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まっしろなまま、あなたの許へ飛んで行けるだろうか。
天翔ける翼
降り積もった雪が、絶え間無く降り注ぐ雪が、ホグワーツを唯白いだけの建造物へと作り変 えていった。
音も無く、唯自然の摂理がそうする様にゆっくりと垂直落下する其の物体は、留まる事を知らないかの様に何時間でもお構い無しに落下する。
お陰でホグワーツの至る所にある様々な窓から見られる景色は、全て同じと言っても過言ではない程白いキャンバスに覆われ、時折思い出した様に其処に草の緑 や枯れ枝の茶色が混ざる程度。
無駄に頑丈に作られた外側の窓枠には、粉雪が当たっては落ちて行く。其れが延々繰り返される様に、空から降る雪も助長するように、時間を追う様に雪は其の 深度を増していった。
「 ……は、ぁっ…… 」
「 何だ、其の気の抜けた溜息は。溜息を吐きたいならもう少しマトモなモノにし給え。 」
何度目かの溜息が唇から零れ落ちた。
手持ち無沙汰だった右手は頬に添えられる様にして置き、支える肘は白いキャンバスを映し出すだけの窓枠に打ち付けたように固定され、可愛らしい造りの顔は 憂いを帯びた侭白だけを見ていた。
もうじき夕刻に為るだろうか、そんな頃合。
相も変わらずスネイプの自室で当然の様に居座るのは彼の恋人である ・ 。其の傍らの部屋の主で有るスネイプは、今日も忙しなくレポートの採点に追われ ている。
二人の間に沈黙が流れることは珍しくない。寧ろ、相手があのセブルス・スネイプである。笑いながら会話をするより遥かに無言の時間の方が多かった。
其れが、原因ではない。平たく言えば、 が其の事に嫌気が差し、暇を持余して当て付けの気の抜けた溜息を吐いた訳ではなかった。
溜息等吐きたかった訳では無いが、自然に出てしまった。しかも、スネイプに言わせれば、其れは酷く気が抜けた炭酸の様な不快さを帯びているという。
マトモな溜息、とは何か。そんな愚問を脳裏に浮かべはするものの、態々スネイプの時間を差し割ってでも解決したいような問題では無い。
気の抜けた溜息しか紡げない、 が憂う理由、其れはスネイプとは全く異なる次元に在った。
「 スネイプ教授、採点しながらでいいから…ちょっと話だけ聞いてくれますか? 」
「 何かね、改めるとは珍しい。…だが、面倒な頼まれ事は今から願い下げだ。 」
「 ”子供だ”って笑ってくれてもいいんです。だから、聞き流してください。 」
何時も他愛無い話を次ぎ間無く喋り続ける が、改めて話を聞いてくれ、と頼むのは前代未聞の事だった。
勿論、そんな願いを聞かずとも、スネイプは の話を無視するという事を今までした事は一度も無かった。毎回毎度相槌を打っているのかと聞かれれば、即答 で否定の言葉を言うだろうが、其れでも話を聞かなかった試しは無い。
態々改めるとは一体何を言い出すのだろうか、と流石のスネイプも少し興味が湧く。けれど が示唆した様に、今作業の手を休める訳にはいかなかった。
先と変わらず羊皮紙にペンを走らせながら、次にしなければ為らない学会への論文要旨の事等すっかり脳裏から消し去って、 の話を聞いてやる場所を作 る。
「 窓からずっと外を見ていたら…雪に、為りたいと思ったんです。 」
流石に暇を抱えすぎて脳に血が回りすぎたのだろうか、とスネイプは作業の手を留めた。
視線の先に を映せば、透き通った様な薄紫の瞳は変わらず窓枠の外に映る白い雪を眺めては虚ろ気な表情を零している。
そんな姿を一目見れば、”子供だ”と嘲るよりも熱でもあるのかと逆方向の心配をする方が正しいだろう。実際、スネイプが作業の手を休めたのもそんな理由か らなのだが、如何も話に続きがありそうで其の侭押し黙る。
数秒の後…桜色の唇が、再び独特の音程で言葉を紡いだ。
「 舞い降る雪になれば…スネイプ教授に何時でも何処でも逢いに行けるじゃないですか。
この空は何処までもずっと続いてるから、氷点下の風に乗って…
スネイプ教授の肩や背中、何処でも好きな場所に何時でも舞い降りれる。 」
哀しそうに呟いて、その次に何時もの様に柔らかい表情で は微笑った。
広がる景色は変わる事の無い、白一色のキャンバス。ゆっくりと、けれど多くの雪欠片が結晶と為って空から無数に無限に落下している。
