---------- 待つことに、意義がある。そう教えてくれたのは、君だった。






The Promised Land








凍て付く様な寒さが薄い皮膚を食い破って浸透して来る様な錯覚さえ憶えてしまいそうな 程、厳しい氷点下の温度は空気を氷徹させて行った。
数分前から降って来た淡白雪はゆらりゆらりと弧を描いて優しく氷ったアスファルトに其の存在を落として。消え逝く事無く唯降り積もる雪を見ては、何度目か の溜息を吐いた。
口から吐いて出た息の余りの白さに愕いたのは自分の方で、そう言えば今日は今冬一番の冷え込みになると天気予報が言っていたのを頭の片隅で思い出す。



何時になっただろうかと、 が腕時計に視線を落とす直前に、眼前の時計台が凛とした金管楽器の音色を奏で始めた。
次いで鳴らされた鐘の音は8つ。薄暗いという時分を既に超えてから出てきた為に鐘が八つと言うことは時刻は夜の20時を告げたのだろう。
約束の時間は午後7時。既に、一時間近くは待たされている事に為る。





「 やっぱり…、こんな時に誘ったのが間違いだったかな…? 」





白いダッフルコートの中に突っ込んだ指先がカサリと音を立てて乾き切った羊皮紙に触れた。取り出そうと思って…けれど雪に触れたらインクが滲んでしまう其 れは、躊躇った末に再びポケットに仕舞い込む。
年が明けたとは言え、夏の長期休暇と違って休みは酷く短い上に前半期の成績を記さなくては為らない大仕事を抱えている。
一学年だけに特化した一教科で有るならば未だしも、魔法薬学は其れこそ厭味な位粘着く卒業にすら絡む教科。学ぶ方も大変であるが、膨大な量の生徒の採点を する教師も大変である。
そんな最中…やはり、誘った方が間違っていたのか。





「 当たった、だと?あのコンサートにかね? 」

「 そうなんですよ!ホグズミードに行った時に抽選で当たったんです!!
 でも…みんな帰省してしまって…スネイプ教授、一緒に行ってくれませんか? 」

「 …仕方無い。お前を独りで行かせる訳に行かないからな。だが、若しかしたら行けないかも知れんぞ。 」





そう言ってスネイプが指差したのは膨大と言う言葉では
言い尽くせ無い程に 山の様に積み上げられた羊皮紙の山。此れを全て終えるには軽く一週間は掛かりそうな事位、 にも充分過ぎるほど判っていた。
だから、スネイプに無理をさせたくないと云う意図も籠めて、コンサート開始時刻である19時を過ぎてもスネイプが来なかったら諦めてホグワーツに帰るとい う約束をした。
やはりと言うか、仕方ないと言うか、約束をした日から四日程しか経っていない為にあの量の羊皮紙を片付ける事は無理だったのだろう。唯でさえ忙しい最中、 他にも山の様な雑務を抱えているだろうに、余計な事を言ってしまったと今始めて後悔した。



時計を見ても、一方通行のこの場所に続く煉瓦並木の道を見ても、目当てとする愛しい人の姿一つ無くて。
映るのは通り過ぎては消えて逝く恋人連れや家族連れ。勿論独りで歩いている人も居れど、自分と同じ様に誰かを待っている人は誰も居ない。





「 途中から入って独りで聞いて自慢しちゃおっかなぁ… 」





呟いた独り言は冬の空に消えた。
言ってみた所で、既に約束の時間を一時間も過ぎていると言うのに、帰ろうと踵を返そうにも足が凍り付いた様に動かなかった。
今更来てくれる確率なんて其れこそ凄く低いのに、其れでも変わらず待っている自分に自分が愕いた。
若しかしたら、今はもう は寮に帰っているだろうと鷹を括って少し遅めの夕食をとっているかもしれない。
若しかしたら、疲れてしまって其の侭机に突っ伏して少しばかりの睡眠をとっているかもしれない。
誘ったのは自分、勝手に約束したのも自分、だから約束の時間を過ぎてもスネイプが来なくても微塵も彼の所為では無いのに、其れでも若しかしたら此処に向か う途中かもしれないと淡い期待を抱いてしまう。
箒を使って飛んでくるのだろうから、きっと行き違いに為る事なんて有り得ないのに、此処から動けなかった。





