竜の牙
薄暗い洞穴の中でも無ければ、秘密の部屋と云われる様な曰く付きの場所でも無いとある
路地裏の一角で、は奇妙な物体を認めた。
暗闇に溶け込むどころか、射し込む陽の光りを全身で取り入れる様に自ら進んで陽の元へ出ようと覚束無い足取りで太陽を目指す其れ。
よたよたと左右によろめきながら僅かな空気抵抗にも敏感に反応しては其の小さな足を止め、また暫くすれば思い出した様に両の足で大地を蹴り上げる様に前
へ前へと進む。
1M進むことにさえ困難を感じ必死に鍛えられていない筋肉を駆使している様な物体。
小さな身体で障害物を避ける様にゆっくりと歩く其の身体、建物の加減で日陰に為った其の場所が気に入らないのか、小さな泣き声を漏らしながら太陽に手を
伸ばして。
もう少し、あと少し。
僅かだけ身体が煌めく陽光に触れた瞬間。
現実は無常にも、身体は陽光に触れる事無く摘み上げられた。
「 、此れはお前のか? 」
「 ちが…っ 」
違う、そう言おうとして出掛かった言葉を飲み込んだ。
間に風が吹き込んで来る瞬間さえ感じられ無い程に素早くドラコの手によって掴み上げられたのは、先程陽光を求めて必死に前進していた小さな竜のこども。
親を亡くしたのだろうか。仲間と逸れたのだろうか。其れとも、ホグワーツに迷い込んできたのだろうか。若しくは誰かが魔法省に内緒で飼っているのだろう
か。
いずれにしても、この場所に居るべき存在で無い事だけは確かな事実。例え子どもであれ、竜を持ち歩いている等の事実が知れれば、年齢が幼くとも関係無し
にアズカバンに送還される事だろう。
偶然に通り掛っただけのにとって、面倒な出来事が起きる事は極力避けたい。
そうでなくとも、先日双子と共謀してホグワーツ中に悪戯を仕掛けた際に受けたお咎めが脳を悩ませている。
しかし一方で、この子どもが何等かの理由で独りきりで居るのだとすれば、放って置く事等出来はしないと妙な母性本能が本能を擽る。
気が付けば、ドラコの指先から掠め取る様に竜の子どもを引き剥がし、腕に抱き寄せていた。
「 こ、この子独りかもしれないし、親と逸れたのかもしれない。 だったらお母さんが見付かるまで…ね? 」
「 …お前は知らないのか? 」
、何時もの様に溜息と共にそんな言葉が返って来る事態が読め、我先にとは言葉を紡いだ。
勿論、子どもとは云え竜を匿うと云う行為がどれ程周囲に害を為し己の仇と為らんかは熟知しているつもりだった。
先日起きたばかり、記憶に新しいハグリッドが隠し飼育していた竜の子どもの事件を忘れた訳では無いし、其の彼が如何咎められたかも熟知している。
しかし、だからこそ、この竜の子どもの辿るべき末路も若干ではあるにせよ示唆出来る。見世物にされる位ならば咎められようとも両親が迎えに来るまでは護
り抜いてあげたい。
生まれたての様に見える小さなちいさな身体。如何見ても両親が居るに違い無い。だからこそ、両親が見付かるまでとドラコにそう言った筈が、返答は時に残
酷で。
「 …竜の子どもは、母親の腹を破ってこの世に誕生する。 」
「 ちょ、何言ってるの? ハグリッドの飼っていた竜はちゃんと卵から孵ったでしょう? 」
「 種別の違いだ。 ヤツが飼っていたのは珍しく卵から孵る種別だ。
ソイツは確実に母親を殺してこの世界に生まれ出でて来た。 」
だから、母親等何時まで待っても来ない。
冷然としたドラコの言葉が酷く残酷に聞えた。
腕の中、抱えられていると云う事実も知らない侭に、無邪気を貼り付けた様な好奇心旺盛な朔の瞳で真っ直ぐに太陽を映しこむ。
恋しそうに愛しそうに、まるで母親に甘える稚児の様、言葉を知らない子どもが話す喃語に似た小さな鳴き声で太陽を乞うて。
其の姿が余りに儚く哀れで、ドラコの告げた言葉の残酷さが嘘の様に通り過ぎては消えて逝った。
其れは何かの間違いだ、この子はそんな種別に生まれ出でた子どもではない。だから必ず母親が迎えに来てくれる。今頃必死で子どもを探しているかもしれな
い。
薄汚く欲に駆られた大人から竜の子どもを護って上げられるのは、子どもである自分が一番相応しい。
こんなに無邪気に太陽に爪を伸ばして嬉しそうに啼く子どもが、母親を殺すだなんて、そんな残酷なこと。
有る筈が無い、有って良い訳は無い。
そう自分に言い聞かせながら、竜の子どもに視線を落とした瞬間、身体の一部の色が変化している事に気がついた。
滑らかな起毛の様な金糸に包まれ、銀嶺の様な輝きを放つ麗容な其の身体の所々に、朱が混じった塊が冷えて固まった侭に付着していた。
---------- 竜だ、竜が居るぞ。 恐らく子どもが居る筈だ…遠くへは行って居ない筈だ、探せ!!
