踏切






金物同士を克ち鳴らした様な独特の高音を周囲に響かせながら、眼前の踏切の遮断機がゆっ くりと下降を始めた。
今、急げば遮断機に阻まれずに向こう側に駆け抜ける事が可能だと、脳内で理解したにも関わらずには其の場に立ち止まっていた。
黄色と黒のコントラストが、ぼんやりとしたの視界に飛び込んでくる。
マグルの世界で信号や踏切に引っ掛かると云う事象は何等珍しい事ではなく、寧ろ嫌悪されていると云った方が正しいかもしれない。
時間に追われる様に生活する都会は勿論、の郷里の有る片田舎でさえその二つは時間を割く憂鬱なモノで。
其れを確証付けるかのように、の隣りのスーツ姿の男性が完全に降り切った遮断機を見詰めて苛立った様な溜息を零していた。




「 (私も、昔は嫌いだったなぁ…) 」




街中、人知れず独り言を言葉に出せるほどマグルの世界は優しい物では無い。
様々な周囲の瞳を気にしなければ為らないこの世界、呟こうとした言葉は喉奥に消され、代わりに同じ様な溜息が小さく毀れた。
冬期休暇も当に終わり、単なる週末だった今日この日、が郷里に向かう踏切の前に居るには事情が有った。




------- セブルスのバカ!!もう、いい!




ほんの数分前、恋人でもあり魔法薬学教授と云う立場に居る彼に向かってはそう吐き棄てホグワーツを後にして来た。
勿論、通りすがりに出逢ったマクゴナガル教授に外出届を提出してきて、の家出では有るが。
普段素行の良いは、家の事情だとかそんな理由で外泊届を書いた記憶が有るが、呼び止められることも無く簡単に受理された。
突っ返されれば其れこそグリフィンドール寮の部屋で頭を冷やす事が出来たかもしれない。けれど、何も言わないマクゴナガル教授に自室から微動だにしないス ネイプ教授。
頭を冷やせとばかり、郷里の懐かしい風景を眺め様とこうして出てきた。
フルーパウダーを使って一瞬で家に辿り着かなかったのは単純な気持ち、慣れ親しんだこの街を少しばかり歩いて気を紛らわせたら帰ろうと思っているからに他 ならない。
だから別段先を急ぐほどの事も無く、踏切に引っ掛っても昔の様に慌てたり苛立ったりと言う事も無かった。




------- 私と、貴方みたい。




相変わらず忙しなく鳴り響く踏切、降り切った遮断機、遠くに響く汽笛の轟き。
僅か四本の踏切で区切られた空間、其の踏切の此方側と相反する向う側。電車が通る前までは確かに繋がっていた世界が、四本の踏み切りによって呆気無く 切り離された。
此方側に居ると、向う側に居る誰かの姿が視界に飛び込んでくる。誰と言う訳ではない、名も知らない通りすがりの人物。
その姿が、今のとセブルスに一瞬にして重なった。ホグワーツに在籍する一介の女子生徒という立場と、ホグワーツで魔法薬学の教鞭を取る教授という立 場。
飛び越えたくても、飛び越えられない現実。近寄ったつもりでも、傍に在ったつもりでも、立場が違えば世界も異なる。
踏切が切り離した此方側と向う側。遮断機が降りる前までは確かに繋がっていた世界が、四本の棒切れで簡単に切り離されて繋がらなく為る。
切なくて、不意に涙が頬を伝いそうに為った。




------- 彼女は唯、セブルスに質問に来て居ただけ。  そして其の後紅茶を出した、だけ。




偶然にも視界に留めてしまった其の光景、何も出来ずに其の侭寮に踵を返してしまっていた。
あの場で扉をノックして自分が魔法薬学研究室に足を踏み入れていたら、どうなっていた?
そんな愚問は今と為っては後のまつりでしかない。二回目に訪れた時、其の女子生徒の姿は無く、普段通りに机に向かうセブルスが眼に飛び込んできた。
何も無い、そう誇示する様な態度に思い切り腹が立って、つい言葉に出してしまっていた。
今後悔しても、遅い。机から顔さえ上げなかったセブルスに腹が立って、勢いだけで飛び出してきたものの、軽率だったと此処で立ち止まって気付いた。
ホグワーツに戻る切っ掛けさえ見失って、吐いた溜息は後先考えない子供染みた嫉妬をした自分への叱責と呆れに似ていた。



と、次の瞬間、眼の前の遮断機で区切られた世界を物凄い勢いで電車が通り過ぎていった。
轟音と沸き起こる突風に似た風に全身を嬲られ、下ろしていた髪が一瞬、空に舞う。
昔からの癖、其の一瞬だけは思わず目を閉じてしまう。一瞬の出来事、けれど耐えられないとばかりに閉じられた瞼には暗闇の世界しか描かれ無い。
次ぎに瞳を開けるのは、風が通り過ぎて、音が遠くなって遮断機が登ろうという瞬間。
遠ざかる電車の音に目を開けると、区切られた世界の反対側に、先程は姿を認められなかった黒い物体が在った。
幾ら冬とは言え、全身真っ黒の人物と言うのは純白の雪で彩られた世界に良くも悪くも映えてしまう。
物凄く、似ている、と思った瞬間意外にスムーズな動きで上空に戻ってゆく黄色と黒の棒。
歩き出し始めたスーツ姿の男性が、横を通り過ぎる。
立ち尽くした侭、動こうとしないに代わって、黒いコートの男性が此方側に歩いてくる。酷く、ゆっくりと。




「 …セブルス… 」




隔てられていた世界が繋がる。
認めた存在は、確かにセブルス・スネイプ其の人。
如何してこんな処に居るのか、何をしているのか、そんな問い掛けの答えは一つしか浮かんでは来ない。
迎えに来てくれた、そう実感すればする程稚拙染みた己の先程までの行動に羞恥が走る。
手間を掛けてしまった、と項垂れるような表情を零せば歩きながら、セブルスが小さく溜息を零した。


呆れでも叱責でもない。仕方が無いな、そんな感情をふんだんに籠めた溜息。
何処と無く表情も穏かで、如何し様も無く居た堪れなくなる。
次の瞬間、セブルスは丁度両側の踏切の真ん中の線路の上で歩みを止めた。視線を流すだけで、此方に来ようと言う意志は無いらしい。
隔てられていた、世界。直ぐにでも切り離されてしまう、世界。



お互いが真ん中に歩み寄れば、そんな世界等意を持たないものに変わる、とは悟った。
悟れば後は酷く簡単で、立ち竦んでいた両の足が勝手に動き出していた。
真ん中で待つ、セブルスがの身体を抱き留めたのは、其れから数秒後。




数分おきに、断ち切られ繋がる世界。只管に繰り返される、其の事象。
ホグワーツに在籍する一介の女子生徒という立場と、ホグワーツで魔法薬学の教鞭を取る教授という立 場。
此方側と向う側。時には遮断機で遮られてしまうけれど、其れでも確かに繋がっていると。
二回目の遮断機が降りる瞬間、二人はもうこの世界には存在せず、魔法薬学教授の自室に居た。






□ あとがき □

信号や踏切で苛々する人が多いと言いますが…私は余り歩いて踏み切りに引っ掛らない人間です。
車に乗ってても田舎だからか?頻繁に電車が来ないので引っ掛る事も少ないです。
踏切で区切られた世界を教授と生徒という立場の彼等に重ねて見たのですが…うーん、如何だろう(笑)。




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