心に響いてくるかの如き、遠い遠い記憶の断片を垣間見ているような錯覚に襲われた。
遠くで少女の笑い声が聞こえる。
ハッキリとその声色を確認する事が出来るほど、私の意識は持つことも無いだろう。
薄れ逝くその意識の中で聞いた少女の声は、酷く幸せそうで。
傍から聞いているこの私の表情さえも和らげてしまいそうなその声色。
何処か懐かしいようで、
何処か愛しいようで、
何処か切ないような、そんな声色。
私が意識を手離して再び瞳を開けることが叶うならば…その声色に起こしてもらいたいと、何故かこの時そう願った。
太陽がまた輝くとき vel.2
ばさりと音を立てて崩れ落ちた美麗なる亡骸を、私は無関心なまま見下ろした。
遥か後方に落ちる彼の手にしていた杖は、主を失って物悲しそうに唯其処に位置する。
一気に凍て付く様な冷気が辺りに立ち上り、冷たさに慣れている筈のその背後に冷たいものが走り抜けた。
この上なく居心地が悪い。
己に反逆の牙を剥いたこの男も、二度とその淡蒼の瞳に光りを燈す事が無いのだろうかと脳裏に侍らせながら静かに流れる時に身を任せた。
私の唯一つの宝物を愛する事さえしなければ、この男も真っ当な余生を過ごす事が出来たであろうに。
己を欺いたその罪だけは許してやろうも、この私から大切なモノを奪う事だけは赦すまい。
思えば何故に一年もの長き間、この男にを預けたのかすら判らない。
コレは私の、私だけのモノだと言うに。
自然と膝に抱いたを支える腕に力が篭る。
すると、その細い身体が僅かに震えている事が腕を通じて己の身体にも伝わった。
「 …この様な無様な姿に成り果てようと、お前はこの男を愛していると言うか? 」
細い顎に指先を掛け、小さなその顔を此方に向けさせれば色を失ったその瞳から透明な雫が頬を伝うのが見て取れた。
眼下の冷たい大理石の上に横たわる無様な貴族の末路。
この様な状況は幾度となくその瞳に入れてきたが、自我を欠いてまでもその心の奥底で涙を流すとは。
其れほどまでにこの男を愛していると言うのだろうか。
だとすれば、腹立たしい。
一度はその絶対の愛情を己に向けた愛しい少女が、自我を失くした今でもその心はこの男のモノだ等と戯言を。
細い顎に指を掛けたまま、その桜色の唇を塞ぐ。
口付けを落としてやりながら、その腕を指を、細い喉奥に絡める。
少し力を入れてやれば、呼吸が塞がる前にその喉を形成する首骨が折れるだろう。
人間の娘とはなんとか弱きものであろうかと。
その少女を気が狂うほど愛してしまった己は、どれ程か弱くみすぼらしいのだろう。
誠、吐き気がする。
「 ……lu…sius… 」
「 この期に及んでもその名を紡ぐか…ッ 」
毀れる涙が、指先を濡らした。
ぐっと指先に力を込めてやれば、くぐもったその悲痛な叫びが声にならない声を上げて震え上がる。
拒絶する事も、指を振り払う事もしないまま、少女は涙を溜めた瞳に彼を映す。
無理やり此方を向かせたのだから、その瞳は己を映し出しているだろうに、その瞳に映し出しているのは私ではないと酷く絶望した。
そして、渇望した。
この瞳にもう一度、己を映してはくれまいかと。
そうしてこの小さな手を己の手と絡め、桜色の唇から名を紡ぎ、微笑み掛けて欲しいと。
例え…その名前が昔捨て去った過去の柵だったとしても、それでも眼下に倒れるこの亡骸の名よりは未だ救われる。
未だ…未だ報われる。
「 …如何したらお前はその瞳に私を映す?
如何したら…もう一度私を愛する… 」
細い喉を掴んだ指先から、徐々に体温が抜け落ちて、脈拍が緩やかに成る。
このまま締め続ければ、首骨が折れる間際に彼女は事欠くだろう。
己を裏切った者を始末する事など今まで散々行ってきたではないか。
この手を血に染め、身を闇に浸して、それでも此処まで生きてきた。
Load Voldmortの名の下に。この名の為に。
世界中の魔法使い達が平伏し、恐れ戦くこの名を持つ私に微笑み掛けたその幼い少女が息絶えようとしている。
私の手によって。
私はこの少女の命を自ら奪うことを渇望しているのだろうか。
その瞳に、心に己を映す事が無いのだからいっその事、殺してしまえばいいと?
