雨の庭






季節外れの冷たい雨が状況など一切構う事無くバラバラと音を立てて空から零れ落ちて来 た。
絶対零度の温度を持った其れは、直に氷撤して霙か雪混じりに変わるのだろう。
直ぐ其処まで師走が迫り来るこの時分、この様な邪魔な雨が降る事は否めない。
綺麗に研き込まれた透明硝子格子の其の奥で繰り広げられる水の乱舞に、飽きる事無く面白そうに見詰める人物が独り。
黒とは呼べない水墨白淡の其の色は、空に広がる黒雲よりも遥かに濃く、硝子耀の様に映し出される。






「 お前が植えた華、雨に遣られて全て散ってしまうな。 」






硝子越し、窓枠に片手を乗せて覗き込むように外を覗けば其処には見るも無残に雨に陵辱された華達が居た。
マルフォイ家の庭は妻であるが、趣味の一環として始めたガーデニングの知識を生かしてイングリッシュガーデン風に整備されていた。
ルシウスとが婚姻を交わすまでは専属の庭師が居、庭を設計する為だけの専属の職人さえ居たものだけれど、今となってはが其れを引き受けていた。
…とはいっても、名門マルフォイ家の庭は屋敷をぐるりと取り囲む様に配置されているので、その面積だけでも驚愕を遥かに超える。
勿論の事、愛しい妻に膨大な庭の手入れをする事をルシウスが許す筈も無く、多くは従来の職人たちの手に委ねられる事となっているが”庭のデザイン”や”小 庭園の華の選別”はの日課となっている。






「 …でも、雨が降らなかったら花達は初めから生きて等生けませんから。 」






哀しそうな表情を湛えた侭、が小さく笑って見せた。
其の目の前には先週末に植えたばかりの無数の華が居たであろう痕跡だけがくっきりと残っている。
煉瓦に囲われる様に作られた花壇からは絶え間無く続く雨の猛威によって土壌が流れ出し、其れに生涯を共にするように植えられていた花々が整えられた芝の上 に横たわっていた。
猛威を振るうこの雨の所為で、華は散り、根も腐ってしまう事が懸念される。






「 私は昔から、雨が降るこの庭が好きだった。俗世間から一間隔置いた様な虚構に浸れる。
 降り注ぐ雨は、全ての物を浄化してくれるとすら思った事すらある。 」






人独り分の余白在るとルシウスの距離が急激に縮まる。
庭先を眺めて居たを引き込む様に腕の中に閉じ込めて、雨が屋根に叩き付けられる其の音だけを聞きながら蒼青の瞳をゆっくりと閉じた。
聞こえてくるのは雨の音、水の声、感じるのは虚構の中の虚無感と愛しい人の温もり。
対称にすら為らないこの状況の中、如何頑張ってもルシウスの胸付近にしか頭が届かないがモゾモゾと動き始める。
床まで棚引いたローブの合わせをグイと右手で手繰り寄せたは、其の侭ニ三回引っ張る。
まるで、用事があるから視線を合わせろと言葉に出して云えない小さな子供のような仕草。






「 虹出てるよ、虹…!! 」


「 …虹だと?このぐ豪雨の一体何処に… 」





ルシウスの腕から開放されたは無邪気な表情を零した侭、童心に還った様に愉しそうな声をあげた。
抱きしめていた温もりが泡と消えてしまった其の苛立ちからか、怪訝そうな表情での言葉に返事を返す。
と、同時に視線上に広がる大窓の奥を眺めて見ても虹等影も形も見当たらない。
相も変わらず荒れ狂った様な文字通り滝の雨が降り注ぐのみ。
一体何処に虹等在るのかと、に問い掛けようとした矢先、が見上げた天井にある天窓の存在に気づく。
天窓を見上げた侭恍惚とした表情を浮かべるに攣られて上を見上げれば…




其れは正に絶景と言えた。






「 まさかこの様な状況で虹が出るとは…な。 」


「 凄いねぇ…、人間が思っている以上に自然って不思議なんだね。 」






の感嘆の声も満更ではない程、飛び込んできた光景は眼を見張るものであった。
丸く開いた天窓の硝子越し、球体を真っ二つに引裂くように掛かった虹の橋は、滴る雨の中にやんわりと浮かび上がっていた。
吹付けるような風、叩きつける豪雨、其の奥の陰りで雲に挟まれ小さく呼吸する太陽が居た。
きっともう直この雨も風も止んで太陽が燦然と輝きを放つのだろう。
其の前兆の様にうっすらと掛かる雨を受けた虹の橋が酷く綺麗で。
生まれてこの数十年、虹等多数見てきたけれど、此れ程までに見事で美しい虹は見たことが無かった。
散り際の美学、そう呼ぶに値する絶景が、人知れず庭に作り出されていた。






「 雨の庭もいいが…雨の虹も棄て難いな。最も、見れる機会など滅多に無いだろうが。 」


「 私は…貴方と見れる風景なら雨でも吹雪でも虚構でも…何でも構いませんけどね。 」


「 知った口を。ならば地獄にも着いて来るか? 」


「 …着いて来るなと言われても。 」


「 例え地獄と有れど…お前が居るなら愉しいかもしれんな。 」






傍から聞けば、何を言っているのだと顔を顰められそうな内容ですら今のこの現状では誰も其の意図を問う者は居ない。
静かな雨音だけが室内に響き、ゆっくりと勢いを浄化する様にあがってゆく。
雲間から見える太陽の姿も心無しか嬉しそうで、天窓に掛かる虹も役目を果たしたとばかりに徐々に薄らいでいった
左右に大きく広がる窓よりも先に、天窓から太陽の光りが柔らかく差し込んできて、焦点を定めたように一点から緩円状に拡大る。
中心部に映し出される二人の影が重なった侭、暫くの時間が流れた。






数日後、荒れに荒れたマルフォイ家の花壇は職人の手によって綺麗に元に戻された。
淡い色彩の煉瓦に囲まれた花壇には、今は何も植えられては居ない。
其の直ぐ真横、数日前に雨によって無残にも流されてきた花々が小さく根を張り綺麗に咲き誇っている。
どの様な環境下でも、生き抜こうと思えば何とか為るものだと、其れを見つけたルシウスは唯苦く笑った。







□ あとがき □

雨の庭で見つけたのは、アスファルトの隙間から必死に太陽目指して生きようとしていた花だった。
…と言う昨日情景から思いついたのですが、もう少し工夫すれば良かったなぁ…と少々後悔。
ルシウスの家の庭って物凄いイメージがあるんですが…実際は如何なんでしょうね(苦笑)






(C) copyright 2003 Saika Kijyo All Rights Reserved.


[ back ]