喉が引き裂かれ言葉を発せ無くなったとしても、声が届く限り、募る想いを貴方に。
啼く事でしか想いを告げる事が出来ない蝉と同じ様、事切れる最後の瞬間まで魂の叫びの様にこの想いを。
届かなくても良い、6年と云う歳月、胸の中だけに抱いて来た想いは叶わない事位では崩壊しない。

其れより何より、もうじき傍で唯只管に想う事すら出来なくなる事実が、何倍にも膨れ上がって自身の心塊を崩潰させた。


卒業まで、あと、一週間。
募る思慕を貴方に告げたところで、一体何になろう。





蝉の死骸





コポコポと沸騰し掛けた湯音が響く魔法薬学研究室。
居残りの生徒すら居ないこの時間帯、卒業を間近に控えた7年生は卒業までの一週間を思い思いに過ごす事が認められていた。
最後の思い出作りとばかり、浮き足立つ生徒が多くなるが、其れを教師陣は幾分甘い眼で目を瞑っている。
卒業する生徒への小さな餞だろう、そんな恒例行事に似た一週間は、彼是30年以上続けられていた。
明日から、其の、一週間。そんな最後の日の講義が魔法薬学だなんて、誰の悪戯だろうか。
偶然か必然か。幸運か暗運か。どちらにしても、もう自分には関係ない。そう思いながら、は自分を呼び止めた相手に向き直る。


「 講義中に何か至らない点でも…? 」
「 いや、お前は最初から最後まで素晴らしい監督生だった。 」
「 でしたら、如何なる用件でしょうか。 」
「 …お前は実に素晴らしい監督生だった、。 」

「 …最後に、私に厭味を言いたい、と…そう云うことでしょうか、 スネイプ教授。 」


瞳を開かせる様、日頃から演じなれている監督生の声でそう言えば、意外なこと、スネイプはつまらなそうに顔を上げ視線を寄越した。
スネイプの瞳に映る自分、其れを見るのも今日で最後だと思い知らされる。貴方は気付いているだろうか。
監督生と云う立場にありながら、少しでも他の生徒よりも印象に残るように、と魔法薬学講義中だけは唇に綺麗な紅を引いていることを。


「 いや、そう云う意味ではない。 お前はいつ…その優等生仮面を脱ぎ捨てるのか、と思ってな。 」
「 …卒業したら、でしょうか。 少なくとも、ホグワーツに居る限り、私は監督生ですから。 」


可愛くない女、自分でも痛いほどに痛感する。
自分の気持ちを素直に曝け出せない侭、自分の想いを何一つ言葉にして告げぬ侭、そんな勇気すら持たない私は優等生の仮面を被り続けるしかなかった。
スネイプ教授が統治するスリザリン寮監督生に為れば、少なからず交流が芽生えることは無いにしても、他の生徒よりも関わりは作る事が出来る。
そんな小さな特権にしがみ付いていたのだ、この6年もの月日を、私は。


「 そうか、お前はホグワーツに居る限りは監督生だったな。 ひとつ…面白い話をしてやろう。 」
「 面白い話、ですか? 」


珍しい事もあるものだ。
口数が少なく余計な会話を好まない事で知れ渡っているスネイプが、自ら話を持ち掛けてくる等。明日は季節外れの雪が降るかも知れない。
スネイプが講義以外、監督生としてのと云う人間への用事以外で話し掛けてくる事に、喜びよりも先に戸惑いが走る。


、お前の郷里には面白い虫が居るそうだな。
 生きる時間よりも眠る時間の方が遥かに長く、況して、生きる時間は眠る時間の1割にも満たぬ。
 夏の僅かな期間だけを生きる、儚い生きものだ。 」
「 …蝉、の事ですか? 」
「 お前は…あの生き物を如何思う?
 地上に出でて僅か一週間で死を迎えねば為らぬさだめの元に生まれた哀れな生きものを。 」


ひたりと、漆黒の眸が向けられる。
6年と云う月日の中で、実際にとスネイプが接したのは其れほど多くは無い。其の多くない経験を遡ってしても、こんなことは初めてだった。
黙した侭、を見返してくる視線の真っ直ぐさに気圧されそうになりながらも、顎を引いて目を逸らさないように心がけ言葉を続ける。


「 …蝉は自分に与えられた一週間、という短い期間を只管に生きます。
 一週間が長いのか短いのはおいて置くにしても…蝉は声の限りに鳴きます。 其れこそ、事切れる寸前まで。
 鳴く事でしか自分が生きていることを回りに伝えられない…憐れな生きものです。 」
「 本当に、そう思うのかね。 蝉は生きていることを誰かに伝えるためだけに鳴く、と。 」
「 はい。 」


