やっと、…見付けた。




影法師





何の変哲も無い有り触れた日常のとある一日。珍しくホグワーツの中庭で独り読書に勤しんでいたは、急に真逆から吹き荒んで来た強い風に面を上げた。
季節柄、方向を急変換させる様な突風が吹く筈は無い。音も無い所に波紋が立たぬ事と同じよう、急激に変化した周囲の空気には背に駆け上る冷えた感覚を 押し殺せずに居た。凍て付いた何かが這う様な感覚、今まで感じた事も無い妙な気配に、読み耽っていた本を投げ棄てる様に放って立ち上がる。


「 …………誰? 」


ざあっ、と空気が鳴る。竜巻が通り過ぎた後の様に前後左右無残に散らされ折れ曲がった芝生を前に、確証に似た予感が走る。此処に、居てはいけない。虫の知 らせの様に一気に脳内を駆け巡った危険信号は、をこの場から退去させようと必死に行動を起こそうとするが、意に反した様身体が全く動かない。不安だけ が胸の奥に競りあがる。
金縛りにも似た拘束魔法、抗おうにも懐の杖にさえ指が届かない侭では如何する事も出来ない。身体の自由を奪われたに唯一出来るのは、言葉を発するこ と、其れのみ。


「 何なのよ、一体…ッ、私は寮に帰りたいんだからっ! 」


持てる力の限り、出せる限りの声を持ってして、は誰も居ない筈の妙な気配に向かって叫んだ。
風光りしていた芝生の若い刃先が、余韻の様に未だ穏やかな風に揺らいでいる。姿は見えない、けれど明かに何かが居るであろう其処を見詰め、は逆光に眼 を凝らす。何か が居るのは間違い無い、だが一体、何が?

刹那、太陽が揺らぎ、漆黒の影がゆっくりとの眼前に現れた。


「 帰さぬ。 我と共に来て貰おうか。 」


夜の帳に似た蜃気楼の様な靄が周囲に立ち込め、怯えさえする程の殺気を伴う膨れ上がった魔力が周囲一体を包み込んだ。太陽の光りを拒む様、背を向けた長身 の人物が姿を現したのはその直ぐ後。
地の底から這い出して来る様なしわがれた声に、自然と身の毛が弥立つ。未だ昼過ぎだと云うに、周囲は誰も寄付けないかのように静寂に支配され、他者の気配 を感じない。耳鳴りのするような沈黙の中で、は相手を見据えた。

歪む口角、睨み付ける様な鋭利な切れ長の瞳に翳るのは、地獄の業火にも似た紅蓮。風に翻る漆黒のローブには、明かに見て取れるだけの鮮血が滴っている。其 れが本人のものでは無いらしいのは、血が流れた方向にあった。


「 …何で私が突然突如現れた良く知りもしない見ず知らずのおっさんのトコに行かなきゃならないのよ。 」
「 言うか、小娘。 我が名を耳にしても其の強気を貫けるとでも? 」
「 あんたがカミサマだったら素直に謝るわよ、ゴメンナサイって。 」
「 …神か、寧ろ其れより性質が悪いが? 」
「 …別に良いわよ、神より性質が悪くても。 私は寮に帰って魔法史のレポート書かないといけないんだから。
 部屋の片づけだって残ってるし、こんなところで無駄な時間を費やしている訳には行かないのよ! 」

「 我と…このヴォルデモート卿と共に在る時間が無駄だ、と言うか、小娘。 」


瞬間、空気が切れる。研ぎ澄まされ透明度を増した空気が一気に重量を持った水に代わったよう、の身体に重力以外の確かなる重圧が加わった。
遠くで爆破された何かの閃光の様な太陽の光りがだけが時折視界を掠め、逆光を受けた陰りは押し潰されそうに圧倒的な暗闇を齎した。
体積を増した水に抱き締められているかの様な圧迫感と呼吸困難で、知らずのうちに酸素を求め、首が絞まる様な感覚に苛まれる。死ぬとは、死を待つと言う気 持ちは、こう云うものだろうか。生と死の狭間を未だ体験した事は無いにせよ、文献やら人伝いに聞くものに、良く似通って居る。


