オレンジ色の猫
夕陽を浴びて、脱色した淡い茶色の髪の毛が透る様な橙に染め上げられた。忙し無く動かす
指先を一瞬停止てしまう程、綺麗と呼ぶに相応しい其れだった。
橙の柔らかい色彩が無色透明の硝子を通り抜け、窓外に広大に広がる雪原の白の助けを借りて、より一層に純度の高い山吹へと変化を遂げる。
照らす光りを全身に受け、窓越しに佇む少女に、何時か見た絵画の一枚から飛び出して来た様な錯覚を得た。日々可愛らしいと云う形容詞が似合う少女が、今日
ばかりは綺麗だと、常々植え付けられていた印象を綺麗に塗り替えていった。
「 スネイプ教授、猫と犬、どっちが好きですか? 」
薄紅色の唇から零れ落ちた言葉と微笑。日夜見慣れた其れにすら表情を和らげてしまう程、この小娘に溺れているのだと客観的に悟れば悟る程、今置かれている
魔法薬学教授と云う立場に首を絞められる。
今日もこうして、グリフィンドール寮のレポートを持って来いと命を授け、放課後の僅かな逢瀬を愉しむに過ぎない。
愉しむと云っても語弊が生じるか、普段にも況して、二人きりで過ごす自室内に会話が飛び交う事は其れこそ少ないのだから。
況してや、我輩が執務に明け暮れている最中は決まって堅く口を閉ざす
が、今日に限って質問を投げてくるとは何とも珍しい。
最も、大方我輩が羽ペンを棄てる様に置いた音と小さな溜息混じりの呼吸を聞いたからに他ならぬのであろうが。
「 …小動物に興味は無い。其れこそ、ペットの類とも為れば全て同じに見える。 」
この場合、魔法使いが飼う梟は除外されるに当たるが、生まれて此の方一度も小動物なるモノとの関わりを持たない我輩に其の質問は無意味と云える。
元来ヒトも含めたモノに執着を持った験しが無く、今でこそ恋人である
が在れど、有り有りと眼に浮かぶ早すぎる死を待つだけの小動物等、興味すらも抱い
た事は無い。
故に、犬か猫かと問われようとも、思悩する迄も無く双方に興味が無い。更に酷な事を述べれば、たかが数年で其の一生を全うしてしまう様なモノを誰が好き好
んで傍に置くか。
死に目に立ち会わなくては為らないのは火を見るより明らか、共に過ごせば其れなりに情愛も起きるだろうか、そんなモノに右往左往させられるのは面倒だと切
り捨てた方が幾分も楽な事。
口を吐いて出た言葉の意図は、そんな理由から。少しは悲しませてしまっただろうかと視線を擡げれば、克ち合った薄紫の瞳は相も変わらず微笑みを湛えた侭。
何処か挑戦的な眼差し、橙を薄っすらと瞳にもくばせて、くるりと太陽を其の背に此方に向き直った。
一歩間違えれば愛情等感じられぬ言葉を受けておきながら、如何してこうも笑っていられるのかと怪訝そうに眉を顰めたところで現状は何一つ変わらない。そ
う、何一つ。
「 ですから、其処を敢えて聞いてるんですよ。
誰が如何考えても、スネイプ教授が動物を愛でるような人間に見える訳無いじゃないですか。
もう、スネイプ教授理解能力無いんですか? 」
「 …只でさえ最低点を保持する魔法薬学の講義、お前はそんなにも留年したいのかね? 」
「 い、いえですね…決して罵倒した訳では…あ、綾です、言葉の綾…!! 」
目配せ一つと言葉を投げてやれば、瞬く間に微笑が苦味含有を膨大に為す苦笑へと一瞬で変化する。
百面相の様に変わる其の様、傍から見れば面白い事この上無いが、此の侭機嫌を損ねさせてしまうと後が恐いと知ってか如何見繕かと品薄な知能を働かせる様が
伺える。
さて如何したものかと思う矢先、百面相の様に変わる恋人を眺め、以前から何かに似ていると思い連ねていた結論に突き当たった。
最も、似ていると言うよりは元来の性格な為に仕方の無い事かもしれぬのだが。
「 ペットと云う分類に分別される小動物を飼った験しは其れこそ一度も無い故、
犬か猫かと聞かれた処で経験上から語ることは出来ん。況して、好きか嫌いかも両者違わずだな。
だが…、もしも仮に、飼うとすれば猫であるな。 」
「 猫…、ですか? 」
