不安な心
「 如何して何時も…。 」
「 何か、言ったかね? 」
告げる事は多分一生無いだろうと心の中で殺していた筈の感情が、胸奥から競り上がって来る様に口から吐いて出てしまえば、勿論眼前で唯只管羊皮紙と睨み合 いをしていたスネイプの耳にも止まる。
静まり返った魔法薬学教授自室内、溜息さえ聞えそうなこの距離で絶対的に何も言っていないといえば明らかな嘘になる。
大方スネイプも態と聞えない振りの様な疑問系で聞いたのだろう、サラサラと音を立てて羊皮紙を滑る羽ペンの奏でる旋律は変わらない侭一定。
振り返る時間、手を止めて微笑む…とまでは行かなくとも此方を見てくれる時間も無い程忙しいのだろうか。出掛かった愚問は先とは異なり咽喉奥で噛み殺され た。
昨日漸く考査が終了したばかり、稀に見る忙しさで成績表を出さなくては為らない為に忙しく無いと言った方が嘘になるであろうから。
「 如何して何時も…見送りに着てくれないんですか? 」
「 …見送り、とはキングスクロス駅の事かね? 」
テーブルに置かれた侭の冷めた紅茶に指を掛けて、不安を悟られない様に感情を含まない声で言ったところ、所詮は隠し切れないのか少しばかり語尾が震えた。
勿論の事、其れをスネイプが見過ごす筈等無くて、カタンと小さな音を共に羽ペンが机の上に置かれた。俯いた侭の顔を上げれば視線の先で呆れた様な表情を作 り上げたスネイプと瞳が克ち合う。
ジリジリと息が詰まる音を初めて間近で聞いた気がする。
あれ程までに忙しなく動いていた指先は一切静止して、徐々に減りを見せていた羊皮紙も完全に其処に鎮座して、スネイプの眼差しはに向けられた侭。
暗黙の内、時間を作ってやったからさっさと胸の中を曝け出せ、そう云う意図なのだろう。
「 日本からホグワーツに戻って来る時は出迎えてくれるのに…如何して見送りはしてくれないんですか? 」
これ以上言えば、数年間溜めに溜めたモノが其れこそ溢れ出して止まらなかっただろう。
出逢って既に4年、付き合って既に3年、此れだけ多くの時間を共にしていれど、冬休みを含めた長期休暇はも郷里である日本に帰るのは常と為っていた。
数えても軽く片手は超えるであろう郷里への帰省の其の度、一度としてスネイプはを見送りには来なかった。
勿論、恋人として見送りに来て欲しい訳ではない。そんな事をすれば一気にひた隠しにしてきた自分たちの苦労が藻屑と消える。
生徒より遅れてホグワーツを後にするダンブルドア校長やハグリッドは、キングスクロス駅に向けて出発するホグワーツ特急に乗り込む生徒をホームまで見送り に着てくれる。
彼らに限らず、手が空いた教師も空かない教師も其の一時だけは生徒を満面の笑みで見送ってくれるのだ。無事に帰りなさい、そしてまた無事に戻っておいで、 との意図を籠めて。
「 …見送りに来れない程、スネイプ教授は忙しいのですか? 」
吐いて出たのは紛れない不安からくる物だった。
暗黙の内、別に戻ってこなくても構わない、そう言われている様な気がして何時も居た堪れなかった。何より不器用な自分の恋人は、何時だって自分の望むモノ を言葉としてくれた験しなんて無くて、気付けば何時も必死に意図を探ろうとしている幼い自分が居た。
でも、そう云う時に限って優しい手を差し延べてくれるのだ、何も無い大丈夫だとでも云う様に。其れに騙されて来た此処数年、既に気付かぬ内に許容範囲を超 える限界に達していたのかもしれない。
思えば、云う事の無かったこんな些細な事でさえ、仕事の手を休ませて吐き出してしまう始末。迷惑等掛けたくは無いのに、如何しても心から不安要素は消えな かった。
「 …ホグワーツに帰って来る時はちゃんと迎えてくれるのに…如何して… 」
噛み締めていなければ、涙が毀れそうだった。自分はこんなにも弱かっただろうか、スネイプの手を煩わせて仕舞う程だっただろうか。
最初の頃は何でも無かった、唯「迎えには着てくれるが見送ってはくれない」。普通の恋人同士ならば如何考えても逆の方が不安要素が高いだろう。
けれど、この時のに其処まで考えられる程の精神は持ち合わせていなかった。
其れに気付いてか、浅い溜息一つ吐いたスネイプは其の侭椅子を軋ませて立ち上がると、の隣に腰を落した。
俯いて涙を堪えようとするの小さな頭を抱えて胸の中に抱き込み、流れ落ちてくる柔らかい黒髪を宥める様に撫ぜながら質問に答え始める。
