君を忘れない








、おはよう。
 見てご覧、今日は真っ青な綺麗な空だよ 」

















ルーピンが、窓に掛かっている鍵を外すと、外から舞い込んできた風が一気に部屋の中に入り込む。
真っ白なカーテンが風に遊ばれてはらはらと舞い、少しだけ香る春の香りが鼻を掠めた。
外は見事な晴天で、雲ひとつ無い澄み切った真っ青な蒼だけが延々つらなっている。
楽しそうに遊ぶカーテンを片手で掴み、ホルダーに通すと、ルーピンは後ろを振り返る。
其処には、水色で統一されたベットに横になる少女が居た。












ルーピンの声にも反応せず、そよぐ風に目も暮れず、じっとベットに横たわったまま、ただ天井の一点を見つめる。
ルーピンの言葉に返事を返すわけでもなく、起き上がるわけでもない少女は、瞬きを繰り返すのみで。
薄紫の入った大きな瞳に、一瞬だけルーピンが映る。
けれどそれは、少女が望んでしたことではなく、ルーピンが少女の顔を見つめたからで。












…今日は機嫌はどうかな? 」












にっこり微笑んだルーピンが、と呼んだ少女の額に手を優しく乗せる。
振り払うわけでも拒絶するわけでもなく、少女はただ其処に居た。
まるで、生きてなど居ないかのように無表情で、微塵も動かず、周りに関心すら示さずにただ、其処に存在している。









さらさらと少女の髪が風に舞う。
薫る香りは確かに少女のもので。
太陽が照らし出す少女の肌は真っ白で雪のよう。
流れるような美しい漆黒の髪に、宝石のような薄紫の瞳。
けれど、その瞳にはもう、誰の姿も映っては居ない。












「 眠り姫は、王子様のキスで目覚める筈なんだけどな… 」











ぎしっ…と音を立ててベットに腰を掛け、真っ白い頬に手を添えて。
ゆっくり優しく唇にキスを落とす。
唇が触れても離れても何の反応も示さないを見て、ルーピンはただただ悲しそうに笑った。












もう、何日になるだろうか。
ルーピンはふつふつと記憶を辿る。
どうしてこうなってしまったのか、と。












ホグワーツ魔法学校・闇の魔術に対する防衛術教授、リーマス・J・ルーピンと、スリザリン寮二年生のは付き合って一年半以上になる。
どちらからとも無く告白して、付き合って、幸せ過ぎて恐いくらいの幸せな日々を送っていた。
様々な障害も勿論あったけれど、それはルーピンにとって、を失うこと程の効力はもっては居なかった。
喧嘩も沢山したけれど、それ以上に幸せなことのほうが多すぎて、出会えたことを神に感謝したくらいで。
ずっと、こんな幸せな日々が続いていくものだと思っていた。
あの雨の日までは。












毎晩のように降り続く雨の中、ルーピンと紫苑は久しぶりにハニーデュークスへと買い物へ出かけた。
沢山のお菓子を買い、今日は何を飲もうか、そんな他愛ない会話をして、ルーピンがほんの一瞬、から目を離した時、それは起こった。
の目の前を小さな女の子が歩き…少女が車に轢かれそうになったのを…はその身を挺して庇った。
車も慌ててブレーキを踏んだけれど、雨の泥濘で車輪が滑って、ルーピンも走り寄ったけれど…間に合わなかった。
に抱きしめられた女の子は無事だったけれど、は…命と引き換えに、その記憶と言葉と意識を失った。
激しく雨が舞い落ちる寒くて冷たい日だった。
その日から…は命と引き換えに全てを失った。
そして、それはルーピンにとっても同じことで。












けれど、ルーピンは諦めなかった。
はいつか記憶が戻り、昔のように自分に向かって微笑んでくれる、と。
通いなれたホグワーツを抜け出して、二人仲良くハニーデュークスに買い物へ出かける、と。
ルーピンの描いた幸せな未来をと二人で過ごすのだ、とそう自分に言い聞かせて。