「 …ヴォルデモート卿? 貴方があの人様に迷惑ばっかり掛けてるって云う? 」
「 …誰が迷惑を掛けているだと? 」

「 だってそうじゃない、怪しい日記帳に魂宿したかと思えば、ジニーを騙して死ぬ一歩手前にさせるし。
 其れだけかと思いきや、ハリーを騙してポートキーを使って血を手に入れ、敢え無く復活。
 貴方の行動一つ一つでホグワーツは大騒ぎになって講義は休講、外にさえ出られやしない。
 楽しみにしてたクィディッチワールドカップだってデス・イーターに滅茶苦茶にされるし…
 あのチケットを手に入れるために、私がどれだけ裏で…って、そんなことは如何でも良いのよ。
 兎に角、貴方のお陰で色々と迷惑してるのよ、みんな! 」

「 我輩を恐れ慄いてのひとの防衛本能だろう、良きこと… 」

「 …誰が貴方を恐れ戦いているですって? 少なくとも、私は貴方を闇の帝王だなんてこれっぽっちも
 思ってないですからね。
 大体、いっつもいっつもデス・イーター任せで自分では何一つとして行動していないじゃ…っ 」


事、切れた。吐き出したら止まらぬヴォルデモート卿への憾み辛みを吐き出していた唇は、其の下の細い喉奥ごとヴォルデモートの指先に締上げられ、ギリギリ と息が詰まって行く。
大方、ヴォルデモートの逆鱗にでも触れたのだろう。あそこまで、かのヴォルデモート卿に豪語しておいて、無事で済んでいたほうが可笑しいというもの。
現に、眉間に皺を寄せたヴォルデモートは、冷えた紅の眼差しに残虐な色を上塗りしてを真っ直ぐに見た。途端、駆け抜ける、想像を超えた恐怖。がたがた 震えるのは身体ではない、魂が全霊を持ってして、恐怖に慄いている。


「 知った口を利くな、お前に何が判る? 」
「 何も判らないわよっ、だから…被害を被ってるんじゃない、関係ない人を巻き込まないでよっ… 」
「 ほぉ、お前は関係無い、とでも言いたいか。 」
「 私に何の関係があるって言うの、別に私はマグルでもなければ、ダンブルドアに加担する身でも無い、
 況して…貴方を裏切った訳でも…っ 」


途切れ途切れの言葉をようやっと紡げば、途端に不鮮明で色褪せ掛け靄の掛かる景色が、曇った硝子を拭取った後の風光明媚様に麗しいさまを取り戻した。
掴み上げられ締められていた首の戒めが解かれたのだ、と知ったのは、急激に肺の中に駆け込んで来た酸素が齎す嘔吐感に似た痛覚。喉元を押さえ、咳込みなが らこんな事態に陥れた本人を恨む様に見上げれば、途端嘲笑された。


「 お前は私が”見付けた”のだ。 逃げることなど赦さぬ、今日から私の処へと来て貰おうか。  」
「 なっ…、何勝手なこと言ってんのよ、私はホグワーツ在籍の学生で、明日に控えた魔法史の レポートが遣りかけのまま机の上に放置状態で、部屋の中には脱ぎ散らかした服や下着が散乱してるんだから…っ! 」
「 自業自得だ、諦めろ。 」


羽の折れた小鳥が懸命に空を乞うよう、小さい身体の持てる限りを尽くして逃げようともがくが、ヴォルデモート卿は腕の力を緩めるどころか逆に強く抱き締め 空へと舞い上がる。如何やらを手放す気は毛頭ないらしい。
それどころか、更に高度を況して駆けるように空を登るヴォルデモートに、は落とされない様にしがみ付いてしまった。クィディッチワールドカップ開催場 も吃驚な程の高さを誇るこの場所から落ちる位なら、未だ何処かに連れて行かれ其処から逃げた方がマシというもの。


「 …見付けた、って私の何を見付けたの? 」
「 …影、だ。 」
「 影?私の影?影って、あんな黒いだけの物体のこと? 」
「 あの頃は未だ姿形など出来ていない頃でな、お前の影しか判らなかった。 だが、こうして…影からお前を見付けた。 覚えて居ないのか、あの時蓮華を供えた墓を。 」
「 …………………あ、 」



