妖精のくれた魔法








夏の存在しないホグワーツでさえ、この時期に吹いている風は秋風であろう、とスネイプは窓奥から忍び込む風に気を留めた。
既に新緑の季節は過ぎ行き、時期に迎える冬に向けての暫し短い秋がゆっくりと訪れを告げていた。
ひらりと緑のグラウンドに舞う木の葉を見つめながら、ゆらりと流れる千切れ雲を久方ぶりに眺めるスネイプの表情は何処と無く柔らかい。
和む様なその表情も、刹那の間で、何時もの様にすぐさま険しい表情を取り戻す。
それは、この少女の所為かも知れぬので有るが。











「 終らない… 」




「 言葉が口を付いて出る暇が有るならば手を動かし給え 」











溜息を吐く様に吐き捨てたスネイプに、がっくりと肩を落としたままのの眼差しが克ち合う。
一瞬怪訝そうな表情をしたスネイプではあるが、そんなスネイプの表情にも気を取られずに、はまた一つ大きな溜息を吐く。
見る気も起きないのか、分厚い辞書らしき本をペラペラとつまらなそうに捲り、書き掛けの羊皮紙のインクは滲んだまま。
鳴り響く鐘の音が夕食の時刻を告げ、慌しい生徒達の足音が聞こえる中、暗い地下室でスネイプとは向き合った。
今日が提出期限である魔法薬学のレポートの未提出者は、スリザリン寮所属のだけ。
スリザリン寮から落ち零れを出すわけにはいかないスネイプは、魔法薬学講義終了後にこうしてに課題提出が終らぬ限りは室内から出さぬという始末。
しかし一向に捗る気配の無い羊皮紙は、先ほどから一枚も進んではいない。











「 スネイプ教授、ちょっとでいいんで、みんなの羊皮紙見せて欲しいなぁ…なんて… 」



「 諦め給え。見せたら課題の意味が無い 」



「 そこを何とか、お願いします…! 」



「 駄目だ。無駄口を利いていないで早く進め給え 」











それだけ言うと、スネイプは踵を返して魔法鍋の片付けに入る。
一方は、課題と分厚い本を交互に見比べて、相も変わらず大きな溜息を吐いている。
はスリザリン寮でも指折りの名家の出身であり、成績も決して悪くは無い。
しかし、どういう訳かこの魔法薬学だけは苦手らしく、ギリギリの成績で毎年切り抜けてきている。
スリザリン寮の生徒とも有って、スネイプがの顔を名を覚えるのに大して時間は掛からず、それどころか己に大口を叩く小生意気な少女として認識された。
何時も笑顔を絶やさぬ少女はいつの間にか温室の管理を進んで架って出るようになり、スネイプと言葉を交わす機会も増えて。
自然と話が出る様になってからは、常連のようにスネイプの自室に茶を楽しみに来る様にまでなって。
不思議とそれを嫌悪しない自身の感情に、己が一番驚愕しているのもまた、事実。











「 スネイプ教授、今日はもうお開きにしてご飯に行きましょう、そうしましょう! 」




「 駄目だ。課題が終らぬ限りこの部屋からは出さぬ。 」




「 ほら、教授。よく童話にあるじゃないですか。
 知らぬ間に妖精さんが現れて、仕事とか宿題とかやってくれるんです。
 私のところにも素敵な妖精さんが来てくれるかもしれないじゃないですか…!
 妖精さんは誰も居なくなってから、仕事をするんですから 」











「生憎だが、このホグワーツにその様な下世話な妖精など居ない 」











深く深い溜息が部屋に木霊した。
溜息を吐きたいのは此方である、とスネイプは低く言葉を濁した。
その言葉には更なる溜息を吐き、先ほどから一向に進んではいない羊皮紙を捲る。
捲って捲って更に捲っても、先にあるのは真っ白い羊皮紙。
戻ってみても白紙に近い状態のその羊皮紙を埋める事は、かなりの至難な技に思えて仕方ない。
一ヶ月掛けて終るように組んだ課題であるゆえ、今日この日だけで終らせようというのが所詮無理な話。
成績優秀な者ならば可能性も無くは無いが、学年一を誇るほどの魔法薬学の苦手なに出来るわけが無い。





