ねがい
− 願い事一つだけ 叶えてくれるなら 傷つけあった愛が 始まらないように… −
悲しい歌詞には似合わないほどの綺麗な声が室内に響き渡った。
が「悲しいけれど、大好き」だと言ったその日本の歌を英訳したとき、私は胸に走る痛いほどの感情に押しつぶされそうになる。
何も言わず、深く語ることの無い歌詞に込められた本当の意図を探そうとするけれど、それはすべて無駄な努力へと終りを告げることとなる。
は相変わらず可愛らしい表情を崩さぬまま、その歌を口ずさみ、戦ぐ風に身を委ねながら楽しそうに飛び回る鳥たちを見ていた。
「 、この歌の何処が好きだと? 」
付箋の描かれた譜面を放る様にピアノの上に投げ置くと、ルシウスは窓際に佇むを後ろから掻き抱いた。
驚いたように身体を竦めたは、慌ててルシウスの腕から逃れようとするけれど、ルシウスがそれを許さない。
幾らルシウスの家であり、使用人達は外に出ていないとはいえ、”愛人”の身の上である自分の存在がいつ外部に漏れるやも分からない。
そんな恐怖と日々重ね合わせの生活に慣れているは、 「誰かに見つかったら…」そう零してみるけれど、当のルシウスはホグワーツの制服を身に纏ったままのを離そうとはせずに、ただ一言。
「構うな」
そう言っただけだった。
「 言え。
この歌の何処が好き、だと?」
普段の鋭利な瞳を更に細くして、ルシウスはに詰め寄った。
太陽にキラリと輝る薄蒼の瞳が真っ直ぐにを見つめ、離そうとしない。
それどころか、何処か怒っているような表情を崩さないままで。
痛いほどの視線に耐え切れなくなったが、ふっとピアノの方に目をやると、楽譜と辞書が目に入り、ルシウスが英訳したのだと直感的に理解する。
そして、その怒りが歌詞にあるのだということも、既に安易に予知出来る事であった。
「 ルシウスは、願い事を一つだけ叶えてくれるとしたら…
何を願うの? 」
身長の足りないがルシウスの頬に触れようと腕を伸ばした時、ルシウスはの小さい身体を抱き上げて出窓枠に座らせていた。
ルシウスの問いかけには答えようとはせずに、は柔らかい微笑を浮かべたまま、逆光を浴びせるように、ルシウスの頬を両手で抱き寄せる。
その手に自らの手を重ねると、ルシウスは困ったような表情を見せた。
「 私は欲しい物はどんな手段を持ってしてでも手に入れる。
だから願い事など、願わなくても叶う 」
「 ルシウスらしいね。 」
予想はしていた答えを見事言ってくれたルシウスに、は微笑を絶やすことは無かった。
背中に当たる暖かい春の日差しと、目の前に居る愛しい恋人。
双方の温かさに包まれて、幸せそうには表情を崩して見せた。
「 願い事が一つだけ叶うなら、私はルシウスと一緒に居たい。
例え、過去や未来が傷つけあって、悲しいだけだったとしても、
今が幸せだから、ルシウスが大好きだから、私は貴方とずっと一緒に居たいの。
」
ふわりと微笑んだを、ルシウスはもう一度強く抱きしめた。
さらりと風に流れる柔らかい髪を撫ぜてやると、はその感触に浸るようにそっと瞳を閉じる。
薄紫の大きな瞳が閉じられ、身を委ねられると、ルシウスは満足そうに表情を和らげた。
「 ルシウスと一緒に居て、傷ついたり、悲しい事なんてないんだけどね 」
そう告げた。
心の中で抱いた黒い感情が一気に白へと染め上げられていくような気がした。
黒くて醜い感情に押しつぶされそうな自分と、真っ白で繊細な心を持ち合わせた。
相反するモノだからこそ傷つけぬようにしてきたつもりだったけれど、この関係がこのまま存続していく事が一番を傷つけてしまうのではないかと案じた浅はかな自分。
心に失意を感じていたのは自分だけだったのだと自嘲した。
「 私はこれからもお前の傍に居る。
例え、この先何があろうとな… 」
瞳を閉じたままのの細い顎に手を掛けて、桜色の唇にキスを落とそうとした時、ふっとルシウスは、下に感じる視線に気がついた。
横目でちらりと見てやれば、驚いたような表情の自分の息子が、じっと此方を見ているようだった。
庭には、落とされた鞄の中から散乱した教科書が散らばり、肩を落としたままのドラコが侮蔑するような瞳で自分を見上げていた。
「 ルシウス…? 」
数秒ではあったけれど、止まったままのルシウスに疑問を浮かべたがそっと瞳を開く。
その拍子に、ルシウスは表情も変えぬまま、身体を引き離すことも無いまま…
寧ろ、その腕にの身体をいっそう強く抱きしめて桜色の唇に小さくキスを落とす。
閉められることの無かった窓の隙間からは、温かい風に乗って、ドラコの叫び声が小さく聞こえた気がした。
けれど、ルシウスがの身体を離すことは無く、そのままの体勢で片方の手で、窓を閉める。
悲痛とも言える様なドラコの叫びを、それ以上、ルシウスとが耳にすることは無い。
けれど、ルシウスの耳には確かに届いていた。
自分の名前ではなく、この腕に抱きしめている愛しい者の名を、ドラコが叫んでいたことを。
□ あとがき □
…「願い事一つだけ」を聞いていてとっさに浮かんだ夢。
お陰で落ちもなにもあったもんではありません。
ただ、一つ補足しておきたいことといえば、何故ドラコがヒロインの名前を呼んだのか。
それはきっと、ドラコもヒロインが…(笑)
あぁ、いつの日か対決する日が来るのでしょうか(爆
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