熱海






「 …帰りたいなぁ…実家に。 」

「 実家? お前の実家は【熱海】とか言う場所にあるのか? 」


スリザリン寮談話室。さして広くも無いテーブルの上に広げられた幾つもの旅行代理店のパンフレットを鬱陶しそうに見詰めながらドラコは小さく溜息を零した を見た。
流石のドラコと言えど異国の国の言葉までは熟知して居ない為に、魔法で翻訳した【ATAMI】のスペルを伴ってに問えば、さも可笑しそうにが笑 う。


「 ううん、違うの。 私の実家は熱海じゃなくて…もっと上のほう。
 冬にはホグワーツと同じ位に雪が降る寒いところよ。 」

「 じゃあ何でこんなもの見てるんだ? 熱海とか言う場所を見て懐かしいと言っていただろう。 」

「 熱海が懐かしいんじゃなくて、日本が懐かしいの。 」


よくよく見てみれば、テーブルの上に広げられたパンフレットは確かに様々な地名が大きな文字で記されている。
の生まれ育った地の名を聞いた験しは無かったが、どうやら日本の何処かなのだろう。
漆黒の絹髪と水墨白淡の瞳を兼ね備える容姿をホグワーツで見掛けるのは酷く珍しい。東洋の魔女と呼ばれている者達が居る事はドラコも知っていたが、生粋の 純血魔法一族だというに態々マグルで過している家は他の魔法一族とは少し異なっていた。
マグルとの調和を好み、敢えて区別する事無く互いの領域を護りながら暮らしている。勿論、家の周囲に点在するマグルは皆一様に家の事を魔法使いだとは 知る由も無いことだが。


「 ドラコの家はこの魔法界にあるから何時でも家に帰れるでしょう? 私はそうは行かないわ。 」

「 為らばお前の一族もこっちに住めば良い 」

「 ダメよ、みんなあの土地が好きなんだもの。 」


マグルの世界にも魔法界に匹敵する位の面白いことや楽しいこと、永住するに相応しいものがあるんだから。
そうは笑った。
勿論生まれてから一度たりとも魔法界から外に出た事の無いドラコはの住んでいた日本という場所に行った経験等ある筈も無い。
だからこそマグルの世界の良さを理解しろというほうが少々無理な話では有るが、其れでもドラコは眼の前に幾つも散ばるパンフレットの中から一つを取り出し て中身を捲る。
奇しくも其れは、が冒頭で【熱海】と呼んでいた場所を紹介するパンフレット。数枚を捲り、写真を見ているだけならば翻訳せずとも良いだろうと安穏とし た気持ちで頁を見ていたドラコの視点が一点を中心に止まった。


「 …、何だ此れは。 お前の国では公衆猥褻罪は存在しないのか? 」

「 公衆猥褻罪? 有ると思うけど…って、ドラコ、此れは違うよ、そんなんじゃない。 」

「 違うとはなんだ!? 人前で裸に為って戯れるなんて…此れだからマグルの考える事は…っ! 」


顔に火を走らせ叩き付けるようにテーブルにパンフレットを投げ付けたドラコが見ていた頁は、熱海らしい天然温泉の紹介をしている頁だった。
数人の男女がタオルを巻き、川面が傍に静かに流れる山間の中腹に作られた天然温泉に浸かって会話をしているらしい写真が見える。
日本に生まれ育ったからしてみれば、温泉なんてものは一回は入った経験があるし、混浴すらも別に嫌悪することのものではない。公衆猥褻罪に為る為らな い以前に其の情景を見て羨ましいとさえも思った位だ。
山間に流れる河のせせらぎを見ながら天然温泉に浸かるなんてどれ程幸せな事だろうか。
想像しただけで行きたくなる。


