コンビニおにぎり
出来ることならば休日を迎える前に終わらせて仕舞いたかった、魔法薬学会への提出レポートが上手くまとまり切らずに夜明けを迎えてしまった。
窓の外で朝の到来を元気に告げる梟の鳴声を聞いたのを最後に、羽ペンを地面に落として意識を手離したスネイプが再び眼を覚ましたのは、其れから実に12時
間以上経過した頃合。
普段は寝付かれてしまうだろう其の膨大な睡眠時間は、ニ徹したスネイプにとっては不十分に近しい時間。
睡眠を貪りながらも、貧欲に訴え続ける主に観念して重たい瞼を開けたのが、そもそもの始まり。
「 …仕舞った、今日から夏期休暇か… 」
すっかりと忘れて居た。
夏期休暇になれば生徒は郷里へと喜び勇んで帰って行き、ホグワーツの教師も余程の事が無い限りは今日中にホグワーツを発つ。
案の定、ホグワーツは既に水を打ったような静けさになり、ゴースト達も連れ立って思い思いの場所に出掛けている事だろう。
問題なのはホグワーツが静寂に包まれた事ではない、それ以上に重要な問題がスネイプの身には起きていた。
レポートの早期完結を目指して部屋から一歩も出ずに居たスネイプは、昨日から一切の食事を取っては居なかった。
ホグワーツに在籍する者の食事調理を担うコックは、生徒と共にホグワーツを発っただろう。生徒も教師も居ないのだから、職務を全うする必要性が無い。
「 …さて、如何したものか。 」
空腹感が身体を蝕み始めてから実に数十時間。言葉では表せ無い程に、腹が空いている。
レポートも上出来の内に仕上げ、明日からは夏期休暇だと言うのに、拉げた羊皮紙の山に埋もれるようにして一人空腹に耐えている自らの境遇を思い、スネイプ
は深々と溜息をついた。
「 今日からは…も来ぬか。 」
魔法薬学教授にスリザリン監督生と言う秘密裏の恋人が出来てから、ここ数ヶ月の休日は、梟よりも早く目覚めて忙しない小さな足音を聞く代わりに、目覚める
とテーブルの上には、朝食が並んでいるのが常だった。
しかし、一昨日からさせも部屋から締め出してレポートに没頭していた為に、がこの部屋に立ち入れる筈も無い。
こうなる事が判っているならば、自室に等籠らずに魔法薬学研究室に籠っていれば良かったとつくづく後悔する。
魔法薬学研究室に籠っていれば、良く気が付く幼い恋人は食事の時間も忘れて只管ペンを走らせる魔法薬学狂の教授への食事を作ってから郷里へと戻っていただ
ろう。
「 誠、勿体無い事をした 」
何も無い侭、積み上げられた輝かしい功績を残すだろうレポートの束を見詰め、動く気にもなれず、気付けば太陽が傾く時間になっていた。
人間何かに没頭し世界が其れ一色に為っている時は良い。空腹や睡魔や倦怠感や疲労感さえも感じなくなるのだから。
しかし今では、柔らかな橙に彩られた丸い太陽が、捥ぎ立てのオレンジに見えて仕舞うほど末期に陥っていた。
限界を感じて、スネイプは脇に置きっぱなしの杖を握り締める。今直ぐにでも食べられるならば、魔法で拵えた料理でも良い。腹に入れば食べ物等、全て同じ匂
い、同じ味。栄養素と空腹感さえ補えれば其れで良い、と妥協して。
軽く杖を振れば、眼の前には白い湯気の立ち昇るおにぎりが三個、ご丁寧に海苔が巻かれた形で皿に置かれて出てきた。
何時ぞやにが食べさせてくれた、の郷里の味。
始めのうちこそ、モチモチしてやたら弾力がある異国の食べ物に拒絶反応さえ生じたが、一口食べれば其の味に感化され、すっかりと癖になっていた。
がスネイプに作ってくれたおにぎり。其れを思い出して口の中に放り込めば、余りの味気無さに吐き出しそうになる。
「 此れがの言うところの…”コンビニおにぎり”か。 」
が握ったおにぎりを始めて食べた日のこと。
が一回一回面倒そうな顔を一つもせずに飯を其の小さな掌で握り、鮭だの梅干だの昆布だのを中身に詰めて塩を振って海苔を巻く動作を見ながら、
「 そんなもの、手で遣らずとも良いものを、 」
そう零せば、
「 そんな事をしたらコンビニおにぎりと一緒じゃないですか!
味気無くて愛情が籠ってなくて、全然美味しくない。 私はこうやって握ったおにぎりの方が好きです。 」
確かにそうだ、今ならばがそう言う気持ちが判る、と。
小さな掌で一つ一つ丁寧に握り、軽く塩を振ってパリパリとした海苔で巻いたあのおにぎりを、が郷里で一人で美味そうに食べているのかと思うと、胸に鈍
痛を覚えた。
空腹ゆえに痛むのなら、胃が妥当である筈なのに、胸の辺りが痛んだ。
は母親にでも作って貰っているのだろうか。は母親の作るおにぎりが何よりも美味しいとそう言っていた。
だがしかし、スネイプはが握るあのおにぎりを食べたいと、痛烈に思う。
炊き上がったばかりの飯を掬い上げ、余熱で熱いだろうに其の掌に乗せて三角形に握り、様々な具財を中に詰めて…
そう思い出せば出すほど、の小さな掌で作った、あの味が食べたい。
フラストレーションの限界を感じたスネイプは、引き出しから真新しい羊皮紙を取り出すと、床に落ちた羽ペンを拾う時間も惜しそうに一文を認め、愛梟の足に
括りつける。
「 …音速で飛べ 」
スネイプの自室から、一羽の梟がの居る郷里に向って物凄い勢いで羽ばたいて行った。
空を柔らかく舞う純白の羽が数枚落ちて、再び机に突っ伏したスネイプの上に優しく舞い降りる。
がスネイプの梟からの文を受け取って、がスネイプの自室に辿り着くまでの僅かな時間、炊き立ての飯の香りを思ってスネイプは再び瞳を閉じた。
------------ 腹が空いた。
唯一言、そう走り書きされた文を受け取ったが苦笑いを押し殺しながら、スネイプの自室に辿り着いたのは丁度夕食時を迎える時間だった。
□ あとがき □
私はコンビニおにぎりが嫌いです…(汗)
何味のおにぎりがお好きですか?稀城は高菜がマイベストです!!
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