「 ”私はルーピン先生を忘れない”
 そう言ってくれたのは、嘘だったのかい? 」












呼びかけても答えない。
童話の中の眠り姫の様に、はただ其処に居た。
涙はもう、出ることは無かった。
枯れ果てた…そんな言葉が似合うくらいにを抱きしめてルーピンは泣いた。
眼が腫れても、声が枯れても、涙が流れなくなっても、ルーピンは悲嘆し続けた。
出来ることなら、自分が身代わりになりたい、と。
を庇ってやるべきは自分だったのに、何も出来なかったと悔やみ、己を軽蔑した。
の小さな手を何日も握り締め、身体を抱きしめても、あるのはぬくもりだけで。
楽しそうに笑った顔も、嬉しそうに微笑んだ顔も、悲しそうに俯く顔も見ることが出来ない。
呼びかけても、話しかけても、叫んでも、が返事をすることは無い。












ルーピンは、泣くことを止めた。
きっとは自分の泣き顔など見たくないのだろう、と。
”笑っているルーピン先生が好き”
そう言って笑ったに、泣き顔なぞ見せる訳にはいかない。
いつが目覚めてもいいように、いつでも自分が傍に付いていられるように、目覚めて恐くて泣き出したら抱きしめてあげられるように…ルーピンはいつも其処に居た。









は、今何を考えているのかな?
 僕は今…、
 が目覚めたら真っ先にしてあげたい事を考えているよ 」












ベットに腰をかけたまま、に問いかける。
帰ってくる返事等期待せずに。
揺ら揺らと揺れるの髪を優しく撫でながら、ルーピンは独り言のようにに語りかけ続ける。












の描いた未来の中に…僕は今、映っているの? 」












三度悲しそうにルーピンが笑った。
その瞳に涙の色は映っては居なかったけれど、それは酷く悲しそうな表情で。
それでも、やはりの表情は崩れないままで。
当たり前に過ぎていた普通の生活が一番幸せだったのだと気づかされる瞬間で…。
が傍で笑ってくれていることが”当たり前”だったルーピンにとって、現実は想像以上に残酷すぎて。
自分の力ではどうすることも出来ない現実に、自分が如何に小さな存在かを思い知らされて。
目覚めたときに…
が自分のことなど微塵も覚えて居なかったら…
そんな事ばかりが頭の中に浮かんでは消え、消えては浮かんでくる。
不安は恐怖に変わり、心を支配する。
不確かなことが確実になり、確実が現実になる。
そんな輪廻の如き思考に嫌気がさしてきて。












…僕の描いた未来の中には君が居るよ。
 だから早く…僕のところに帰ってきてね 」












今まで何度となく同じ台詞を吐いてきた。
その度に、辛くて悲しい現実と向き合わなくてはならなくなる。
は答えることは無い。
今までも…これからも。
そんな事は既に判りきってはいるけれど…けれど、やっぱり期待する。
が目覚めてくれたら、と。
自分の声でが目覚めるかも知れない、と。












「 また、後から来るね。
 今日はホグワーツに顔を出さなくちゃいけないんだ 」












離れがたそうに、ルーピンは悲しそうに笑った。
眠り姫の額に口付けて…そっと呟いて。
其処まではいつも通りだった。
乗るときと同じように微かな音を立てながら、ルーピンがベットから降りると、何かに引っかかった。
服の端がベットにでも挟まったのだろうか、と後ろを振り返ると…
其処にルーピンは奇跡を見た。












「 ……? 」












ルーピンが見た視線の先。
淡い色のシャツが掴まれていた先には、の小さな手があった。
力なく…それでもしっかりとルーピンのシャツを握り締めたの手が其処にある。
声を出せない代わりに、
”行かないで”
そう言っているかのようなのその行動は…あの雨の日以来、初めてのことで。
驚いた様に瞳を丸く見開いたルーピンは、そのまま柔らかく微笑んでシャツからの小さな手を外した。
そしてそのまま、自分の手のひらに重ねると、強くを抱きしめる。
枯れ果てたと思っていた涙が…
そっとルーピンの頬を伝った。












”君が描いた未来の中に 僕は今 映っているの?
 遠い夢の中 歩いていこう 何処までも”
















□ あとがき □

…悲恋で終わらせられないヘタレな私をお許し下さい!!
なんかこう、突発的に思いついたのはいいのですが…完全悲恋にはできませんでしたね。
喋ってるのはルーピン先生だけだし…しかも、黒くないし(爆
たまには、真っ白い洗い立てのシャツのようなルーピン先生もいいのではないかと思っております。
「君を忘れない」
解釈は人それぞれでしょうが、こんな解釈が稀城は好きですね。





 Back