飛行機雲






「 ねぇ、リドル見て!あそこに飛行機雲が、ほら…っ 」




慣れ親しんだ其の声、面倒臭そうに視線を上げれば晴れ渡った紺碧の空を切り裂く様に雲霞が引っ掛るように横たわっていた。
人の往来の激しい雑踏の中、立ち止まる事すら億劫で早くこの人込みの中から抜け出したいと心無し早足に為った直後の出来事だった。
駅のロータリーを抜け、新鮮な空気が漸く肺の中を浄化していく様に流れ込んで来た途端に排気ガスの薫りに表情が歪んだ。



此処は紛れないマグルの世界、イギリスにあるキングスクロス駅。
現在おかれている状況に舌打ちしたくなる様な拒絶感、其れを押し殺して見上げた空にはが言葉に出した通りに飛行機雲が綺麗に形どられて残っていた。
別段、飛行機雲等マグルの世界では珍しいものでも何でも無い。純血一族に生まれ魔法界以外の世界を知らない人間なら未だしも、生憎もリドルも当てはま る事は無かった。




「 珍しいね、飛行機雲…二本綺麗に並んでるよ。 」




少なからず同じものを見てるんだから、あえて言葉に出さなくても判ってるよ。
そう言おうとして、言葉を喉奥に飲み込んだ。心で素直に感じた感情を言葉に出して相手に偽り無く伝えるというのは、簡単なようで実は酷く難しいという事を 知っていた。
本当の自分を覆い隠す様に仮面を被り続けてきたリドルにとって、眼の前でちゃちな出来事に唯感動し、無邪気に笑う少女の存在は感化される対象と為りそうで 苦手だった。
と、同時に切望する位に大切な存在でも在った。
人間、無いもの強請りとは良く言った物で、余りに己と掛け離れた位置に居るが時に羨ましく、時に愛しいとさえも感じるように為った。
何時からだろうか、当たり前の様に傍に置いても空気か何かの様に気の殺がれる対象では無くなった。




「 …本当、だね。 」




素っ気無く答えるのは普段の癖。から何か話題を振られても、リドルは何時も其の端正な表情を差し障り無い笑みに変えてカタチだけの笑顔で受け答えをす る。
其れは相手が誰であろうと変わることは無かった。唯一変わるとすれば、傍に居ても嫌悪対象になるのか為らないのか、其の程度。
現在其のポジションを獲得しているのは唯独りであれ、其れでもリドルは時折、思う。
自分は何時から本当に笑うという行為を【忘れて】仕舞ったのだろうか、と。




「 ねぇリドル。私とリドルもあんな風に生きて行きたいね。 」

「 …如何云う意味? 」




意図が掴めなくて、其の侭に聞き返した。
即座に返される、混じりけの無い純粋な微笑み。本当に笑うというのはこう云うことなんだと、命に刻み込む様に直に教え込まれる。
本当は、だけはこの硝子の微笑に気付いてくれているのではないかと云う期待と、知られてはいけないと云う混沌とが入り混じって心の臓を鷲掴みにした。
誰よりも純粋だと誰より知っているから、だから何を犠牲にしても穢しては為らないと自覚していた…筈だった。




「 同じ距離を等間隔で隣り合って、其れでもやっぱり少しずつゆっくりと消えていくけど…、
 消えたその先でもずっと一緒。 二人であの飛行機雲みたいに、ずっと一緒にいれたら良いよね、リドル。 」




其の笑顔が、哀しい程綺麗で、言葉一つ吐き出せずに居た。
空を見上げれば、綺麗に紺碧に掛かっていた白雲流は風にでも流されたのか益々薄くなって消え掛けていた。
平行線上に綺麗に二つ並んだ飛行機雲は、掠れ逝く其の先まで対を成した様に同じ処で切れていた。
決して交わる事の無い平行線上の距離、けれど何処まで云ってもずっと傍に居る、そんな陳腐な感情を織り込んだように寄添っている。
邪魔に為らない様に、存在を害さない様に、其れでも誰より一番近くに居る。
気付かれている、と何故かあの時直感的にそう悟った。





------------ けれど、其れは愕く程に早く遣ってきて、そうして全てが壊れた。





護りたかったモノは、譲れないモノに変わった。
純粋無邪気な微笑みだけは穢してくは無くて、けれどもう其れすらも叶う事は無くて。
Voldmortに名を変えたリドルに、は今でも微笑みを零す。
でも其れは、嘗て、同じ平行線上を対を成して流れていた飛行機雲を眺めたあの日の微笑みとは異なっていた。
ゆっくりゆっくり壊れて逝った。やがては消え逝くあの飛行機雲の様に。
無理して微笑み作るが痛ましく在るというに、其れでも手離す事さえ出来ずに。




ふと見上げた紺碧の空。あの日と同じ様に晴れ渡った其処に飛行機雲が流れていた。
対を成さない、霞掛かった飛行機雲が、唯の一筋だけ。






□ あとがき □

ヒィィィィ(泣)!悲恋ではごじゃりません…が、如何見ても悲恋だろっつーコメントがガシガシ来そうで恐い(笑)。
飛行機雲って私はあんまり見ないんですが…そんな頻繁に見れるものじゃないですよね(苦笑)?
其れでもなんだか飛行機雲を見つけた日は嬉しくなってしまいます。




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