「 素敵じゃない…! 天然温泉…いいなぁ、此処にしようかな。 」

「 なっ…!お前も人前で裸に為って此処に入るというのか!? 」

「 あのね、ドラコ…此れは温泉といって、裸で入るのが当たり前なの。 温泉は薬用効果もあるんだよ? 」

「 そんな事くらいは知っている…! いいか、僕は絶対に許さないからな!! 」


僕以外の男の前で裸を晒す等…!
今にも憤慨しそうな勢いで反論するドラコに、は苦い笑いを堪えるしかなかった。
が【いいなぁ、此処にしようかな】と言ったのは確かに自分が入ってみたいという気持ちもある。其れは紛れない事実だ。
だがしかし、が現在態々日本からパンフレットを取り寄せてあれやこれやと探しているのは自分が旅行する為ではない。寧ろ、自分が旅行する為に色々と調 べているのならば日本ではなく他の国へと赴くだろう。
確かに日本の温泉は好きだし薬用美肌効果も有る上に天然と有らば入ってみたいという衝動に駆られる。
しかしながら、とて年頃の少女。人前で肌を晒すならば温泉よりもハワイやグアムと言った場所で水着で泳ぎたいと言うのが常。

明らかなる勘違いをし始めたドラコを見て、そういえばパンフレットを漁っていた当初の目的を告げていないな、とは少しばかり後悔する。


「 あのね、ドラコ。 私が此れを見ているのは両親の為なの。 」

「 両親? 」

「 そう。 今年銀婚式だから…
 旅行券を送ろうと思うんだけど、やっぱり老体だから温泉にでも行って貰おうかなって。 」


だから温泉に関するパンフレットがこんなにも膨大に集められたのかと、ドラコは理解する。と、同時に胸奥を競り上がって来るのは先ほど痛いまでに否定した 自分の発言の数々。
此れではまるで自分がを好きだと公然と宣言しているも同じだと悟ったドラコは途端に居心地が悪くなった。
甚だしいまでの勘違いだと判っては居るものの、如何にも言い訳すること自体が間違っている様で言葉が喉奥から出て来ない。
終いには不機嫌を全面に押し出して口を紡ぐしか出来ない自分が自分で情けなくなったドラコは、明日提出が迫ったレポートを言い訳にこの場から離れることを 決意する。


「 …良い場所が見付かるといいな。 」

「 そうね、そしたら感想を言って貰わなきゃ。 」

「 …感想? 」

「 良かったって感想だったら…今度一緒に行きましょう? ドラコにも日本を見てもらいたいもの。 」

「 ばっ…誰が…っ! 温泉で無くとも、日本に行くぐらいならば何時でも行ってやる! 」


吐き棄てる様に残した棄て台詞と共に、談話室から寮室へと通じる部屋の扉が勢い良く閉められた。
其の後姿を見送って、は小さく苦笑するとテーブルに散ばったパンフレットを集めてグリフィンドール寮のハーマイオニーのところへ行くべく支度を始め る。
ハーマイオニーの意見も考慮すべきだと思ったのと同時、今日の出来事を真っ先に伝えに。ドラコ嫌いのハーマイオニーでは有るが、親友の片思いの相手だと 知った瞬間に相談程度には乗ってくれるようになった。
きっと伝えれば第一に目を大きく見開いて唖然とするだろうが、其れでも伝えたい。
脳裏に描くハーマイオニーの驚愕する姿が面白く、今からハーマイオニーに話すのが楽しみで仕方が無いは軽快な足取りで談話室を出て行った。


「 …平常心を保てなくなるなんて…僕としたことが…っ 」


扉に背を預けたままずるずると腰を落とし、抜けた様な腰に激を飛ばして立たせようとする努力を講じる事も無いまま、暫くドラコは其の場に座り込んでいた。
一体如何したのかとグラップとゴイルが駆け寄って来た所で、ドラコは一言も発しなかった。
唯、何処か嬉しそうな表情を隠しきれて居ないドラコに疑問を抱くばかりのグラップとゴイルは互いに互いの顔を見詰めては疑問符を脳裏に浮かべるばかり。

其れでも勿論、ドラコに対してグラップとゴイルはとの間に何が有ったか、等と口が裂けても聞ける筈は無く、から後に聞くまで消えない紋々とした疑 問疑惑に苛まれ続けた。









□ あとがき □

…温泉と言うのはやはり受け入れ難いものなのでしょうか。私は嫌いでは有りませんが…。
個人的に、自分で掘って作って入る温泉に入ってみたいものです。


+++ ブラウザバックで戻って下さい ++++