ベルリンの壁
硬い何かが根底から引っ繰り返され投げ出される様な物凄い雑音が、右から左へと一気に駆
け抜けた。
重い頭を抑えながら、滾々と深い眠りに堕ちていたヴォルデモートが其の淵からゆっくりと意識を覚醒させる。
鉄壁との逸話も生まれる程の強靭な魔力によって支えられている地下篭城は、外から加えられるあらゆる攻撃に耐えるように出来ている。
最も、外の世界にこの城の存在が浮き彫りになる等という事態が起こりえる事などある筈も無い。つまりは、城の中の何処からかから聞え漏れている音だという
ことが理解できた。
足音は立てないが、デスイーター達が忙しなく廊下を行き来している気配が空気を伝って身体中に流れ込んでくる。
彼等の気配はヴォルデモートの部屋の一つ隣りでピタリと止まり、暫し狼狽している様な雰囲気が伝わる。
音の在り処を探り当てる事は出来ても、安易には立ち入れないのであろう。当たり前だ、其の部屋はヴォルデモートの寵姫が使っている部屋なのだから。
「 今更逃げ出すか?愚かな事を。 」
流れ落ちてきた髪を気だるそうに後ろに流して、掛け置いたガウンを身体に粗雑に掛けるとヴォルデモートは立ち上がった。
チラリと横目で見るのは、今も絶え間無く音が漏れ聞える寵姫、の使用している部屋。
何かが気に喰わなくて、若しくは其の部屋から抜け出そうと躍起になって部屋を破壊しようとしているのかもしれない。
若しくは、部屋に在るありとあらゆる物をぶちまけて溜りに溜まっているであろうストレスを発散しているのかもしれない。
いずれにしても、ヴォルデモートには別段興味関心の無い出来事に過ぎなかった。
はヴォルでモートの寵姫として連れて来られた未だ幼い少女だった。
無邪気に笑い、誰とでも打ち解ける本当に純粋な少女。心を惹かれたといえば本当に其れまでで、力と魔法で繋ぎとめて置く事でしか手に入れられない存在だと
知った瞬間、腕の中に攫って此処に無理やり連れて来た。
の部屋には、逃げ出せないように魔法を頑丈に施してあった。勿論、純血であるに魔法が使えない訳ではないが、非力な魔力がヴォルデモートの凄まじ
い力に叶う筈も無かった。
「 手間の掛かる娘だ。 」
面倒そうに吐き棄てて、一体どんな馬鹿げた行為をしているのかとヴォルデモートは廊下へ続く扉に向かって一歩足を踏み出す。
さらりと髪が流れ、助長する様にヒラリとガウンが宙に浮いて、一瞬冷たい空気が温まり始めた部屋の空気と交じり合う。
絶対零度の空気を発しながら、一歩、また一歩と廊下に近づくヴォルデモートの耳元に、明らかに先とは異なる異質な音が耳を掠めた。
例えるなら、地走りの様に大地が避ける様な硬い音。
今までは何か物を乱雑に投げつける様な音のみがうっすらと鼓膜を振動させて居たに過ぎない。しかし今、確かに耳を掠めたのは今までは聴いたことの無い新し
い旋律。
一体何事かと後ろを振り返れば、其処に有るのは先程まで身体を横たえていたベットとテーブルが在るのみ。
其の脇の壁は直ぐ隣りのの部屋と繋がっている。
眼を凝らして見て見れば、微かに壁が揺れている様な錯覚を憶えた。
「 …、何をして… 」
言いかけた言葉は、消失した。
ヴォルデモートの声を掻き消してしまう程の轟音爆音を引き下げて、眼の前の壁が木っ端微塵に破壊された。
其れは本当、一瞬の出来事だった。
先ずは地割れの様な凄まじい亀裂が壁一面を這い、次に小さく魔法を詠唱する音が聞こえたかと思えば、一気にガラガラと音を立てては壁が見るも無残な姿の瓦
礫の山と化した。
清浄な空気の中を一瞬で灰色の土砂を混じらせた濁った空気が入り込み、舞い上がった砂埃はコンクリートだか木材だか、兎に角壁を形成している全ての材質を
