにするか悩んだんですが…、前回はロイ夢を献上したので今回はスネイプ夢で(苦笑)
瑶玖さん、お誕生日おめでとう御座います…!!


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