無条件降伏論
「 もういい、知らない、ルシウスの分からず屋…!! 」
バタン、と木の扉が閉まる重い音が静寂仕切った朝のマルフォイ家の目覚まし代わりと為った。
最も、早朝という訳でもなければお昼過ぎという時間帯でもなく、敢えて明記するなら普段ルシウスが魔法省に出勤する時分。
けれども今日は魔法省の多くの人間も休暇に入るクリスマスイブと有って、マルフォイ家の面々は各々の支度に取り掛かっている真っ最中。
二階に位置するマルフォイ家当主ルシウスと其の妻 の言い争うような声が聞えたのはほんの数分前で、普段は喧嘩等しない二人に一体何が有ったのかと家臣 が疑問符を浮かべている矢先、 の怒鳴った声が木霊した。
と、同時に乱暴に扉の閉まる音、バタバタと躾けの為っていない子供の様な音を立てて階段を駆け下りてくる音が重なった。
愛妻家で知れ渡っているルシウスと、 の間に何が有ったのかと従業員が総出で玄関に詰め寄った刹那、大きな薄紫の瞳に涙を溜めた と出くわして咽喉か ら出そうな言葉が一気に胃の下に下がる。
理由を聞かずとも、其の場に居た全ての人間の考えは全会一致で【ルシウスが悪い】に変っていた。
誰一人として を引き止めることが出来ない侭、寧ろ如何声を掛けていいのかも判らない侭呆然としていれば、 は申し訳無さそうな表情を浮べたままリビ ングへ消えた。暖炉の上にあるフルーパウダーをヒト掴みすると涙声で行き先を告げ姿を消す。
引きとめようとすれど時遅く、此の侭ではルシウスに自分たちが怒鳴られると背に冷たいものが走った矢先、顔面蒼白の男が二階から文字通り転がるように降り て来た。
如何やら彼は、偶然ルシウスの寝室の前で二人の言い争いを聞いてしまい、 の涙の原因が自分たちにあるのだと云う事を堰を切った様に語り出し。
其の場に居た誰もが話を聞き終わると同時に の消えた暖炉へと視線が映る。けれど、最早時遅く其処には先と変らず火の燈されていない暖炉がひっそりと存 在しているのみ。
「 … は何処へ行った。 」
「 そ、其れが…フルーパウダーを使われまして、何処へ行ったかが判らない次第で… 」
「 フルーパウダーを使ったのならば行き先を告げるだろうが。 」
「 いえ、あの…聞きなれない異国の言葉の様な… 」
突然二階から姿を表したルシウスは普段以上に不機嫌其のモノを形取った様で、鋭利な薄蒼の瞳は冷たさを増して、背から伝わる氷点下の冷気が其の侭心の温度 を現している様。
瞳を克ち合せればビクリと震えが走りそうな其の瞳、見慣れている筈では有るというに、 の事が絡んだルシウスの瞳は常軌を逸脱した様に尋常な表情を見せ る事は無い。字の如く、逆鱗に触れるというのは正に彼の為に有るのだと其の場に居た誰もが凍り付く。
ゴクリと息を呑み込む音さえ聞こえそうな静まり返った玄関、凍り付く様な氷徹の音程で「郷里か」と言ったルシウスの言葉に、其の場に居た全ての者に同様が 走る。
マグルである 、聞きなれない言葉が出るとしたら郷里である故郷の言葉以外に思い当たる節が無い。つまりは…、ルシウスを見限って郷里に帰ってしまっ た、というのが一番正しい見解ではないだろうか。
「 あ、あの旦那様…差し出がましい事かも知れませんが、クビを覚悟で申し上げます…!!