「 スネイプ教授が来てくれる頃には…雪だるまになってたりして。 」





頭に降り積もった淡雪を振り落とす為に二三度頭を振れば、さらりと舞い散る様に雪が地面に落ちた。未だ足り無いと云うに空からは絶え間無く雪が降り注い で。
帰るタイミングを逃してしまったとばかりに、もう一度時計を見れば其処から更に30分経過していた。
きっともう来ない。
判ってはいるのに如何しても此処から動く事が出来なくて、せめて後30分。
言い聞かせる様にして既に三回目。諦めの悪さは親に似たのだろうかと苦い笑いが込み上げる。
雪ドコロか風も強さを増して来た頃合、突然バサリと視界が黒に遮られて温もりが冷えた身体を包んでいた。懐かしく薫る薬草の香り、塞がれた視界を開帳する 為に身体に掛けられた其れを取り去れば、呆れた表情を浮かべたスネイプが其処に居た。





「 19時を過ぎたら帰ると言ったのはお前だろうが。 」

「 いやあのその…帰るタイミング無くしてしまいまして… 」





そう言えば、呆れた表情を更に強調させたスネイプが短く息を吐いた。
傍から見ても白い濁さを含んだ息は、瞬く間に凍り付いた塊りとなって地面に叩き堕ちる様な感覚を如実に伝えた。泡沫の如き消え入りそうな雪も、降り積もれ ば大層なモノに成り果てて、一時間足らずで既に数センチ積もってしまっている。
落したばかりの頭の上にもまた新しく雪が降り積もって、鬱陶しそうな表情の侭スネイプが其れを下に落してくれた。
滑り落ちる様にして降りて来た指先は、冷え切った の頬に添えられて愛しそうに紅く上気した頬を宥める様に二三回撫ぜる。






「 スネイプ教授、仕事は終ったんですか? 」

「 あぁ…時間に間に合う様にしたんだが、遅れてしまった。済まない。 」





触れた箇所全てが冷たくて、問わなくても がずっとこの場所でスネイプを待っていた事が伺える。
腕を引き寄せて抱き締め様にも、此処では人目が余りに多くて叶わない。仕方無く が掴んだんだ侭の己のローブを上から被せる様にして、凍えた身体を温める事しかしてやれない。
一時間以上も待たせてしまったと、 の事だからきっと帰らず自分を待っているだろう事は予測できた事だというに気付いて遣れなかった事に腹が立つ。
渋苦が込み上げて、罵声を吐かれるだろうかと其の瞳を見据えてみれば、淡薄紫の瞳は普段通りの微笑みを作り上げてこう言った。





「 お仕事、お疲れ様でした。 」

「 …怒らないのかね。 」

「 だって教授は着てくれたじゃないですか。しかもアレだけの仕事の量を終らせて。
 私、待たせるのは凄い厭ですが人を待つのは得意なんです。 」

「 全く…お前には感服させられる。 」





一瞬の澱み無い真直な線の様、 を見る度何時もそうだとスネイプは思う。だから少し間違った力を加えただけで脆く折れてしまう様な気さえ平気で起き る。
掛けられたローブを大切そうに握り締めて、其の侭凍り付いてしまったのではないかと揶揄させる毀れそうな笑みの侭に、唯 は嬉しそうに言葉に微笑んだ。
着てくれただけでいいとそう言った真意を伝える様に、直ぐ真後ろのコンサートホールに行こうとも紡ぎもしない。大方、今行った所で終焉の10分が聞けるか 聞けないかの瀬戸際。
毛頭行く気など無いのだろうと鷹を括り、そうと決まればこんな氷点下の冬空の下に何時までも居る意味等何処にも無い。





「 夕食でも如何かね? せめてもの侘びだ、付き合い給え。」





冬空から、また一つ粉雪が舞い出した。
二つの手は重なることは無いけれど、其れでも嬉しそうに微笑んだ と、其の少し前を歩くスネイプには其れでも充分過ぎる程だった。
コンサート終了の合図が鳴る頃には、二人連れ立ってテーブルを囲んで居て、コンサートを見た中の誰よりも幸せそうな表情を浮かべて食事をする の姿が 在った。








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待つことに意義がある、そう教えてくれたのは君だった。

だから今、こうしてお前を待つ我輩の心中何故か不快で無いのは其の為だと。
もうじきお前は息を切らせて小さな肩を大きく上下させて走り酔ってくるだろ。
待つ事が、こんなにも愉しい事だとは知らなかった。
約束を前提にした待ち合わせ、遅れてきた代償は何にしてやろうかと口角を歪ませながら、この場所で唯独り待ち続ける。








後書き

私は人を待たせるのが凄い嫌いです。
待つのは其れこそ【絶対に来る】確証が有るなら何時間でもぽけーっと待ってられます(笑)
だから待ち合わせは余程の事が無い限り10分前には着く様にしております。
しかし…教授を待たせるというのは色んな意味で恐いですね(笑)



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