何処に居ても、誰が傍に居ても、例え時刻が深夜でも早朝でも…変わる事無く傍に居られる。
そんなニュアンスを含んだ言葉に、スネイプは一瞬愕いた様な表情を作ってから、苦い笑いを浮べた。
子供染みているとか、馬鹿げた思考だとか、そんな結論から来るものでは無い。純粋に脳に浮かんできた其の解答に、自分で自分を自嘲した、其れだけ。
逢いたいと思っているのも、離れたくないと思っているのも、ずっと共に居たいと思うのも全て同じだと気付かされた気がした。
教師と生徒と云う通常では余り考えられない関係から生まれたこの状況。
逢いたいときに逢えず、触れたいときに触れられない。何時も人目というものを気にしなくてはなら無い少女が、純粋に脳裏に侍らせただけの小さな考えだっ た。
「 為らば、雪にして遣ろうかね。…と、云いたい所だが、我輩にしてみれば酷く迷惑な話だ。 」
「 スネイプ教授、聞き流して下さいって言ったじゃないですか。 」
遠回りでしか言葉を告げられない事を、スネイプは悔いた。笑った其の顔に一瞬、悲愴が浮かんだのを見逃せる筈が無い。
咄嗟に弁解しようとした言葉を喉奥に落として、先程自嘲した言葉が脳裏に浮かんでくる。
伝えろ、という事なのだろうかと暫し思案した後に、スネイプは椅子から腰を上げた。何時間ぶりに立ち上がるだろうか、溜まっていた疲労倦怠感が一気に足に ずり落ちて来る。
致し方無い事だ、と自身を叱責する様に一歩前に足を進めて、其の侭窓枠に佇む を後ろから腕に抱いた。
驚き、スネイプの方に向き直ろうと身を捩る を後ろから更に強く抱き締めて、窓枠に映る白大地に視線を向けた。
其処は今でも、滔々と白いだけの雪が降っていた。
「 お前が雪等に為れば…困るのだよ。 」
「 …迷惑ではなく、今度は困る、ですか? 」
「 こうして抱き締める事も出来なければ、触れることも出来ない。
お前が雪等に為れば、例え凍て付いた指先で在っても…触れれば溶け消えてしまうでは無いか。 」
二人の視線の先は、真っ白い羽を其の背に置いて、氷徹の空を翔ける雪の精が居た。
ゆっくりと舞い踊って、一つは窓枠に辿り着き、また一つは既に積を成した雪群の中に落ちて行く。
遅かれ早かれ、辿り着いた先が何処であろうとも、雪の精が辿る末路は一つしかない。
自分よりも高い温度のモノに触れてしまえば、忽ち溶かされ消えて逝く。
音も立てず、声も上げず、抗いもしないで唯ゆっくりと同化する様に融けこんで消えて逝く。
「 …其れに、だな。此れだけの大雪、そこ等中にお前が居ると想像すれば煩くて適わん。 」
「 物凄く失礼ですよ!!大体、全員が全員私な訳無いじゃないですか! 」
「 お前は先程、【 雪になりたい 】と言ったではないか。付け加えるならば一つ、とも言っては居ない。
つまりは不特定多数、少なくともホグワーツに降る雪はお前なのだろう?為らばやはり煩いでは無いか。 」
「 …私は四六時中喋ってなんて居ません! 私が雪に為ったらスネイプ教授の悪口、言い続けてやる。 」
「 安心し給え、暖炉に掛け置いた湯を掛けてやろう。 」
其れ以上の野暮な会話は、続かなかった。
堰を切った様に笑い出したのはやはり が先で、先の悲愴な表情は見る影も無い程にあどけない表情の侭無心に微笑った。
そうして攣られる様にスネイプも其の表情を穏かなものに変えて、後ろから を抱いた侭に、絶え間無く注ぐ雪を視界に映し込む。
其れは夕食を告げる鐘の音が二人の耳に届くまで、変わらぬ光景と為った。
真っ白な侭、貴方の許へ飛んで行けるだろうか
紺碧の凍徹の空から滾々と舞い降りる雪になって、唯独り、貴方だけの許へ
きっと、ずっと、何処までも、何時までも
氷空を、唯只管に翔けていく様に、貴方の許へ飛んで行けるだろうか
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熱い想いに この身が溶け消えてしまう、其の前に。
後書き
…天翔ける翼から【雪】を想像するのって私くらいなんだろうか(笑)。
この夢、本当はギャグにしようと思っていたのですが…ちょっと途中で挫折。
雪に為ったら寒くは無いのかなぁ…とちょっとばかし思っても見ましたが、其れこそ愚問ですね(苦笑)。
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