私の願い等…多寡が知れていると言うに。
「 ……っ… 」
締め上げ続けたその細い首から、指が滑り落ちた。
ガクンと腰を落としたが、急に通るようになった喉に空気を流し込んでは堰をする。
気が付けば、己の犯した失態に己自身が嘲っていた。
咳き込むを冷たい眼差しで見つめながら、そのまま視線を事欠いた彼に映す。
私が一年もの長き間、無限に繰り返される螺旋様にこの男を生かし続けとの余興を楽しませた理由。
それに気付いてしまっていた。
出来れば、気付かないほうが幸せだったその事実。
この無様な男を愛し、微笑むを愛してしまっていた等というこの失態。
愛しい者は二度とその美しい瞳に己を映すことは無いと知りながら、それでも笑む様を遠くから見つめていたいと。
何かが、そして全てが音を立てて壊れる音を聞いた。
「 …
愛してくれぬのならばせめて…一生私を憎む事で私を忘れないで欲しい 」
倒れこんだを抱き締めて、私はに忘却魔法を施した。
あの日と同じ様に。
をこの手で殺める事など最初から私に出来るはずなど無かった。
出来る事ならあの日、がルシウスを愛していると気付いたその日に抹殺したであろう。
それでも出来ずに居たのは、やはりを愛していたから。
如何する事も出来ぬこの感情に心を支配され、向ける笑みが例え他の男に対するものであっても、それを望むと。
意識を失ったと相反するように、冷たい床に伏したレイラがその瞳を開けた。
覚束無い足取りで此方に歩いてきたレイラはそのまま凍り付いた様に呆ける私の膝に上がる。
小さなその手で私の両頬を撫で、嬉しそうに身を寄せてくる。
思えば…レイラも、の愛情を欲する私の様に、永遠に手に入れることの出来ない私の愛情を欲しているのだろうか。
全てが、壊れて行く。
全てが、壊れて、また繰り返される。
永遠とも呼べる長い長いその運命と言う名の歯車は、違う事無く回り続けて終わる事も無く唯其処に有り続ける。
私がこの余興に飽きるまで。
私のこの身が誰かの手によって滅されるまで。
私の心からと言う存在が…消え去る日まで。
意識を取り戻したルシウスが、朦朧とする意識の中何かに導かれるように歩く。
誰かに教えられた訳でも無ければ、その先に何が待ち受けているのかも判らない。
唯、ハッキリと記憶しているのは、生涯絶対の忠誠を誓った主を裏切り、その最愛の少女の手を引いて城を抜け出したと言うことだけ。
一度見たことさえ有るような気がする鬱蒼と多い茂る森を抜けたその先に、絶壁に立つ廃墟が姿を現した。
崩れ落ち去ったその古城は、悠久の時を数えるように只静かに横たわっていて。
倒れた柱樹が綺麗に組まれたその下に、真っ白な薔薇が敷き詰められている。
その真ん中。
薔薇に抱かれるようにして、一人の少女が横たわっていた。
「 ……! 」
気付けば叫び、駆け出していた。
然程距離も無いというに、少女の元に辿り着くまでの時間が自棄に長くて。
小さなその身体をこの腕で抱き上げた瞬間、温かい体温に苦笑して、強く強く抱きしめる。
苦しい、と抗議の声を上げられる位にまでこの腕に抱き寄せたは、その苦しさからか重い瞳を開いた。
私の瞳を真っ直ぐに見る。
それだけで、
唯それだけで、私は酷く幸せだとそう感じた。
「 …あなた…誰…? 」
運命の歯車は、もう一度回り始める。
大きく淡蒼の瞳を見開いたルシウスが、を強く抱き締めたままに小さく魔法を詠唱した。
自然と口から漏れたのは忘却魔法。
これで、全てが終わり、全てが始まりを告げる。
何もかも、もう一度繰り返さなくては成らないと言うシナリオに描かれたルシウスとは、もう一度その場所で出会った。
けれどそれは、ヴォルデモートの意志によるもの。
彼の心からという存在が消える日まで、
彼の心からを愛する記憶が消える日まで、
彼が誰かに滅せられる日まで、永遠にそれは繰り返される。
− いつか 戻って来られる日が来るまで −
最後にヴォルデモートが呟いたその言葉は、空に消えた。
が手放した意識の先にあるものは、決して叶う事の無い約束。
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