---------- 子ども嫌いでも、実の子どもなら、愛せるわよ、だって貴方と同じ遺伝子を継いでるんですもの。





失念していた。
科白を聞いた時はあぁ確かに、と納得したものだが、今と為ってはあの時に何故気付かなかったのかと後悔すら覚える。気付くべきだったのだ、私と同じ血を継 ぐ子どもならば、間違い無く私に似るだろうことを。
娘ならば未だしも、息子が生まれた時点で既に始まっていたのだ。私と嫡子の、を巡る壮絶な親子喧嘩が。









けもの道








純血旧家、魔法界きっての名立たるマルフォイ家にある日、嫡子が産み落とされた。
妻の出産を見守る筈の夫は急遽入った魔法省での会議の為に出産の立会いには同席出来ず、代わりルシウスの従姉妹が立ち会い、は無事に独りの子どもに生 を与えた。
後に、ドラコ・マルフォイと名付けられるこの息子の存在こそ、ルシウスの頭を長年悩ませる眼の上のタンコブに為るだろう事を予想出来た者は残念ながら誰一 人として居ない。





に子どもが生まれた、と知らされた矢先、ルシウスは会議を途中で抜け出し妻に魔法電話を飛ばした。
刹那に映りこんできた柔らかく微笑む愛妻の無事を確認し、少々やつれて見えたを気遣い労う言葉を掛けた後、生まれた子どもの性が男で有る事に少なから ず安堵したものの、告げられた事実に一瞬気を殺がれた。





「……この子ね、産声を上げなかったの。
真っ直ぐに私を見て、其れから微笑った気がしたの。貴方に似た不器用な笑顔で。」





嬉しそうに笑ったとは裏腹、ルシウスは冷たいものが背を駆け下りた感触をはっきりと感じた。
己がこの世に生まれ出でた瞬間の事を流石にルシウスも覚えては居ないが、実母に昔聞かされた出生時の情景に酷似し過ぎていて、ルシウスは眼前に移りこんだ 稚児を見詰めて一抹の不安を覚えた。
の血も半分は受継いでいるだろう子ども、だがもう半分はルシウスの血を引いている。透ける様なシルバーブロンドに薄蒼の瞳、きゅっと口を真一文字に紡 ぎにこりと笑いもせず無表情の侭空を仰ぐ。
産着に包まれては居るものの母親から片時も離れずに、余計な事を拒む様に産声一つあげぬ子どもらしからぬ子ども。





「顔見える?ルシウスに似た綺麗な子どもよ、きっと将来はルシウス似の美形に為るわ。」





魔法手紙の向こう側から、が息子を抱き上げてルシウスに顔を見せようと身体を起こした。
完全に体調が戻っていない事を案じる執事の制止も聞かずに、「少しだけ」と困った様に笑ったのか細い腕の中で悠々自適と欠伸をしてのける子どもに眼を 遣れば、切れ長薄蒼の瞳が真っ直ぐにルシウスを見る。そうして、ゆっくりと口角を歪めて、ふいっと首を逸らす様に視線をに向けると大声で泣き出した。
ルシウスは其の瞬間、絶句する。産声すらもあげなかった子どもが、ルシウスの顔を見て盛大に泣き叫んだのだ。よしよし、とあやすを見詰めながら、尚も ルシウスを見詰めて泣き叫ぶ我が子に嘲笑された様な感情を植え付けられたルシウスは怒りに身を任せ、一方的に電話を切った。





そう、ドラコとルシウスの壮絶な親子喧嘩、ドラコがこの世に生を受けてから既に火蓋は切って落されていたのだ。








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予想通り、ルシウスの血を純粋に受継いだドラコはルシウスがに注ぐ愛情と同じ位にに対して愛を注ぐ様に為っていた。勿論、間違ってもドラコはルシ ウスの子どもだ。如何間違っても自分の血を受継いでしまったのだ、を愛するという遺伝子までもが着実に受継がれて仕舞ったのは仕方の無い誤算といえ る。
そう、少なからずも大人であるルシウスは、頭の中では理解していた筈だった。自分の子どもなのだ、母親を乞うて仕舞うのは仕方の無い事なのだ、と。





だが、現実はルシウスに残酷だった。
ドラコが生まれてからもうじき4年が経とうとしているが、ドラコが生れ落ちてから毎日の様にの取り合いをするだなんて思いもしなかったのだから。
第一、誰が考えるだろう、実の息子(それも未だ3歳に満たぬ子ども)に本気で杖を向け呪文を吐き出そうとする父親を。
ドラコが生まれてからと云うもの、ルシウスが覚えたのは、実の子どもに対する愛情表現の彼是ではない。実の子どもに如何すれば打ち勝てるのか、如何すれば を悲しませずに引き剥がせるか、其れだけだ。





「もう熱は下がったみたいね。頭は痛くない?」

「…大丈夫。でも僕、おなか空いた。」

「判った、じゃあ簡単なものを作ってくるから、もう少し我慢してね。」





ドラコの掌よりも勿論大きいが、華奢な掌が優しくドラコの頭を撫で、頬に一つキスを落して足早に階下へ下りて行った。
柔らかな髪が空に揺らぐのを見詰めながら、ドラコは至極ご満悦で愛用のクッションを抱き締めながら口角を歪ませる。

