マニキュア
統一された色彩が織り成す室内に、独特の高貴な薫りが漂い光りの乱反射が余す所無く装飾品の輝きを誇示する。
普段は中途半端に開け放たれている幾つもの大きな窓は、これ以上は開かないとばかりにきっちりと開き放たれていた。
珍しい事もあるものだと、沸々と思い起こしながら私は僅かに開いた扉を開けた。
一瞬で光りが差し込み、午後の陽射しの余りの強さに瞳を歪める。
眩みそうになる瞳に激を飛ばす様に一歩室内に足を踏み入れれば、途端に鼻に付く独特の匂いに表情を顰めた。
古めかしい年代物の木材を使用している扉が、独特の音を奏でて閉じられる。
その音に、誰かが室内に入ってきたと感知した彼女の声が遠くから確かに聞こえた。
「 …マニキュアを塗る時は庭に出ろと言った筈だ。
私はどうもこの薫りが好かん。 」
「 だったら薫りが消えるまで部屋に入ってこなければいいのに。 」
「 此処は私の家だ。何時何処の部屋に居ようがそれは私の自由だろう? 」
皮肉めいた科白を吐きながら大き目の紅い椅子に腰を落とすの横に腰を落ち着ける。
途端に強烈な薫りが鼻を付いた。
決して不快な訳ではないが、好きかと聞かれれば眉を顰めてしまうのが現状で。
アンティーク調の机に綺麗な細い指を置いて、程好く整えられた爪先に桜色の色を落として行く。
ポットに入ったままの状態では、到底綺麗とは言い難いその深い紅色の液体は、の爪に塗られた途端に綺麗な発色を伴って淡く色付いた。
まるでの為に塗られる事を待っていたかの様なその変り振りに思わず眼を見張る。
最後の難関である左手の薬指を綺麗に塗り終えたは、そのままテーブルに指先を並べて乾かしていた。
「 見事だな。
あれ程不器用だったお前が此れ程器用だとは初めて知った。 」
「 …マニキュアだけだよ。
私、ルシウスに出会ってからその歳の差をせめて少しでも埋めようと一生懸命練習したんだから。
マニキュアもその内の1つなだけ。 」
そう言って無邪気に笑んだは、指先を桜色に染めながらも大人に成り切れて居ない少女の様。
ふわりと微笑む様に表情を和らげつつ、漆黒の瞳の奥に己が映りこむ。
唯それだけで酷く愛しさ込み上げるこの稚拙な心に自身で苦笑しながら、酷く柔らかそうに風に揺れるの髪に口付けを落とした。
擽ったそうに身を捩るの動作のお陰で、更に髪が揺れる。
鼻に付いた薫りはマニキュア独特のベンゼンではなく、柔らかくて甘いシャンプーの薫り。
脳天に突き抜ける甘い薫りに心を沈めながらゆったりとした時間に身を委ねて居れば、指先の乾いたがマニキュアのボトルを片付け始めていた。
女であるからには仕方ないのであろうが、その余りの種類の多さに少し愕く。
「 …何時かのクレヨン並の種類の多さだな。 」
「 マニキュアにも流行があるんだよ。
うーん…今の時期ならこの色が一番綺麗かもしれない 」
そう言って取り上げたのは、色彩豊かな明るいボトルに埋もれるようにしてその存在を隠していたグレーのボトル。
よくよく見て見れば、細かい粒子状のラメが入り込んでいるのか時折銀色の輝きを放っている。
秋も半ばのこの時期に、魔法省内部でも確かにこれに近い色の爪を良く見かけると思い起こす。
最も、歳の過ぎた見た目にだけ拘る浅はかな女の爪先になど興味が無い故、気に留めることすら無かったが。
が指したグレーのボトルは、一回もその封が明けられた様子は無く、中身も一番減っていないと見える。
差し詰め、流行色として購入したは良いが己に似合わないと自覚して其の使用を留めたのではないだろうか。
「 ねぇ、ルシウス。指先貸してみて? 」
「 …何をしようと言うのだ…。 」
「 大丈夫、ちょっとだけだから…ね…? 」
にっこりと微笑まれ、繊細な白い指先で己の指先を掴まれれば最早厭とは言えない。
指先から伝わる温もりに感化されるように仕方無しに溜息と共に指先をそのままテーブルに掛け置いた。
所詮、面白半分でやってるだけの事。
終ればすぐ様落としてしまえば言いだけの事。
