夜想曲 Prelude
忘れ去られたように、片隅にひっそりと置かれた真っ白なグランドピアノ。
大理石で出来た様な独特の乳白色で、長い間使われていなかったのか、真っ赤な布が掛けられて、動かされた形跡もない。
それでも、きちんと手入れがされているのか、真っ白なピアノに埃はおろか、塵すら認められない。
そっと赤い布を折り畳む様にしてめくってみれば、其処には驚くほどに美しい形が現れる。
高級感漂うなど、浅はか過ぎる言葉では片付けられないような程に高貴なそのピアノは、持ち主に酷く酷似していた。
「…楽譜…?」
捲りあげた布の隙間に、覆い隠され挟まるようにして置かれた、羊皮紙。
それは酷く古びた色をしており、かなりの長い間、その場所に放置されていたことを暗黙のうちに物語る。
定規などで引いたわけでもない横罫線が引かれ、走り書きのようなおたまじゃくしが犇めき合う。
たかが二枚足らずのその楽譜の二枚目の下に、小さく同じような走り書きでサインがしてあった。
”Lusius Malfoy”
…繊細すぎるその綺麗な文字は、間違いなく彼のもので。
「一緒に弾いてみるか?」
片手に珈琲カップを持ったルシウスが、いつの間にか立ち尽くすの横にいた。
”一緒に”という言葉で再び瞳を楽譜に落とすと、それは間違いなく連弾の楽曲で。
「勿論、弾けるのだろう?」
カップをピアノの縁に置き、カタン…と微かな音を立てて、ルシウスはピアノを開く。
長い間開かれていないような、古めかしい匂いが鼻を突くのかと思いきや、薫ってきた薫りはルシウスの薫り。
どうやら、彼はたまに一人で弾くらしい。
「ルシウス、でも、どうやって二人で弾くの?」
見渡せば、ピアノに向かう為の椅子は普通の椅子を少し大きめにしたもの一つしかない。
まぁ、ルシウスが一人で弾くのであれば、問題はないだろう。
けれど、これは連弾の楽曲。
そんな小さな椅子に、二人は座れない。
「、楽曲を良く見なさい」
そう言いながら、楽譜をピアノに載せ、ルシウスは先に椅子に座る。
は、ルシウスの言葉に素直に楽曲に再び目を通す。
すると…
「 …ルシウス、これってもしかして…」
「 そういうことだ。
判ったのならば早く来い」
「 え…、でも…」
「お前は軽いから大丈夫だ」
言われるままに、はその小さな身体をルシウスによって抱えあげられる。
膝の上に抱き抱えられるようにして座らされたは、身長が低いために、それでもルシウスの顔より低い位置になる。
そしてそのまま促されるように、ピアノの鍵盤に指を乗せられる。
「私、ピアノ下手だよ??」
「心配するな、私がリードしてやる」
つまりは、こういうことである。
この楽曲は連弾の楽曲ではあるけれど、普通の二人並んで鍵盤を縦に二つに割るような形で弾く楽曲ではない。
真ん中の比較的中低高音の部分をが弾き、抱き抱えるようにして座っているルシウスが、後ろから、を挟み込むようにして、最低音から最高音までのパートを弾く。
二人羽織りのような形で、弾く楽曲なのだ。この曲は。
”大丈夫だ…”
耳元で優しく甘く囁くルシウスの声が、の指を動かす。
が弾かなければ、この楽曲は始まらない。
最初は小さな小さな前奏曲から始まる夜想曲。
の指から紡がれる優しい繊細なメロディーが、ルシウスの心を擽る。
楽譜を見る暇も無いくらいに緊張している。
それもその筈で。
抱きしめられるようにして抱えられている為に、ルシウスの温もりが直下に伝わる。
ふわりと薫るルシウスの甘い香水が、の心を支配する。
耳元を擽るルシウスの声が…の心を捉えて離さない。
「なかなか、上手いな」
の緊張を知ってか否か、ルシウスは、の奏でる旋律に合わせて鍵盤を軽くはじく。
同じ鍵盤を叩いているというのに、違いの差は歴然で。
ルシウスの指が奏でる夜想曲は、感嘆のため息が出るくらいに美しく、優雅で、繊細で、甘美。
その美しい曲よりも。
ルシウスの紡ぐ甘い言葉が、すぐ傍から伝わってきて。
を苦しめる。
ルシウスが、の為にラストを弾く。
この夜想曲は、最初にが前奏曲として弾き、ラストにルシウスがエンドロールとして弾く。
後ろから抱きしめられるようにして、目の前の素晴らしいほどに紡がれていく音楽をただただ見入る。
自分のレベルとは違いすぎる、ルシウスの紡ぐメロディーに心奪われる。
気づいたときには…ルシウスは、楽譜を一切見てはいなかった。
覚えているのだ、彼の心が、楽譜の旋律はおろか、速さやその他夜想曲を形成するもの全てを。
楽譜を見ていないルシウスの瞳は、ただただ真っ直ぐに、窓越しに映るを見ていた。
「 お前の為に曲を書こう…
勿論、連弾の曲を」
吐息混じりに耳元でそう囁く。
静かな夜の情景に見合った夜想曲。
彼が弾くと、それは酷く悲しい曲のように聞こえて。
そして、それは大切なものを失ったような、そんな切ない旋律。
「 …、
お前は私だけのものだ」
タンッ…と弾く様に最後の鍵盤を叩いたルシウスは、そのままを強く抱き締める。
振り返るようにしてルシウスを見たは、酷く優しそうに微笑んで。
少し背伸びをするようにして、ルシウスの唇に、唇を重ねた。
その日から…
色褪せた夜想曲の楽譜の行方は判らぬままで。
代わりに新しい羊皮紙に紡がれたのは、同じような夜想曲。
それでも…
ルシウスのピアノが弾き出す旋律は、酷く優しく、暖かいものだったという。
□ あとがき □
久しぶりに、ピアノを開きました。
訛る物ですね、昔弾けた曲が弾けません(笑
稀城は未だかつて連弾をしたことはありませんが、こんな連弾なら素敵かも…v
と勝手に思いついて書いた代物です(笑
稀城が最近、訛った指を強化するために弾いているのは、
GLAYの「カーテンコール」
…大好きなのに弾けなくなっていた自分が情けない(汗
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