白い花







投げ捨てる様にテーブルに置かれた、純白の粉雪の様な白い花で彩られた花束を見詰めて我輩は小さな溜息を吐いた。
先程まで買主である主の胸に抱かれていたであろうその白い花は、罪を犯した我輩を軽蔑する様に唯白い侭で其処に在る。
孔雀緑のテーブルクロスに似合わない程に白さを強調した厭味とも言えるその白い花の名は、霞草と言った。
マグルの世界では非常に安価で買う事の出来るその白い花は、瞳に涙を溜めた少女が大好きだと言っていた華。
偶々マグルの世界に所用で出掛けていた少女は、その帰り道に幾分かのマグル製品と共にこの華を買ってきた。
荷物を抱えながら重い玄関を開け、リビングに入って来た時にその出来事は起こる。
昔懐かしい教え子が婚姻の報告にやって来て折、その子と他愛無い世間話をしていた矢先。
少女の眼下で、教え子のファーストネームを呼んでしまった。
それは本当に極僅かな時間の出来事で、我輩が息を呑んだ瞬間に瞳にうっすらと涙を溜めた少女は荷物をそのままに家を飛び出した。






呼掛け様にも言葉が出なかった。
投げ置き去りにされた白い花は冷たいフローリングの床に転がる様に置かれ、バチバチと音を立てて燃え上がる暖炉の火を一身に映し出して揺らめいている。
それを静かに持ち上げると一枚のカードがひらりと空に舞って床に落ちた。
何事かとレース素材に包まれたそのカードを拾い上げれば、書かれていた文字にその思考が止まる。

− Anniversary 2th Dear My Beloved −

少女と我輩が偶然の出逢いを果たし、共に暮らし始めて既に二年の月日が流れ落ちていた。
ホグワーツの生徒でも有った少女と我輩が恋に落ちたのは己でも驚愕する程安易なものではなく、想いを伝えるまでには様々な障害と困難が茨の道の様に敷き詰められていた。
それでも、この少女とならば歩いても構わないとそう思った日から既に2年。
今日がその記念すべき日であったと思い出した瞬間、白い花をテーブルに静かに置き教え子を帰らせると我輩はローブを羽織って家を出た。






「 …雪か…。 この雪の中、あの莫迦娘は何処に行ったのだ 」






一歩足を踏み出して新雪を踏み込めば、柔らかい感触が靴越しに伝わってくる。
溜息を伴って吐き出されたその言葉が空気中に出れば真っ白い蒸気を伴う。
見る限りでも寒いこの状況下、脱ぎ置いたままのローブが玄関先に掛けてあったという時点で、少女はローブも付けずにこの寒空の中駆け出したことが伺える。
冬真っ盛りのこの時期に、風邪でも引いたら如何するのだと沸々と湧き上がる怒りを眉間に押し出しながら少女が付けたであろうと思われる小さな足跡を辿る。
早急に我輩の視界から消え入りたかったのであろうか、その意図を察することが容易な程足跡は疎らで綺麗に模られたモノは1つとしてない。
疾走したという表現が正しいだろうか。
それでも、延々降り積もる新雪に足跡が埋もれてしまわぬ様に、また少女が凍えてしまわぬ様にと必然的に足早になる。






「 …この様な場所で何をしているのかね。 」






少女を見つけ出すことは想像以上に容易であった。
数分と歩かない内に少女は粉雪の様にはらりと空に舞う雪を見詰めながら立ち尽くしていた。
徐々に夕暮れになるに連れて冷え込んでゆくこの気温に、耐えられる程の服装をしていない少女は寒さで僅かに肩が震えている。
少女を視界に認めてからすぐ様我輩は羽織っていたローブを少女に…掛けると言うよりは抱き包む様に被せて細く小さなその身体を腕に抱き締めていた。
僅かに紅くなった少女の頬に指を添えれば、ひやりと氷の如き冷たさで指先が痛みで滲む様。
すぐ様家に連れて帰り暖炉の傍で冷えた身体を温めなければ、と思った瞬間それは言葉として吐き出されることは無く喉奥に留まった侭。






「 ねぇ、セブルス…覚えてる?あの日もこうやって二人でこの景色を見たんだよね 」

「 あぁ、そうであったな。
 我が寮生ながら…規則は守らないわ課題は提出しないわ挙句に成績は不良。
 如何して卒業できたのかが今ではホグワーツの謎にすら為る程だ 」