「 …自信が、無いのだよ。 」
自信が無い、其の言葉に酷く意外そうにが大きな薄紫の瞳を擡げた。
苦虫を潰した様に唯苦い笑いを浮かべたスネイプは、其の侭の頭を撫ぜてやりながら一言、また一言と言葉を吐き出していった。
其れこそ、目の前に広がる羊皮紙の山等気にも留めていない様で、小さな独白の様に。
「 何度も見送りに行こうと思った。…だがな、行けばお前を困らせると判っていたから敢えて我輩は行かぬのだよ 」
「 …困、る?私が、ですか? 」
あぁ、とスネイプが頷く。
バチバチと燃える暖炉の火は一層強さを増して、窓に吹き付ける雪も正比例する様に勢いを増して行った。
傍らには大きな茶色のトランク一つ、金網張って寒さを感じない様に上から筒状の布を被せた中にはが飼っている梟が一匹、静かに其処に置かれていた。
明日からホグワーツは休暇に入る。故に、今日はホグワーツ基いスネイプの自室で過ごす最後の夜なのだ。二週間とは言え、離れるのが至極辛いのも如何やらス ネイプも同じらしく、無理やりスリザリン寮から荷物と一緒に引っ張ってこられた。
そして、今に至るのだが呼び付けた当の本人は昨日行われたテストの採点に必死。
「 …お前を見送りに等行ったら、其の侭腕を掴んで連れ戻してしまう。 」
如何したものか、そんな悲愴さが浮かぶ様な表情をされれば、悩んでいた数年間が全て綺麗に消えてしまう気がした。
見送られる側より見送る側の方が辛い事、本当は誰より知っていた筈だったのに、何処かに置いて来たように忘れていた。
今日だって、形振り構わず身支度を急かせた挙句攫う様に無理やり自室に連れ込まれた。
詰る所、実際もスネイプの傍に居たかったと云うのは一緒であれど、何時も何も心の内を晒す其の前にスネイプは行動を起こす。
だから厄介で、面倒で、不安で、居た堪れない。けれど、真逆にだからこそ、こうして本心を聞けば嬉しさは何倍にも膨れ上がって抑え切れなくなる。
「 じゃあもう、見送りに来いなんて言いません。だからちゃんと迎えには来て下さいね? 」
「 誰が見送ってないと言った?我輩は何時もお前の乗ったホグワーツ特急が見えなくなるまで此処から見ている。 」
気付かなかった、そう思ったと同時に不味いとも。
ホームからホグワーツ特急に乗り込んで席に着くまで、は酷く寂しそうな表情の侭何時もホグワーツを眺めていた。
正しく言えばスネイプの研究室が有る方向を見ていたのだが、ホームからでは見上げる形になってしまう為にはっきりとは判らない。
けれど、泣きそうな顔をしながら毎回見ていた事だけは自分の事だけに良く知っている。
幾ら遠い距離とは言え、向こうはホグワーツの自室に籠り魔法を使えば容易く此方の状況なんて知る事位は容易くて。
表情崩さぬ其の端正な顔の侭、何も知らない内に見送られて居たなんて…恥かしさより先に嬉しさが込み上げる。
言わなければ絶対に気付く筈が無かった。
そんな出来事がスネイプの周りでは愕く程多く其れも極日常的に行われるから至極厄介。
「 じゃあ明日、私スネイプ教授に手を振りますから振り返して下さいね? 」
「 お前に我輩の姿等見える訳無いであろう? 」
「 いいんです、見えて無くても見送って貰えてるって判ったから。 」
だったら態々手など振る必要ないであろう?
其の言葉は空に消えた。否定も肯定もしなかったスネイプとの【見送り】の会話は其処で終った。きっとこの先二度とこの話題が持ち上がることは無いだろ う。
翌日、誰も居ない筈のホグワーツに向き直って酷く愛らしい笑みを浮かべながら手を振ったを友人達は不可思議な瞳で見たけれど、事情を知る者は誰一人と して居なかった。
馬鹿馬鹿しい、そう小さく吐いたスネイプの口調は心成しか穏かなものだった様に思える。
がホグワーツ特急に乗るまでの間に、スネイプがに向けて手を振ったか否かは、スネイプしか知らない。
後書き
心の不安、どうしても悲恋にストレートで結びつきそうだったので、こんな夢にしてみましたがいかがでしょう(笑)
スネイプ教授…手、振ったんでしょうか。
私的予想だとヒロインの笑顔に攣られて振ったはいいが、はたと気付いて真っ赤になりながらあたふたしている気がしてなりません(爆)。
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