ほっとする瞬間








紅い夕焼けを漆黒の闇が侵食し始めた矢先、きらきらと光り輝く星達が夜の到来を告げた。
春先になったとはいえ、未だ夜は冷え込むホグワーツ内では未だ暖かい空気が充満し続けている。
柔らかく身体を包む暖かい風に身を委ねているとはいえ、芯まで温まる筈は毛頭無く、シャワーでも浴びて体の隅々まで暖を取ろうと思うのは誰も皆、同じ事で。














「 今日はお風呂に入りたいなぁ… 」














夕食を終え、ソファーの上で背筋を伸ばす
その胸には真ん中が少しへこんだクッションが抱かれており、頭を臥せっていた事が伺える。
未だ眠気は起きないものの、やることが無く、レポートの採点に追われているルーピンの邪魔をする訳にもいかない、では一人ゆったりとした時間を過ごしていた。
コチコチと真後ろで聞こえる秒針の進む音だけが、静まり返った室内に充満している。
そんな凛とした静寂に申し訳無さそうに紡がれたの言葉は、空気を震わせてルーピンの耳にも確かに届いた。














はシャワー派だったかな…?
 確か、広い”Bath”が嬉しいと言ってははしゃいでいた記憶があるんだけどな 」














ふわりと微笑んだルーピンは、静かにペンを置くと、机の上に散乱するかのように置かれていた羊皮紙の束をまとめる作業に入る。
それはルーピンとの中で暗黙のうちに決められた”決まりごと”のようなもので、ルーピンが机の上の羊皮紙を片付け始めたら、今日の仕事は終わりである。
ルーピンの微笑みにつられる様に微笑んだは、胸に抱えたクッションを抱えなおすと臥せる様に顎を乗せてルーピンを仰ぎ見る。
綺麗な細い指で羊皮紙を束ねていく様を見るのは、自分だけが見られる専売特許の様なものだと、ちょっとした優越感に浸ることができる。
辛くも、それ以前に恋人同士である訳なのだから、優越感等幾らでも感じることが出来るのだが。














「 うーん…お風呂は入ってるんだけど…
 こう…ね、
 ほっと出来る事は無いって言うか… 」






「 入るのに、気が抜けない、という事かな? 」






「 うー……
 なんて説明したらいいんだろう…
 湯船に思いっきり浸かりたいって言うか…何て言うか… 」














言葉と感情をどう表現したら判って貰えるか、とは拙い英語で表してみるも、想像通りの日本語を表現するだけの英語には至らずに、かえって訳が判らなくなってしまう。
が言わんとしている事が何なのか皆目検討のつけ様の無かったルーピンでは在ったけれど、あれこれとが英単語を並べるうちに、頭にふっと過ぎる物が浮かんでくる。
それは、が日本出身である、という事に気付いてさえいれば、容易に想像しえることなのだが。
未だ一人頭を抱えては困惑の表情を浮かべて百面相を繰り返すを見つめながら、答えの出たルーピンは楽しそうに笑った。














「 日本の”Bath"の様に、
 湯船に浸かって、溢れ出るお湯を眺めながら…
 安堵の溜息を吐きたい、
 かな? 」







「 そうそうそう、それですよ!
 流石ルーピン先生、聡明なんですねv 」














考えていて伝えられなかった事が、綺麗な文章として伝わってきた時、は余りの的確な正解に思わず感嘆の声を上げる。
急に挙げてしまった顔の所為で、クッションが躍り出るように床に静かに落ちた。
それを拾い挙げようとしたは、ルーピンに投げた言葉の返信にそのままの形で固まるこことなった。














”愛しいの事なら、わたしには手に取る様に判るからね”














顔を上げなくても判っていた。
ルーピンが極上の微笑を浮かべてを見つめていることを。
顔を上げて直視することが恥ずかしくて、でも嬉しくて…そんな歯痒い様な妙な感情が胸を締め付けて、は拾い上げたクッションで顔を隠すようにすると、そのまま胸に抱えた。
そんな行動にも、可愛らしさが滲み出ているのか、ルーピンがにベタ惚れしているのかは定かではないけれど、微笑んだままのルーピンは更に柔らかい表情で愛しい恋人を見つめる。