奥様のお申し出、小耳に挟んでしまいました。喧嘩の原因が私どもにあったとは露知らず…
昨夜奥様が就寝されている間に私達がお屋敷を後にすれば…配慮が足らず、申し訳有りませんでした。 」
執事及び家臣従業員の総取締りを勤める男、グルがルシウスの瞳を真っ直ぐに見据えて述べると深々と礼をした。其れに合わせる様に、全ての従業員一同がルシ ウスに向き直って深く頭を下げる。其の異様な光景はルシウスが言葉を発するまで続けられ、誰一人として勝手に首を擡げた者は居なかった。
事の次第はこうである。
ルシウスの妻となった がこの屋敷で過ごす初めてのクリスマス、其の過ごし方でルシウスと の間に意見の食い違いが生じた。
ルシウスは去年同様 と二人きりでの外世界でのディナーやらを愉しみたいと言ったのに対し、 は折角広い屋敷と大勢の従業員が居るのだから皆で過ごし たいとそう言い出した。
が嫁いでくる前年までは、世間一般で言われるところのクリスマス休暇がマルフォイ家にもあり、クリスマスイブの今日、マルフォイ家の従 業員は各々郷里 なり恋人の元へなり帰って行く。
勿論、必要最低限の人数の執事や家臣は其の侭残るのであるが、 が望んだのはマルフォイ家住人全員でのクリスマスパーティ。其れに真っ向から反発したル シウスと が、朝も早くから言い争いをしたと言う次第。
勿論、 も従業員にも都合が有る事は知っており、勝手に変更できない旨も熟知していた。唯、ルシウスの言い方に…問題があった。
「 …グル、貴様クビを覚悟すると言ったな。
つまり、貴様がしくじれば従業員総出の解雇も連帯責任として生じるのが常であろう? 」
「 そ、其れは勿論でございます。 」
「 為らば今から一時間以内にクリスマスディナーの準備をしろ。
外せぬ用事がある者は帰って構わない。私は一時間で を連れ戻す。 」
その言葉に、頭を下げた侭だった従業員が一斉に首を擡げた。
瞬間、脇に荷物を置いた者も着替えが途中な者も全て其の侭に小走りで部屋に駆け込むと、普段着から与えられた使用人の服装へと着替え次々と各々の持ち場へ と散って行った。
誰一人として荷物を持って玄関の門を潜る者は居らず、全ての人間が一言も口にしない侭、 が何時戻ってきてもいいようにと忙しなくクリスマスディナーの 準備に取り掛かる。
独りくらいは帰る者が居るだろうと鷹を括っていたルシウスも、この光景には眼を見張った。 がこの屋敷に来てから一年足らず、此れ程までに家臣の者に慕 われているとは。
見縊って居たのは時分だけだったと嘲笑しそうな感情を押し殺していれば、立ち尽くした侭のグルが挑戦的な一言を吐いた。
「 旦那様、クビを覚悟でもう一つ言わせて下さいませ。
我々は威信に掛けて飾り付けから全て一時間で終らせて見せます。
出来なかった時はどうぞ旦那様の御命に従ってクビでも何でも受け入れる覚悟が出来ております。
ですが…、もし一時間で旦那様が奥様を連れてこられなかった場合… 」
再び、バタンと強い音がマルフォイ家に響いた。
閉めた張本人は勿論ルシウスで、其の侭ローブを羽織ると独りで外世界へとフルーパウダーを使って を探しに行く。
会話の最後、グルの放った一言に、威信ではなく名誉にも代えて を捜して見せると心の中で誓いながら、慣れない日本の大地を踏みしめた。
勿論季節は冬真っ只中、深々と降り積もる雪は留まる事を知らぬ様に全てを白に染め上げて包み込んで行った。捜してくると啖呵を切ったものの、何処を捜せば 良いのかと白銀世界を視界に入れては溜息を吐いて。
取り敢えず実家を中心に捜してみようかと思った矢先、脳裏に描かれた去年のクリスマスの情景に思い当たる節を見つけて、懐の杖を取り出して其の侭其の場所 へ。
マグルの世界で魔法を使うことを禁じられている事等、既にこの時のルシウスの思考には残っては居なかった。
「 … 、風邪を引く。 」
「 ルシウス…ごめんなさい、年甲斐も無く我侭を… 」
記憶の糸を手繰り寄せて行きついた先は、空き地に囲まれた住宅地の外れにある小さな公園。
昔良く此処で遊んでいて、何か厭な事や思い悩む事、独りになりたい時は此処に何時間も居たとそう言っていた事を思い出した。
錆付いたブランコと背の高くない滑り台、一台しかない鉄棒に砂場とは言えない様な真四角の空間。其れしか無い寂れた公園の中心、今はもう誰にも使われてい ないのか一台限りに為ったブランコに腰を落した が居た。
降り続く雪に構う事無く小さな頭に雪を積もらせて、俯いた侭小さく前後にブランコを揺らす其の様はまるで親に叱られた小さな子供を思わせた。
体温に溶けては其れが流れ落ちる前に降り積もる雪で再び凍て付く礫を手で払い除けてやりながら、後ろから細い身体を手中に収めた。
ローブ越し、伝わる冷たい体温は紛れ無く己が悪かったのだと思わずに居られない程冷え切っていた。
「 、グルと約束をしてしまってな…一時間以内にお前を探し出して連れ戻さないと私は解雇らしい。 」
「 か、解雇…!?ルシウスが? 」
「 従業員全員が私を解雇して、お前に付いて行くと。莫迦莫迦しいことを。 」
