雨垂れ






如何しても今日は、帰りたくなかった。
普段は身の程を知らない様な戯言を考えたとしても直ぐに打ち消して何時もの笑顔でサヨナラを言えるのに、今日だけは如何しても未だ帰りたくないと沿う思った。
翳り始めた夕陽が荘厳な空を塗り替える様にゆっくりと傾き始めて、時期に黒に彩られた夜が訪れる。
知らず知らずに左手の銀細工を気にしながら、その針が約束の時間を告げていない様にと願う。
美味だと勧められたディナーも既にデザートが出され、此処に居る理由も無くなり掛ける。
柔らかい笑みでは無いけれど、其れでも愛しいと思える人と過ごすこの僅かな時間は私にとっては酷く特別なものだった。
私は子供、貴方は大人。
私は貴方の愛人、貴方はマルフォイ家当主…私の友達の父上。
其れでも…、其れでも私は貴方と一緒に過ごせる時間が持てるだけで充分幸せだった。











「 出るとしよう。 」


「 …はい。 」











名も判らぬデザートが並べられた皿が、空になれば必然的に出る言葉である。
そうして其の言葉の先には、別れがある。
私とルシウスの月に片手で余る程の逢瀬の締め括りは何時もディナー。
毎回の様に異なるレストランに向かうけれども、其の先は何時も決まった様に同じ科白が鼓膜を擽り、心が痛みに震える。
帰りたくない、とは決して言えない。
じゃあもう、君とは終わりだ。淡白なルシウスは表情も崩す事無く私に沿う告げるだろうに。
お腹を抱えて哂いたくなる位に安易に予知できる事ほど、恐怖を誘うものは無い。
知っているから、口に出来ない。
知っているから、そう心が傾かない様に自分で自分の心に鍵を掛ける。
知っているから…、余計に気をとられてふとした瞬間にこの脆い口から戯言を吐いてしまいそうに為る。











「 …、如何した。気分が優れないのか?酷く顔色が悪い。 」


「 いえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけです。 」











心が哂わない様のに、私の表情はきっとルシウスには何時も通りの微笑みが見えているのだろう。
ルシウスは一度は止めたその足を、レストランの扉に向けて歩みを促した。
エスコートされる様に肩を抱かれて、私も自ずとその後に従って歩き出す。
逢う時は何時も嬉しい。逢っている時は尚更で。
ルシウスに逢える日を待つのは酷く楽しくて嬉しくて幸せで、時間が経つのが待ち遠しい。
けれど、同時に別れなければならない時刻が近づくのも酷く早い。
切なくて、辛くて、心が引き裂かれそうで、今にも泣き出しそうな自分が酷く滑稽で。
次第に遅くなる歩みはルシウスに助長されるかの様に一定のリズムを刻みながら前へと進んでいく。
押し迫る別れの時間に向かって歩いている様なこの状況下、張り詰めた緊張の糸が切れない様に心に言い聞かせなくては為らない。
帰りたくない。でも、禁じられたその言葉を吐く事は出来ない。











「 …雨、か。今日は如何も調子が狂う。 」


「 魔法で傘を出した方がいいでしょうか…?
 其れとも濡れない様に耐水魔法を施した方が… 」











ディナーの時には全くと言って良いほど気付かなかった外の情景は、レストランに入った数時間前とは違った情景を私に見せていた。
バケツの水を引っ繰り返した、と言った表現が酷く似合うその情景は正に秋の長雨。
シトシトと言うよりは轟音を伴ってバラバラと降り注ぎ、レストランのエントランスからでも雨樋を伝って膨大な量の水滴が落ちている。
この期に及んで何と場の悪い…と私は心の中で思わずには居られない。
どうせ別れるならばこんな豪雨の中よりも星空が出ていた方が未だマシと言うもの。
寧ろ…、この雨の中を耐水魔法も傘も無しに濡れて帰れば泣いていてもばれないだろうかと一瞬思案する。
いや、如何考えてもルシウスを雨に濡らす訳には行かない。











「 …行くぞ。 」


「 ちょっ…ルシウス、外はコッチからしか… 」











言葉を吐いたルシウスは、眼前で滝の様に流れ落ちる情景を一瞥するとそのまま踵を返す。
如何見ても入り口は眼前のこの一つしか無いであろうレストランであるに、ルシウスはそのまま歩き出そうとする。
暖炉からフルーパウダーを使って帰るのだろうかと思いつつ、その後に続こうと同じ様に踵を返した。
どうせ帰ることに為るのだからルシウスの言う事に素直に従ったほうが良く、吐き出した言葉は最後まで口から出ることは無かった。











「 誰が帰ると言った?雨宿りをするのも悪くない。 」


「 え…?でも、ルシウス時間… 」


「 …唯の気紛れだ。 」











淡白な彼らしい言葉は酷く優しさを帯びて耳に届いた。
歩き出そうとしたルシウスに遅れない様に歩み寄った私の指先に、何かが柔らかく触れる。
恐る恐る見れば、繊細な美しい指先が私の指先を捉えて引っ張る様に前へと押し出していた。
繋がった指先と指先は酷く稚拙で、父親が子供の手を引いている様にしか見て取れないけれども其れは確かに私とルシウスを繋いでいた。
今まで、子供みたいに強請って手を繋いで貰った事は何度か有ったけれど其れは何時も私の方からで。
何時も指先に指を絡めれば、ひやりとする冷たい感触がするルシウスの手。
今日はずっと室内に居たからだろうか…心成しか少しばかり温かい気がする。
握り直す様にその指先を交互に絡めれば、拒絶する事無くルシウスの指先も其れに応えた。











「 …気に留める事は無い。気紛れが続いただけだ。 」











淡白すぎる其の言葉に、私は柔らかく笑んだ。
先程の作り笑いとは異なる、心の底から持って来た様に自然に出た微笑み。
ルシウスが吐く言葉は何時も一言重要な部分が足りなくて、下手すれば伝わらないかもしれないと言うに、如何して真意が伝わるのだろうか。
私が帰りたくないと心の中で思っていた事を悟った上での事ならば、突発的に降り出した雨に感謝しなくてはならない。
伸ばされただけの別れの時間は何時かやって来てしまうけれど、其れでも今日はもう少しルシウスと一緒に居たかった。
そのささやかな願いを叶えてくれただけでなく、起こしてくれたほんの小さな奇跡。
例え其れが本当に気紛れで有ったとしても、私の心に幸せを与えてくれた。
繋がった指先から伝わる熱が、如何かもう少しだけ持ちます様に。










□ あとがき □

ヒロインの一人称にしたらば名前変換が一回…(汗)
夢とは到底いえない気もしないでも無いですが、久し振りに書きました、切ない系の夢。
しかし、誤解しないで頂きたいのですが、ヒロインは愛人ですがルシウスに物凄く愛されています(笑)
唯、ルシウスが其れを言葉にして表現しないだけであって…
いえ、私が表現させなかっただけなんですが(苦笑)
偶にはこう云う夢も良いかなぁ…と…。お題ですし(笑)。




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