葡萄の葉






部屋の扉を押し開いた先から、普段通りの高貴な薫りに混じって更に深みの有る薫りが鼻を付いた。
嗅ぎ慣れない薫りでは有るけれど何処か懐かしい昔包まれた事が有る様なその薫りに、は大きく深呼吸した。
収穫祭の後の名残惜しい様な郷里への追慕を髣髴とさせるが如く感覚に、全身を包み込まれ、その薫りだけですら酔い知れる。
後ろ手で扉をゆっくりと閉じたはその薫りを楽しみながら、開かれた大窓の傍に腰を落とす恋人の元へと歩み寄る。
ちらりと此方を見向きもしないの恋人は、暮れる空を眺めながら繊細な輝きを放つ銀細工で装飾されたグラスを傾けたまま。
視線を合わせずとも、が此処に着て居るであろう事を暗黙の了解の様にしている彼の元に辿り着いた矢先、その高貴な薫りの正体を知った。











「 葡萄の葉…?あぁ、ワインを嗜んでたんですね。 」











グラスに注がれた液体が放つ高貴で聡明な薫りと、彼の足元に窓から迷い込んで来たかの様に落つる葉では気付いた。
決して不快ではないが嗅ぎ慣れない薫り。
郷里を髣髴とさせるその独特の薫りに包まれて、は幼少時代を過ごした。
魔法界では知る所は少ないけれど、郷里の日本ではかなり有名な葡萄の産地にその住所を置く。
思い出のアルバムを捲って行く様なそんな感覚に包まれたは、足元に落ちている葡萄の葉を一枚拾い上げた。
乾き切った其れは、が良く知る其れとは酷く異なった物。
どの銘柄であろうかとその葉を鼻先に近づけようとした瞬間、ぐいっと腕を掴まれて体勢を崩す。
ひらりと葡萄の葉が落ちて、倒れこむ間際のの細い腰を彼は意図も容易く掴み抱き上げてその膝上に落とした。











「 普段はBeaujolais Nouveau等口にしないが…この時期は別格だ 」




「 Beaujolais Nouveau…確か解禁日は未だの筈… 」



「 固い事を気に病む事は無い。」











そう言って、彼は独特の薄蒼の瞳を鋭させてをその瞳の中に招いた。
同時に、繊細な硝子の中で揺らぐ液体にも自ずとが映り込む。
それを細い指先で掴みながら僅かな量を喉奥に押し流す。
窓際の出窓状の棚に無造作に置かれたBeaujolais Nouveauのボトルは唯其れだけで意味を持たない装飾品と化す。
高貴で淡彩に纏め上げられた装飾品が蔓延る室内に於いて、其れは決して邪魔にもならずアクセントにもならない。
初めから置かれていた様な雰囲気で浸透するそのボトルは未だ三分の一も飲まれてはいない。











「 ねぇ、ルシウス。ワインって美味しい? 」



「 如何した、ワインに興味でも持ったか。 」



「 んー…、唯、良い薫りだから味も美味しいのかな、って 」











がふわりと笑んだ。
ルシウスの其の膝に抱かれる事は日常茶飯事であり、も腰に回された腕に違和感すら覚えない。
それどころか、より身近にルシウスの体温を感じ様と子供の様に身体を密着させて居た。
の言葉に何かを示唆した様に冷笑を浮かべたルシウスは、グラスに半分程度注がれたワインを一口含んだ。
途端に広がる心地よい感触をもう暫く味わいたいと言う欲求を心の奥底に落とし、脳に言い聞かせる様に叱咤する。
笑んだままのを無理やり此方に向かせる様にその細い顎に指を掛け、後方に向かせた。
愕いた様に表情を変えたに、有無を言わさずその桜色の唇に口付けを落とし僅かに開いた先から含んだワインを滑り込ませた。
がゆっくりとその薫り高いワインを喉奥に落とすまで、ルシウスはゆっくりと時間を掛けて桜色の唇を堪能する。











