---------- 甘い痛み、欠片の勇気、そして、募る想い。






勇気








何も変わらない午後の日和。変わった事が有るかと問われれば、魔法を根底の生業とするこの世界、変わらない事が何一つ無いと断言できるホグワーツにおいて 其れを問うのは愚問に近しい。
故に、微小な変化を続けるホグワーツにおいて【何かが変わった】と言える事が有るとすれば、其の時点で既に大騒ぎになっているに違い無い。
嘗ての賢者の石や秘密の部屋と同じく、そして其れを上回る程の出来事が起きない限り、ホグワーツでは何も変わらない日々に等しかった。


休日前とも有ってか、今日の講義は午前で全て終了していた。
珍しくレポートも課題も遠慮し切ったように誰からの口からも発せられず、あの魔法薬学教授其の人でさえ、何か用事が有るのか講義の10分前には全ての生徒 が怪訝な表情をしながらも足早に教室を後にする。
蛻の殻を髣髴とさせる室内は灯りが落とされ、扉にはしっかりと魔法で錠を掛け落とされており、暗闇に近い中誰一人として存在しない錯角を覚えさせる。
しかし眼を凝らして見れば、僅かに燈った暖炉の灯りに誘われる様に黒い影と酷く小柄な影が重なり合っている。





「 …覚悟は出来たかね。 」





地底から汲み上げた様な澱み無い真っ直ぐな声。けれど耳に残る重低音は自然な妖艶さを醸し出し、空気の振動で世界が一変する様な現を作り上げた。
問い掛け、促がされるように視線を上げてやれば、勝誇ったような言葉とは裏腹の精練された瞳とぶつかった。
其の僅かな瞬間でさえも頬を赤らめ視線を外してしまいそうだと言うに、声の主、スネイプは其れを許さず俯き掛けたの細い顎に手を掛け自分を観る様に仕 向けた。
反動で流れ落ちた柔らかい漆黒の髪、薄い水膜張った様な薄紫の瞳、年齢の割に小柄な身体は暖炉脇のソファーに埋れ掛けていた。
柔肌を伝って流れ落ちた髪を鬱陶し気に指先に絡め、ゆっくりと耳に掛けて遣れば、堪らないとばかり擽ったそうに身を捩る。





「 か、覚悟は何時も出来てるんですけど… 」

「 覚悟だけかね、13にも為って子供か、お前は。 」





呆れた溜息、其れは普段講義で聞かれるどれよりも小さくどれよりも感情が篭っていた。
溜息一つ、其れさえもの心に確かな躍動を齎して居る。スネイプは感情を篭めた溜息さえ吐く事を疎ましく感じている場合が多い為、例え溜息とは言えスネ イプの感情を 如実に受け取っている。
たかが溜息等と侮ってはいけない。溜息を吐かれ罵声地味た言葉を投げられようと、スネイプが此れ程心中曝け出すのは広いホグワーツを探せど、独りしか 存在しない。
況してや興味関心の無い生徒に関わりを持つ等有り得ない事、少しは気持ちを汲んでやればいいものを、天性の鈍感娘は其の欠片も気づく事は無い。
己がスネイプに片思いをしている事実、其れを遠の昔に悟られていると云う事も、は微塵も感づいては居なかった。





「 何時までも出来ぬ戯れに付き合っている暇は無い。今日が無理なら諦め給え。 」





最終宣告、其れでもスネイプは良く耐えた方だと言える。
人払いをしたように静まり返った魔法薬学研究室、ソファーに腰を落としたを上から押し倒す様にも取れる体勢で背に腕を乗せるスネイプは、眉間の皺を一 層深いものに変えた。
片方の手には小さな箱型のケースに針が入っている。鈍い色を放つ其れは、鍛錬に磨き込まれ鋭利な切っ先が光に映し出されて厭味な色味を増した。
其の脇に転がる様に置かれているのは、淡い珊瑚を思わせる柔らかな紅色のピアス。嵌められる事を待ち望む様に鎮座し、付けて貰えない事への寂しさ滲み出る 寂寥感を背負っていた。
……早い話、が決める覚悟、其れは己の耳に針を刺しピアスを通す、其の覚悟。





「 大体…ッ、如何してピアスだと思います!?
 身に付けるものなら指輪でもネックレスでも…イヤリングでも事足りると思いません? 」

「 いや、我輩にしてみればそんな事柄よりも、頑なに人為的に遣ろうとする事自体が気に為るがね。 」





詳しくは本人が語らない為に理解に欠けるが、の家系は太古の古より続く東洋魔術の使い手であり、彼女は其の血を受継ぐ継承者であると言う。
東洋文化東洋魔術には詳しい伝記も論文も残されていない為、人伝いにしか判らないけれど、強大な其の力を自然発動させない為に一定の年齢に為ると魔力を抑 制する為に制御装置を付けると云う。
其れがの家系では代々左耳に施す一対のピアスであり、規定年齢に達したは言いつけ通りに其れを行使し様とするが、は稀に見る先端恐怖症だっ た。
己の耳に針を刺す事は愚か、針の齎す痛みに耐える精神力も持ち合わせていないらしく、堪り兼ねた挙句にスネイプの元を尋ねた経緯が其処に或る。


最も、此処は魔法が自由に使える非常に便利なホグワーツ。
魔法でしてしまえば痛みも感じず楽に終わると言うに、如何云う訳か其れを頑なに拒絶し、スネイプに行使される事を所望した。
故に、苦戦する事早5回。何時も寸前で拒否の声をが上げる為、未だ其れを成し遂げてはいない。





