---------- 恋愛写真、其れは嘗ての恋心を写真の奥底に封印した古の記憶。






少年の日の思い出








想い出と呼べるような鮮やかに刻み込まれた叙情の記憶を持った験しは、皆無に等しいと言 えた。
魔法界の写真はマグルの其れとは異なり、情景は動き音が奏でられ、まるで映像を其の侭録画した様な錯覚感を帯びさせるものである。
事実、壁やアルバムに収められた写真は静止画であるが、開けば再生したように嘗て過ごしてきた自分がゆっくりと時間を溯る様に記憶の中で生きている。
故に、静止した侭の写真は酷く珍しく、時に酷く殺風景に映る。しかし、時を止めてしまった色褪せない写真は、真逆に鮮明な記憶を甦らせるモノでも有った。





「 父上、書類は此処でいいですか? 」

「 あぁ、机の上に置け。 」





相変わらず無愛想な父親を持ったと溜息を吐きそうに為るのは、膨大な書類を両の手に抱えたマルフォイ家長男のドラコ。
父親譲りの銀糸がさらりと風に靡き、酷薄な表情も其の侭譲受けた様に一喜一憂を称さない顔色を浮かべた彼は、書斎に引き篭もった侭のルシウスに声を投げ た。
返答は一瞬のような短いもので、其れが消えると室内に入った時と同じ様な寂寥感の漂う静寂が立ち込めた。実の親子ながら、二人きりは苦手だと常々感じてい る。
冬にしては珍しく開かれた大窓は、氷点下を優に超える外気温を含有した凍冷気となって部屋に入り込み、湿気を嫌う羊皮紙の束が揺れる。
この部屋に風が入り込むのは本当に久しぶりだった。





「 机の上の書類も片付けておきます。 」





今度は返事すら無かった。会話と言う言葉の投げ合いを好んではいないと言うことが痛い程に伝わり、終にはドラコも端正な薄い唇を閉ざしてしまった。
別段、ドラコもおしゃべりな部類に属する訳でもなければ、誰かと無償に会話をしたい訳でもない。況して、父親にべったりと言う事も無い。寧ろ、口数はルシ ウスに似て少ない方だと言える。
けれどこの静寂仕切った室内、薄い壁を挟んだ一枚奥とは言え数時間も共に居ると言うに交わした言の葉は5つにも満たないとは。
淡白無口な血を引き継ぎ受け継ぐ者同士が集まるのは酷く厄介だと、もう一つ溜息を落とした。





「 …っ、今重ねたばかりだぞ?! 」





絵に描いた様な静寂の中、息を殺す様に机の上に運び込んだ書類を整理していると、突然強風が窓から吹き込んで積み重ねた束を攫った。
手を伸ばす暇さえ与えずに一気に山を崩しに掛かった風は、慌てて窓を閉めた為に外に散らばる事は無かったが、其れでも室内に足の踏み場に困る程散乱してい る。
未だ種別を行っていない為其れでも被害は少ないと言えるが、いい加減面倒さに強い磨きが掛かってしまっている。何度目かの溜息と共に、机の上に置いた侭の 杖を持ち上げると、呆れ表情の侭一振りする。
この程度の簡易魔法、失敗する筈は無く羊皮紙の束は綺麗に机の上に積み重なり、風が吹き込む前の綺麗な状況に戻っていた。





「 母上が帰ってくる前に、終わるんだろうか。 」





見上げた先に有るのは、ヴィクトリア調の彫刻が丹精に施された大時計。
時刻は既に夕刻を迎えようとしており、心成しか射し込む光りも茜橙を帯びていた。風は強いが雪や雨と言った類が空から吹き荒んでは居ない為、空は綺麗に二 分したように蒼明な部分と茜橙の部分に分かれていた。
時計をちらりと見て、想うのは紛れない母親であるの事であった。
ドラコの母親でもあり、ルシウスの最愛の妻であるは、用事が有ってマグルの世界に出掛けている。よくもまぁ、ルシウスがマグルの世界への外出を許可し た物だと、後付けの様にルシウスから事を聞かされたドラコは頭を抱えたくなった。


