泣きたい時に笑いたいと








「 やっぱりルーピン先生の笑顔って素敵よね 」
「 そうそう、見ているだけで心が癒されるんだから!! 」
「 ルーピン先生は笑っている顔が一番似合うよね?? 」
「 馬鹿ね、ルーピン先生が泣くことなんてある訳ないじゃない 」













昼時、教室へ向かう最中の廊下を曲がった所で、ふとそんな声が耳に入ってきた。
タイの色からグリフィンドール生だと判った時点で、にとってはその声の主達を判別することは叶わなかったけれど、一度だけ聞いたことのあるような声だと脳が囁く。
横を通り過ぎるとき、振り向き様にちらりと垣間見てみれば、「 あぁ、なるほど 」と自分で自分に納得する。
以前、ルーピンに告白してきた子が、偶然にも其処に居た。
結局ルーピンは、丁重にお断りをしていたけれど、は全てを知っている。
何故なら、ルーピンの部屋の机の下に居たのは間違いなく自分だったのだから。












確認すると、はちらりとも瞳を合わせることすらせずに、目的地へと急ぐ。
抱えた重い資料を一刻も早く下ろしたくて。
大好きなあの人に、一秒でも早く会いたくて。
自然と浮き足立った様に早足なるけれど、頭の中では先ほどの少女たちが話していたことが引っかかる。
ルーピンも人間なのだから、悲しい事ぐらいあるに違いない。
実際、親友だったハリーの両親が亡くなった事にも遭遇しているわけで。
それ以降、ルーピンに悲しいことが無かったと言うのは少々考え辛い。
けれど、ルーピンの悲しそうな表情など未だかつて見たことの無いは、偶然にも聞いてしまった会話から、答えを探し出そうと四苦八苦する。
いくら考えても判らず、結局的には、本人に聞くことが一番判り易いという結論に達したのは、「 闇の魔術に対する防衛術 」の教室を目の前にした時であった。












「 ルーピン先生、悲しくはないですか? 」












扉を押し開けて開口一発目、はそう問うた。
後ろ手に扉を閉めながら、息を整えるように大きく呼吸をしたの瞳に飛び込んできたのは、チョコレートの板を口に銜えて紅茶を楽しむルーピンの姿であった。
流石に教室であるためか、自室ほどでは無いにせよ、暇な時間に食べるために持ってきたのか、袋に入ったお菓子が無造作に机に置いてある。
少しばかり中身が毀れているその袋からは、以前がルーピンに勧められて食べたことのある美味しいクッキーも混ざっていた。
余りのその美味しさに、ルーピンの物だということを忘れて食べ切ってしまった事実が脳裏にフラッシュバックして、「傍で食べたい…!」という感情が心を支配するけれど、それをなんとか理性で押さえ切ってはルーピンの返事を待つ。












「 …わたしは充分に幸せだよ。
 紫苑も傍に居るし、お菓子もあるからね。 」












チョコレートを持ったまま、にっこりと笑ったルーピンは本当に幸せそうだった。
ルーピンはニコニコと微笑んだままで、に手招きをすると、お菓子を勧める。
甘い甘い誘惑に負けそうになりながらも、は自分に言い聞かせるように首をしきりに振ると、そのまま場所を動かなかった。












「 ルーピン先生、違うんです。
 さっき…廊下で、聞いたんですけど…
 ルーピン先生が毎日笑っているのは悲しいことが無いからなんですか? 」












会話を思い出すように、そして足りない言葉を補うように言葉を紡ぐ。
一瞬驚いたように瞳を開いたルーピンは、その瞬間に何を言わんとしているのかを悟ったのか、飲みかけたカップを静かにソーサーに戻した。
射し込む逆光に柔らかく愛されるルーピンは、自身で影を作りながら、じっとを見つめる。
けれど、何かを考え込むような様子は無く、ふわりと柔らかい表情を浮かべるとルーピンは逆に問いかけを始めた。












「 成る程ね。
 はどう思う? 」









「 え…?
 私…、ですか? 」












突然の質問とその内容に、は固まってしまう。
問いかけた質問に疑問系で返されるなど思っても居なかった事ゆえ、脳が並列作業で別なことを考えようと活動を始める。
短文の中に込められたその意図を探ろうと聞き返しても見るけれど、ルーピンは相変わらず微笑んだまま答えを促すだけで。
仕方なしに、は思いのままを述べるしか出来なかった。












「 私は…ルーピン先生でも悲しいことや辛いことはあると思います。
 でも……、
 ルーピン先生は、『いつも幸せそうに笑っている』っていうイメージが私の中であるから…
 だから、想像できないだけなのかも知れません。
 それに、先生は…悲しいことがあっても誰にも知られないように、心配かけないように
 しているんだと思います。 」