「 …でも、無理ですよね、ユニットバスですし…
 日本みたいにお湯溢れさせたら…
 それこそ水浸しで下に染みちゃいますから。 」














クッションからそっと顔を上げたは悲しそうに苦笑して見せた。
確かに、日本のお風呂はそのまま下水管に直結していて、お風呂とトイレが別々である為に、元来、「お湯は流れ出るものだ」ということを大前提に設計されている。
それは日本に住んでいる以上、決して可笑しい事では無く、寧ろ、それ以外の形式のほうが珍しいくらいで。
外国では、トイレとお風呂が直結しているユニットバスタイプのお風呂が主流であり、お湯も、自分しか使わずに入った後はすぐさま流す、という習慣がある。
それはこのホグワーツでも変わることは無く、はホグワーツに来て以来、一度もお湯をたっぷりと張り、溢れ出るお湯に身を委ねて安堵の瞬間を味わうということは無かった。
文化の違い上、仕方の無いことだとは頭では理解していても、お湯に浸かって身体を温める事に慣れすぎて居るは、どうにも物足りないような感じがしてならない。














それは疲れている時には尚の事で。
疲労回復は勿論のこと、柔らかいお湯に浸かって、溢れ出るお湯に身を沈めている時が、ほっと出来る瞬間なのである。
久しく経験していないことが実感できる、今実現することが出来ないとなると、尚の事入りたくなるのが人間というもので。
空を見つめながら、諦めようと悲しみの溜息を洩らし、顔を上げるとすぐ目の前にルーピン先生が垣間見れた。














「 要するに、お湯が床に付かなければいいんだよね…?
 そうしたら、床が水で濡れる心配も無いし…
 何より、わたしも一度その安堵感を経験してみたいな。 」






「 そ、そんなこと…出来るんですか?? 」







「 簡単だよ。
 わたしが床に魔法を掛ければいい 」














何の為に魔法が使えると思う?
そう言って微笑んだルーピンはさらりと流れるの絹の様な髪を柔らかくその手で撫ぜる。
の笑顔が見れるなら、そんな事は容易い”と言わんばかりの表情で。
予想以上のルーピン言葉と、久々に『お風呂』に入れるという嬉しさから、は拾いかけたクッションを放り投げたままでルーピンの首にしがみ付く様に抱きついた。
そしてそれをルーピンが拒むはずも無く、すぐさまは柔らかく暖かい薫りに包まれる。














「 じゃあ、早速行こうか? 」




「 …え? 」














ふわりと微笑んだルーピンは、が疑問符を浮べるよりも早く抱きしめたをそっと抱き上げた。
優しい抱き上げ方では在ったけれど、背の高いルーピンに抱えられて少しバランスを崩したは、とっさにルーピンの首に腕を回す。
それが嬉しかったのか、ルーピンはもう一度そっと笑った。














「 魔法は短時間しか効かないから、
 魔法が切れてしまって、どちらかが入れなくなると困るだろう?
 つまり…、 」














− 一緒に入ろうか…? −














耳元で囁くように問うたルーピンは、の返事も聞かずにバスルームへ向かって足を進める。














「 い、いえ…ちょっ…ルーピン先生?!
 ほら、ぱぱーっと入れば十分間に合いますから、
 何も二人で一緒に入らなくても…ね?? 」







はわたしと入るのが、そんなに厭なのかい?
 そうか、わたしは>そこまでに嫌われていたのか…
 悲しいことだね。 」





「 ち、違います!!
 ルーピン先生が嫌いなんて事、絶対完璧地球が反対に回りだしても
 ある筈がありません!
 有っていい筈がありません!! 」






「 それはよかった。
 じゃあは、わたしと一緒に入ってくれるんだね。 」






「 ……………。 」














嬉しそうににっこりと微笑んだルーピンに、がそれ以上言葉を言えるはず等、無いというもの。
” 背中のながしっこでもしようか ”
” どんなバスタイムになるか、楽しみだなぁ ”
そう微笑みながら楽しそうに言うルーピンに、はただ苦笑いを浮べるしか無かった。










が 『 ほっとする瞬間 』を満喫出来ることはあるのだろうか。
勿論、それは…、
ただ湯船に浸かるだけで済ませるとは到底思えないような微笑を浮べたルーピンだけが知っている。












□ あとがき □

一番リラックスできる場所がお風呂だったりするんですよ。
お湯を溢れさせて入るお風呂が大好きで、
「もったいないな〜」
と思いながらも溢れ出たお湯が流れていく様を見つめるのが好きだったりします(爆

今回のルーピン氏の一人称。
稀城の大好きなある方が
「ルーピン先生の一人称は”わたし”希望v」
と言って下さったので、書いてみました(笑
…いかがでしょうか。





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