と言うのも、ドラコが余り得意としない父親の手伝いをするには少々難儀な理由が有った。ホグワーツから帰省した翌日、はマグルの世界に住む友人に逢わ なくては為らない用事が有り、疲労困憊のドラコが寝ている合間に既に家を経ってしまっていた。
ドラコが態々面倒な帰省をするのは間違い無く母の為、けれど大っぴらに公言出来ない為に仕方無し無表情で家路に着くのだが、毎回零れ落ちそうな笑みで出迎 えてくれるを見れば、其の表情も攣られたように和らぐ。
勿論、其の背後に冷徹を憑依させたルシウスが立ちはだかっている為、無闇に抱きつく等と言った行為が許される訳でもないが。
兎も角、今回はが出掛けている間に【ルシウスの書類整理を手伝ってあげて?】と直々に置手紙が書かれていた。其れも、指示されたのはルシウスも同じ様 で、指定された部屋は長年風に晒されても居なかった納屋と呼ぶに相応しい部屋いっぱい書類の散乱した個所。





「 如何してメイドに遣らせないんだろう。 」





ふとした当たり前の疑問が脳裏を過ぎる。
普通こう云う作業はメイドか執事が行う筈であろうに、ルシウスは其れを誰に頼む訳でもなく手紙を一瞥すると其の侭室内の片づけを始めた。
あの、ルシウス・マルフォイが。実の息子ながら其の性格の酷薄さは身に染みており、例え最愛の妻とはいえ他者に指図される事を酷く毛嫌いする彼が大人しく 従う等前代未聞。明日は槍が降り注ぐかもしれない。
何か特別の理由が有るのでは、と思考を研澄させた時に視界の端に、古めかしい羊皮紙とは異なる見てくれのモノが落ちていた。
何だろうかと指先で掴み上げた其れ、は...





「 …は、母上…? 」





其れは一枚のphotograph.
魔法界の其れではなく、多分マグル愚民が使用する静止画のみの酷く詰まらない写真。其処に、ホグワーツの制服を着たが満開の桜並木を背に映っていた。
舞い出した桜の花弁は風に舞い上げられていたのか、を優しく包み込む様に柔らかく周囲に舞って、幻想的な空間を作り上げていた。
ふわりと舞い上げられた漆黒白水の髪に柔らかく微笑を作り上げる薄淡紫の瞳、今と何等変わらぬ華奢で小柄な其の様は舞い散る桜にも劣らぬ程可憐だと、ドラ コは写真を見て正直な感想を漏らす。





「 母上は、昔も今も変わらず綺麗だったんだな。 」



「 当たり前だ。あいつは今も昔も変わらん。 」


「 ちっ、父上…何時から其処に?! 」





独り言だった筈の其の呟きに事も有ろうに背後から善からぬ返答が投げられ、思わず引き攣り笑みすら浮べられない侭手にした写真を裏返してしまう。
何も疚しい気持ちが有ったからそうした訳ではないと言うに、其の行動がルシウスの癪に障ったのか、冷徹な表を其の薄蒼の瞳に浮べて掠め取る様に写真を取り 上げる。
あっ…と声を発する間も無く消えた写真、呆然とした侭ルシウスを見上げるドラコに構う事無く、の写り込んだ静止写真を見て口角を上げ確かに薄く笑っ た。





「 父上、如何してマグル製品での写真があるんですか?母上はマグルではない筈ですが… 」





ふとした疑問。其れを口に出した一瞬、ルシウスは視線だけをドラコに向けるが、其の侭瞳を交わす事無く一瞥しただけ。
写真を眺めるルシウスの表情は、客観的に読み取るに酷く懐心に触れた表情で再度質問を投げ邪魔する事など到底出来そうも無い。
は東洋出身では有るが、生粋純血一族の独り娘の筈。其れはドラコの知る処でも有るが、其のが何故マグル製品で写真など取ったのだろうかと如何考え ても解答は浮んでこなかった。





「 今はもうマグル学では写真は取らないのか? 」

「 い、いえ…確か、マグル学で写真を取ったのは二週間ほど前……あ。 」




そう言えば、と思い当たる節を見つけたドラコは再びルシウスが手にした写真に視線を投げた。
先日のマグル学の授業において、【一般的に使用されているマグル製品の講義】という題で、ポラロイドカメラと言う物体で静止画の写真を取った事を思い出 す。
其れは丁度今ルシウスが持っている写真と同じ大きさと風体をしていた。
次いで、マグル学の教授が【昔、酷く可愛いスリザリン寮生の写真が盗まれた事が有りましてねぇ。皆さんはそんな事をしないように】と常々言っていた記憶が 蘇 る。
マグル学で使用した静止画は、マグル学教授の趣味収集という名目で、マグル学を専攻する全員分が返却を強要された。其れはマグル学がホグワーツで行われる ようになって以来変わる事無く収集され、今では軽く50年分は貯まっていると自慢気に教授は語っている。
今、ルシウスが手にしている静止画写真がマグル学の授業で撮られた物ならば、間違い無く当て嵌まる事実は一つ。