一週間ほど前から微熱が続いていたドラコは一昨日、全ての熱を放出するかのように高熱を出して、マルフォイ家の中庭でぶっ倒れた。…倒れた、と言っても傍 でドラコと一緒に遊んでいたの胸にダイビングしたから、強かに頭を打ち付けたり身体を硬い地面に投げ落とす事も無かったが。
兎も角、其れからと云うもの、高熱を出したお陰ではドラコだけのものに為った。普段はルシウスの冷厳な一瞥とお決まりの【マルフォイ家の跡取りが独り で寝れなくて如何する】の科白と共に引き剥がされる夜も、今回ばかりは息子のドラコが圧勝した。
高熱に魘され、咽喉奥に焼ける様な痛みが走り、息苦しくて呼吸するのも小さい身体ではやっとだったけれど、ドラコにとってそんなものは如何でも良い。寧ろ 代償にを独り占め出来るのならば何時までも風邪を引いていても構わないと本気で思う位なのだ。
一発重症宣言される思考回路、だが誰がドラコを咎められよう、彼は未だ若干齢3歳と11ヶ月の稚児なのだ。
母親が恋しくて何が悪い、この一言で大抵の大人は納得する。そう、大抵の大人、は。





「ははうえ、まだかなー」





舌っ足らずな独り言を呟きながらが夕飯を作り運んでくれるのを今か今かと待ち侘びるドラコは、腕に抱いたクッションを引き伸ばしたり上へ飛ばし受け止 めたり、と可愛らしい一人遊びに 勤しみながら至極の喜びを噛み締めていた。





「風邪を引いて倒れた筈の重病人が、随分と楽しそうな遊びをしているな、ドラコ。」





物音一つ立てずにドラコの至福の時を破った無礼な闖入者は、不幸なことに彼と見間違う程の端麗な美貌の持ち主だった。
ドラコと同じシルバーブロンドを背に流し、酷薄げに歪められた細い眼差しは忌々しげにドラコを見詰め、お前の為に背を屈めてやるのも煩わしいとばかり真上 から言葉を放ってきた。
其の様に、あからさまにドラコは不機嫌を貼り付けた。目障りなヤツが帰って来てしまった。もうそんな時間なのか、思いながらドラコは自分の父親を見上げ る。
腹立たしい事に、息子のドラコが歯噛みするほど、目 障りな奴の方が幾分も美貌に磨きがかかっている。
負けてられない、こんな男に、大好きな人を取られてなるものか。心の中で呟いたドラコは怒りを拡散させるように、手にしたクッションをベットへとブン投げ る。白亜の壁にボスっと音を立てて当たり、ずるずると滑るように落ちて行くクッションは、ドラコの怒りの捌け口となった。そう、此れは一種の気合入れだ。





「…大体だな、如何して私が貴様の為にミカンゼリーと風邪薬を仕事帰りに買ってこなければならぬのだ」

「僕は頼んで無いよ。あ、そうだ知ってる、そういうの、げせわって言うんだって」

「…………………………………(怒)」




クソガキが。今直ぐ貴様の頭上に大量の水を落してやろうか。

と、素直に言葉に出さなかっただけ、彼は偉い。流石は魔法省高官を勤め妻だけをこよなく愛するだけの甲斐性は有る。稚児の戯言、そんなものに一回一回口を 挟むほど彼は大人ではない。




…筈、だった。






「ははうえは僕のだ。」





ルシウスそっくりの端麗な顔付きに挑戦的な笑みを添えて吐き棄てれば、ルシウスの瞳に宿る光りが明らかに不機嫌なものへと変わった。可愛くない、いや待 て、如何考え てもルシウスの血を継ぐのだ、可愛い性格をしている訳は無い。
判っていながら、為らば何処にの血が混ざっているのだろうかと思えて仕方が無いほど、ドラコはルシウス似だ。
この激しく生意気で暴君主義の我儘息子の何処かには、母親であるの血を引く部分が受継がれている筈だ。ドラコが生まれてからというもの、ルシウスは其 れを常に捜し求めたが、3年と11ヶ月経った今でも謎の侭。
自分の遺伝子情報だけを純粋に受継いだとしか思えない程巧みに自身の年齢を利用してをルシウスから奪い取る息子を、何度か本気で燃やし掛けようと思っ た事すらあるほどだ。






から如何しても、と頼まれて態々仕事帰りにミカンゼリーと風邪薬を買ってきたルシウスにしてみれば、毒づく我が息子を今直ぐにでも縛り上げて寝かし付 けたい位なのだ。さすれば、愛しい妻と二人きりで過ごせる時間が一秒でも多くなる。母親離れせず、天津さえ自分の父親を敵視して歯向かって来るクソ生意気 な子どもが 生まれてからと云うもの、ルシウスはと過ごす一秒でさえ息子のドラコにくれてやる気は無くなった。
自分が子どもの頃は、少なからず眼を見張るほどのマザコンでは無かった筈だ。其れが如何してこうなったのか。
未だ4歳に満たぬ稚児、此れが此の侭成長するかと思えば、ルシウスは絶望的な気分に為った。