…出来る訳など無いから、敢えて出したというモノ。











「 スネイプ教授…私一年生からやり直したほうがいいですかね… 」




「 お前は一年からやり直しても無駄だな 」



「 …私もそう思います… 」











私は二年間も何を学んだんだろう…、とは頭を垂れた。
が入学してから既に二年の月日が流れ、その時間の長さの文だけ、スネイプとの距離も縮まる。
けれど、未だ、足りない。
未だ、未だ距離が長すぎる。
に抱いた感情が恋愛と呼べるものに摩り替わったのは、思い出すのも懐かしい程に遠い昔。
微笑む少女をこの瞳で追う様になって既に、二年の月日が流れ落ちていた。











「 …良いか、この薬草は主に不治の妙薬として知られ… 」




「 あ、あの…スネイプ教授…? 」




「 何をしている。さっさと写し給え 」











スネイプが怪訝そうにを一瞥する。
スネイプのその腕の中には、の折り目すら付いていない本が乗せられ、的確な場所を開いている。
更には如何言う訳か、羊皮紙の解答となる部分を口で説明しながらその説明までも指示し、羊皮紙を埋めて行く。
スネイプの口から魔法の詠唱のように紡がれる魔法薬学の言葉をは他人事のように聞きながら、スネイプに問うた。
されどスネイプは何事も無かったかのように、講義を続けた。
は仕方無しにスネイプの言葉を羊皮紙に書き留める。











「 …妖精なぞに仕事をくれてやるのは聊か勿体無い 」




「 妖精なぞに…、……妖精? 」











確か、さっき書いた言葉は「ヒトに対してのみ有効な錯乱術を解説する薬草」についてだった気がする、とは羊皮紙から顔を上げた。
するとスネイプは何も無い、という雰囲気のまま、本を読み上げる。
首を傾げつつも、は言われたとおりに羊皮紙にその言葉を書き留めて行き、時間が流れる。
凛とした空気の中、スネイプの紡ぐ詠唱のような言葉と、の発する羊皮紙に羽ペンが擦れる音だけが木霊する。











「 妖精が…私に魔法をくれたのかも… 」




「 寝惚けた事を言っていないで早く書き給え。
 終るものも終らないではないか 」











パタン、と軽い音を立ててスネイプが本を閉じれば、が微笑んだ。
何事かと怪訝そうに眉を寄せれば、そのままが表情を和らげる。
「スネイプ教授に教えて貰うと、捗ります」と。
小さな礼を交えながらがそう言えば、スネイプはより一層眉を寄せる。
さも面倒そうに溜息を吐きながら、スネイプはの瞳を直視する。
その瞳の余りの高貴さに、は暫し言葉を忘れ見惚れて。











「 先程も言ったではないか。
 妖精にやるのは聊か勿体無い、と 」











その言葉の後は、先程よりも一層怪訝そうな表情で只管スネイプは解説を始め、は只静かにそれを書き写して行く。
時折質問を織り交ぜながら進められたその特別講義は深夜にまで及ぶ。
その日から、スネイプの元に通うの姿を見かける回数も格段に増え。
妖精がくれた魔法。
それはお互い思うところは同じである。
妖精が二人にくれた小さな魔法は、ほんの少しだけ近づいた距離と、これから先に縮められる距離。










□ あとがき □

…妖精が居てくれたら、卒論をやってもらうのに…!!
という想いから思い付いた夢なんですが、どうにも題名にこじつけただけという(笑)
久しぶりにコッチで書いた「恋人ではない」夢。
それでもやはり、恋人同士のほうが書きやすいですねvv
最近甘々を書いていない気がするので、いい加減書かないとヤバイ!と思いながらも、書いてしまうのはこういう微妙な夢。
教授とヒロインに妖精がくれた魔法は、小さいものであるけれど、大きな未来を担った魔法。





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