「 ……痛み、が必要なんです。 」

「 そんな可笑しな風習があるのか、東洋魔術継承家系には。 」

「 いえ、そんな事は無いです。現に、私の母は魔法で空けたと言ってましたから。 」

「 ………成る程、お前は自虐趣味があると言う訳か。 」



「 其れだけは120%有り得ません。 」





厭きれた様な表情で言われ、如何してそう云う発想に為るのかと自棄に真面目真顔でキッパリと否定する。
とて、嫌悪する先端及び針が皮膚を貫く瞬間に身体を劈く微少の痛みを思えば、何度魔法で行使しようと思ったか知れない。勿論、自分自身で魔法を掛けて も良いし、スネイプに掛けて貰っても良かった。
其れをしなかった理由は唯一つ、頑なに貫く想いが有った。


が自身でスネイプに惚れていると認識したのは、もう大分前の事に為る。一つ下のハリーが入学してきた頃だったか、其れよりもっと前か。
いずれにしても、気付けば瞳はスネイプを追い、理解不能な為に厭で仕方無かった魔法薬学も少しずつ理解して、其の距離も僅かだけれど近づいた。
内心喜びを隠し切れないが、其れでもやはり相手はあのセブルス・スネイプ。単なる気紛れか暇潰しか、はたまた一介の女子生徒の動向を陰で笑う趣味でも出来 たのか、想像させるのはそんな事ばかり。
だから、かもしれない。
例え気紛れでも暇潰しでも、【スネイプと一瞬でも同じ時間を共有した】という証が欲しかった。



そんな時分、思いついたのがこのピアス。話の口実も素敵に揃っている。怪しまれる事は無いと鷹を括っていた。
けれど蓋を開けてみれば先端恐怖症及び極度の精神軟弱を悟られ、其れでもスネイプはに協力すると言った。
故、微少の痛みなら決死の覚悟で臨もうと。
毎朝耳を見れば、厭でも空けた時の微かな痛みとスネイプと共に過ごせた証を思い出せるだろうから。





「 ……ったぁ…っ… 」

「 如何した、お前らしく無いではないか。
 意識削がれる程集中して思考する行為、講義中もして貰えると有り難いのだが。 」





口角を僅かばかり上げ、ゆっくりとした言葉で話すスネイプとは真逆に、は己の身に起きた事を脳内感覚神経が察知するより先に気付いた。
スネイプの掌にあった物体は何時の間にか消え、耳に微かな痛みが残っている。気付かない内にスネイプはの耳に針を刺していたらしい。気付いた時は終っ た後、痛みは痺れに似たモノで、其れを齎す針は未だ耳朶をしっかりと貫いていた。
此処からが痛い、そう聞かされていた刹那に二度目の痺れが耳に走り、5度の出番を失ってきたピアスが確かに役目を果たす為に其処で揺れていた。


柔肌を針で貫かれた為か、微かにピリピリと痛む左の耳朶に微かに血が滲む様な感覚が身体を抜けた。
此の侭耳を伝って床に落ちれば、部屋のカーペットを汚してしまうと息を呑んだ刹那、ぐいと強く身体を引かれ凭れ込む様にスネイプの胸に引き寄せられた。
一瞬の出来事、其の次はチリチリと痛む耳朶が柔らかいモノに優しく包み込まれてぞろりと舐め上げられる。
唇で撫優に喰まれればキリキリとした痛みは甘いモノに変わり、ガクリと身体中から力が抜け落ちた錯覚が起きた。
吐息が身体から脳を、心を侵食しそうで、腰が落ちる。
思った刹那、昼食の旨を告げる鐘の音が意識を覚醒させた。一瞬で現状を理解して、頬に朱が広がる。





「 すっ…するならするって一言言って下さい…!! 」

「 言えばお前は今までの様に逃げるであろう?其れでは何時まで経っても空けられん。 」

「 で、でもやっぱり心の準備とか其の後の準備とか…色々有るんです!! 」

「 今後の教訓にすれば良いであろう? 心構えが出来たではないか。 」





流れ落ちたの髪を掬い上げて耳に掛けおくと、空けたばかりのピアスが微かな風に揺れる。
今後の心構えとは何かと問う前に、魅入られる様な瞳で一瞥され、頬に走った朱が癒えぬ内に更なる紅が一気に走った。
耳元に残る唇の感触に、間際まで立ち入られて薫った香草、甘い記憶が群がり寄って来る。如何にも堪らず、苦笑いドコロか礼一つ述べる事も出来ない侭に部屋 を飛び出した。
耳元で低く聞えた音程、確かにスネイプの唇は言の葉を紡ぐ。
明日もまた、来給え、と。





「 鈍感娘は何時気付くか、見物だな。 」





手元に残されたもう片方のピアス。其れを転がしながら、脱兎の如く逃げていったに苦い笑いを隠し切れない。
時を同じくして、頬を朱に染めたは自室で高鳴る心の臓に激を飛ばしつつも、スネイプにつけて貰ったピアスを指で触れる。


甘い痛み、欠片の勇気、そして、募る想い。
其れは、魔法薬学研究室とスリザリン寮、双方で共有される事と相成る。










後書き

勇気=ピアスを空けるときの勇気&スネイプに想いを寄せ続ける勇気ということで(笑)
スネイプ教授にならピアス空けられてもいいなぁ…と思う今日この頃。
いや、高校時代はバッチリ開いてましたが…軟骨にも(オイ)
スネイプ教授にピアス空けてもらうとオプション付いて来るんだ…へぇ…(笑)



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