「 んっ…、けほっ…っ 」



「 やはり子供には早すぎたか。 」



「 ちがっ…ワインじゃなくて…っ 」











ルシウスが急に口付けるから、と言おうとしても言葉が続かなかった。
喉奥に落としたワインは思いの他焼ける様に熱く一筋縄ではイカナイ感覚が一気に脳天を駆け抜けた。
決して低くは無いアルコール度数を兼ね備えたBeaujolais Nouveauは、気高い薫りを消さぬままの喉奥へ落ちた後も香りを放ち続ける。
身体の芯から温まる様な独特の温もりと漂う浮遊感に包まれながら、はそのまま身をルシウスに預けた。
未成年であるが酒等口にすることは滅多に無く、更に元来アルコール虚弱体質であった為かその回りが速い。
見る見る間にその表情と同じ様に頬が高揚し始め、心成しかルシウスが抱いたその腕の中の温もりすら上昇しているように感じられた。











「 偶にはワインもいいだろう? 」



「 私…、余りお酒は強くない 」



「 此れでも充分アルコール度数は低めだがな。 」











苦笑したルシウスはサイドテーブルに置かれたワインクーラーから封の切られていないボトルを取り出した。
ひんやりと適温で保存されている様なそのボトルからは、微かに冷気が舞い降りているかの様。
封を開けることをしないまま、何をするのかとが小首を傾げながらルシウスの一挙一動を見守っている。
ルシウスはを支えていない一片手で引っ繰り返す様にボトルを半回転させると、決して真新しい物には見えないラベル部分を観る。
も攣られて見るが、何分英語を理解するだけでも精一杯だと言うに、フランス語が理解できる訳が無い。
流れる様な美しい文体をじっと凝視していれば、其の内何かの呪いにでも掛かった様に視界がぼんやりと虚う。
仕舞いには、其れが酔いと共に脳内を駆け回って居て、気付いた時には既に飲み込まれてた。











「 僅か17%… 」











ちらりと淡蒼の瞳をに投げてやれば、既には小さな寝息を立てながら片手の中にすっぽりと埋まる様に身を手向けていた。
小さな律動と共に揺れる淡水墨の髪が柔らかくその桜色に蒸気した頬に掛かり、長い睫はその下の黒曜石を覆い隠す。
睡眠を貪っている様の方が何倍も大人気で、色香の漂うその色情的に映る表情。
直ぐ様にでも深い口付けを落として戒めている結び紐を解いて指先を這わせたいとさえ思考する。
固く結ばれた結び紐に指を掛け置いたその刹那、寝返りを打つ様にがルシウスの胸元に顔を埋めて裾を指先に絡める。
一瞬でアドケナイ表情に立ち戻った様に表情を変えたに、浅はかな欲求を抱いた己を自嘲した。











「 僅かなアルコールで酔うとは…未だ未だ未熟。
 だが…未熟なお前に惚れた私は更に未熟かも知れんな。 」











押し殺した様に哂ったルシウスは、グラスに残ったワインを一気に喉奥に流し込む。
何も知らずと安眠を貪るを抱える様に抱き直したルシウスは、そのまま流れ落ちた前髪の隙間から覗く額に柔らかく一つ口付けを。
擽ったそうに身を捩るも、一向に眼を覚ます気配の無いをそのまま腕に抱きながら、ワインクーラーから出したばかりのボトルのコルクを押し開く。
ポンっと乾いた空気鉄砲の様な音が室内に木霊して、コポコポと静かな音を立ててグラスにワインが注がれる。
それを一瞥しながら、ゆっくりと攪拌するように液体を回し薫りを楽しむ。
愛しい者をその腕に抱きながら、ワインを嗜む。
が目覚めるまで、ゆっくりとしたその時間は留まる事を知らず砂時計が静かに流れる様な時が唯流れ落ち逝くだけ。









□ あとがき □


はい、冒頭から言います。
皆様が誤解しないように言いますが、Beaujolais Nouveau解禁日前に飲むことは多分不可能だと思います(笑)。
嘘書きまくりでごめんなさい…!!でも何となくルシウスなら出来そうな気がします(苦笑)
ワインは余り飲まない稀城ですが、ミュスカデヌーボーが好きだったりします。
赤よりも白ワインを好みます(笑)



+++ ブラウザバックで戻って下さい ++++