「 …厭味ですか、それとも愛情の裏返しですか?スネイプ教授 」

「 お前の口から…”スネイプ教授”という言葉を聴くのも二年ぶりだな 」




「 口惜しいのでしたら毎日でもそう呼んで上げましょうか? 」






己に負けじと捻くれた性格を持つ少女は、性格だけは間違いなくスリザリン出身者であるとそう実感させられる。
ホグワーツ在学中から少女は変ることなくそうであった。
何時も天使の様な微笑みを振り撒きながらも、教師陣からは溜息を吐かれる程のヤンチャ振りで、リリー・エヴァンスを髣髴とさせるという声すら上がるほど。
実際問題、在学中はスリザリンに所属しながらもポッターやグレンジャーらと行動を共にする事も度々ホグワーツで見掛けていた。
我が寮スリザリンの生徒からでさえ恐れ慄かれる我輩に笑顔で話し掛けてきては、怪訝そうに一瞥して遣った所で少女には何の効力も発しない。
真逆により一層人懐っこそうに擦り寄る子犬の様に我輩に懐いて来さえする始末。
そうして過ぎ去った七年と言う月日が…今日の我輩と少女を形成しているに他ならない。






「 呼びたければ好きな様に呼べば良い。 」

「 …自分も…好きな様に呼ぶからですか? 」






言葉に詰まった。
他愛無い会話の中の1つで在ると思っていたその言葉は、今の少女には決して紡いでは為らない言葉であったと何故に早く気付かなかったのであろうか。
大体、少女が瞳に涙を溜めて家を飛び出しそれを追いかけた我輩の目的は、この様な極寒とも言える状況下で昔懐かしい思い出話に華を咲かせる為ではない。
自然と少女の肩を抱く我輩の腕に力が篭ると同時に、寒さで震えていた少女の肩がより一層震え始めた。
泣いているのだと、そう痛感させられた。
またしても、己が泣かせてしまったのだと罪の意識に駆られる事となる。
如何足掻いても不器用としか言いようの無いこの捻くれた性格が、全ての元凶だとそう認知しつつも、治し様の無い状況下に自ら置いてしまっている時点で身の破滅。
俯き涙を堪える様に嗚咽を殺す少女を後ろから抱き締めて、粉雪を被ったその柔らかい髪に口付けを落とした。






「 何故我輩が…今まで一度たりともお前を名で呼ばなかったか…判るかね? 」







その言葉に、少女は唯その頭を小さく振った。
少女がローブも羽織らずに家を飛び出した理由。
それは紛れも無く、我輩が少女を恋人として傍に置いて以来一度もそのFirst Nameを呼ばなかったと言う事実に在る。
少女もそれを強要することは無かった為に、我輩もその胸中の奥に押し殺した感情を敢えて口に出すことも無かった。
それがこの結末を呼んだ。
決して己の元から離れて行く事等無いと自負していた矢先、それを一気に覆す様な少女の悲痛味を帯びた声に脳内に焦りの二文字が疾走した。
少女に告げるのは、もう暫く先だとそう己の心で押さえつけていた物が音を立てて崩れ去った気がした。






「 何時の日か、お前を妻に迎える日が来たら…その名を紡ごうと 」

「 そんな…何時になるかも判らない遠い未来… 」



「 There’s a favor I’d like to ask of you. 」






冷たく乾いた冬空に、深々と雪が降り注ぐ。
夏には唯の広大な平原に姿を変えるこの場所は、冬には銀糸を纏った雪原へと変化を遂げる。
本当に何も無い唯の荒野に降り積もる雪は、酷く静かで冷徹さと嶺零さを帯びていると言うに何処と無く儚く其れで居て温かい。
ふわりと何かの花弁の様に舞い落ちる白雪は、先程少女が抱えてきた霞草の小さな白い華の様だと柄にも無く情緒的な事を揶揄する。
凍り付きそうな冷たい空気の中で確かに告げたその言葉に、少女はゆっくりと我輩の方に向き直り。
溜めていたであろうその涙の跡がうっすらと滲む大きな瞳を、真直ぐに見詰めた我輩は少女の頭に積もった雪を手で払い除けてやりながら言った。






