彼の声を聞いてはいけない。
(神様なんて、居ないんだよ。 居ないものを信じちゃいけない。 居ない筈の神様、が君に何をしてくれた?)
(何もしてなんてくれないでしょう?だから僕のモノになりなよ。)
紅い瞳が揺らぐ。辺りを見回せば他には人影無く、は此方に向かって手を差延べる青年へと密やかに足を進めた。柔らかな風が吹き抜け、時折ひらと花びら
の落ちる中を、流された髪を抑えるようにして距離を詰める。
666
「 、今日は頗る機嫌が悪いみたいだね。 」
身体の奥底から這い上がって響く声、知覚を揺さぶる衝撃に、僅かに二重にぶれた世界。
見てくれだけは何時もと何等代わりの無い情景が写り込む寮の談話室。は其の中で眼を回した後のような不快な酩酊感を感じながら、忙しなく草臥れた羊皮
紙に魔法史の単語を書き連ねていた。
「 あれ? 今日は僕を無視する傾向? 良くないなぁ、言葉に言葉を投げなきゃ会話にならないよ? 」
普段は決して折れる事の無い羽ペンの先が、突然上から加えられた圧倒的な力によって拉げ、終いには小枝が壊れる様な音と共に真ん中から二つに割れた。
羊皮紙の上に広がる漆黒の水溜りに似た染み、元に戻すのも面倒で、左手でぐしゃりと握り潰し、絶える事の無い暖炉の焔に其の侭投入れる。
「 僕の所為? 駄目だよ、資源を無駄にしちゃ。 」
いい加減、慣れなければならない。今まで観えなかったモノがある日を境に観えるように為った。
ホグワーツでの秘密の部屋の事件以来、あの忌まわしい場所はダンブルドアの手によって完璧なまでに封印されていた。
身体を乗っ取られたジニーの体力も回復し、もうリドルが身体の中に居る様な感覚は無くなった、と笑顔で言っている。
勿論、リドルの魂宿る日記帳は、事の首謀者であるとされているルシウス・マルフォイの手元へとハリーが突っ返した、という話も本人から聞いている。
では、何故、彼は自分の中に居るのだろう。消え去った筈なのに、ホグワーツには最早リドルの魂は無い、と言われているのに。
「 …貴方の魂はそんなにもポンポン彼方此方に転がってるモノなの? 」
「 幾らなんでも、其れは僕の魂に対して失礼だよ、。 」
「 いい加減私の中から出て行ってくれない? …私は貴方の期待するものなんて何もあげられないんだから。 」
信じられない、否、信じたくなかった。
同情することはあれ、120%他人事だと思いながら右から左へと聞き流していたジニーの話。トム・マールヴォロ・リドルに、自身の身体を内側から侵食され
る様に意識を混濁させていった、と。
気持ちを少しでも緩めれば、自分もジニーの様にリドルに身体だけではなく意識ごと乗っ取られてしまうかもしれない。
焦りと恐怖、恐懼と苛立ちが交互にの意識を襲い、其れに負けない様両の足で立っているのが精一杯だった。
中から侵食される凄まじい気配。
息遣いを感じるほど確かな気配、到底生身の人間のものではありえない、冷徹な気配。
「 駄目だよ、僕は君が気に入ったんだ。 僕から逃げようだなんて無駄なこと、考えない方が懸命だよ。 」
「 …ダンブルドア校長に言えば、どうなるかしらね。 其れともまたハリーに叩きのめされるのかしら。 」
こんな凄まじい気配を内に囲いながら、未だ終わってない事に何も気付かずに普通に生活している生徒と教師、其れに同化する様に普通に生活している自分に信
じられなかった。
売り渡してしまえばいい、こんな男なんて。
なのに意識せずとも伝わるリドルの慟哭に、勝手に心が啼いていた。
「 大丈夫、其れは無いよ。 だってそんな事が出来るなら、遠の昔に君は僕を密告しているだろうからね。 」
この声を聞いてはいけない。
意識を通じて直接語りかけるリドルの言葉には、人間の心や知覚に知らず知らずのうちに影響を及ぼす様な巧みな感情が籠められていた。
リドルの声を聞けば、其の台詞言葉の一つ一つが何等意味を持たぬものであったとしても、何かの感情を抑制…若しくは喚起する様な感情を植え付けられてい
た。
