幸福論
一頻り雪が降る冷たく凍えた街に、其れ等を飲み込む様に温かな暖色を灯した電飾に彩られ た明かりが途切れる事無く続いていた。
空を見上げれば絶え間無く雪は降り続いて、街の全てを包み込む様に白一色に飾り付けられていった。
雪が邪魔をするのか、普段は難なく見れる星も今日ばかりは休暇を取ったとばかりに姿を見せる事が無い。
少しばかり残念に思いながらも、はらりと舞い落ちる牡丹雪を眺めては其の美しさに見惚れる。
もう何年…この景色を見ていないのだろうか。
溜息とも取れる息を吐き出せば、混濁した様に白く空気に解けては消えて逝った。
何でも良い、一つだけ言うこと聞いてやる、ヴォルデモートのそんな驚く様なクリスマスの提案にが望んだのは一日限りの外世界でのデートだった。
ヴォルデモートの寵姫として彼の元に過ごして来たこの数年、は何時も彼の根城である暗い地下空間で息を殺す様に生きてきた。
と言っても勿論の事、自由は有るのだけれど外の空気に触れる事が極端に少なくなった。
出る機会があってもほんの数時間、其れもヴォルデモートと一緒ではなく配下死喰い人の女性のみ。
自ら避ける様に外世界にも足を運ばなくなった矢先、ヴォルデモートからの其の誘いの言葉に冗談半分で提案を持ち掛ければ返って来た意外な結果に、暫し事を 呑み込めずに居た。
彼を待つ今でさえ、夢を見ているのではないかと錯覚する。
「 寒かったか? 」
「 大丈夫…って…此れ… 」
舞い降りる雪よりも、空に耀く星よりも、誰よりも聞きたかった愛しい者の声が耳元で聞えて嬉しさに顔が綻ぶ。
問いかけに返事を返す其の前にふわりと首元に掛けられたのは、手編みを髣髴とさせる柔らかいマフラー。
此処に来る途中、何処かで買ってきたのだろうか、如何記憶の糸を手繰り寄せてもヴォルデモートがマフラーを持っていた記憶は無かった。
問うて見る等と云う恐れ多い事は出来ないけれども、疑問を帯びた返事をしてしまった為に何か言わなければと次の言葉を考えるも浮んでは来ない。
四苦八苦する様が伝わったのか、低く笑う声が聞えて冷えた頭に温もり通わぬ手が乗せられて、撫ぜられる。
不意に視線を紅蓮の瞳に向けてしまったのは、人が往来する道のど真ん中でアカラサマに恋人同士と思われる行動をする等と言う概念自体が無かったからかもし れない。
「 何処へ行く?…取り敢えず、食事は如何だ? 」
「 え!?あ、はい…お任せします。 」
降って来た意外な言葉は先ほどの一度だけでは事足りぬ様。
思考回路が一瞬切断された様に脳内が状況を判断しきれずに、吐いて出た言葉がどもってしまう。
明らかに狼狽している様が見て取れると言うに、ヴォルデモートは気にする素振りも見せずにの肩を抱いて道を歩く。
漆黒のローブに身を包んだ男性と、粉雪と同じ白いコートを身に纏った少女の闊歩は周囲の人間に如何映っているのだろうか?
恋人同士に見えてくれなくても構わない、せめて誰も何も疑問に思わない様に映る様にと声に為らない願いを唱える。
相変わらず無口な恋人は歩いている最中も口を開く事は無いけれど、別段不思議な事でも何でも無い。普段はが一方的に喋ってヴォルデモートが聞いてい る。
黙れ、と言われない限り不快ではないのだろうと何時もなら気にしないことも今日ばかりは勝手が違ってか、何を話して良いのか会話内容を選別する始末。
「 何か話せ、お前が黙っていると落ち着かん。 」
「 え…でも、此処外… 」
「 構う事は無い、気を遣って黙られた方が何倍も不快だ。 」
其の言葉に、は小さく笑って口を開いた。白く降る砂糖みたいな雪と、青く透き通る様な月灯りの下のは、少し疲れた風にも見える。
ヴォルデモートが【仕事】に出掛けた日は、決まって食事を取らなかった。
無事に帰って来るまでは一切の食事をしないとが決めたのは、もう何ヶ月も前のこと。
ヴォルデモートへの当て付けか否かは定かではないが、心配で食べ物が咽喉を通らないと言うのが満場一致の結論。
事実、ヴォルデモートが帰ってきた瞬間、が彼にだけ見せる微笑みは至極幸せそうで美しかった。
其れから先、何を話したかは余り覚えては居なかった。唯、普段通り他愛の無い世間話だった気もするし、もっと重要な話だったような気もする。
ヴォルデモートはの話を聞きながら、終始苦い笑いを浮かべて相槌を打った。彼がこんな穏かな表情を見せるのは酷く珍しいと痛切に思う。
誰より世界を愛して、誰よりも世界を憎む其の姿は誰もが恐れ戦く。漠然とした未来に身を委ねている訳でもなければ、耀く将来が遣ってくる訳でもない。
けれど何時如何なる時も自分はヴォルデモートの傍に居るのだろうと、月明りが僅かに映し出した端正な横顔を見ては度々に思う。
