運命のコイン
「 いいですか、スネイプ教授。
表が出たら私の勝ち、裏が出たら教授の勝ちです。 」
ふわりと微笑んだ少女は、握り締めた一枚の異国の硬貨を空高く指で押し投げてそれが地面に落ちる前に、パシンと乾いた音を立ててその手中に納めてしまう。
クルクルと弧を描きながら落ちてきたコインは表とも裏とも判断する前に、一瞬の隙も見せずに可愛らしいその掌に覆われて。
怪訝そうに眉を寄せ、情景をフラッシュバックさせるように先ほどを思いだせども、どちらが上かが判らない。
決して視力が悪いほうではない我輩が、その視線の中に入れることすら困難で有るほどの素早さを持ったコインは、少女の手から開かれる事を待ちわびている。
幾ら考えても浮かばぬその情景に見切りを付けた我輩は、仕方無しに思いついたままその賭けに身を投じた。
「 …裏だ。 」
「 残念、先生。表です。私の勝ちですね。 」
その言葉と共に開かれた掌には、表で空を仰いだコインが静かに乗っていた。
微笑を絶やさぬ少女とは裏腹に、我輩は心の底から吐き出したような重い溜息を吐いた。
この期に及んで”なかったことにしよう”とは到底出だせない雰囲気が辺りに立ち込める。
手早くコインを懐に仕舞い込んだ少女は、腰を落としたソファーから立ち上がり、羊皮紙の散ばった乱雑なテーブルを一瞥した。
終る見込みの少ないその羊皮紙の添削作業をこれから行おうとしていた我輩の計画は、この瞬間に一気に崩れ去る事となった。
「 …で、何を願うのかね 」
「 そうですねぇ…どうしましょうか。 」
笑った少女は、小さく首を傾げるとそのまま暫く考え込んだ。
・。
現在スリザリン寮所属の3年生。
成績は極めて普通、クィディッチの選手でもなければ、特別顔が良いというわけでもない、有り触れた生徒。
しかし、その有り触れた少女はこの我輩の瞳に止まる事となる。
魔法薬学が好きで、得意と言えるほどの成績を収めている訳ではないものの、悪いと言うわけでもない。
常に”普通”であり続ける少女はいつの間にかこの部屋の常連客となり、邪魔者と化した。
始めの頃こそ魔法薬学について質問に着てはいたものの、最近ではお菓子を持参する始末。
甘いものを好まぬと言って聞かせてもその耳には届いていないかのように、毎回様々なお菓子を持ってこの部屋に訪れる。
そうして2年の月日が流れ落ち、を拒む事もなかった我輩の怠慢の所為か、部屋にが居ることは極日常の風景と化した。
放課後には決まって姿を見せるは、今日は異国のコインと共に不可解な賭けを我輩に持ちかけた。
指して忙しかった訳ではない我輩は、暇潰しの軽い気持ちでの持ちかけた"賭け"に乗ってやった。
…それが、この様な結果を生む事になろうとは。
「 では教授。
私の質問に必ず答えて頂く…と言うのは如何でしょう? 」
「 …では一つだけならば答えてやろう。
厳選して考え給え 」
それは本当に暇潰し程度の些細な賭けだった。
どうせ大した質問もしないであろうと勝手に鷹を括った我輩は、己で己の首を絞めることとなる。
暫く静かに考えていたが、漸くその顔を上げた時、瞳に一瞬だけ影が過る。
手にしていた羽ペンを静かに机に置くと、その横で両肘を突いて腕を組む。
おどけた様に突拍子も無い質問をするのかと嬉々としてその内容を待てども、中々言葉が紡がれない。
如何したものかと言葉を投げ掛けようとした刹那、の瞳が真剣な眼差しに変わり、真っ直ぐに漆黒の瞳に己が映し出された。
桜色の唇から紡がれた旋律は、酷く甘い誘惑になって我輩の心に届く。
「 …私がスネイプ教授を好き、だと言ったら…先生はなんと返事を下さいますか? 」
その瞳は意を宿したまま空ろげられることもなく、我輩の口から吐き出される言葉を待ち侘びているかの様。
冗談であろう、と笑い飛ばせる様な軽い雰囲気ではなく、先程までの馬鹿げたはしゃぎ様は何処へ消えたのかと問い詰めたくなる位に、の雰囲気が異なる。
お互いの距離と共に長くなる沈黙がやけに重く肩にのしかかる。