上手く言葉が見つけられなくて、言葉を告げた後に困ったようには微笑んだ。
柔らかく微笑んだその表情は、ルーピンの心を解きほぐして行くかのような優しさに彩られていた。
つられる様に微笑んだルーピンは、もう一度に向かって手招きする。
一回目に断ってしまっただけに、
行きたくても行けなくなってしまっただけに、
抱えた資料を其処へ置くと、は素直にルーピンの元へと歩いてゆく。












「 優しいね、は。 」












ようやく傍迄辿り着いたをルーピンはそっと抱き締めた。
さらりと流れる髪から柔らかく薫る甘い香りを心地良さそうに堪能する。
驚いて離れようとするを離すまいと、軽々と抱えると、自分の座っていた椅子へと降ろす。
後ろから抱えられるようにして抱き締められているの力では、ルーピンの元から逃げ出すことなぞ不可能というものだった。
近づけば近づくほど香る甘いお菓子の誘惑に、耐え切れる自信の無いは、勧められるままに早速クッキーへと手を伸ばした。
パキン…と硬い物が砕ける心地よい音が教室に響き渡る。












「 泣きたい時に泣くことは誰にでも出来る。
 辛いときに『辛い』という事も出来る。
 けれど…
 泣きたい時にこそ悲しみを堪えて笑うことは、誰にでも出来ることじゃない。
 心は辛くて泣いていても、
 悲しみに涙が頬を伝っても、
 ”笑って”居ることの方が大変なんだよ。 」












微笑みながらそう話すルーピンは、何かを思い出すかのように、何かを懐かしむように瞳を細めていた。
の方を見てはいるけれど、その瞳の奥では、何かを見つめているようなそんな表情で。
不意にゆっくりと笑ったその顔は、少しだけ哀を含んでいるような気がした。












「 悲しい時に泣くだけだったら、それまで楽しかった思い出がみんな涙に彩られてしまう。
 悲しい事だけでは決して無かっただろうにね。
 人間、嬉しい時にも涙を流すだろう?
 悲しみに彩られるだけの涙はもう、要らないからね。
 だからわたしは、”泣きたい時にこそ、笑って”いたいんだよ。 」












そう告げたルーピンの瞳は本当に哀しそうで。
表情は何時もどおり柔らかくて微笑んでいるけれど、何かに耐えるような、そんな辛さを感じさせる微笑だった。












「 でも…もし、わたしの傍からが居なくなってしまったら、
 とてもじゃないが、笑っては居られないだろうね。 」










「 大丈夫です!!
 私、ずっとずっと、ルーピン先生の傍に居ます。
 ルーピン先生が悲しみに押し潰されそうになったら、私が先生の変わりに泣きますから… 」












”例えば、今みたいに…”
そう最後に付け加えたの瞳から、はらりと透明な雫が落ちる。
微笑を絶やすことの無いの表情に不釣合いなほどの涙が、連鎖反応のように流れ落ち続ける。
ルーピンの悲しみを知ってのことか、知らずのことかは定かではないけれど、驚いたような表情を見せたルーピンは指先でそっと涙を拭ってやった。
愛しい恋人にしか見せない表情を浮かべたルーピンは、ふわりと微笑んでを抱き締める。












誰かの為に笑うことは出来ても、
誰かの為に泣くことはそう簡単に出来ることではない。
誰かを想って泣くことや、
誰かを愛しんで泣くことは、
偽りで創られたような贋物の涙なんかでは決して無い。
誰かの為に泣けることは、誰かの為に笑ってあげる事よりも難しいけれど、何よりも単純なことかもしれない。
何故なら、本当に大切な人の為ならば、涙など自然に溢れ出るものなのだろうから。












「 わたしは…本当に幸せだね… 」












その腕で抱き締めた愛しい者に、そっと口付けを落として、ルーピンはが泣き止むまで抱き締めることを止めなかったという。
勿論、それ以来、ルーピンが悲しみに暮れる事も無ければ、が悲しみの涙を流すことも無かった。












そんな二人だけの世界が繰り広げられている教室。
その外では、掛けられたままの鍵が開くのを待つ生徒たちで溢れ返ったという。










□ あとがき □

絶対に何かとネタ被ってそうですね(笑)
皆様、勘弁してやってくださいませ(滝汗)
「他人の為に泣けるということは、本当にその人のことを大切に思っている証拠」
そして、誰かの為に泣ける人は、絶対に他の誰かからも大切に思われている、
稀城は本当に心からそう思います。
ドラマで泣くのはどうなのか?!とかは聞かないで下さいね(苦笑)





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