そう思えば聊か心が楽になったかのようで、ボトルから程良い量のグレーをその穂先に乗せると、瞬時に爪先に色を落として行く。
生まれて初めて爪先にマニキュアが乗る感覚を知った。
一瞬冷たさが走るも、それ以降は何も感じないばかりか、すぐ様風代わりしたように淡い灰色に色付く己の指先に興味を惹かれる。
肩を擦り抜ける風の様に瞬時に一つ一つの指を塗り終えて次に移る様を見ていれば、酷く愉快に思えてきて。
このルシウス・マルフォイが一介の女に爪先を塗られている等と…魔法省幹部に知れ渡ったら其れこそ笑い者。
「 はい、出来た。
うーん、やっぱりこの色はルシウスに似合うね。 」
「 …終わり…だと…? 」
「 うん、コレで完成だよ。 」
その言葉に私は”完成”と言われた己の指先をマジマジと見詰めた。
其処には、右手は完全に綺麗なグレーに色付けられた爪先があれど、左手には薬指しかグレーはあしらわれては居ない。
其れでもコレで完成だと断言する。
今時のマニキュアは左手は薬指しか塗らない物なのだろうかと思ってみれど、の指先には見事に左右両手の指先は淡い桜色に色付いている。
封を開けたばかりのグレーのボトルの中身が無くなったという可能性も無く、実際問題液体は封を切る前と然程変ってない様に見受けられる。
理解不能だと怪訝な表情でを一瞥すれば、すぐ様にその表情を笑みに変えて言葉を投げてきた。
「 今、巷で流行ってるの。
男の人がマニキュアを塗る時は、
”恋人が居る人は左手の薬指だけ塗る”、”恋人が居ない人は左手の薬指を除いて塗る”
…一度、やってみたかったの。 」
「 …馬鹿馬鹿しい。所詮は単なる流行だ。 」
酷く嬉しそうに幸せそうに笑んだの表情が一変した。
幾ら事実であっても、は流行という物に敏感な年頃の少女。
もう少しくんでやるべきであったとそう後悔した。
よくよく見れば、自分に掛けたであろうその時間よりも遥かに丁寧で時間を掛けてこの爪先を作り上げた事が伺える。
その瞳も何時に無く真剣そのもので、最後のヒト塗りを終えた際に微笑んだその表情は酷く愛らしかった。
その表情が今は確かに無い。
机の引き出しから、濃い桃色の液体とコットンを取り出してキャップを開く。
ツンと鼻から脳に抜けるアルコールの薫りで、其れが除光液であることを悟った。
如何やらこの爪先を落とすつもりなのだろう。
悟った瞬間、私は椅子から立ち上がっていた。
「 夕食の時間だ。行くぞ、。 」
「 え、でも…それを落としてから… 」
このままで構わない。
その科白が如何にも稚拙で口から吐き出せずに居て、踵を返して扉に向かうことしか出来ずに居た。
刹那、除光液とコットンが静かに引き出しに仕終われる音が耳を掠めた。
腰の辺りで手持ち無沙汰に為っていた私の左手に、の左手が重なった。
微笑んだの桜色の指先と、グレーの指先が絡まる。
”恋人が居る人は左手の薬指だけ塗る”
この人は私だけのものだよ、って客観的に知らしめるの。
ルシウスは、私だけのものだよ、って。
酷く子供染みたその独占欲は、何故か私の心に確かな安らぎとも言える何かを残した。
言われずとも私はのものだ、と言えぬ代わりに…
せめてマニキュアが自然に剥がれ落ちるまではこのままで居てやろうとそう惟う。
□ あとがき □
稀城の地元で流行っているのでルシウスでやってみました(笑)。
マニキュアを男の人がするというのは意外と吃驚するものがあるのですが、それがグレーや淡い黒だったりすると意外と変ではなかったり。
男の人にマニキュアを塗ってあげるというのは何だか不思議な感覚です。
女の様に爪先が長くないので少し塗りにくいのですが、それでも楽しかったり。
因みに、稀城はMARY QUANTのマニキュアが大好きで、使用しない色でも買って飾ってあります(笑)。
可愛いボトル、大好きなんですよ(笑)
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