「 Are together forever and it needs. 」






それは酷く稚拙なプロポーズだった様に思う。
けれども口から吐いて出た言葉も、脳裏に浮かんだ言葉も、長い間胸中に留めていた言葉も唯是だけ。
二年間も延々と引っ張り続ける程の言葉でもなければ言い難い言葉でもない。
我輩にとって少女の存在は掛け替えの無いものであると同時に、失ってはならないもの。
其れであるが故に、不器用過ぎるこの性格と感情を表面に出さな過ぎる元来からの性格とが折りなって少女への想いを口にすることですら躊躇うほど。
想いは口に出さなくても伝わるものだと思い込んでいた浅はかな自分に嫌気が差す。
現に…、愕いた様に瞳を見開いた少女の表情が、酷く嬉しそうな微笑みに変った瞬間胸中を駆け抜けた愛しいという名を持った感情に支配される。
何故にもう少し早く伝えてやれなかったのだろうかとそう痛切に思考した。






「 雪が…真っ白い華に滲んで見えます 」

「 莫迦者。何を泣く必要がある。 泣くほど厭だというなら話は別だが。 」

「 …嬉し…かった…んです… 」






嗚咽を殺して言葉を紡いで居る為かその言葉は酷く途切れ途切れであれど、決して耳障りではない。
普段余り我輩の眼下で泣く事の無い少女が瞳に溜めた涙が、嬉し涙と有って少しばかり嬉しくなって仕舞う。
止む事の無い真っ白い雪が、涙の滲む瞳で見れば小さな華に見えるのだろうか。
しっかりと我が腕に少女を抱き締めて、温もりを噛み締めるように強くキツク抱く。
二年前のあの日。
この場所で、ホグワーツを卒業する間際の少女に押し殺す事が困難なまでに膨れ上がった己の想いを、漸く言葉として伝える事が出来た。
あの日も今日と同じ様に真っ白い粉雪が滔々と降り注いでいた。
嬉しそうに瞳に涙を溜めた少女を見るのは二度目という事になる。
一度目の始まりも、二度目の始まりもこの雪が降り注ぐこの場所から始まった。
当に陽は沈み落ちて、漆黒の夜空に光り輝く幾数多の星々と煌々と照らす月だけが二人を見下ろしていた。






「 ……  」






冷え切った少女の耳元で、低いbaritone voiceが言葉を掠めた。
刹那、時間が停止しきった様に少女とセブルス双方の動きが止まる。
セブルスが初めて少女のFirst Nameを紡いだその瞬間、冷たく冷え切った少女の唇は塞がれていた。
腕に愛しい者を抱き締めて名を紡いだセブルスは、そのまま少女を冬の凍て付く寒さから守るようにして荒野を後にする。
無論、それから先、セブルスが少女の名を呼び嬉しそうに返事をする少女の姿が見られることは言うまでも無い。






私の涙がほら 白い雪に変わって あなたの心を染め もう一度 二人は 出逢うだろう…
いつまでも降る雪に 今はもう迷わない 果てしなく広がった 夜空に白い花が咲いてる










コメント

悠樹さんのサイトさん、【Olive Cafeteria】さんのオフ本に参加させて頂いた際に書いたスネイプ夢です。
夢小説のオフライン版という事で、名前変換が無い…という前提だった為に、今回名前に詰って夢を書いてみました。

スネイプ教授、ルシウス殿下、ヴォルデモート卿と私の溺愛する方々ばかりの夢小説オフライン版とのことで、企画を耳に入れてから速攻で参加させて頂きました(笑)
本当は、最後のスネイプ教授の台詞、ヒロインの名前ではなく空白だったのですが…一応オンライン版という事で今回ネットに上げる際には名前入れてみました。
冬コミ発行とのことで冬を意識して執筆したのですが…よくよく考えてみれば魔法界とは言えアレだけの極寒の中に長時間居たらローブ着ていない教授死ぬじゃろう…!!
と初歩的な考えをしてしまいました(笑)。
私個人の中でスネイプ教授と言うのは、簡単には愛の言葉を紡がずましてやその感情表現も酷く稚拙であるが故にヒロインに不安を招きやすい、という人物像が有ります。
普段は甘々至上主義なんですが、今回は儚く降る雪に詰って悲恋ではないが甘々でも無いHappy Endを目指してみました(笑)

write 2003/10/5  update 2004/2/16



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