---------- 唯の一度だけ、【宝石】に出逢った。






盗めない宝石








、未だか。 」





一言言葉を掛ければ、漆黒の絹髪を靡かせたが鏡台から小さな身体を覗かせた。
細い両の腕で肩下の髪を一生懸命に纏め上げている其の様は、例えるなら小さな子供が親の真似をして髪を結い上げている状況を髣髴とさせる。
早い話、メイドの誰かにさせれば良い支度も決して身体を預ける事無く、余程の事が無い限りは自分の支度は自分でする事を暗黙の鉄則と置く。其れが余計 に時間を喰ってしまう結果となり、数分は確実に待たされる。
男である私の支度等、女の其れと比較すれば酷く簡単なもの。されど、然程着飾らずとも根が端麗なは充分に映えるのだが、年より若く見られる事を気にし てか何時もは引かぬ紅まで唇に落す始末。





「 …、未だこんなモノを持っていたのか? 」





忙し無く支度を続けるの後ろに立ち、纏め上げた髪によって晒された真っ白い項に瞳が奪われる。
己の所有物だと云う証でも在る、数日前に付けた筈の鬱血痕は綺麗に消えていて、真新しく付けられる事を所望する様。
腕を回して口付け、其の侭細い首に掠唇を落して遣りたい衝動に狩られるが、今日はそうも行かず苦虫を噛み殺す様に腕組みをした侭の支度を大人しく待 つ。
此れが夜で帰宅直後なら其れこそ何の問題も為しに細い腰を抱き上げて寝室に連れ込むのであるが、出掛ける間際、しかも外せぬ約束と有っては辛抱と言う為れ ない単語を侍らせ耐えるしか術は無い。



そんな折、現状では眼の毒にしか為らぬ項から視線を外す様に逸らせば、鏡台の脇に置かれたジュエリーボックスの引き出しから懐かしいネックレスを眼に留め た。
高価な銀細工や白銀の類の装飾品の並べられたボックスの中、一際存在を隠す様に光さえしない紛い物の其れは、嘗て一度だけが所望した物。
高価な装飾も無ければ、硝子ケースに並べられている訳でもなく、ロンドンの道端で売られていた酷く安価だったと記憶している。





「 こんなモノって、失礼ね。此れは私の宝物なんだから。 」


「 宝物、か。 」





金属が触れ合う音すらしない其れはワイヤーで括られたビーズが連なっただけの簡素な品。
小さな子供でも安易に作ることが出来る程質素に作られ、同系色でグラデーションを織り成した様に大小様々のビーズが隙間無くキチリと編込まれている。
少し力を入れてしまえば簡単に引き千切れてしまいそうな其れ、高価な貴金属と同じボックスに入れ置くだけでも酷く場違いを思わせるに、其れでもは大切 そうにボックスの中に仕舞いこんでいた。





「 何もキラキラしてて、価値の有る高価な石だけが宝石じゃないんだから。 」


「 ほぉ…この私に教授するとは。 」


「 だってルシウスは何時もモノの価値を値段で決めるんだもの。 」





其れは生まれて基より、名門マルフォイ家の当主と為るべく育てられたこの環境に問題があるのだが、今其れを言った処で言い訳にすらも為る事は無い。
の言った言葉は少なからず真実を付いていて、モノの価値は其れこそ値段に換算したら、の基準で一括りにしていたのかも知れなかった。
事実、純血を守り通してきたマルフォイ家に混血であるを妻に娶ると云う前代未聞の事態、私が混血の少女に恋慕を抱いた事から全てが音を立てて崩れ去っ て行った。
最も、今と為っては後悔こそしていないが性根にまで染み込んだ細部のモノの価値観と云うのは如何しても容易く拭い去る事が出来る物では無い。





「 …では、お前の中のモノの価値は如何して決める? 」





怪訝そうに眉を歪めてみせても、鏡越しに見える薄紫の瞳は柔らかい微笑を湛えた侭何一つ変わる事無く真っ直ぐに見詰め返してくる。
妻としての絶対的な地位を確立した今でさえも、出逢った頃の侭の純粋さを事欠かぬは、忙し無く動かす指先を休めぬ侭に笑いながら質問に応えた。





「 モノの価値は値段じゃなくて、誰にどんな気持ちで貰ったか、が重要なんだよ?
 例えルシウスから見れば微小の価値すら無いモノでも、私にしたらルシウスに貰ったモノは宝物なんだから。
 大好きな人に貰った、其れだけで物凄い価値があるんだから。 」