「 ねぇ、リドル。 私が貴方を裏切ったら、貴方は私を如何するの? 」
「 如何、って? 」
「 ジニーにそうし掛けたように、私を殺すの? 」
「 殺す? …君を、僕が…? 」
刹那、リドルが乾いた声で笑った。
ふわり、と憑き物か何かの様に霧状を保った侭の身体から離れたリドルは、の流れ落ちる前髪を掴む。
残像の様に揺らぐリドルを見詰めながら眼を閉じ、頭を揺さぶられる様な脳震盪に耐えながら、浅い呼吸を繰り返した。
殺されるかもしれない。眼の前の紅い瞳は笑っているようで笑っていなかった。
「 莫迦だね、君は。 如何して僕が憑り付き易いジニーじゃなく君を選んだのか…未だ判らないの? 」
掴んだ前髪から指を外し、リドルはもう一度の髪に触れた。優しく撫ぜる様に、労り包み込む様に。
馴染ませるような指にも、細く柔らかな感触、だが其れをリドルが感じることは無く況してが感じることも無かった。
酷く悲しげな紅蓮の瞳は酷く近しく思われた。瞬かれた睫毛の長さも、頬に落ちる影までも見える距離。
「 僕はね、君を…愛してしまっているんだ。 」
甘やかで残酷な言葉を囁いた。聞いてはいけない、だが、時既に遅し。
――――――――君でなければ駄目なんだ、僕を裏切っても構わない、でも僕は君が愛しいんだ。
柔らかく笑むリドルの瞳、其れを正面から見詰めたの心に何かを喚起するモノが走った。
平静に、落ち着かなくてはいけない、此処で心を乱してしまっては。見た目だけでも取り繕って、何事も無かった様何も聞こえなかった様に振舞わなくては。
「 あのね、リドル…私は、、 」
否定の言葉を述べ始めた唇が、最後まで台詞を言わないまま、間近に吸い寄せられる。
大きな薄紫の瞳が硝子球の様、驚愕に大きく揺らいだ。リドルに言葉の先を封じ込められるよう、すっと、まるで磁石が蹉跌を引き寄せる様に唇を重ねていた。
避けようもなく、は瞳を開いた侭、微塵も動く事が叶わず結果的に事実を受け入れた。
瞬きをすれば終わってしまう様な、そんな一瞬の出来事。
頬を張る暇なんて無い、呆気に取られたまま呆然と受け入れ難い事実を必死で揉み消そうとするの脳裏に過るのは、伝わる筈がけしてない柔らかな感触。
未だ至近距離の侭、悪魔のような笑顔で近い距離、は事態を飲み込めず茫然自失でリドルを見上げる。
「 ファーストキスだったのに、ごめんね。 」
言葉と同時、リドルは現れた時と同じ様、跡形も無く霧散する。
怒る、という感情はおろか、全ての感情が欠落してしまったかの様に其の場に蹲ったは、談話室に入ってきた友人に声をかけられるまで魔法にでも掛かった
様に意識を彼方へと飛ばしていた。
既に夢か現かいざ知らず。 絶対に感じる筈の無いリドルから感じた、温もり。少しだけ触れた唇、包み込むような温かさ。
愛してる、、、私、…を?
彼の声を聞いてはいけない。そう心に何度も何度も言い聞かせて来た筈だった。
聞けば後戻りが出来なくなってしまうであろうことまで、判ってしまっていた。だから敢えて、胸の内に募る蟠りを形にする事無いまま過ごしてきたというの
に。
此れからどうすれば良いのだろう、好きになってしまっていた人は、けして恋情を抱いては為らぬヒト。もうこの世界には存在しては居ないのに、気付いてしま
えば募る想いを留める術を知らない。
「 大丈夫だよ、僕は何処へもいかないから。 僕が君の中から出て行くときは、君か僕が死ぬ時だ。 」
「 …まるで…魂を喰らいに来た悪魔ね、リドル。 」
そうなってしまったら最後、欲していたものさえも消えてしまうということは判っている、けれど、僕は君を棄てられないんだ。
□ あとがき □
666…666…思い浮かぶモノが何もありませんでした。ただ、リドルで書きたい!とだけはあったのでリドルで書いてみたのですが、やっぱりというかこん
なダークな話になりました。
稀城はやはり記憶リドルがお好きなようです。
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