言葉は氷点下の気温同様冷たい侭ではあれど、表情は至極穏かなモノで有った事は間違い無い。実際問題、其の言葉をルシウスに吐いたグルでさえも、酷く柔ら かい表情の侭主に向かって言い放ったのだから。
詰る所、ルシウスが を一時間で見つけられない訳は無いと鷹を括っての発言だという事は両者暗黙の了解事項であり、グルや従業員一同絶対の主君はルシウ スその人でしかない。
勿論、其のルシウスが を裏切ろうモノなら笑顔でルシウスを裏切りそうな予感もするのであるが。
いずれにしても、其処までの事を従業員にさせる程、 はマルフォイ家家臣に慕われているという事。
「 帰るぞ。 」
「 で、でも… 」
「 クリスマスディナーらしい。皆が…お前を待っている。 」
「 え、だってみんなはクリスマスには休暇に入るって… 」
「 誰一人として帰る者は居なかった。皆、お前とクリスマスを過ごしたいと準備してる。 」
呑み込んだ息が幸せさを含んでいた事が、抱き締めた腕を通じてルシウスの心にも響いた。
はらりと舞い散る雪が一層強さを増して二人に降り注ぎ、漆黒のローブに幾つもの白い斑を作り上げて行った。払うこともしない侭、振り向き様に至極嬉しそう な笑みを湛えた がルシウスの首に腕を回して抱き付く。
古びたブランコが小さく雪間にギィと音を立てて静かに揺れた。其処に先まで在った二つの陰は、何時の間にか、消えていた。
* * *
ばふんと埃が舞う様な音を立てて暖炉に劫火の火が燈り、一瞬で消えた。古びた暖炉に身を落して、次に出たのは慣れ親しんだ賢覧豪華なマルフォイ家の暖炉。
門を潜る様に小さな石畳模様の縁を掻い潜れば、暖炉の前に列に為った従業員が一斉に頭を下げた。
何が起こったのかと吃驚した様に瞳を丸くした は、何事かと其の侭従業員とルシウスを交互に仰ぎ見た。其の様が余りに可笑しげで、堪え切れなかった苦い 笑いを薄っすらと浮かべると、刹那に声が掛かる。
「 お帰りなさいませ。御夕食の準備が出来ております。
旦那様の御好意により、今夜のクリスマスの祝賀は我々もお邪魔させて頂こうと思うのですが…
如何でしょうか、奥様。 」
其の言葉に、 が真っ先にルシウスを見えば、何とも言えない表情の侭のルシウスが其処に居て。悔しさ紛れかグルに負けた腹いせか、 を其の侭抱き上げ ると上座の位置に無理やり連れて行く。
普段何気なく使っているリビングは、二部屋続く大広間まで開け放し状態にされ、至る所にクリスマスの飾りが施してある。
勿論、長テーブルには七面鳥を初めとした様々な料理が美味しそうな湯気と香りを湛えて並べられ、冷えたシャンパンにワイン、盛り付けられたフルーツも全て 綺麗に飾られて居る。
室内を見渡せば、大きなモミの木が三つ趣向を変えた飾り付けで聳え立ち小さな飾りとライトアップが至る所に見え隠れしている。
此れを本当に一時間で遣って退けるというのは本当に職人技だと、 より先にルシウスがそう認めた。結局のところ、初めからこうなる事は予想出来ていた事 だったとルシウスは自嘲染みた笑みを噛み殺した。
「 Happy Merry Christmas!! 」
の言葉と共に克ち鳴らされるグラスの音、愉し気な宴はマルフォイ家始まって以来のモノだと客観的にルシウスは思う。けれど、幸せそうな の表情を見 れば、其れもさして悪くは無いものだと。
眼を離せば従業員に掠め取られそうな の細い腕を掴んで、見せつけとばかりに其の侭桜色の唇に口付けを。
唇を離した刹那に真っ赤な顔をした を手中に抱きながら、冷えたシャンパンを喉奥に流し込んで。
今年ばかりは夜半を過ぎても灯りと笑い声の絶えないマルフォイ家を、付近の住人が酷く不思議そうに見詰めていたのは誰も知らない。
「 グル、実際の処、私は何分で戻って来た? 」
「 申し訳ありません、旦那様。時計を廊下に落してしまいまして… 」
「 全く、役にたたんな。 」
約束の一時間後を数秒だけ過ぎた事は、 以外の全ての人間が知っている事。けれど、あの幸せそうな微笑を見れた代価として其の数秒は無かった事にしよう と暗黙の内に抹消されていた。
無論、例えルシウスが何時間と遅れようとも を連れて帰ってさえ来てくれれば、其れでいいとは思う従業員一同であれど、その様な事は口が裂けても主に公 言出来ない。
しかし、其れすらも全てお見通し、知らぬのはグラス片手に愉しそうに微笑う だけである。
今年のクリスマス、マルフォイ家の灯りは舞い降りる粉雪の中滔々と何時までも燈っていた。
後書き
クリスマスドリーム第三弾はやっぱりなルシウス。
これもまたアンケートの中に「愛妻家ルシウスシリーズで」と言うリクがあったのですが…やっぱりルシウスの愛妻家大爆発させたほうが良かったですかね (汗)
其れは追々…お正月の夢にでも書くとして…(笑)
因みに、マルフォイ家の中で一番の権力を持っているのはもしかしたら、ヒロインなのかも知れませんね…(苦笑)
グルさんの台詞の中の私は「わたくし」と読んで下さいね(笑)
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