「 父上、まさか其の写真… 」

「 細かい事は気にするな。ドラコ、此れは他言無用だ。 」





其れだけを述べると、ルシウスは写真を手に踵を返した。
同時に、恭しい声色での帰宅の旨を告げる執事の声が耳に届く。やはり此れだけの量を手作業で片付ける事は無理があったと肩を落としそうに為るドラコに 対し、ルシウスは無言の侭杖を一振りして小奇麗に整理された室内に仕立て上げる。
あっけらかんとした表情を浮かべるしか無いドラコを尻目に、ルシウスは何事も無かった様に写真を大切そうにアルバムに仕舞いこむと、魔法でアルバム自体に 錠を落とす。
ドラコはこの時になって初めて、彼がこの茶番劇にも劣る片付けを買って出たかの根底に辿り着いた。
探していたのだ、嘗ての恋心と共に盗んだの写真を。





「 父上が、片思い…。 」






ポラロイド写真に刻印されていた日付から逆算すると、如何やらが一年の頃に撮られた写真だと言うことが判る。
ルシウスとがホグワーツで共に過ごした年月は二年足らず、付き合ったのはルシウスが魔法省に勤務し始めてからだとから聞いていた為に、素直な感想 がドラコの口から毀れた
普段目の当たりにしている厳粛威厳雰囲気に包まれている己の父親が、まさか5年も片思いをしているとは如何考えても不可思議で為らない。
けれど、事実は事実。ルシウスが否定も肯定もしなかったのは恐らく其の所為であろう。





「 ただいま、ドラコ。遅くなってごめんね、夕食にしましょう? 」

「 お帰りなさい、母上。 母上、あの… 」





ポラロイド写真の事を尋ねようとした矢先、薄蒼に鋭を浮べたルシウスの瞳と克ち合って、出しかけた言葉が喉奥に潰された。
あからさまに【言うな】という言葉を濁して伝わる其の意図、確かに写真はルシウスが嘗て盗んだもので其れを当の本人であるは知らない様子。
何だか酷く面白い、滑稽だと父親を罵倒する様の笑みをルシウスに投げ渡す。





「 …何でも無い。 」





ふわりと微笑んだ実の母親を見上げながら、あの写真と同じ様にやはり綺麗だと再三頷いたドラコは、促すに連れ立って階下へと降りて行く。
途中、メイドに呼ばれたが二人の元から離れた隙に、ドラコは直ぐ後ろを歩いていたルシウスに向き直る。
風に揺れた銀糸から覗く薄蒼の瞳が一瞬だけ其の視界にドラコを映し込み、不機嫌そうな表情を作り上げる。例え実の息子に対しても、彼の優愛な一面は垣間見 れる事等有り得なかった。





「 父上、公言しない代わりの交換条件。 」





顰めた眉が一層鋭利さを増し、瞳が溜息を吐く。
結果論だけを語るなら、提案を投げ打ったこの時既に、ドラコは父であるルシウスに完膚なきまでに圧勝していた。
愛妻家で知られるルシウスで有れど、間違っても恐妻家では無い理由が此処に在る。
小さな音程で用件だけを素早く喋ったドラコに、ルシウスは口角を歪めて薄く笑った。面白い程に己の血を受け継いだ息子だと言わんばかりの勢いで。





後日。
ホグワーツ魔法魔術学校マグル学教授の研究室から一枚のphotographが忽然と姿を消した。
其れは嘗て、スリザリン寮の生徒のphotographが持ち去られた時と何一つ変わらぬ方法で行われた痕跡だけが残り、証拠も犯人も見付からず仕舞いで あったと云う。
喪われたphotographの齎す結果、其れはルシウスとドラコだけが知っている。









後書き

…誰夢…(笑)?。
一応【少年の日の思い出】=ルシウスの少年時代という事だったのですが…ホボ自己満足の世界に浸っております(笑)。
ルシウスに盗みをさせた挙句、其の息子にまで同じ事をさせるなんてねぇ…。
因みに、この夢を書いて思いましたが、やはり私は子世代キャラは苦手です。書き難い事この上ないです(泣)。



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