入り混ぜた空気と為った。
舞い上げられた土埃、眼の前には瓦礫の山、数センチ先さえ見る事が困難なほどに膨れ上がった其れを取り敢えず杖を使って消去した。
ヴェールの様に垂れ下がっていた重たい空気は一瞬で姿を消し、先程と変わらない清浄な空気に戻ったと同時に、ヴォルデモートの視界の隅にの姿が確認出
来た。
酷く重そうな、工事現場か何かで使用されそうなハンマーを其の手に抱えるを。
「 …何をしている。 」
「 え…あー…、この部屋魔法が効かないから仕方なく鉄鎚に魔法掛けておっきくしてみました。 」
「 誰もそんな事を聞いては居ない。何故壁を壊したかと聞いている。逃げたいのなら… 」
逃げたいのなら、其の言葉をヴォルデモートが吐き出した瞬間、苦い笑いを浮かべて申し訳なさそうな表情をしていたの顔が変わった。
手に持った鉄鎚を小脇に投げ捨てると、己の部屋からヴォルデモートの部屋に向かってズカズカと歩いてくる。
の手によって無残に壊された壁は、その威力の凄まじさを客観的にも伝えているかの様に綺麗な半円を描いて居るが、様々な瓦礫を其の上辺に貼り付けた
侭。
少しばかり高くなっているの部屋とヴォルデモートの部屋の境目をお構い無しに乗り越えると、は微動だにしないヴォルデモートの眼前に躍り出ては憤
慨宛らに言葉を吐く。
「 何で壁を壊したか、って?貴方が悪いんじゃない、ヴォルデモート!! 」
「 如何して私が悪い事に為る。 」
「 貴方が私を信用しなさ過ぎなのよ。毎日毎日籠の中の鳥みたいにあの部屋だけで暮らして…
顔を付き合わせれば、【逃げたいのか】云々って、いい加減私に逃げる気が無いって気付いたら? 」
「 お前が逃げ出さないという保証は無い。 」
「 だからこうして壁を壊したんじゃない!!
私と貴方の部屋が繋がっていれば、私が居るか居ないか位理解出来るでしょう!? 」
言葉を、失った。
小さな子供が親に躍起に為って口答えをする様な、そんな情景が眼下で繰広げられた。
逃げる為ではなく、繋がる為に壊された壁。
気配を追うだけの毎日よりは姿を視界に入れたほうが、効果は格段に上がると言えた。
未だ堰を切った様に粗い呼吸をするは、判ったかとばかりにヴォルデモートの紅い瞳を睨み付ける。
籠の中の鳥、其の言葉に酷く嫌悪感を抱いたと言うに、其れをさせてしまって居たのは紛れない自身だとヴォルデモートは自嘲した。
「 では、今日よりお前はこの部屋で暮らすのか。 」
「 誰もそんなこと言って無いじゃない。壁を壊したんだから、問題ないでしょう? 」
「 何時までもみすぼらしい醜態を晒す訳には行かぬ。 私とお前の部屋を繋げれば文句は有るまい。 」
一つの壁によって隔たり続けられていた世界は、一枚の壁の崩壊によって繋がる。
この世界、分断されるべきモノ等何も無いと、そう伝えたかったのかもしれない。
壁の向こう側と此方側、もとは一つの世界だったというに、無理やりに壁で分断してしまった。
初めから、こうすれば良かったのだろう。
そして何時か、この壁の様に、心も繋がるようにと。
□ あとがき □
ベルリンの壁。
今は知らない世代の人も多いのでしょうか(汗)旧西ドイツと東ドイツを隔てていた壁ですよね。
某テレビ番組で此れが壊された切っ掛けは【勘違い】だと言っていましたが、勘違いでも何でも…もとは一つであるべきものが分断されるというのは非常に悲し
いことです。
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