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例えば、こんな日常。
日常
楽しみにしていた冬期休暇も早々退散を晦ました様に陰も形も消え失せ、また何時もと同じ 鐘の音に導かれるようにしてホグワーツでの日常が始まる。
朝食を済ませれば、其々は其々に振り分けられた学業に勤しみ、日々増えるレポートの課題に追われる日々を過ごさなくては為らない。休日は其れこそ週末だけ で、時間と課題に追われる日々は心理的な要因を事欠いては何一つ変わる事無く唯遣って来ては消えて逝く。
そんな詰まらないと思われるこの日常を、楽しみにしている少女が独り、今日も魔法薬学の教科書を片手に持って薄気味悪い地下室へと降りていった。
「 …今日も構って遣れぬ。この通り、仕事に追われていてな。 」
小さくノックを二回、誰でも行う典型的なノック音にも関わらずに、聞えてきた声は普段の其れとは想像も常軌も逸脱する程の柔らか味を帯びた声色。
部屋の主であるセブルス・スネイプは、今日が特別機嫌が良いという訳では決して無い。寧ろ、機嫌が良い日でも悪い日でも見分ける事が困難を極める程感情を 表面に表現する事を不得意とし、喜と云う感情を知らずして生きてきたような性格の持ち主。
今日も今日とて、虫の居所が悪かったのか小さなミスをしたグリフィンドールの生徒は、盛大な怒鳴り声と共に普段以上の減点を喰らう羽目に為った。
しかし其れも日常茶飯事の事、一回一回気に留める程希少価値のある事態ではなく、寧ろ表情に笑みを浮かべているスネイプを見た方が希少価値があると言える 程の事態。
「 じゃあ、私は此処で今日出された魔法薬学の課題終らせてますね。 」
後ろ手に扉を閉めたは一言声を掛けると、頭すら上げずに視線さえ遣さないスネイプに何も感じないのか其の侭向かいのソファーに腰を落して教科書を拡げ た。
出された魔法薬学の課題はまとめて週末に提出するように先刻言い渡されたばかりのもので、其の締切までは優に後5日は在る。更に付け加えて云えば、勉強な らば独り部屋で遣った方が何倍も効率が良いだろうに、は寮に帰る気配すら見せずに辞典書と教科書、ノートを交互に見比べては白紙の羊皮紙を埋めて行 く。
一方のスネイプと云えば、真剣な眼差しと言うよりは半場憤慨を浮かべた表情の侭に、分厚い辞書を数冊小脇に置いて同じく羊皮紙に羽ペンを滑らせている。
お互い最初の会話をしてから一時間が経過しても、お互い視線を交わすことも無ければ言葉を交わす事も無く、殺伐とした静寂の中にお互いが起す羽ペンの引っ 掛りの音しか反映されて居ない。
其れから30分経過した後、一通りの課題を終えたのか、が操る羽ペンの音がピタリと止んだ。
静寂の中二重奏の様に奏でられていた一方の音が止めば、独奏と云わんばかりにスネイプの紡ぐ羽ペンの音だけが強調されるのであるが、其れでもスネイプは視 線を上げる事無く羊皮紙と辞書の行き来を繰り返している。
パタンと閉じられるの教科書、カサリと音を立てて丸められた羊皮紙、微かに聞える制服のスカートが布地のソファーから離れる擦れた音。
其れ等が鮮明に聞き取れる程の静寂の中、二人が会話は何一つとしてなく、スネイプもも視線を交わすことが無い。
「 羊皮紙に掛かるといけないので、此方に置いておきますね。 」
次いで聞えたのは、火にくべられていた薬缶がカップに注がれる音、スネイプの脇の小さなテーブルの上にカタンとカップの置かれた音。
自分の物と同じものを二つ、香りたつ中身から想像するに疲労を減退させる効果のあるアッサム茶を入れたのだと客観的に悟る事が出来る。
外気温が氷点下を軽く更新する程に冷え切った空気が織り成すモノと同じ白濁とした煙が立ち昇り、室内に芳しい薫りが一斉に蔓延してゆく。
「 …あぁ。 」
が掛けた言葉に対して、スネイプが返した言の葉は僅か一つ。
視線を辞書から離さず、例の言葉もの瞳を見てではなく、意味不明難解語が羅列した辞書の一文。
傍から見ても何を専門に扱っている辞書かすらも皆目検討の付かない其れを、流し読みの様にペラペラと捲っては羽ペンを動かして、息を吐く合間にの淹れ た紅茶を喉奥に落とすと云う動作を繰り返す。
