---------- 人は常々己に無い物を強請る様に欲しがる。其れは、君を想う一破片の慕情に似ていた。






Raven








今、こうして地に足を付けて立っていられるのは君への強い恋慕が有るからだと言えば、口 を吐いて出た言葉は直ぐ様虚偽の塊に成り果てる。
凍り付く様な澄んだ静寂は好ましいが、絶望の切っ先に立たされたような沈黙は耐えられなかった。
過ぎ行く時間を唯如実に刻むだけの時計、其れは機能を果たすには充分すぎる程、誇示する様に秒針の動きを知らせる。
普段は気にも留めぬ其の音が、自棄に目聡く耳に付く程この部屋に無駄な音が無い。其れは冷え切った関係にも似ていた。
無意味な程に作り上げられた空白の時間、其れまで時間に追われる様に走っていた羽ペンも、羊皮紙の上に黒い汚点を残して倒れていた。




「 …理由を聞こうか、。 」





ギシリと椅子が軋み、静寂空間に己の声だけが響き渡ると言うのは何とも云えぬ寂寥感に包まれる。
教室で聞かせる低い怒声よりは幾分か気を抜いたつもりでは居たが、一度脳天に上り詰めた血の気はそう簡単には引く物では無く、言葉を吐く己でも憤慨を髣髴 とさせた。
自然と足を組み、其のうえ腕までも組むのは普段の癖。其れが余計にの背に冷たいものを走らせた様子で、ビクリと身体が一瞬震えたのが伺える。
小さく息を吐く音、溜息を吐きたいのは此方の方だと云わんばかりに溜息を吐き返して遣る。





「 如何したのかね、言い返すべき言葉は何も無いと? 」





此れでは、益々の心中の恐怖心を煽るだけだと判っていながら、口から自然と吐いて出る言葉の速度を止める術が無かった。
項垂れた様に下がった頭、寄添うようにさらりと流れた絹糸は、頬に吸い寄せられるかの様にゆっくりと軌跡を描くか如く流れ落ちる。
途端に鼻に付くのは、嗅ぎ慣れた柑橘系のシャンプーの薫りと眉間に皺を寄せてしまう程の微小の嫌悪対象物の残り香。
実際問題、如何して此処まで己が腹を立ててしまったのかと今更ながらに問うては見るが、其れも愚問でしかない。現に、心に宿された冷言葉は既に口から出た 後であるのだから。





「 …怒って…いらっしゃいますか? 」





物言いたげな眼差し、淡薄紫の瞳は何時でも真っ直ぐで純粋だった。
ようやっと口に出した感が漂う言葉は、此方の様子を伺う訳では無く、独り言に近い。諦めた様に語尾を濁らせる口調は、【言いたいけど、言えない】、そんな 雰囲気を帯びる。
教師と生徒と言う間柄、慣れ切った其の関係位置がさせるのか、何時も決まっては言葉を告げる事に一歩距離を置いている様に見受けられる。
諦め、不貞腐れた様にそっぽを向く小さな子供の様な仕草をされるなら未だしも、頑なに悟られず隠そうとする其の要らぬ世話紛いの行動が腹立たしい。
いっそ、己の矜持を理由に罵倒された方が楽だとすら思う程。





「 …怒っては居ない。だが、明瞭な理由が有る筈のモノに黙秘を決込まれるのは納得がいかんな。 」




「 只の…憧れ、だったんです。昔から、大人になったら一度やりたいと思っていました。唯、其れだけです。 」





言葉に絶句した。
否、の其の言葉を信じて居ないという訳では断じて無いが、面を上げて普段の微笑を湛えた侭何事も無かったようにそう言った表情が泣いていた。
今まで共に過ごしてきて初めて垣間見た刹那い表情、心の臓がドクリと音を立てて跳ね上がる。確実に開かれた瞳の瞳孔、誰より鋭いに気付かれない筈が無 かった。
心の内を曝け出した様な羞恥に襲われて、一瞬で視線をふいと逸らしてしまって居た。哀しそうに笑う。顔を戻さずとも、手に取るように其れが見える事が 余計に辛さを増幅させた。





「 ダイッキライだったんです。 濡れ黒烏の様なこの髪が。 暗黙に不幸を呼び寄せる気がして。
 只でさえぱっとしない顔立ち、容姿からアカラサマに東洋人だと思われる事が凄く厭だったんです。
 だから…、明るい琥珀金糸に憧れていたんです。 」





東洋出身のは、東洋女性の持つ華奢で寡黙と言った単語が酷く似合う少女であった。
組み分け帽子の儀式の際も、見事なまでの水淡白墨の絹糸の様な髪が酷く印象的で、同時に東洋の神秘を髣髴とさせていた。
元来髪の色素は親からの遺伝と体内に流れる血から形成されると云う。純血のであれ、両親が共に東洋人な為にの髪は闇夜の漆黒に酷く似た深い黒で あった。
実際に我輩もそうでは有るが、このホグワーツに於いて黒髪自体は別段特別なものでは無い。しかし、西欧諸国の民の持つ黒髪と、東洋の民が持つ黒髪では明ら かに東洋の民に与えられた黒髪の方がより深い漆黒に染め上げられている。