「 人は何を願うのでしょうか? 」
「 何だ、唐突に。 」
突然前触れ無く振られた疑問に怪訝そうに眉を顰めれば、笑みを湛えた侭のは電飾の灯された一つの教会を指差した。
クリスマスと有ってか、案の定荘厳厳粛其のもののパイプオルガンの旋律に乗せた讃美歌が漏れ聞こえていた。
人に名を尋ねれば神だと答える人間がこの世界に存在するのならば、彼等は神に何を祈るというのだろうか。
が問いたかった大元根源は其処に有るのだろう、けれど敢えて只隠しにする様に言葉足らずに伝えたのは機嫌を損ねない為。
暗黙の了解の様に取られた感覚が、今だけは酷く不快。話題を摩り替え様と適当に解答を浮かべるもどれも釈然とせずに泡と消えた。
神等と云う存在、証明させない方が証明することよりも楽だと言うのは世の常で。だからこそ神を信じるものを罵倒し続けるのだろうか。
「 大方、世界が平和である様に、だの自己満足の延長線な希だろう。
私がこの世界に居続ける限り、幸せなど来ないというに。 」
自嘲染みた苦い笑いを押し殺しながら吐いた言葉は白い空気を伴って解けた。
心の底から愉しそうな表情を見せるのは、自分の望んだ世界が手に入る其の瞬間を垣間見たいからか、其れとも全てを壊したいからか。
胸中は誰にも判らない、ヴォルデモートが心内を解き解す等と云う事態は有り得ないのだから。
だからこそ余計に其の本心が知りたいと思うのは何もが幼い所為ばかりでも無い。
不安と言ったら酷く大げさだが、心配と言う言葉では足り無すぎる。
小さく握り締めた掌が震えるのは、氷点下を観測する気温の所為では決して無かった。
「 …私は困る。 」
「 如何した 」
「 …私はこの世界から貴方が居なくなったら幸せじゃなくなるから…困る 」
言った瞬間、珍しい事は二回も起きるもので、人通りの更に激しくなった道端で軽く頭を撫でられた。
子供扱いで誤魔化された気もしたけれど、反発の言葉は出なかった。
クリスマスの夜、一度だけなら自分の為に願い事を言っても許される気がした。例え其れが世界の平和に祈りを捧げる教会の眼前だったとしても。
震えた掌の揺れが収まらないのは寒さの所為ではない。浅はかにも程がある望みを口に出してしまった。天津さえ、其れを誰よりも愛しい者に伝えてしまった。
重荷に為るなら一生心の中で仕舞い込んだ侭に仕様と思った其れは、苦痛を伴っての心に突き刺さる。
誰より強欲なのは自分なのだ、と。自己嫌悪からかが一切の口を噤んでしまう。
「 …私は此れから独り言を話す。 」
「 え?あ、…はい 」
「 私が臨むモノは常軌を逸脱している。
正直、死を覚悟した瞬間で有っても最後に手に入る為らば、途中で誰に何が起ころうと構わない。
私が手中に収めたいモノは
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世界とお前だ。 」
相変わらずの沈黙、独り言と銘打った其れはヴォルデモートからの解答にさえ思える。
失敗した、其れは紛れない心からの懺悔にも取れた。
唯の一度だけ自分の感情を言葉にするなら其れしかないと吐き出した臨みは、の幼い心を蝕むだけだったのかも知れないと。
けれども即座に返って来た微笑が言葉無くとも全てを物語っていた。
如何してこんなにも幸せそうに笑えるのかと、聞こうとして其の疑問符を打ち消した。聞いたところで返って来る答が判り切っていたから。
何時から自分はこんなにもこの幼子に甘い顔を見せる様になったのかと、小さく哂う。
「 …来年は二人でお城で過ごしましょうか。 」
「 もう外世界では私とは歩きたくないと? 」
「 二人きりの方が、気兼ね無いですから。 」
粉雪が舞い降りる。
冷たい指先が絡まるのはもう少し後の事、控えていた食事も結局のところ行使される事も無く二つの陰は何時の間にか消えていた。
手に入れる為ならば誰を傷つけ失っても構う事は無い。
全ての願いを手に入れた其の瞬間叩き落されるのが地獄であっても、其れまでに一瞬でも【幸せ】だと感じられれば満足だと柄にも無い幸福論を唱える。
が傍に居れば其れだけでいい。
そう素直に言えぬこの感情、少しはお前に伝わっただろうか。
後書き
クリスマスドリーム第一弾は先陣切ってのヴォルデモート。
切ない雰囲気大好きな稀城、やっぱり彼は外せません(笑)
因みに、アンケートの中に「ヴォルデモートとヒロインのデート」と言うリクがあったのですが…此れでは叶えられていない気もします(汗)
…にしても、出かけられるんでしょうか、彼(笑)
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