グランドキャニオン





学期末考査も終わり、生徒達が一斉に夏期休暇に入って一週間程度経った、ある晴れた日の午後のことだった。
魔法省高官であるルシウスにしてみれば、夏期休暇等無いにも同然。
右から左へと書類を流し読みしては印を押すという単調な作業にもいい加減飽きて来た頃合。
珍しく、恋人と言うか、愛人と言うか…まぁ微妙な位置に居るから魔法省に電話が入った。
始まりは唯其れだけの、多少珍しいにしても何の変哲もない日常。

魔法省に電話を掛けてくることも、人前で逢う事も規制していることもないけれど、は自分から電話を掛けてくることは酷く珍しかった。
だが時折、夏期休暇や冬期休暇に旅行先から電話を掛けてくる事が稀にある。
今回もきっと其れだろう。そう、何時もの事だ。
其れを非日常に変えてしまったのは、一重にルシウス自身の意識の問題であった。


「 マルフォイ様、外線です。 」

「 誰だ、私は今、忙しい。 」

「 其れがその…お名前を伺っても名前を仰らないので取り次ぐことも躊躇ったのですが… 」


執事が告げてきた外線の知らせ。名を名乗らない、幼い少女の声だった、と言う事を聞いた時点でルシウスの脳裏に独りの人物が浮かび上がる。
忙しなく右往左往していたルシウスの羽ペンがインク壷に突き刺さる様に置かれると、右から左へと流れていた書類ベルトコンベアーの様な作業が止まった。


「 あ、ルシウス? 今忙しい? ごめんね、電話なんて掛けちゃって… 」


吼えメールに近しい魔法界の受話器を取れば、ルシウスの眼の前に広大な山々が聳え立つ景色と、鈴を鳴らした様な声が聞えてきた。
映りこんで来る景色は何処だろうか、そう思案しながら電話を掛けて来た相手を暗黙の内に探す。
ファインダーから被写体を写し撮ろうとするカメラマンの様にゆっくりと周囲を見渡せば、動く絵画の様な情景の中に彼女は居た。


「 いや、今は丁度休憩時間だ。 其れより…其処は何処だ? 」
「 此処? んーとね、グランドキャニオン。 」
「 …休暇を真夏の海で過すと言っていたのは聞き間違いだったか? 」
「 急に、本当に急に山が見たくなって。 どうせなら凄い山を見ようと思って、其れで来ちゃった。 」


天真爛漫なが幼い子どもの様に微笑った。
動く一枚画の中に映る彼女はルシウスが知るホグワーツの学生であるとは異なった印象を、良い意味でも悪い意味でも与えてくれた。
グランドキャニオン。米国アリゾナ州北部の大峡谷で在ると言う時点で、マグルの服装をしているという事は予想出来たが、魔法界でしかに逢った事の無い ルシウスは少々訝しげに其の姿を見た。
明らかに異なる服装は、ルシウスにを他人面な印象を与えてしまう。
見慣れぬ姿と言うのは時にこうをなすが、また其の逆もしかり。


「 処で…グランドキャニオン等に誰と居る? 」


ほら、そんな余計な心配もしなければ為らない。
魔法界ならば箒でひとッ飛びかもしれないが、魔法が禁止されているマグル界での移動手段といえば、飛行機が妥当なところ。
其れでもの郷里から米国までは途方も無い時間が掛かる。
其の途方も無い時間を一体誰と過ごし、誰と此処に来たのだろうか。其ればかりが気に掛かり、小脇に溜まる一方の書類等紙屑同然に思えてきて。


「 独り。 偶には一人で出かけるのも良いかなって思ったんだけど…やっぱり一人は寂しいね。 」
「 ほぉ、お前の様に常日頃ピィピィ雛鳥の様に喋る娘が一人旅とは、珍しい。 」
「 そうね、寝ても醒めても仕事・仕事・仕事ラブ!な人が恋人ですもの。
 一人旅でもしなきゃ寂しくて遣ってられないわよ。 」


不貞腐れた様な表情でも無ければ、相手を叱責している様な表情でも無いの其の表情は、幼い子どもの粗相を叱りながらも温かく見守る母親の其れに似てい た。


「 そうか、為らば今直ぐ其処へ行こうか? 」
「 来れるものなら来て見なさいよーだ。 最も、貴方がマグルの世界に出られたら、の話ですけどね。 」


絵画の向こうで、が悪戯気に笑って手を振った。
大方が一方的に受話器を置いて回線を切ったのだろう。絵画は何も無かったかのように跡形も無く一瞬で消え、ルシウスは自ずと魔法省の自室へと引き釣り 戻された様な妙な感覚に陥る。
次から次へと重ね上げられていく書類に、ルシウスもいい加減嫌気が差して来た。


「 …明日から、夏期休暇を申請する。 」
「 マ、マルフォイ様、ですが… 」
「 使っていない有給は腐る程ある。 案ずるな、眼の前の書類くらいは片付けてから行く。 」


そう云う問題ではない。そう言おうとした執事は、ルシウスの蒼い双眸に気迫負けした様に項垂れた。
からの電話を取り次いだ時点で、ルシウスが大人しく仕事等する訳が無いと学習すれば良いものを。
最も、学習したところで、取次が無かったが最後、二度と魔法省の門を潜る事は敵わないのだが。


翌日。
西洋絵画よりも秀麗なルシウスが、グランドキャニオンを背後にと戯れていたのを見ていたのは、透る様な蒼い空と綿菓子に似せた雲だけだった。












□ あとがき □

グランドキャニオン、行ってみたいですね。
叶う事なら箒に乗って空の上から見下ろしてみたいです。(無理)


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