「 …では、この中では其のネックレスが一番高価と云う訳か。 」





呆れた様に言えば、は唯判って無いと云った酷く不満そうな表情を寄越した。
其れでも時間に追われているのか指先を止めぬ侭に髪を綺麗に結い上げ、其処に彩を落すべく装飾品を飾りつけ終えると、最後の締めと為る折れそうな程に細い 首元を飾るネックレスを選び切れずに色々と物色を始めていた。
あれでもない、此れでもないと台詞を言わずとも表情から伺える様を一瞥しながら見ていれば、先の私の質問に答えていなかった事実に気付いたのか言葉を返し てきた。酷く、申し訳無さそうな表情の侭に。





「 ルシウスは怒るかもしれないけど…ルシウスから貰ったモノはみんな同じ価値。
 此処に有るのは全部一番高価で、どれが一番の価値かなんて区別は付けられない。
 だって、全部大好きな人に貰った物凄い価値の有るモノばかりなんだもの。 」





つまりは、道端で買ったこの微小の価値も無いであろうネックレスと、高級宝石商から仕入れた白銀のネックレスが同一価値で有るという事。
全く、の価値観には驚愕させられる。
元来モノを強請るという事をしなかった小娘が、唯の一度だけ所望した品は何処にでも有る様な有り触れた其れで、予想するに其れが一番高価な価値が付けられ ているのだと思えば貰ったモノは全て同一価値だと。
考えの付かぬ其の思考、思った事等唯の一度も無い私であれ、少なからず奥めいたものに触れれば同調出来ると妙に納得をした。



モノに等執着した記憶が無いこの身、唯の一度だけ全てを棄て去っても手に入れたいと臨んだモノが在った。
対象が人であるだけにモノとは言わぬのであろうが、兎に角、如何しても其れが欲した。彼女で無ければ意味が無いのだと、己でも嘲哂う程に心を奪われ、後戻 りをするには充分すぎる程手遅れの状態に居た。
小娘独り、そんな言葉を幾度と無く言い聞かせてきた己が、言い聞かせて居ただけの状態であったと気付いた頃には既に心を奪われて居た等と今と為っては良い 戯言笑話に過ぎ無い。





「 …未だ決まらないのか。 」


「 うーん…白いドレスだから何でも合う筈なんだけど、選びきれなくて。 」





一つ取って付けて鏡で見ては納得が行かぬのか直ぐに外しては次を着ける。そんな動作を何度と無く繰り返すは、数はそんなに膨大に贈ったとは記憶しない ネックレスを一つ一つ丁寧に取っては返却を繰り返すも、一向に妥協する様子が無い。
此れでは何時まで経っても首元を飾るものを選びきれないとばかり、彼是と手にしては小首を傾げて。
実際問題、の言った通りドレスはウェディングドレスを髣髴とさせる白一色で統一され、淡い桜色の刺繍が所々に施されている為にシンプルな造りのネック レスはどれも誇張せず彩を添えていた。
其れでも決まる様子の無い其の様に小さく溜息を吐いて、避ける様に掛けられた侭取られる事の無かった安物のワイヤーネックレスを指先に引っ掛けると、無言 の侭の細い首に落として遣る。



淡い色調で纏められたネックレスは、思っていた以上にドレスに華を添え、鏡越しに見てきたどの宝石よりも見合っている。
最後の留金を落して遣れば、愕いた様に瞳を大きく開いたと視線が克ち合った。





「 良く似合うな、其れにしておけ。 」


「 で、でも此れは… 」


「 モノの価値は値段では無いのだろう?為らば問題は無い。 」





否定の言葉を聞く其の前に、絹の手袋に包まれた細い腕を引き寄せて立ち上がらせると、エスコートする様に手を取り階下へと導く。
未だあどけなさの残る少女は嬉しそうに其の表情を和らげながら、幸せだと言葉にせずとも全面に押し出す様に雰囲気が伝わる。光りもしない、胸元まで垂れ下 がったワイヤーのネックレス。
金銭的に価値の無いモノは、存在自体に価値が無いと決め付けていたのは何時からだっただろうか。もう憶えても居ない遠い昔から延々そう思い続けて生きてき た。
其れを今更、根底から綺麗見事に覆されるとは。




無邪気に笑う其の端正な横顔を見詰めながら、
私が唯一持つ絶対の価値の有る宝石はお前だと、有り触れた贋物染みた台詞を吐きそうに為るのも相手がお前だからであろう。





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唯の一度だけ、【宝石】に出逢った。不動不変絶対の価値を持つ、唯一つの宝石。









後書き

はい、何が【盗めない宝石】なんだ?とのツッコミはご勘弁(笑)
何となく、タイトルの宝石からこんなん思いついてみたんですが…ルシウスの中のモノの価値って絶対に値段だろうなぁ…と思って、其れを覆したくなっただ け、というのが本音です。
個人的には、私はモノの価値は値段で決めない人間です。大好きな人から貰った物なら其れこそ紙切れの走り書きだろうと大事に保管です…(笑)。



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