呆けた様に聞き返す。
如何やら
は質問を遣す前から勝手に解答を己の中で導いていたらしく、其れが猫ではなく犬だったのだと気付かされる。
大方、普段の我輩の素行や発言、性格や趣向から【主に忠実で絶対に逆らわない犬】を選ぶモノだと思っているのだろう。何とも在り来たりな事。
考えても見れば、もしも仮に
と出逢う其れ以前、例えば学生時代に何か小動物を飼う機会が有ったとすれば迷わず手の掛からぬ犬を選んでいた事は間違い無
い。
其れも今と為っては叶う事の無い泡沫の話。従順な犬にも勝る猫の利点を見つけた今と為っては、特に。
「 質問に答えて遣ったと言うに、この解答では不満かね。 」
「 いえ、不満と言うか…意外と言うか…如何して猫なんですか? 」
「 飼い方が判るからだと言えば満足か、其れとも既に飼っているからとでも言えば理解するかね? 」
其の言葉に益々理解能力の追いつかないらしい
は窓枠に腰を落して小さく考え込んでいる様だった。
先に我輩は小動物を飼った事が一度も無いと言い、今回は既に飼っていると答えて居る。
相手に答を求める事は酷く簡単な事。悩まず思考せず、自分で解答を導こうとする為のあらゆる難解な手段を投じなくて済むからだと昔教えた記憶が片隅に在
る。
故に、これ以上は質問をせず大人しく独りで考えようかとそう云う意図であろう。考えても結論等導ける筈も無いだろうに。
「
、お前は猫に似ている。 」
「 …私が、ですか?私の一体何処が? 」
「 我侭で気紛れで素っ気無い。かと思えば、酷く寂しがり屋で甘え上手な癖に適度に冷たい。
構って遣らずに置けば、好き勝手行動し、眼を遣れば其処に何時も傍に擦り寄ってくる。
必要としているのかしていないのか、其れでも放る事等出来る筈も無く。
更に言えば、天真爛漫だが一歩間違えば只のアホにしか見えない上に、知能はやや劣ると見える。 」
「 …スネイプ教授、其れはやっぱり貶してるんですよねぇ…? 」
未だ言って聞かせてやりたい言葉等山の様に有れど、途中に言葉を塞き止められ、上げた視線の先に米神に青筋浮き立ちそうな鋭い
の瞳と克ち合った。
決してそんな事は無いと言おうにも、此処まで息継ぎも為しに言葉を吐けば真実だと言う事は明らか。罵声が飛ぶか、其れとも無視を決め込まれるか。
機嫌を損ねた猫は如何行動するかの予測が立たないと肩を竦めかけた矢先、腰を落した窓枠から
が両の手を広げる素振りを。
憤慨宛らであった表情は藻屑の様に一瞬で消え失せていて、全てを理解した様に、再び橙を浴びながら酷く嬉しそうに微笑って見せた。
明るい薄紫の瞳で、嬉しそうに、如何すればそんなに幸せそうに笑えるのかと問いたくなる程の微笑。
------- 仕事、終ったんでしょう?だったら構って、ご主人様。
一匹の気紛れな猫が、両の手を差し出して、そう呟いた。
幼い手を何の感情も為しに躊躇い無く払い除ける事が出来なくなってから、もう既に大分時間が経過していた。
小さく溜息を一つ、普段と何等変わらぬ其れは静寂仕切った室内にゆっくりと溶け落ちて、身体を支えていた椅子が重みを無くして空しく鳴いた音が響く。
思い切り不機嫌な表情の侭、ローブの上からでも判る薄い肩に触れて、細い腰に腕を回して引き寄せる様に抱き上げる。
スネイプから与えられるものならば、其れこそ言葉の一つでさえも嬉しそうに瞳を和らげる
が、やはり其れにも嬉しそうに微笑んで見せた。
窓枠から抱き下ろされた一匹の猫、夜が更ける頃には相変わらずの不機嫌を湛えた侭の主人の腕の中で静かな眠りに堕ちていた。
□ あとがき □
猫…で思いついたのは、ハーマイオニーの飼っているクルックシャンクスだったんですが…
如何にも其の猫ちゃんを生かしきれないような気がして為らなかったので、今回のお題はこんな感じで(笑)。
スネイプにになら…飼われてもいいっすよねぇ…!!!
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