険しくなる表情に、一発頬でも張られるのだろうか、そう思いながらも優等生の仮面を被ったは正直に心の裡を明かす。


「 …我輩が思うに…蝉は告げられぬ想いを告げるために唯鳴いているのではないか、とそう思うのだよ。 」


降りた沈黙、其の後に怒りはなかった。
僅かに眉を寄せた顔には、ただ哀しみの影のようなものが在るだけで、言葉はない。


「 6年と云う長い歳月、土の中で眠っていた蝉が募らせた想い、誰に聞いて貰いたいわけではない、
 唯、声が届かずとも…想いが伝わらずとも、それでも只管に想いを告げる為に鳴いているのでは無いのかね。 」

---------- この6年、そう遣って生きてきた、お前のように。


スネイプの言葉に、瞳を見開く。
諭される様な講義での口調の侭に続けられた会話と、スネイプへの猛る想いとが脳裏に渦を巻いていて、殆ど周囲を認識してはいなかった。
思わず正面切ってスネイプを見上げれば、其処に居たのは普段と何等変わらないスネイプその人の姿が在る。だがしかし、先ほどとは明らかに異なる、全てを見 知った表情を浮かべていた。


「 あと一週間しかない。 お前もそろそろ土の中から這い出してきたら如何かね。 」
「 …厭です、私に蝉にでも為れと仰るのですか? 馬鹿馬鹿しい。
 一週間経ったら…木の上で命の限りに鳴いていた蝉は如何為ります? …死骸に為るだけです。 」
「 お前は死骸に等為らぬ。 さっきの言葉を聞いていなかったのかね、
 我輩が、6年と云う歳月、お前を監督生としてだけ見てきたと思うならこんな話はしているまい。
 あと一週間…蝉の様にけたたましく啼いてみたまえ。 監督生という蛹を脱ぎ捨てて、な。 」


「 わたしは…恐かったんです。 監督生以下として貴方に見られることが。
 この関係が壊れる位なら、貴方に想いは告げぬ、と6年間殺して来ました。 なのに…いまさら、 」


囁きに似た小さな呟きに落ちる風は、無造作に頬に触れ、また髪に触れる。
風の入り込まぬ地下室で、風を起こした人物は唯ひとり。足らぬ身長を補う様に身体を屈めたスネイプが起こした微かな風、伸びた指先がの頭を壊れ物を扱 うように撫ぜた。
頬にも落ちる絹髪は空を見上げる薄紫の瞳に従って、ふわりと靡く。


「 いまさら、かね? あと一週間でお前は主席で卒業、其れからは教師と生徒と云う関係からも解放される。
 格好の機会だと思うのは、我輩だけかね。 」
「 ホグワーツを卒業しても、お傍に置いて頂けるのですか? 」
「 生憎だがお前の行き先は決まっていてな。 魔法省から直々に伝達があるだろうが…お前は我輩の助手だ。
 別に我輩が手を回したわけではない、アルバスが人手を欲して居たのは事実、
 我輩も一人よりは優秀な助手が居てくれた方が遥かに学術に打ち込めるだけだ。 」


「 其れとも…羽化出来ずに土の中で死ぬかね、。 」


軽く首を傾ぐ素振りで、けれども確信を含んだ瞳。落ちた苦笑、否定の言葉を受け付けぬ確証を含んだ様に口角を歪められた。
スネイプに初めて名を呼ばれた其の瞬間、の中で監督生と云う名の人格が音を立てて崩れ落ちる。
幾重にも折り重ね、厳重な魔法を施した様に開かなかった心が、叶えられなかった想いを叶える様に絆される。
そうして、は生まれて初めてスネイプの前で笑った。
普段友人と共に居る時の、花が綻ぶような柔らかい微笑み。其の微笑と共には云う、ずっと大好きだったのだ、と。


「 あぁ、知っている。 」


そうしてあっさ りとその背を向けられる。  声は先ほどよりも近づいていた。渡されたスリザリンの羊皮紙の束、教師と生徒へと戻る時間が如何やら来てしまったらしい。長かったようで短かった、あと 一週間しかない日常が近づいてきていた。

けれど、繰り返し続けられて来た日常の中にも変化が一つ。
、と呼ばれた一匹の蝉は土から這い出し、胸に抱いた想いを持てるだけの力を以ってして、啼いた。









□ あとがき □

スネイプ教授、自惚れ過ぎと違いますかー(笑)。
設定上こう云うヒロインにしましたが、個人的にはあまり好きではありません、こんなヒロイン。
もう出さない…筈。


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