コインロッカー
クィディッチ競技場はあろうかと云う広大な規模を誇る部屋に、一つの規則正しい足音が響く。
キチリと等間隔に並べられた細長い四角い箱は一つ一つ連番が振られ、動く事も姿を隠すことも無く唯其処に鎮座していた。
手にしたキーに書かれた番号と、左右に並ぶ箱に付与された番号を見比べながら、は奥へ奥へと進んでいった。
「 済まないが、ロッカーから薬瓶を二本、取ってきて貰えないかね。 」
魔法薬学講義終了後、スネイプに呼び止められたは、言葉と共に問答無用で鍵を渡された。
ロッカーと云う位だから、マグルの世界にでもある様なコインロッカーを想像したは二つ返事で其れを引き受けた。
だが、実際来て見れば、マグルの世界の其れより性質が悪い。
「 何処がロッカーなの? 魔法界のロッカーなんだから、もっと広い面積取りなさいよ… 」
確かに広い。だが、其れはロッカーを安置しているこの部屋の敷地面積であって、実際のロッカーは想いの他小さい。
マグルの世界で云うなら300円程度で使用出来る小型のものだろう。其れが下から上3M程度の所までキッチリ隙間無く埋め尽くされている。
幾ら魔法使いと言えど、魔法を使っても桁数が優に1億を上るロッカーを探し当てて呼び出すのは困難極まりないだろう。
しかも手にした鍵に付与された番号は数えるのも億劫な位に長い桁数。さて、如何しよう。悩んでいれば、突然脇から声を掛けられる。
「 何かお探しかね、スリザリンのお嬢さん。 」
「 …管理人さん? このキーのロッカーを捜しているんですけど…ご存知あります? 」
「 …7万桁から始まる番号はホグワーツ教員のものじゃな…どれどれ…ほぉ、珍しい、あの人が他人に此れを。 」
鍵と言うには聊か体裁が可笑しい分厚い本に似た其れを差し出せば、目の前の老人は驚いた様に声を上げ、そうしてもう一度微笑んだ。
鍵を見ただけで、持ち主が誰かなんて判別出来るのだろうか。否、出来たところで、この鍵がスネイプのものだと憶えているかのような口振りに、の心がド
キリとする。
もしや先日起きたグリンゴッツ銀行に押し入った泥棒の類じゃなかろうか。
「 此処じゃ、スリザリンのお嬢さん。
7万飛んで333番目、ホグワーツ魔法魔術学校教授、セブルス・スネイプ氏のロッカーじゃ。 」
「 …そんなにおおっぴろげに所有者明かして良いもんでしょうか。 」
「 なに、問題は無い、此処のロッカーの鍵を渡した、という事はそう云う事じゃからの。 」
「 そう云うこと…? 」
プライバシーも個人情報保護法もあったもんじゃない、と項垂れるの疑問に構う事無く、老人は懐から杖を取り出し軽く左右に振る。
途端、ルービックキューブか何かの様にロッカーがあちら此方に移動して、如何やらスネイプのロッカーと思しき物体がの眼前に現れた。
しかし、其のロッカーを見て更なる疑問が一つ。此れは本当にスネイプ教授のロッカーだろうか。見れば、所有者を指し示している筈の鍵に記載された番号らし
きものは何一つとして刻印されていない。
「 あの、此れは本当にスネイプ教授のロッカーなのですか? 」
「 ワシを疑っているのかね? まぁ、良いじゃろ、後は本人にでも聞き成され。 」
「 本人…? 」
コホン、と一つ咳払いをした老人が後ろを見ろ、と言わんばかりに手を振る。鍵を渡した本人はホグワーツに居るのだからこんな場所に居る訳はない、寧ろ、此
処に居るなら何故自分で来なかったのだろうかと文句の一つも言ってやりたい。
「 其れは間違い無く我輩のロッカーだ。 何をしている、早く開けないか。 」
「 開けないか、って…如何して自分で開けないんですか? って、それより何で此処に?