そう言えば、ホグワーツに入学する少し前、偶々入った路地裏で妙な街灯を見付けた。其の日は父と母の買い物に付き添って珍しくノクターン横丁に来ていたの だが、出掛けに買った蓮華の花束を腕に抱いた私は酷く上機嫌で、薄暗闇を歩くのも苦には為らなかった。
父と母がとある店で話し込み、暇を持余した私は店先に出て、そうして一本の古びた街灯に触れたとき 時空が歪み一瞬で何処かに転移した。昔使った事のあるポートキー、あれと同じ感覚が走ったのだ、そうして自分は意図せぬ場所に連れて行かれるのだ、と思っ た時既に遅し。目の前には朽ち果てた館と砕け散り掛けた岩を寄せ集めて出来た様な墓標が在った。

薄暗闇の中忘れ去られたかの様に佇む墓標。何とも表現し難い寂寞感に駆られたは、両腕に抱いた蓮華の花束を墓標に乗せ、小さな両手を合わせた。

かの地に眠るひとが、安らかに眠れますように、と。


其れから、如何遣ってノクターン横丁に戻ってきたのかは全くといって良い程覚えてなかった。唯、涙で顔をぐちゃぐちゃにした母親に抱き締められ、何処へ 行っていたんだ、と父親に叱咤された事だけは憶えている。
勿論、墓標に書いてあった名もうろ覚えには覚えているのだけれど、あの時は誰にも何も喋らなかった。喋らないほうが良い、其れを直感的に悟ったから。


「 …あそこで眠っていたのは、ヴォルデモート卿…? 」
「 正確には私の中に流れている穢れた血の根源だ。 」
「 …でも、居たんでしょう? ん、もう、素直じゃないんだから! だから根暗大王とか言われるのよ。 」


ふい、と横を向いた幼い身体をを左手で押さえ付け、右手で顎を掴んで上を向かせる。光りを良く取り込む薄紫の瞳に自分のの姿が映ったのを認めて満足したの も束の間に過ぎない。
あの日墓標で見たように感じた、柔らかく笑んだ顔が見たいと云うに、如何も怒りと呆れと拒絶を含んだ表情しか見ることは出来ない。


「 もう笑ってはくれぬのか、 」
「 笑う?なんで? 」
「 お前は私以外のものには其れは其れは幸せそうに笑う。 だから私も欲しくなった、影だけでは足りぬ、お前の笑顔が。…攫う等と云う行為を働いた私に、掛ける笑顔は持ち合わせて居ないか。  」


小さく呟く様な言葉に一瞬驚いた。だが直ぐに、何時もの不機嫌そうな表情を貼り付けたヴォルデモート卿の顔に戻る。そうして、唐突に、あの頃と同じ感情が 蘇ってきた。

こんなところで独りでかわいそう、だからせめて、蓮華をあげるね--------

そうだ、あの幼かった頃、私はそう言ってあの墓標に花を手向けたんだ。


「 …仕方が無いからハナになってあげるわよ…花って言っても雑草に近いけど。 」
「 この容姿で何を言う、其れは世の中の女に対する冒涜だ。 」


余計な情報が脳内を錯綜する、何を信じていいか判らない今この瞬間信じられるのは触れた箇所から伝わる温もりと鼓動の音、そして身体を抱いてくれている人 だけ。
誰よりも気高く誰よりも私利私欲に満ち溢れ、誰よりも孤独を愛し誰よりも忠義に厚い。其のさまはまるで孤灯のように思える。作り上げた欺瞞に満ちた嘲笑み は残虐さと残忍さを帯び、けれどどこか寂しげで。
そんなひとのところに居てもいいな、と思ったのは単純なる気まぐれから。だが今思えば、 それは、衝動というよりも後の自分の為にとった無意識の行動だったのかもしれない。


「 なんでこんっなジメジメした湿地帯みたいなとこが好きなのよ、ヴォルデモート!
 こんなんだから、性格がじめっとした粘着体質の産業廃棄物みたいになるのよ!
 たまには日光浴でもして光合成したら? あ、そしたら少しは顔色が良くなって健康体に見えるかも。  」
「 ………黙れ、


ヴォルデモート卿と共に暮らし始めても、ヴォルデモートに対するの毒牙は止むことは無かった。













□ あとがき □

…原作の自己中心的なヴォルデモート卿ってこんなんでしょうかね;
影法師、意外に難しいお題でした。これも無理やり系ですが、ご勘弁を…。


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