手にしたミカンゼリーと風邪薬をサイドテーブルへと静かに置くと、ルシウスは懐に手を差し入れ愛用の杖を取り出し、フイッと顔を逸らせたドラコの眼前に突 き付ける。容赦はしない、ここで甘い顔を見せたら最後、ドラコは何処までも付け上がるだろう。ルシウスの息子なら間違い無くそう、育つ。誰よりルシウスが そう思うのだ、信憑性が低い訳など無い。





「今から10数える。0に為る前にベットに入って大人しく寝ろ。」

「い・や・だー!ははうえがご飯持ってきてくれるんだ、ちちうえがどっか行けば良いだろ!」

「ほぉ…、貴様3歳にして父を愚弄するか、お前は何時の間にそんなに偉くなった?」





冷えた薄蒼の瞳が真っ直ぐにドラコを見据え、重い眼瞼を緩く降ろしやった。
ドラコに向け真っ直ぐに投げる視線、口元を歪ませるように薄く笑み、けれど冷えた眼は笑っていない。だが、尖る一瞥と科白吐き出す声色が地を這う様な低く 駑馬が 籠められたものであったとしても、ドラコは不敵な笑みを崩さずに挑戦を受け入れるような眼差しを以って返した。
遣れるものなら遣ってみろ、とばかりに挑発的な行為に眉間に青筋が何本も浮きだったルシウスは手にした杖を構え直すと息子に突き付ける。さて如何して遣ろ うか、酷薄に歪められた唇が呪文を紡ぎだす、刹那、





「ははうえ--------------!ちちうえが…っ!」

「なっ、貴様、卑怯、、」



「……何処の誰が、卑怯?熱出してる3歳の息子に杖を突き付けてる貴方の方がよっぽど卑怯だと思うけど?」





音も無く開かれた扉の先、湯気立つ陶器の皿を手にしたがヴィクトリア調の細工が施された豪奢な扉に凭れ掛かって、ルシウスの真意を諮るように、薄紫の 瞳が見据えてくる。
研ぎ澄まされた 刃を向けられた、そんな錯覚に陥るほど、眼差しはきつい。
普段温厚なは怒鳴ったりヒステリックに叫んだ事は無い。其の彼女が怒りを孕む時は、蔑むような冷えた眼差しを真っ直ぐに向け、物語を朗読する様に淡々 と怒るのだ。その瞬間の心地 と言ったら、ヴォルデモート卿と対峙する時よりも尚恐ろしい。
子を護る女がこの世で最恐の生き物とは良く言ってくれたものだ、まさか身を以って知ろうとは。いや、まさか自分がからそんな眼差しで見られる様に為る とは、世も末か。
相反する様に満面の笑みを浮かべて「ははうえー」と呼び掛けるドラコに怒りの鉄槌を喰らわせたくなる。




「勘違いするな、このクソガキが怠そうにしているからベットまで運んでやろうとして居ただけだ。」





杖を懐に仕舞い込みながら言えば、




「ははうえー、ご飯たべさせてー」

「はいはい、じゃあ此処に座ってね。」





完全無視である。





うん、と元気良く返事したドラコは、何時の間にか自分のものだと主張し始めたの膝の上に抱かかえられながら、スプーンに載せられた湯気立つ粥を口に運 ばれている。
腹立たしい、ルシウスが風邪を引いた際、の手から飯を食べさせて貰った験し等一度だって在りはしない。私ならば駄目で息子ならば良いものなのか、肺か ら吐き出した様な溜め息を吐いてみても、今の彼に優しい慰めの言葉をかけてくれる者は誰もいない。
から餌を貰う雛鳥の様に飯を運ばれて勝ち誇ったような生意気な息子の笑みだけが、彼に向けられた唯一の言葉だった。
……ムカツクどころではない。抹殺したいくらいの邪魔さ加減だ。 こいつが生まれてから、自分の幸福は降下の一途を辿るばかり。やはり消すしか選択肢はないものだろうか、いや、コイツはマルフォイ家の跡取り息子、百億歩 譲ったとして忘却術で赦してやろう、何も喋らず何も求めぬ人形にでも為れば良い。





…恐ろしいほどルシウスに似ている実の息子相手に向けられる彼の怒りは海よりも深く宇宙よりも広大でかつ、たいへんに大人気なかった。




「あぁ、そうか、今やっと理解した。」

「…理解?何を?」

「私とコイツの歩む道だ。」





---------- 子ども嫌いでも、実の子どもなら、愛せるわよ、だって貴方と同じ遺伝子を継いでるんですもの。





そうだ、お前が生まれた3年と11ヶ月前から、私と同じ遺伝子を受継ぐお前は同じ道を歩かざるを得ない運命なのだ。
「大きくなったらははうえとけっこんする」と3歳の分際で公然と結婚宣言かましてくれるお前と、
を誰にも渡さぬと他の誰でもない自分自身に誓った5年前に私との、





壮絶な親子喧嘩と云う名のけもの道を歩かざるを得ない運命だったのだ、と。











































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