私に頼まなくても自分で開けに来れば良かったんじゃ… 」
見れば、黒衣を纏って至極不機嫌そうなスネイプの視線と真正面からぶつかって、軽口を叩く。態々貴重な放課後と言う時間を割いて此処に来ていることへの厭
味からではない。
スネイプとて、けして時間を持て余している状況下ではなかろうに、こうして態々ロッカールームに現れたのならば初めから自分で来れば良かったのだ。時間短
縮を図るならば尚のこと。
なのに、スネイプは思いも因らぬ台詞を述べる。
「 いや、お前が開けなければ意味が無い。 」
「 …薬瓶を二つ取ってくるだけなのに、ですか? 」
「 薬瓶? いやはや、まさかこのロッカーにそんなものが入っている訳ないじゃろうよ、スリザリンのお嬢さん。
このロッカーは所有者の思い出を閉じ込め保管するロッカーなんじゃからの。 」
「 …ひとの、思い出…? 」
疑問符を浮かべるが老人を顧みた瞬間と、スネイプの鋭利な両眼が老人に一瞥を加えたのはほぼ同時。
全く余計なことを喋りおって、激しそうになる感情を抑えるのが、精一杯だった。
これ以上余計な事を喋るのならば容赦ない。そう表情に貼り付ければ、老人は乾いた笑いと共に其の場から離れていった。
「 あの、スネイプ教授…此れ… 」
鍵を受け取っているものの、中に入っているのが本当にスネイプの思い出だとすれば、勝手に人の思い出を解放してしまっても良いものなのだろうか。
思案するが戸惑い気味に問えば、スネイプは無言の侭開けろ、と促す。
其の視線が、講義中に問答無用で降り掛かる切り捨てる様な物言いに似ている気がして、は半ば条件反射的に鍵を差し入れる。
「 …空っぽ…?…あ、あーーーーっつ、魚ですよ、スネイプ教授、魚っ!! 」
「 …此処を誰のロッカーだと思っている、そんなもの、知っている。 」
鍵を差し入れたロッカーの扉は自然に開き、初めはがらんどうの箱だった。しかし、暫くすると一面に蒼が走り、其の中を色とりどりの魚が群れをなして悠々と
泳いでいる姿が飛び込んできた。
赤、青、黄色、緑、白、灰色。あげればキリが無い様々な魚を見詰めながら、暫く感嘆の声を上げ続けていただったが、ふと気がついた。
「 …如何して此れが薬瓶二つに代わるんです? 」
「 …水族館に行きたい、と言っていただろう。 其れは我輩が昔飼っていた魚だ。
ホグワーツの教員になると同時、数少ない友人に引き渡したがね。 」
其れを聞いて思い出した。先日休暇を貰えると言っていたスネイプに何処に行きたいかと聞かれ、無理だと判っていたマグルの世界の水族館に行きたいと子ども
染みた駄々を捏ねたのを。
想像すらする事が不可能なスネイプが教師になる前に暮らしていた部屋。窓から差し込む陽光にキラキラした光り放つ水槽と、飼い主である黒ずくめの引見根暗
なスネイプのイメージを結びつけるのは難しく、もっとはっきり言ってしまえば似合わない。
「 愛した魚を手放さなきゃいけなくなって、傷心を癒す為に魚たちとの思い出を此処に? 」
「 …当っているようで外れている。 此処に魚の残像を押し込めたのは魚を渡した友人だ。
そしてご丁寧なことに、このロッカーの鍵を我輩へと送りつけて寄越した。 今の今まで忘れていたが。 」
「 だが…ロッカー越しに見る魚と云うのも、見事なものだな。 」
感心したように呟くスネイプに、は苦笑した。
この人は、如何してこうも優しいのだろうか。要らぬ鍵なら突っ返してしまえば良かったのだ。魚とて、要らなくなったなら川にでも流すか、其れこそ自室で
こっそり飼っておけば良いだけのこと。ホグワーツ教員、其れ位は許されるだろうに。
況して、水族館に行きたいと言った自分に、子供騙しに似た残像を見せるなど。誰がこのスネイプから想像しようか。出来る訳など無い、彼女と言う立場にいる
でさえ、今日はじめて知ったのだから。
「 この鍵、私に頂けませんか? スネイプ教授に渡しておいたら、この子達が忘れ去られそう。 」
「 構わぬが…此れはあくまで残像だ。 忘れたところで何の害も無い。 」
「 良いんです。 私が癒される為に来るんですから。 」
「 そうか。 ならばもうマグルの世界へ連れて行って遣る必要もなさそうだな。 このチケットは返すとしよう。 」
「 え?あ、ちょっ…これと其れとは話が別です、勿論行かせて頂きます!! 」
其れから度々、は独りでこのロッカールームに足を運ぶようになった。
必然的にあの老人とも逢う機会が増え、の知らぬ頃のスネイプの話を聞くのもまた一つの楽しみになり。
「 君が初めてじゃよ、スリザリンのお嬢さん。 あの人が誰か、を此処に連れてきたのは。 」
「 え? …スネイプ教授、此処に何回か来ていたのですか? 」
「 そうじゃ、一年に何回かは此処に来て、独り眺めて居った。 」
其れから。は嫌がるスネイプを無理やり引き連れて二人でロッカーを眺めに来る様に為った。
其れはがホグワーツを卒業しても変わる事無く。次に現れる時は幼い子どもを連れて来てはくれぬだろうか、と独り余計な世話を焼いているロッカーの番人
は、温かくそれを向かい入れた。
コインロッカー。入れる中身が一時的なものであるとは決して限らないのである。
□ あとがき □
コインロッカー、最近は使わなくなりましたが、便利ですよね。
大学時代、荷物を駅のロッカーにぶちこんで遊びまわってた記憶が…(笑)。
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