ベネチアングラス





光を受けてきらりと光輝るゴブレットを手に取り、細心の注意を払って箱の中から取り出した。
使用頻度の少ない其れは、如何にも高級そうな箱の中に柔らかな絹と共に仕舞われ、何か特別な事が無い限りは開封しないような雰囲気さえ漂う。値段を聞けば 卒倒しそうな位に高価な品だろう事は間違い無い。
この屋敷内に所有している物品の中で、が安価だと感じるものは何一つとしてない。お風呂上りに水分を取り去るだけに使うバスタオル一枚でさえ、上等な ローブが新調出来る位の値段だ。

出来るだけ負荷を掛けぬ様、ゆっくりと持ち上げる。手にした其れは、ゴブレットと言いながらも柄は細く、力を籠めれば簡単にパキリと折れそうに脆い。
慎重に、慎重に。傷を付ける事は愚か、破損させてしまわない様にゆっくりと移動させ、テーブルへ置こうとした、刹那。


、もう一組来賓が増えた。 ゴブレットを多めに出して… 」
「 あ…、 」


手元にばかり集中していたが為、投げ掛けられたルシウスの声を理解することは出来ても、何所に居るのかまでは感知出来ては居なかった。
開かれた観音開きの扉に寄りかかる様にして立つルシウスは、覚束無い足取りで此方側へとが向かって来るとは予想すらしていない為、遠慮無しに扉を開 く。で、手にしたゴブレットに夢中で、落とさないように落とさないように、と半ば催眠術の様に咥内で繰り返しながら手元だけを見て歩いていた。
そんな二人が真正面からぶつかり、幼さ残るの小さな顔が上を見上げた時と、手にしたゴブレットが大理石の床に垂直に落下するのは同時。

ぱりん、と薄氷が割れる様な音を伴って、柔らかな蒼のゴブレットは粉砕した。


「 あ、、、っ、あ---------っ!!」


見る影も無くなったゴブレットを視界に入れ、は心の底から溜息を吐きたくなった。幾らするのだろう、弁償等という問題に為れば自分にこの金額を払える だけの貯金が有っただろうか、いや、そもそも貯金が無い。ホグワーツ魔法魔術学校を卒業してから直ぐにマルフォイ家に嫁いだにとって、バイトをする機 会も無ければ、 やる場所すら無かった。
況して、の実家は代々伝わる純血貴族ではあるが、少なくとも胸を張って裕福だ、と言えるほど栄耀栄華を極めている訳ではない。

そして更に悪い事は続くもの。手にしたゴブレットはルシウスが愛用している其れに相違無い。は今でも、婚姻の際に、ルシウスがこのゴブレットで杯を交 わしたのを今でも憶えている。
其れだけに、の精神に与えたダメージは大きい。マグル界で云うところの、改心の一撃を喰らったようなものだ。


「 ごめんなさい、ルシウス、貴方が大切にしてるって知ってて… 」

如何謝れば良いのか最早判らなかった。細心の注意を払ってでも、他のメイドではなく自分の手でこのゴブレットを運びたいと言い出したのは他でもない本 人。
だからこそ、慎重に慎重を重ねて運んでいたのだ。それだのに。つい数秒前まで手の上に在ったゴブレットは、見るも無残に飛散している。今なら魔法で何とか なるだろうか。一度壊れて仕舞った物をもう一度魔法で蘇らせる事には気が引ける。
だからせめて、硝子の欠片を、、、と硝子に指を触れようとする。


「 触るな、指を切りたいのか。 」
「 だって、この侭じゃ、 」
「 ゴブレットは壊れた、元に戻すまでも無い。 また新しい物を買えば良い。 其れよりもお前の陶器の様な肌に傷をつける事は私が許さぬ。 」


制する様、が指で硝子を拾い上げる前にルシウスが杖を振る。飛散した硝子は跡形も無く消え去り、跡には先程と何等変わった様子の無い練磨された床が 在った。もう二度と再生されることの無いゴブレットに、は小さく溜息を吐きたくなった。
もう少し注意して、周囲を見渡して運んでいればこんな事にはならなかっただろうに。後悔ばかりが後から後から押し寄せる。


「 でも、大切にしてたんじゃ… 」
「 かたち在るものは何時かは毀れる。 壊れたものが金で買えるならば然程問題は無い。
 だが…もし仮にお前の指先が壊れたら如何なる。 取り返しがつかぬ。 」


愛しむ様、硝子に触れようとした指先に冷えた唇が降りて来た。王子が姫に敬意を払う様に口付けると、ルシウスはの身体を腕の中に閉じ込め、耳元で囁 く。お前が毀れたら、私は生きて行けない、と。


「 壊れた序でだ、新しいものを買うなら、お前が選んだものにしようか。 」
「 …私のセンスで良いの? 多分、気品とか感じられないものを選びそう。 」
「 私はお前が選んだものなら何でも構わない。 」
「 じゃあ今から出掛けましょうか。 夕食に間に合わなくなるから。 」


言葉の後、フルーパウダーを掴み上げたルシウスとは仲良くホグズミードに現れた。買い物は思いの他順調に進み、はルシウスを見立てたゴブレットを 選んだ。細い銀糸が編み込まれた様な透かしが入り混じる淡蒼のゴブレットは、がルシウスに似てる、と。逆に、ルシウスがに選んだゴブレットは、薄 紫色に漆黒のラインが描かれたもの。

二つのゴブレットは今でも二つ仲良くマルフォイ家に置かれている。











□ あとがき □

ベネチアングラス関係無いな、全然(笑)ベネチアングラスってマグルのものなんだろうなールシウス絶対に使わないんだろうなーって書いた後に気付いた;;


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