教師の声がする。
一度は確実に聞いた憶えのある其の声の主が特定出来ず、其れが引き金と為って脳内に混乱が起こる。
ドラコの話は真実で、腕に抱えたこの子は母親の命を犠牲にして生まれて来た子どもで、だから母親は迎えに来れる筈も無く、行く宛ても頼る宛ても無い。
喧騒に似た鬩ぎ合う様な足音と、忙しなく言の葉を紡ぐ乱暴な声が徐々に此方に近付いて来ていた。
如何し様、如何すれば良いと云うのだろうか。
見付かれば殺されるか、実験の材料にされるか。竜の持つ牙は其れこそ妙薬に為ると噂で聞いた。
小さなこの子で有っても牙がある。好都合な事に、生まれたばかりのこの子を手なずければ、牙が生え変わる毎に手に入れる事も不可能では無い。
太陽を知らないこの子に、暗闇のみが支配する世界に閉じ込めて置く事を想像しただけで眩暈がした。
「 …行くぞ。 」
「 行くって何処に? この子の母親は死んじゃったんでしょう!? 」
「 だから群に還してやる。 いいから黙って付いて来い! 」
グイ、と腕を引っ張り上げられたと思えばふわりと身体が浮いて、慣れ親しんだホグワーツを眼下に見下ろしていた。
何時呼び寄せたのかも、如何抱え上げられて乗ったのかも憶えては居ない。憶えているのは、数秒前まで立っていた場所に黒いローブを被った教師陣が軒を連
ね通り過ぎて行ったこと。
そして、其の場所から少し離れた場所に紅い湖の中に静かに横たわる麗姿麗容な金色の竜が居た。
周囲には厳重に魔法鎖が張り巡らされ、既に息を引き取っているのだろう、亡骸の上に布が掛けられる瞬間だった。
「 …君の母親、居なくなっちゃうよ… 」
「 無駄だ。 竜に忠誠心は有っても子が親を慕う自愛の心は持ち合わせて無いからな。 」
憐憫さの欠片も無い冷たい音程で紡がれた言葉の痛さに、思わず否定する様に腕の中の竜を抱締めた。
親を慕う心が無い、仮にも自分を育ててくれた存在に対して其れは酷すぎる。そんな寂れた哀傷に心を傷つけながら、はもう一度腕の中の竜を見た。
無邪気な其の瞳、もう物体を見取る事は出来ているのだろうか。だとすれば、最後に母親の姿を見せて遣りたい。
音速の如き速さで飛ぶ箒から落ちない様にドラコと向き合う形で座り直し、竜の子どもを抱え直す。
途端、声を上げて啼き出すから、矢張り母親が恋しいのだろうと其の視線の先を追えば、其処には紅蓮の太陽が。
母親を振り返る事無く太陽だけを見詰ては恋しそうに啼いた竜を抱締めて、は竜の代わりに薄紫の瞳に薄氷の様な水膜を張った。
頬を伝った其れは留まる所を知らず、絶え無く静かに音を紡がずに地面に落ちて行った。亡骸に優しく降る、竜の涙の様に。
「 お前が代わりに泣いたからと云って、何が変る。 」
冷淡に呟やかれた言葉と共に降って来た額への口付けが愕く程優しくて、何一つ言葉紡げない侭、意識の遠くで竜の歓喜に満ちた鳴き声を聞いていた。
□ あとがき □
何時もと行数やら行頭やらを変えてみたりしましたが…如何でしょうか(笑)。
私自身が読みにくいので止めちゃいそうな勢いですが、こっちの方が良いとの意見があればコッチを採用します。
竜って母親を殺して生まれてくる…って話を確かゲームか何かで聞いた気がするんですが、はて何時の頃の記憶だったのやら…(笑)
+++ ブラウザバックで戻って下さい ++++