年貢の納め時か、と意を宿した瞳に誘われるようにこの胸中を言葉にして吐き出そうと試みる。
その矢先。
の右手が微かに何かを握り締めている事に気がつく。
後ろ手に隠すようにされた右手の中には、明らかに何かが仕舞われているらしく、はその物体の隠し場所に困ったように硬く握り締めていた。
ふと、我輩の脳裏にある結論が過る。
しかしまぁ、騙されてみる事も偶には必要ではあるのだろう。
「 …答えてやらぬ事も無い。但し…
我輩が答えたら、一つ我輩も質問しても構わないかね? 」
「 …教授が質問、ですか?構いませんが… 」
我輩の言葉には不思議そうに首を傾げた。
それでも拒否をする事無く簡単に承諾をしたは、我輩の言葉を待つように静寂を作った。
察してしまったその右手の中の物体が何を意味しているのかを悟った瞬間、この状況を作り出す策略が余りに稚拙で、苦笑しそうになることを堪えながらも期待する返事を返してやった。
「 我輩は明日も授業が終れば、態々地下室まで降りて来て我輩の邪魔をする生徒の為に紅茶を用意するであろう。
2年間続いたその日常は、明日も明後日もそれが変わる事は無い。
何か変化が起きるのだとしたら…、
その生徒が持ってくる菓子が、”生徒の作った菓子”か”恋人の作った菓子”かの違いであろうな 」
吐き捨てる様に言えば、その大きな瞳が見開かれる。
この結末を予想していなかったのだろうか。
はその後直ぐに我輩に向かって柔らかい微笑を掛けた。
言葉によって肯定することも否定することも喜ぶことも悲しむこともしなかった少女は、返事が返って来たことを唯喜ぶかの様にその表情を緩める。
元々控えめで知られていたにとって、このようにでしか表現し切れなかったのであろう。
普通に告白すれば、我輩にとって迷惑になるかもしれない。
賭けと偽れば、拒絶された時に笑って”冗談ですよ”とそう言える。
安易過ぎるの策略を見破る等、我輩にとっては赤子の手を捻るよりも簡単だと言うだけの話。
「 さて、我輩の質問といこうか。
…、その手中の中に納めるものは一体何かね? 」
「 こ、これは…その…、えっと… 」
「 … まぁ、この問いに関しての答え等期待しては居らぬから気に留めるな。
元はと言えば、異国の国のコインの表裏が判らぬ時点で我輩の負けであったのだからな 」
その言葉に、の右手から隠されたコインが零れ落ちた。
表だけのコイン、裏だけのコインを用意して掏り返る等流石はスリザリン寮生。
しかし、我輩は始めにコインの表裏を聞いては居らぬし聞かされても居らぬ。
唯の暇潰しにその賭けに乗ってやっただけ故に、初めから結果等関係無かった。
…筈が、その結果、こうなる。
の右手から滑り落ちたそのコインを我輩は一瞥し、目配せをする。
不可解に思いながらもがそのコインを拾い上げて我輩に投げて寄越す。
掌に乗った軽いそのコインは、近くから見てもやはり表裏が一緒である。
子供染みた細工が施して有るそのコインを静かに机の引き出しに仕舞いこむ。
「 コイン、何かに使うのですか? 」
「 …運命のコインは手中に納めておく物であると古の書に記載されている。
コインが二枚有るのならば、一枚は我輩が持っていても問題は無いであろう? 」
翌日からも変わる事無くは我輩の部屋に訪れる。
自前のお菓子を持参して、我輩との時間を過ごすために。
我輩も、が来た際には極力仕事をする手を休め、”恋人”の時間を共に過ごす。
ほんの些細な賭けが生んだ結末。
その運命のコインは、今でも我輩の机中に置かれたままである。
□ あとがき □
最近はちょっと砂糖掛けたかな!?位の夢を書くことに嵌ってしまっていまして、微糖でございます(笑)
コインを使った賭け、私も昔よくやりました。
こんなロマンチックなものではなく、「掃除当番の交代」や「ジュースを奢る」程度の色気も何も無いものでしたが(爆)
一枚(二枚?)のコインから結ばれる恋。
教授とヒロインはこれから始まることでしょう。
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