よもや、その様な事に常日頃コンプレックスを抱いているとは露知らず。故に、冬期休暇からホグワーツに戻ってきた際に、脱色によって金に近しい色に無理や り抜かれた其の髪を見て、眉間に皺が寄った。
似合っていない訳ではない。確かに前よりは表情が明るくなった様にも見える。しかし我輩が第一にを見た時に脳裏を掠めたのは、酷く勿体無いという感情 だけであった。
別段酷く手入れを施されている訳では無いの髪、けれど指を絡めずとも想像出来るほどに柔らかで痛み等微塵も無い正に絹の様な其れ。
実際に何度か指を通した経験が有るが、指間をするりと滑り落ちて行く極上の其れは、金銭的価値を付ければ其れこそ値が張るのは安易に想像が付く。未だ嘗 て、此れ程見惚れる繊維を見た験しは無い。





、此方に来給え。 」





覚束無い足取りで、呼ばれた本人は悲しそうな表情を驚きの其れに変貌させてゆっくりと歩いてきた。
ピタリと眼前、思い留まった様に唇を食み、見上げる視線に頑ななものを感じるのは我輩に怒られる事を予測しての行為か。
極力音を立てぬ様、ゆっくりと椅子から立ち上がれば、案の定細い華奢な身体は一瞬一歩後ろに後退る。
逃すまいと空かさず腕を伸ばせば頬を張られると勘違いしたが、ビクリと其の身体を竦めた。
伸ばした指先は空を切る事無く、が身体を一瞬後ろに倒した事で生じた風に揺れた前髪を柔らかく撫ぜ、くしゃりとかき上げて遣れば年齢より幼い顔が露わ になる。





「 酷く綺麗な髪だ。金糸も似合うが、如何も我輩の中には黒を携えたお前が焼きついて居てな。
 お前には…漆黒が一番似合っている、と。 」





唇の端を上げて笑みを浮べて遣れば、白く透る肌がみるみる上気し、頬を紅に染め上げた。
何か言葉の葉を吐こうと薄く開かれた唇をなぞれば、くすぐったいのか小さく叫びを上げ肩を竦めては表情が綻ぶ。
其の侭指先だけを滑らせる様に肩から背に流れる髪を梳けば、滑らかな弧を描いて軌跡の後に艶が籠る。
窓辺からの射光が艶を強調するかの様に揺らめいて、何時までも飽きぬ好感触を齎す其れを眺めては、やはり漆黒が似合っていると改めて実感する。
誰しもが持っている髪の色素、人工的に着色したものはやはり、物足りない。





「 スネイプ教授、魔法で私の髪の色、元に戻せます? 」

「 如何したのかね。金糸がいいのであろう?漆黒は嫌いだと聞いたのは夢現かね? 」





問うて遣れば、は少し微睡みの中を彷徨う様な表情を見せ、言葉を選んでいるようで有った。
其れでも、表情は先とは打って変わった様に毀れそうな微笑みを浮かべて、頬に添えた指先に己の指を絡めてくる。
映画のワンシーンの様な、映像として流れてくる情景の様な、動向を見守る為にするスローモーションの様な。ゆっくりとした時間の流れる静寂の中、華が綻ぶ 様にが笑んだ。
澱みの無い清冽な眼差し、薄白紫の瞳に見据えられ微笑まれた瞬間に、忘れていた安らぎを想い出した様。





「 この髪、…たった今、好きになったんです。 」





唯一無二の自信、語らずとも其れが伝わる。
逡巡無く懐から杖を取り出し、一言詠唱すれば、の金糸は見慣れた漆黒の其れへと戻って行った。
白く澄んだ小さな顔、其処に寄添うように流れ落ちる漆黒の絹髪、大きな薄白紫の瞳を楽しそうに細める。
さらりと流れる緩やかな風に撫ぜられる髪は、闇夜にも似た酷く神秘的な漆黒。安物染みた黒ではない、深闇黒から紡いだ糸の様に酷く繊細で美しい。
魅了して、止まぬ。




が金糸を携えた姿をしていたのはほんの数時間、最初で最後、其れを見た者はスネイプ唯独りであった。




人は常々己に無い物を強請る様に欲しがる。其れは、君を想う一破片の慕情に似ていた。






----------ヒトは無い物を強請る。けれど、無い物を手に入れた瞬間、全てが幸を齎すとは限らない。

 





後書き

Ravenの意味は二種類有って、【ワタリガラスの様な漆黒】と【略奪する】。
どっちで書こうかかなり迷ったんですが、こんな事が無ければ書くことも無いなぁ…と思っていたネタでもある、髪の毛の色について(笑)
本当はもう少しちゃんと書きたかったんですが、時間的にもネタ的にも…(汗)
実は最初は悲恋で考えていたので、冒頭があんなんだったり…(苦笑)



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