一方のと云えば、課題を終らせて暇を持余した様に暖炉の傍にクッションを置いて暖を取りながらウトウトし始める。
此れは、何等不可思議な光景ではない、彼等の極々日常の一幕にしか過ぎない日々変化しない当たり前の風景。
紛いにも、彼等が恋人同士と云うカテゴリに属し其の関係を継続して既に一年を迎え様としていた。
一方は己の管轄する寮の生徒にさえ恐れられるという魔法薬学教授、方や敵対する寮の主席生徒。
何とも不似合いなこの二人の接点は見つけろ、と云う方が困難な程日常の接点は無く、其れが真逆に攻をを為して二人の関係に気付く者は誰一人として居ない。
お互いがお互い、如何の様にして恋人同士と云う関係に発展したのかと問われれば、其れこそ酷く興味を引きそうな処であるが実際のところは普通の其れとは何 等変化の無い単純な出逢いが切っ掛け。
何にせよ、其れから既に数ヶ月、この日常は誰の瞳に止まっても不可思議に映るようであれ、二人にしてみれば極当たり前の日常に過ぎなかった。
「 、其の様な場所で寝れば風邪を引く。 」
視線を漸く羊皮紙から引き剥がしたスネイプの瞳に飛び込んで来たのは、暖炉の傍のソファーに背を預けてブランケットを膝に掛けて眠りに堕ちるの寝顔。
幾ら暖炉の傍とは言え、寝ている状態の体温は通常よりも温度を失い易いと言うに、ブランケット一枚では風邪を引くことは眼に見えている。
実際、何回か其れで風邪を引きかけた事さえあるは、普通の人間よりも体調を崩しやすい傾向に有るとスネイプは熟知している。
仕方為しに、羊皮紙を纏め辞書を閉じると数時間ぶりに椅子から腰を離した。ギシリと軋んだ音にもパチパチと燃え上がる薪に点いた火粉音にも気付く事の無い は、酷く可愛らしい表情の侭睡眠を貪る。
「 今日はこれ以上は無理であろうな。仕方無い。 」
時計を一瞥し、直に日付が変わる事を悟ると己に言い聞かせる様に言葉を吐き、ブランケットを胸まで掛け直し其の上に己のローブを掛けて遣る。
一向に瞳を開く様子の無いに、苦笑交じりに笑ったスネイプは細い膝頭に腕を差し入れて一気に抱き上げた。
其の衝撃で一旦は緩やかに瞼を開いたで有れど、スネイプの存在を体温伝いに悟ると安心したように胸元の襟を掴んだ侭、薄水墨白淡の瞳を閉じる。
「 今日はもう寝給え。 」
ベットに小さな身体を落して、大き目のブランケットに包まるの横で詰襟を外すスネイプ。
そうして其の侭、小さなを胸に抱く様にして己もベットに横たわった。
こうして、漸く長い一日の終わりを告げる鐘の音が静かに鳴り響く。
例えば、こんな日常。
スネイプは今まで一度としてに【寮に帰り給え】と言った験しが無い。
試験の最中であろうと、採点の最中であろうと、重要な書類を作成しなければ為らない時も、仕事を抱えた時も。
スネイプが自室に居る時には必ず傍らにはが居て、お互い会話をせずとも、恋人同士らしい行為一つ無い日が有ったとしても、其れでも二人の関係は成り立 つ。
また、はどれ程膨大な量の課題を抱えた時でも、一切合財の資料を持ってスネイプの部屋で課題を終らせている。
お互いが、お互いの時間を優先し、邪魔に為らない存在であるからこそ出来うる日常。
忙し無く会話をせずとも、視線を合わせる事が酷く稀でも、其れでもお互いの存在を感じられる空間の中に居られれば良いと感じられ安心できるのは、お互いが 判りあって居るからであろうか。
例えば、こんな日常。
其れがこの先永遠と続こうとも、二人にすれば何気無い日々の一つにしか過ぎない。
片手に余る程の会話しか無い日で有っても、翌朝には何一つ変わる事の無い日常を迎える。
其処に時折、二人で話す時間が追加されたり、スネイプの腕の中で安眠を貪ったりとする事も有る。
けれど、どのような時間を過ごそうとも、二人で共に同じ時間と空間を共有しているという日常、其処に意味が在るのだと。
人の数だけ日常が存在する。
例えばこんな日常も世の中には有るのだと。
後書き
こんな日常、大好きです(笑)
唯二人で無言の侭ぽさーっと過ごしたり、お互いがお互いの事を優先してやったり…
そんな関係が好きだったりしますが、スネイプと付き合ったらこんな感じがいいなぁ…とまた独り勝手に想像してしまいました(笑)
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